紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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決意の一戦は

 

 

 

「──阿呆、上だ!」

 

 

「っ!?」

 

 

 ただ単純に見えなかった。互いに十歩は離れていた、にもかかわらずその距離から瞬時に真上へ近接していた。瞬間移動と錯覚してしまうグランの速度に驚きつつ、ラウラは頭上からくる刀の強襲を咄嗟に剣で受け止める。

 初手から一切の容赦なき一撃を、グランの声を耳にしてから防げたのは奇跡だった。それほどまでの速さ、荒々しくも研ぎ澄まされた音速を越える一振り。二度目はどうなるか分からないと、額の冷や汗を拭う暇もなく彼女はただ必死に凌ぎ合いを堪える。まだ十秒すら経っていない、これがあと五分近くあるのだ。その時に自分は立っていられるのだろうか、先までの決意とは裏腹に彼女の中で僅かな揺らぎが生じる。

 己の決意とその身を賭けた勝負、グランの剣を凌ぎきらなければそこで終わってしまう五分間の死の綱渡り。この闘いにそれだけの価値が、意味があるのかはラウラ自身にもよく分からない。もしかしたら早まったのかもしれない、ここでグランに想いを届けるのは時期尚早だったのかもしれない。グランの刀に抗いながら、今になって一抹の不安がラウラの脳裏に走る。

 

 

「さっきまでの威勢はどうした? この程度で揺らぐ決意で、何故戦場(ここ)に立っている?」

 

 

「くっ……」

 

 

「まあ、それもまた良しか。所詮はその程度だ、オレの見当違いだったか──」

 

 

「決め、つけないでもらおう……かっ!」

 

 

 挑発を遮るような強引な押し返し。刀を弾いたラウラは鋭い目付きで、距離を取ったグランへ即座に詰め寄る。馬鹿にされて頭に来た、一撃は叩き込まないと気がすまない。ラウラの表情からは既に、不安といった感情は消えていた。

 剣を背に振りかぶり、前進力を逃がす事なく乗せ、直後の隙などお構いなしに彼女は全力で剣を振りかざす。アルゼイドの基礎を忘れる事なく、しかし痛烈なその一振り。いつものグランなら反撃を狙って回避を選ぶが、聞こえてきたのは空を切る音ではなく剣戟。彼は敢えてその剣を正面から受けた。

 

 

「そうだ、それでこそお前の剣だラウラ。勝ちに向かうならともかく、畏れで受けに徹する事ほどつまらんものはない!」

 

 

 漸く潰し合いが出来ると、グランは畏れを払拭したラウラの剣の悉くを刀で対応する。幾度となく斬り結び、剣戟は絶えず鳴り響く。息をつく間もない斬り合い、少しでも気を抜けば圧し潰されそうな重圧。一つの躊躇が命を落としかけない現状は、二重にも三重にもなってラウラを襲う。それは彼女にとって紛れもなく、グランがこれまで歩んできた戦場と同等の空間である。

 ラウラが詰め寄って漸く始まりを告げた闘い、しかし気付けば彼女の立ち位置は壇上の端にまで追い込まれていた。いくら互いに同時のタイミングで剣を弾き返していたとしても、やはり地力の差はそうそう埋まるものではない。完璧にグランの太刀に対応していても、それだけの差がある事はこの場を見れば明白だった。加えてラウラには息切れも見え始め、対してグランは呼吸ひとつ乱していない。場況は既に……いや、初めから(・・・・・)グランに傾いていた。

 

 

「思いの外硬いな、ここまで全ての太刀を凌ぐとはよくやる。そこまで通したい想いか……この感覚も随分と懐かしい」

 

 

「くっ……!?」

 

 

「一つ確認しておきたい。何故ここまでやる? オレ個人の考えとして、グランハルトという人間にそこまでの価値は無い。ましてや命を賭けるなど……理解に苦しむ」

 

 

 刀と大剣が競り合う中、ふとラウラにかかる重圧が軽くなった。大剣と凌ぎ合う刀も若干その力を弱め、彼女にも思考と言葉を発する余裕が出来る。応答出来るようにというグランの配慮だろう。

