紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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改められた認識

 

 

 

「じゃあ、明日は手筈通りに頼んだぞ」

 

 

 遊撃士協会クロスベル支部の扉が開き、中からグランがその姿を現す。明日に行われる予定の西ゼムリア通商会議へ向け、当日の警備方針や必要な準備についてミシェルや特務支援課のメンバーと話し合った彼は、話し合いを終えて遊撃士協会を出たばかりだった。

 一先ず打つべき手は打った。そしてこの後のグランの予定は、ミシュラムの迎賓館で開かれる夕食会と、夕食後に各代表が観劇する劇団アルカンシェルの公演の間の警備である。今の時刻から、オズボーンが指定した夕方までは時間があった。と言う事で、折角だから前回訪れた際に行けなかった場所も含めて、少し息抜きでもしておこう。そんな風にある考えを思い付いた彼は、近くで談笑をしている五人組へと視線を移した。

 

 

「そういやぁ、グランはこの後どうするんだ?」

 

 

「グラン君は確か、オズボーン宰相の護衛としてクロスベルへ来ていたのよね?」

 

 

「はい。それが、各代表の夕食会が行われる夕刻までは暇を持て余してまして……実は、皆さんにもう一つ要請(オーダー)をお願いしたいんです」

 

 

 グランはランディとエリィの問いに、追加の要請としてクロスベル市と周辺の案内をお願いしたいと口にする。前回クロスベルを訪れた時は詳しく見て回れなかったから、この機にクロスベル周辺の情報を知っておきたい。それに、テロリストが潜伏している可能性もある以上、見て回れる場所は出来るだけ確認しておきたいと彼は要請の意図を話した。

 しかし、特務支援課の彼らも一人の為にクロスベル案内をするほど暇では無い。この後も市民から寄せられた要請に応えなければならず、そうするとグランを案内している時間などは無い。ロイドから理由とともに断りの謝罪を受けたグランだったが、そこで良い考えがあると彼は返した。

 

 

「その要請、オレにも手伝わせてください。今回こちらから出した要請に対する謝礼、としては不足かもしれませんが、少しはお力になれると思います。無論、寄せられた要請の内容や関連する情報は口外しません」

 

 

「なるほど。こちらも手伝ってもらって楽が出来るし、ついでに周辺の案内も君に出来る、と」

 

 

「ワジ君、楽が出来るとか言わないの。でも、それならグラン君の要請にも応えられますね」

 

 

 早くも楽をする気満々のワジにノエルが呆れつつ、グランの提案は悪くないかもとその視線を頭を悩ませているロイドへ移す。

 警察へ宛てられた要請な以上、無関係な人間を巻き込むのは余り好ましくないというのが、捜査官としてのロイドの考えだ。しかし、それでグランの要請や提案を断るというのも確かに可哀想ではある。それに、彼の提案は基本的に、ロイド達にはメリットしかない。故に答えは決まっていた。

 

 

「そうだな……依頼者に要請の手伝いをさせるのは少し気が引けるけど、確かに良い考えだ。よし、それでいこう」

 

 

 特務支援課のリーダーを務めるロイドの承認により、グランは協力者として彼らと行動を共にする事に。決まった以上、早速行動に移そうとロイドが告げ、各々彼の言葉に頷いた後、一先ず各要請の再確認とグランの紹介を行う為、最初の行き先は特務支援課が腰を構えるビルへと向かう事になった。

 遊撃士協会のある東通りから南西、クロスベル中央区にある特務支援課ビル。警察のエンブレムが掲げられたそのビルの前に、グランを乗せた特務支援課の車が停車する。そして車を降りたグランは、先に降車していたロイドによって開かれたビルの入口へと近づいた。

 

 

「さあ、入ってくれ」

 

 

「では、お邪魔して————」

 

 

「ロイドおかえりー!」

 

 

 突然、特徴的な甲高い少女の声と同時にグランは体へ軽い衝撃を受けた。彼の目の前には体へ顔を埋めている緑髪の少女、そして隣にいるロイドは苦笑気味にその光景を見守っている。ぞろぞろと姿を現したエリィやランディ、ノエルにワジもその光景を目にしてどこか苦笑気味だ。

 一方、待ち望んだ返答がいつまでも返ってこない事に疑問を抱いた少女は顔を上げる。

 

 