 ラウラは不意に問われた内容に対し、自身の持ちうる回答を探すべく瞳を伏せる。そして答えるのは思いの外早かった。彼女にとってそれは、ごく当たり前の事のように。

 

 

「仲間、だからだ。そなたが剣の道を歩む同志であり、また同じ学舎で過ごす級友でもある。理由としては十分であろう……それだけでは不満か?」

 

 

「何だ……不満というよりな、引っ掛かるんだ。お前何か他に隠している事はないか?」

 

 

「そ、それは……」

 

 

 ラウラの瞳が泳ぐ。その頬も僅かに赤みを帯び、グランに向けていた視線も場外に移して彼の姿を視界から外した。やはり隠していたかとグランはため息を一つ、ここまできて何を躊躇うと若干の呆れを見せていた。

 しかし、その態度が今度はラウラに不満を抱かせる。ジト目がグランへ向けられた。

 

 

「やはりそなたもリィンと似通った点があるな。あれか、エマの言っていた通り、八葉の使い手は皆そうなのか?」

 

 

「いいから言え、これが最後の問答になるとも限らん」

 

 

「絶対に言わぬ……というかこの状況で言えるか!」

 

 

 断固とした決意で刀を弾く。少なくともこの場で告げる事ではないと、グランの後方へ移動したラウラは剣を構え直す。熱を帯びていた頬の赤みは消え始め、気持ちを切り替えたのかその表情も凛とした彼女の姿に戻っていた。グランは若干不満げな様子ではあったが、彼女が話さない以上は仕方がないかと再度刀を構える。

 仕切り直しになった現状だが、肩で息をしているラウラと何一つ変化の無いグランとでは、追い込まれているのがどちらかなど分かりきった事だ。だからと言ってラウラがここで諦めてしまえば、訪れるのは最悪の結果。故に、どのような状況であれ、彼女には一つの選択肢しかない。

 ラウラは自身に活を入れた後、地を蹴ってグランへと駆ける。

 

 

「──砕け散れっ!」

 

 

 接近とともに跳躍、全てを砕かんとする一撃がラウラによって振り下ろされた。場内に響くは刃が交差する金属音、それはまたしてもグランが回避ではなく受け止めた結果を示す。回避行動事態は不可能ではなくとも、あくまで正面からの衝突、力で押し通す彼の考えは変わらない。

 しかし、その姿を捉えてなおグランの体勢は僅かに崩れるにとどまる。揺らがない。ラウラは開始から全ての攻めにおいて己の全力を出していながら、彼の優勢を傾ける事が出来ない。競り合いの最中、いつまでも押しきれないその現状に、彼女の表情が一段と苦いものを浮かべた。

 そして、事態が動き始めたのはその直後。

 

 

「あの時とは比べ物にならん技のキレだ、まさかこちらの体勢が崩れるとはな」

 

 

「攻めいる隙も無い、崩したとは言わぬっ!?」

 

 

「ああ……だからこそ、ここで終いだ」

 

 

 瞬間、ラウラはその場で一度意識を失いかけた。しかし持ちこたえる。飲まれまいと唇を噛んで意識を正し、目の前から距離を取ったグランを視界に捉えた。だが、次に彼女の目には信じられない光景が映る。

 全てが紅く染まっていた。異界の雰囲気に空間そのものが震えていた。練武場だったそこは、血に塗れた世界とも呼ぶべき異空間へ。そして空間を塗り替えるほどの闘気の元凶、場の色よりもいっそう紅い瞳で彼女の姿を捉えながら、グランは刀を納刀した。

 

 

「ここまでよくもった、その気概には敬意を評する。礼を言うぞ、久方振りに楽しめた」

 

 

「これは、あの時の……」

 

 

「少し違うがな。あの時ほどの速さもなければ、認識できない仕掛けもない。今のオレの限界だ」

 

 

 グランは瞳を伏せ、今の己を自嘲するかのように笑みをこぼした。その表情には、自身に対しての哀れみ、皮肉といった感情が入り雑じっている。この姿は決して認めない、容認する事は出来ないと言わんばかりに。

 対し、ラウラは──

 

 

「──っはぁ、はぁ、はぁ……っ!?」

 

 

 空になった肺に漸く空気を送り込む。呼吸の乱れはこれまでの比ではなく、胸を押さえて息を整えるその様子は完全に呼吸を忘れていた。何が今の自分に起きていたのか、混乱する中で額から頬へ流れた汗を拭い、何とか状況を整理する。

 しかしその必要はない。彼女は現状を既に理解していた。頭でも、心でもなく、その身体自身が。

 

 

「震えが、止まら、ない……?」

 

 

 己の命を奪い取るもの。この身を斬り裂く絶対の悪性。目の前にいる憧れが、半年を共に過ごした級友が、言葉ではなく存在そのもので語りかけてくる。次に刀が鞘を離れた時、その命は無いと。

 殺意という悪性、恐怖を、ラウラはこの時初めて認識した。開始直後に感じた不安など些細な事のように、今の状況が絶望的なものであると、身体が必死に警笛を鳴らす。引き返せ、この闘いから退却しろ。壇上から降り、全てを無かった事にするのだと。その命を繋ぎ止めようと、身体は震えという信号で示していた。

 

 

「止まれ……止まれ、止まれ、止まれっ!」

 

 

 必死に身体へ暗示をかける。震えていては剣を使えない、これから来るグランの太刀に対応できないからと。開始前、この命を賭けてでも彼を止めて見せる、その決意を無駄にしたくない。何より自分自身に嘘をつきたくない。必死の暗示の効果か、その震えはゆっくりと収まりをみせた。

 目の焦点を合わせたラウラは、その目にグランの姿を見据える。彼の瞳は未だ開いてはいない。この醜態を晒さずにすんだという安堵の気持ちと、いっそのこと見られて失望されたほうが良かったのかもしれないという、複雑な心境が胸の中に広がる。しかし──

 

 

「これでは、駄目、だ」

 

 

 不意にラウラは頭を振った。このままではいけない。どう抗おうと、揺らいだままではグランの太刀を凌ぐなど不可能だ。悪性に畏れてもいい、殺意に恐れてもいい。その代わり、自分自身を見失う事だけは絶対に駄目だと。この先へ進むためにも、彼女はその決意を改めて声に出す。

 

 

「……私はここで終わらない。槍の聖女に追いつく為に、そなたに背を預けられる存在になるまで。何より、そなたに私の想いを伝えるまでは絶対に──!」

 

 

 彼女の決意が場に響いたその時だった。紅に染められた場内の景色が、僅かに変容をみせる。紅一色だったそれは、一点を照らす青が少しずつではあるが膨らみ始めた。それはまるで、流れた血を清水で流すように、傷を癒すように青が紅を取り込んでいく。いつしか場の光景を元の練武場へと、異境と化していた空間を消し去っていた。

 自身の闘気に抗いをみせるそれに、グランは驚きで目を見開く。先程までは絶望下で沈んでいたラウラが、暗闇の中で光を見つけたかのような、希望に満ちた表情を浮かべていたのだから。思わず彼も笑みがこぼれる。

 

 

「不思議な奴だ、この一瞬で精気を取り戻すか。なるほど、オレが見込んだだけの事はあったようだ……さて、凌ぎきればお前の勝ち。出来なければオレの勝ちだ。その決意、どこまで通せるか試させてもらうぞ」

 

 

「無論、通すつもりだ。そなたの全てを受け止めた上で、私の全てをそなたに届けてみせよう」

 

 

「上等だ……!」

 

 

 互いが闘気を最高潮に高める。その覇気は競り合うようにぶつかり合い、一歩も譲る気配をみせない。次の手が最後になる。グランは鞘に手を当てると刀を抜刀し、一刀で斬り伏せるべく構えをみせた。姿勢は半身に、刃先を前へ、顔の高さに刀の位置を合わせたそれはラウラがこれまで幾度となく見てきた──弐ノ型のそれである。

 そして彼の構えを見て目を伏せた後、ラウラは大剣の刃先を後方に向け、重心を下に──剣を腰の高さに構えた。

 