「あなただれ〜?」

 

 

「いきなり人の体に飛びこんでおいて質問とは、いい性格してんな嬢ちゃん。ロイドさん、この子は?」

 

 

「キーアって言って、うちで預かっている子なんだ。ほらキーア、挨拶して」

 

 

「こんにちわー」

 

 

 キーアと呼ばれた緑髪の少女が挨拶とともに笑顔を浮かべたその瞬間、グランは未だかつてない衝撃を受けた。物理的な意味ではなく、主に精神的な意味合いで。

 屈託のない笑顔は癒しを運び、無垢な瞳は万人を魅了する。特徴的な高い声は耳を伝い、脳へと直接働きかけた。麻薬のような中毒性で声を刷り込み、その声を聴けば本能的に守らなければ、と感じる程の保護欲が無条件に湧き上がる。目の前の少女を視界に収め、揺り動かされる感情にはグランも驚き、身を硬直させた。

 キーアを前に動揺の色を隠せないグランは、オレには会長がいる、と訳の分からない独り言を何度も呟きながら徐々に冷静さを取り戻す。彼は邪念でも振り払うかのように頭を左右へ振った後、改めて目の前の少女へ視線を向けた。

 

 

「こんにちは。オレの名前はグランハルト、お嬢さんの名前は?」

 

 

「キーアだよー」

 

 

「そうか、いい名前だ。よろしくなキーア。それと————」

 

 

ーーーー面白い力を持ってるんだなーーーー

 

 

「っ!?」

 

 

 ふと、耳元で聞こえた言葉にキーアは顔を驚かせる。彼女は急いで視線を横へ向けるが、グランは既に耳元から顔を離していた。その表情も笑顔を浮かべ、あたかも最初から何も無かったかのように彼女の驚いた顔を見下ろしている。もしかして今の出来事は気のせいなのか、耳にした言葉は聞き間違いなのかと、キーアは目の前のグランを視界に首を傾げていた。

 だが、それは確かに気のせいでも、聞き間違いでもなく。

 

 

「なんだなんだ、キー坊とグランの二人だけで内緒話か?」

 

 

「え? う、うん……」

 

 

「ランディ兄さん、この子も困ってますよ。取り敢えず中にお邪魔します」

 

 

 からかうランディをグランがあしらった後。一人、また一人と。グランを先頭に、特務支援課のメンバーはビルの中へと入っていく。しかし、入口で未だ放心状態にあるキーアは、一人その場に立ったまま。少し経って不思議に思ったロイド達が中から彼女を呼ぶ事で、漸くその意識を覚醒した。

 

 

「いまいくー」

 

 

 キーアは扉を閉め、ロイド達が待つオフィスの中へと戻る。そして、彼らによって会議を行う席に案内されていたグランの顔へ、その視線を向けた。

 

 

「もしかして、気付かれたのかな……? うんうん、そんなことないよね」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「……」

 

 

 遊撃士協会クロスベル支部のカウンターにて。書類数枚を片手に持ち、悩ましげにそれを見詰めるミシェルの姿があった。彼は先刻グランがここを訪れ、ロイド達特務支援課を交えて会議を行った後、受付業務に戻ってからずっとこの調子だ。書類整理や資料作成、依頼の確認や手続き等仕事は他にも山ほどある筈なのだが、それらは一切手に着かず。屋内にはミシェルのため息が響くばかりである。

 手に持つ書類を読み返しては、何度目になるか分からないため息をつく。そんな中、ふと入口の扉が開かれた。

 

 

「ったく、やっと一息つけるぜ……」

 

 

「はは、通商会議ともなると人の数は普段の比じゃないからね。忙しいのは仕方がないさ」

 

 

「わかってるっての……ん? ミシェル、何かあったのか?」

 

 

「ヴェンツェルにスコット……丁度いいタイミングで戻って来てくれたわ」

 

 

 クロスベル支部に所属する遊撃士、金髪をオールバックに整えた男ヴェンツェルと、茶髪の男スコット。ミシェルは一時帰還した彼らを手招くと、二人へ手に持っていた数枚の書類を手渡し、目を通してくれと話す。ヴェンツェルとスコットの二人は首を傾げつつ、手渡された書類に目を通した。

 書類を読むにつれて、表情に険しさを増す二人。そして、ある程度の内容を読み終わったところで、スコットがミシェルに問い掛ける。

 