 

「その構えは……思い切ったな」

 

 

「そなたも知っている筈だ。我らアルゼイドの流派は、固執することなく、あらゆる武術の利点を学び、取り入れる。私はこれまでずっとそなたを見てきたのだからな、必然であろう?」

 

 

「そうか……如何ほどのものか」

 

 

 互いに交わすべき言葉は尽きた。丹田に力を、足底に意識を集中し、瞬発の時に備えて双方姿を見据える。グランはラウラを仕留めるべく、ラウラはグランの太刀を凌ぐべく。呼吸を一つ、肺に僅かな空気を含め──先に地を蹴ったのはグランだった。

 

 

「秘技──」

 

 

 姿が消えたと同時に第一の剣戟が鳴り響く。遅れて踏み込んだラウラだが、倒れてはいない。体勢が僅かに崩れるも、大剣は未だ腰の高さに、足はしっかりと地へ着いていた。彼女はグランの太刀を凌いだのだ。

 しかし、彼の扱う弐ノ型(それ)は一撃に非ず。

 

 

「裏疾風!」

 

 

 ラウラの背後から突然襲いかかる弧の斬撃。後にグランの姿が現れるそれは、人の域では認識できないほどの速度を表している。やはり地力の差は覆らない、どうあっても不可能は不可能のまま終わってしまうのか。

 ラウラにとっては完全な隙、死角からの追撃だ。もう彼女に為す術は無い──が、その時。

 

 

「はあああああ──っ!」

 

 

 硬直していたと思われたラウラは、何と身体を反転させて逆袈裟の一撃を繰り出した。弧の斬撃は反撃によって二つに分かれ、彼女を完全に捉える事は出来ず。しかしそれでも追撃は通っていたらしく、直後にラウラは大剣を落として膝をつく。

 だが、凌ぎきった。凌ぎきったのだ。音速を超える一撃を、認識すら出来ない筈の太刀と追撃を。彼女は今、確かにこの逆境を乗り越えた。しかし──

 

 

「──三撃目は、予測出来なかったか」

 

 

「そん、な……っ!?」

 

 

 刀を振り抜いていた筈のグランが、いつしかラウラとの距離をゼロにまで縮めていた。追撃の後の三撃目。得物を落とし、尚且つ立ち上がる力など残っていない彼女に対応など出来る筈もなく。

 凌ぎきる事の出来なかった無念さと、決意を通せなかった絶望を胸に。ラウラは意識を手放した。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「そうか……私は、グランの太刀を凌げなかったのだな」

 

 

 陽光が照らす大木の下、幹を背にしてラウラは一人俯いていた。彼女は感覚的に悟る、この場は先程までいた世界ではないという事を。

 命を賭したグランとの一戦。決意を胸に挑んだ闘いは、想いを通せずに終わりを告げた。やるせない気持ちをその胸に秘めながら、幹の反対側から感じる気配に一人語りかける。

 

 

「勝てない事は分かっていた。全力を出したグランに、私が敵うはずなど無いと。普段の手合わせで軽くあしらわれる私が、勝てる要素など一つとして無かった。ふふ……何故、仕合など挑んだのだろうな」

 

 

「……」

 

 

「ああ、分かっている。自己満足のために行った結果だ。ただ、不思議な事に、この結果に後悔は無い」

 

 

 幹に背を預けていたラウラは腰を上げ、その場で立ち上がった。立ち止まっていては何も始まらない、進み続けることこそが己の取り柄だと。動きを止めたままだと性に合わない、彼女の表情からはそんな感情が見て取れる。

 

 

「そなたも一緒に行かないか? ここで立ち止まっていては、出会いにも出来事にも巡り会えないぞ?」

 

 

「……く……て……」

 

 

「ふむ? よく聞こえなかったが──」

 

 

「早く彼の所へいってあげて。あなたがここへ来るには、ちょっと早すぎるかな」

 

 

 聞き返したラウラの視線の先、幹の反対側で座っていた少女の声にその顔を覗かせると、その少女は見たことがある人物のものだった。いや、忘れようはずが無い。その顔は、ラウラが通っているトールズ士官学院の生徒会長、トワ=ハーシェルと瓜二つだ。

 見間違いかと目を擦り、ラウラはもう一度その少女の顔を瞳に映す。しかしその時、突然の睡魔が彼女を襲った。

 

 

「会長……では、ないな。そなたは、一体──」

 

 

「ふふ……私の事は、いつか彼の口から聞いてみて──」

 

 

──私に無かったその強さで、グランハルトの事をお願いします……ふふ。でももう一人の子、結構難敵みたいだよ?──

 

 

 優しげな少女の声と共に、ラウラはその場で眠りに落ちる。少女が見守る中、世界はやがて真っ白に染まり、二人の姿さえも消えていく。

 悠久の刻、あるいは刹那の出来事とも言えた。意識だけが存在する不可思議な現象、体が浮遊しているような感覚、そんな状況に一人困惑している中。ふと、身体を揺らされているような感覚をラウラは感じた。

 

 閉じていた瞼が、ゆっくりと開き始める──

 

 

 

「よう、おはようさん。結構早く目が覚めたな」

 

 

「あ、れ……ここ、は──」

 

 

 ぼやけた視界の中、聞き慣れた声でラウラは目を覚ました。目を擦り、視界が良好になって辺りを見渡すと、そこは懐かしい故郷。レグラムにあるアルゼイド流の練武場の中だという事を理解した。何故こんな場所にいるのだろう、少し混乱した頭の中でもやもやとした気分のまま思考を巡らす。

 そして次に、視界を真上に向けた彼女は懐かしい顔をその瞳に映した。

 

 

「グラン……?」

 

 

「おいおい、大丈夫か? こりゃあ混乱してんな、さっきまでの事を覚えてるか?」

 

 

「あ、ああ。そういえば、確か私は先程までそなたと剣を──ん? 私は今何を……」

 

 

「何って、人の足の上で小一時間寝てたんだよ。少しは遠慮しろっての」

 

 

 頭を掻いてため息をつくグランを見詰めながら、ラウラは彼の言葉で徐々に今の自分が置かれている状況を理解した。先程まで自身が、グランと命を賭けた仕合を行っていた事。その勝負に自分が負け、一時の間別の場所へいた事。そして、負けたのに何故か自分が生きているという状況であるという事。

 更に、胡座をかいたグランの足の上で、自分が頭を預けている事を。

 

 

「な、なな何故このような状況に……っ!?」

 

 

「ああ、今は無理して動くな。まともに太刀をくらったんだ、少し安静にしてろ」

 

 

「そ、そう言われても……! そ、そうだ、一つ聞きたい事がある。私はそなたとの勝負に負けた。なのに何故、私は……」

 

 

「は? 誰が負けたんだよ誰が。さっきの仕合はお前の粘り勝ちだ。全くしてやられたよ」

 

 

 グランの口から告げられた言葉に、ラウラは疑問を抱く。何せ、彼女はグランが放った追撃を……三撃目を対応できなかった。そしてそれをまともに受け、意識を手放した。それはつまり、仕合に負けて命を落としたという事だ。いまいちグランの話に納得がいかないと、ラウラの疑問は晴れなかった。

 対してグランは面倒くさそうな表情ではあるが、事を飲み込めていない彼女へ向けて極めて簡潔に説明をする。

 

 

「三撃目の直前、制限時間を過ぎた。詰まりはそういう事だ」

 

 

「あ……」

 

 

「しかし残月の応用とは恐れ入ったぞ。それも回避じゃなく、受けきった上での対応か。上手いこと考えたな」

 

 

 そう、グランは仕合の開始直前に確かに制限時間を設けていた。それなりに気合いを入れる予定だったのが、予想外に興が乗ったという名目で。途中からそんなことなど忘れていたラウラは今漸く思い出したようで、呆けた表情を浮かべている。

 そんな彼女の顔を見たグランは笑いながら、先の仕合について説明を再開した。

 

 

「あの仕合はな、あくまで闘いに必要のない感情を廃したオレとの勝負だ。お前の決意を通す闘いだったんだろ? 少なくともオレが道を外れそうになった時、止められる可能性がなければこちらも納得できない。まあ、結局オレは負けたんだが」