 

「内容を見るに、通商会議でのテロリスト襲撃に備えた警戒態勢についてのようだけど……これがどうしたんですか?」

 

 

「……エレボニア帝国政府臨時武官、グランハルト=オルランド……紅の剣聖が提案したものよ」

 

 

「なんだと!? ヤツがここへ来やがったのか!?」

 

 

 紅の剣聖の名を聞いた途端、ヴェンツェルは眉間にしわを寄せて怒鳴り声を上げた。事情を知っている二人は彼の反応を見てそれ程驚いた様子を見せてはいないが、今はその感情を押し留めてもらわなければいけないと、彼を宥めて話を元に戻す。そして、改めて書類に視線を向け、遊撃士と警備隊の配置図を見てスコットが疑問を抱いた。

 

 

「しかし、この図を見ると警備の配置と言うより、テロリストが使う襲撃地点の作戦図みたいだね」

 

 

「グラン君が作成したんだけど、彼が警備をする時のやり方みたいよ。自分がテロリストならここを攻める、この地点を破壊する。そして、ここを逃走経路に使用する。彼自身が襲撃する仮定でその作戦を立てて、上塗りで警備の配置図を作成するようね」

 

 

「フン、襲撃するのは得意だろうからな。それを逆手に取ったんだろうよ」

 

 

 警備において最も優先される事は、襲撃を受けた際に重要拠点やその場にいる人物を守りきる事であり、可能ならば犯人の拘束もしなければならない。予めテロリストの襲撃を予測し、その地点や関連する設備の防衛を行う事が警備の目的である。その為、テロリストの観点から見た襲撃の構図というのは非常に重要となってくる。

 そして、グランが護衛任務を遂行する上で警備配置を決定する方法は、まず己をテロリストとして仮定し、襲撃を立案する。自分ならここを襲撃、或いは破壊すると言った地点を特定し、そこを重点的に警備するというもの。一般的な警備の取り決めと余り変わらないように見えるが、実は少し違う。テロリストの立場で襲撃作戦を立案し、作戦の流れを全体図で記す。その事により、テロリストによる襲撃の意図や、襲撃時の現場の状況や敵の行動予測、その時点での防衛においての欠点というものが明確になってくる。ただ単に襲撃を予測して重要地点の警備をするよりも、緊急時の対応が遥かに円滑に進む。それが、グランの警備配置における考え方だった。

 無論、欠点もある。自身で襲撃作戦を立案し、それを土台に警備配置を決める以上、どうしても主観的な考えが混ざらざるを得ない。自身とテロリストとの考えの相違、互いの力量差、そう言った違いに脆い部分もある。故に、味方や敵の情報というものが非常に重要になってくる。その違いを客観的に分析し作戦に組み込む事で、脆い部分を埋める必要があるからだ。

 

 

「なるほど、彼ならではという事か。ところで一つ気になるんだけど、この警備の人員の少なさは?」

 

 

「彼たっての希望でね。赤い星座や黒月(ヘイユエ)との繋がりが、帝国と共和国にある以上、両国を交えた事前の警備配置があてにならない。そこで、両国には内密に独自でクロスベルの戦力を頼ったってわけ。実際、この作戦に各国の戦力は含まれてないわ」

 

 

「ちっ、俺達の警戒対象も視野に入れての警備を再構築したってわけか。ヤツの考えってのは胸くそ悪りぃが、この作戦は確かに悪くねぇ。つうかこの作戦、人員こそ少数だが、作戦の密度も情報量も一国の軍の会議で扱うレベルじゃねぇか」

 

 

「そう、問題はそこなのよ」

 

 

 話の中で顔を驚かせるヴェンツェルの言葉に、ミシェルは再び悩ましげな顔を浮かべる。グランが立案し、遊撃士協会に託した警備配置の案。その警備の規模こそ少数人員だが、クロスベルにおける状況や、襲撃が予測されるテロリスト達の情報、そしてそれらを踏まえた上での襲撃を計画し、更にその上塗りで作成した警備配置。そう、ここまで緻密に練られた作戦を、これだけの情報を一人で……それも齢十六の子供が考え、処理している事が異常だった。

 そして同時に、ミシェルは一人の人物を思い出す。

 

 

「実力はアリオスに匹敵する上に、これほどの指揮能力まで兼ね備えているなんて……まるでカシウス=ブライトね」

 

 

「リベールの『剣聖』か。経験の差や実績を考慮すると、流石にあれと肩を並べるには早いだろうがな。まあ、若いが確かにこいつも国を守護するだけの器は持ってやがる。帝国や共和国にでも引き抜かれたら脅威だな」

 

 

「考えたくもないわね。本当、リベールの女王陛下が紅の剣聖の特別雇用を承認したのはファインプレーよ。彼に軍人としての経験を積ませれば、それこそカシウス=ブライトに匹敵する存在にもなり得る。その上結社とも繋がりがあるんだから……いっその事、遊撃士でも目指してくれないかしら」

 

 

「はは、それはそれで問題ありそうだけど……紅の剣聖、彼の評価を改める必要があるね」

 

 

 三人は手に持った書類とは別の、カウンターに置いた警備に関する書類十数枚を見詰め、その表情を険しくさせる。その全てが、グランが立案し、或いは提供した情報であり、また彼という脅威の一部でしかない事に。

 今回の一件は、グランという人間の、紅の剣聖という存在の脅威度を実感するには十分過ぎた。その知略と行動力は彼らの予想以上であり、グランが今後このクロスベルへ与えかねない影響を考えて三人の眉間のシワは更に増える。情勢の不安定なこの地において、彼という脅威は無視できない。たとえ此度は手を組むとしても、決して気を許す事はあってはならない、と。

 遊撃士組の苦悩は続く。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「エリィさんの胸って何カップですか?」

 

 

「……え?」

 

 

 突如、グランの一言で特務支援課のロビーが凍り付いた。これまで仕事上を理由に敬語を崩さなかった彼に、そろそろ堅苦しいのは無しにして、普段通りに振舞っていいとランディが助言した矢先の事。遊撃士協会で一目見た時から気になっていたと、グランは爽やかに問い掛けた。質問を投げかけられたエリィを初め、ロイドとノエルはその問いに驚きの余り顔を硬直させる。ランディはやってしまったと頭を抱え、ワジに至っては笑いを堪えるのに必死だ。特務支援課の警察犬として登録されている、白と青の毛並みが特徴の狼ツァイトのそばにいるキーアは首を傾げてグラン達を見ていた。

 十数秒の硬直の後、漸く我に返ったエリィはグランの視線が未だに自分の胸から離れていない事に気づいて困惑する。

 

 

「あははは……グラン君、急にどうしたの?」

 

 

「どうしたも何も、その大きさは誰でも気になりますって。それと……」

 

 

「そ、それと?」

 

 

「ノエルさんも結構良い形してますね」

 

 

「服の上から判るの!?」

 

 

 どういう会話の流れなのか不明だが、何故か話に巻き込まれたノエルは頬を染めて胸を半身の姿勢で隠す。エリィも両手で胸を隠して困惑気味に頬を染めていた。真面目な少年だと思っていたのに、まさかこんな事を口にするとは思わず。逆にここまで堂々と話されては、怒るよりも恥ずかしさが勝って二人とも強く出れないでいた。

 

 

「な、なぁランディ。彼をセクハラで捕まえてもいいか?」

 

 

「すまん、こんなんでも俺の従弟なんだ。悪いが堪えてくれ」

 

 

「あっははは……! 面白いね、彼」

 

 

「因みに触ったりとか……」

 

 

「ダメに決まってるじゃない!?」

 

 

「ダメですよ!? 何考えてるの!?」

 

 

 ロイドとランディのため息は深く響き、ワジは堪えきれずに腹を抱えて笑っている。更にとんでも無い事まで言い始めるグランへ、二人は断固として全力で拒否していた。

 返ってくる答えなど分かりきっているだろうに、深い落ち込みを見せるグラン。そして、そんな彼を見てエリィとノエルは思った。ああ、やっぱりこの子はランディの従弟だと。




やらかしました(笑)

ま、まあ隠してたっていつかバレるんだし、早い内に打ち明けたほうがいいよね!(なお自重はしない模様

そう言えば、暁の軌跡をPS3で始めました。(PC環境が無いので)
ロード長過ぎ、休日の昼間なんかまともにプレイ出来ないよ! 運営さん、サーバー強化はよ!

エリィとノエルの(胸の)明日はどっちだ……!

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