 

 

「そ、そうだったのだな。だからあの時のそなたは、あんな事を……」

 

 

 最後の状況を思い出し、ラウラも漸く納得した。彼女が想いを通すための、グランの目的を阻止するための必要な条件。それはつまり、グランが暴走した場合に彼を諭せなければならない事。そしてそのためには、少なくとも彼の太刀を凌ぐ事が必要不可欠になる。だからこそ、潰し合いと言いながらも、闘いの中でグランは“試す”という発言をした。

 そして、ここにきて漸くラウラも実感する。グランの太刀を凌ぎきれた事に、仕合に勝利したという喜ばしい事実に。瞼を閉じ、その嬉しさを口にこぼす。

 

 

「勝ったの、だな。私はそなたとの勝負に。そうか、ふふ……」

 

 

「おめでとうさん、ラウラ。その決意は、想いは確かに刃を通して伝わった。これを機に、少しは考えてみる事も必要だと感じたよ。しかしなんだ……もっと早くお前と逢えていたら、オレもここまで道を外さずに済んだのかもな……」

 

 

「っ……グラン」

 

 

 祝福の言葉と共に呟かれた何気ないそれは、笑顔だったラウラの表情に陰りをみせる。その言葉が冗談などではなく、割りと真剣に言っているという事に気づいてしまったからだ。グランの弱気なところを殆ど見たことのない彼女にとって、それは素直に喜べるものではなかった。

 そんな時、ふとラウラは思い出す。意識を取り戻す前に見ていた夢、その時の別れ際に少女から言われた内容。あの時の少女は確かにグランの名前を口にし、己に託した事を。

 

 

「そうか、もしかしてあの少女が……」

 

 

「お、おい。身体を起こして大丈夫か?」

 

 

 グランの心配を余所に、ラウラの中で点と点が結び付いた。フィーから聞かされていた存在。グランが復讐を考えるに至った理由でもある、ノーザンブリアに住んでいたという少女。夢の中の少女は、もしかしたらそうなのかもしれない。彼女はこの時、ほぼ確信に近い思いを抱いていた。彼を支えていた存在であり、彼の生きる意味にもなっていた少女。そして、自分はその少女からグランの事を託されてしまった。最後に何か言っていたような気もするが。

 そしてふと考えてみた。もしかしたら、今がその時ではないのかと。仕合の途中では流石に口に出来なかったが、今ならこの想いを伝える事が出来るかもしれないと。

 グランが心配する中、ラウラは彼と向かい合う形で正座をすると、頬を僅かに紅潮させつつ、よそよそしくなった。

 

 

「グ、グラン。その、実はまだ、そなたに伝えていない事があるのだ」

 

 

「ん? 何だ今更改まって……」

 

 

「じ、実はだな。その、私は、その、そなたの事が──」

 

 

 そして彼女が想いを伝えようとしたその時。夜の帳が降りようかという時刻にもかかわらず、急に外が騒がしさを増す。若干気になるものの、今は気にしている場合などではない。構わず、ラウラは想いを伝えるべく言葉を紡ごうとした。

 だが──

 

 

「グラン、ラウラ、ちょっといいか!」

 

 

「おう、リィン。どうした?」

 

 

「っ……」

 

 

 練武場へ駆け込んできたリィンに、ラウラが意を決して伝えようとしたその場の雰囲気は完全に壊される。タイミングが悪いにも程があるが、リィンに悪気も責任もない事を彼女には分かってもらいたい。

 取り敢えず、このあと話の一部始終を聞いたエマとフィーを含めた三人から、終始冷ややかな視線が彼へ向けられる事になるのは言うまでもない。

 

 

 




あーあ、リィンやっちゃったー(棒読み

このあとリィンが不憫な目に遭うとかそんな事はともかく、ラウラは何とか凌ぎきりました! 二人の関係はこれからどうなる!(おい

それはさておき、次回はローエングリン城へ突入です。あのお方は出るのか!? 処刑用BGM流しながら現れちゃうのか!? 多分出ます。

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