──少々逞しく育てすぎたゆえ、迷惑をかけることもあるかもしれぬが……我が娘の事、これからもよろしく頼む──
──じゃあなお前さん達、あとの事はよろしく頼んだぜ──
所用で外出したヴィクターとトヴァルに郷を任された後、リィン達は遊撃士協会レグラム支部の屋内で書類整理に明け暮れていた。トヴァルが指示した午後からの課題は主に、溜まりに溜まったレグラム支部の書類整理となっている。トヴァルから引き継いでいたグランによる監修の中、各々書類との見つめ合いが続く。飽きっぽい性格のフィーとミリアムの二人に限っては、予想通り途中から投げ出したが。
ラウラとエマの二人に手伝ってもらいながら、何とか書類仕事をこなしていくフィーとミリアム。そして黙々と作業を進めていく中、フィーはふとラウラの顔に視線を向け、彼女の表情が悩ましげなものになっている事に気付いた。
「どうかしたの?」
「あ、いや……実は、実習の途中にそなたから聞いた事について考えていた」
「グランの事?」
「ああ。グランがこれから何をしようとしているのか、分かっていながら何も出来ない自分自身に腹が立ってしまってな」
表情は苦笑いで誤魔化しているものの、ラウラの両の手が太股の上で握り拳を作っているのがフィーには見えた。何も出来ない事への歯痒さ、苛立ち。フィーはそれをよく知っているからこそ、エベル街道でラウラに本当の事を話してしまった事に対して少し罪悪感を感じてしまう。しかしそこはさすが親友と言うべきか。その感情の変化に気付いたラウラが、気にする事はないとフィーに微笑みかけて彼女も笑顔を戻した。
実習の課題を進めにエベル街道へ足を運んだ折り、ラウラはフィーからある事を聞いていた。それは、グランがこれまで歩んできた道がどのようなものなのか、彼女が知っている限りの事。現在クロスベルの地にグランの父親であるシグムント=オルランドが滞在している事。恐らくはグランが、通商会議の同行でクロスベルへ向かうこの機に父親と決着をつけようとしている事。そして、シグムントと戦闘を行った場合、グラン曰く現状での勝率は三割あればいいという当の本人も認めている力の差を。
「そういえば、フィーは確か一度グランが父親と闘っているところを見たと言っていたな? そなたの目から観て、
「……正直分からない。向こうの実力が三年前と同じなら、グランにも勝ち目はあると思う。でも、そんなわけないし……ラウラのお父さんには聞かなかったの?」
「見送りの際、駅の中で聞いてはみた。父上が仰るには、
「どういう意味なんだろうね。今のグランを軽くあしらうのは
フィーの意見を聞き、やはりラウラは顔を曇らせる。勝ち目の薄い勝負、この際はっきり言ってしまえば単なる潰し合いだ。どちらかが倒れるまで繰り広げられる闘い、この場合倒れるというのは死を意味するもの。どちらに分があるかという話以前に、この大前提がラウラには納得いかなかった。
そしてふと、ラウラはフィーの言葉に疑問を抱く。彼女は確か、当初グランのクロスベル行きを快く思っていなかった。先の手合わせで納得したとしても、グランの勝ち目がほとんど無いという事を彼女は今も理解している。どういう事なのだろうかと。
「フィーは、このままグランがクロスベルへ向かう事に対して不満は無いのか?」
「あるよ。今でもグランのクロスベル行きを快くなんてこれっぽっちも思ってないし、出来れば取り止めてほしいくらい。だけど、証明されちゃったから。私は、グランが負けないって信じてる」
「グランに勝ち目がほとんど無いと分かっていてもか?」
「勝率と信じる事とは別問題だよ。それに、勝率が少しでもあるって事は、勝てる可能性もあるって事。猟兵は確実に仕事をこなす為に、確率や効率を最優先に考えるけど……ほら、私はもう猟兵じゃないから」
「ふふ……そうだったな」
自分は何を悩んでいたのだろう、とラウラは笑みをこぼした。目の前にいるこの親友は、過去よりも今を共にいる事を選び、こうして心を開いてくれている。それなのに、今の自分はかつて自身が最も嫌っていた猟兵、その在り方に近づいてしまっていた。無論その考えが間違っているとは彼女自身思ってはいないが、改めて考えると今の自分が滑稽に思えてきたのだろう。
自分らしく考えよう。グランが闘った場合の勝算など考えるのをやめて、ラウラはどういう風に見切りをつけるべきか改めて思考を巡らした。今の私ならばどうするか、グランに想いを伝えるにはどのようにすれば自分らしいかと。そして、結局はこの結論である。
「グランと剣を交えよう」
「ああ、やっぱり」
「何だその分かっていましたという顔は……考えた末、これが私にとって一番のやり方なのだ。ただ……今回だけは、全力で相手をしてもらわなければ意味がないだろう」
少し拗ねたような顔でフィーの声に反応するラウラだったが、その表情はすぐに真剣なものへと変わる。彼女の決意を感じたのか、フィーも僅かにその表情を強張らせた。
指南に似た手合わせのようなものであれば、ラウラはこれまで学院で幾度となくグランと行ってきた。武術訓練においても、グランの相手を務めるのはラウラやフィーだった。しかしそれは、手合わせと呼べるものではない。
そう、これからラウラがグランに願い出るのは、仕合という名の真剣勝負である。それも、命懸けの仕合。
「ラウラ、それは……」
「分かっている。恐らくグランはまともに取り合ってくれないだろう。仮に相手をしてくれたとしても、少なくとも私にそれだけの力量が伴っていなければ仕合の意味がない事も。だが……」
ラウラは席を立ち、不安げな様子のフィーを見て笑みを浮かべる。自分にはそれだけの自信がある、これまで培ってきたものは確かに力になっていると。今の自分なら、かつて旧校舎の前で軽くあしらわれた時のようには絶対にいかないと。
「皆と一緒に待っていてほしい。必ず、グランに私の想いを届けてみせよう」
ーーーーーーーー
「一応、最終確認をしておくが……本当にいいんだな?」
「──無論だ。手を抜くような事があれば怒るからな」
「はいはい、ラウラが納得するぐらいには気合いを入れてやるよ……まあ、お前次第だが」
落陽の刻、静まり返った練武場内その壇上にて対峙する剣士が二人。そこには大剣を両手持ちで構える青髪の少女と、刀を腰に下げた気怠そうな紅髪の少年の姿があった。二人の容姿とその声は紛れもなく、ラウラとグランのものに他ならない。
屋内に二人以外の姿はなく、既にリィン達とは別行動を取っている。アルゼイド流の門下生達の姿が一人も見当たらないのは、大方ラウラが追い出したか、彼らの方が空気を読んでその場をあとにしたか。どちらにせよ、この場においてその辺りの問題はさして重要ではない。問題なのは、何故このような状況になっているのかという事。
グランをこの場へ連れ出したのは、勿論ラウラである。レグラム支部で書類整理を行う最中、フィーとの会話で決意を固めた彼女は、善は急げと言わんばかりにグランへ声をかけた。
「ではまず初めに、此度の手合わせを引き受けてくれたそなたに感謝を。そして次に……誠にすまぬ!」
「いや、何でそこで謝る?」
「実は、その……そなたがこのあと向かうクロスベルで何があるのか、そなたの事情を含めてフィーに教えてもらったのだ。全て私の我が儘ゆえ、本当にすまぬ」
「別に謝る必要はない。しかしそうか、なるほど。そこまでフィーすけのやつは心を許して……」
理由を口にしたラウラの詫びる姿を視界に収めたグランが、彼女の事を咎める事はなく。そもそも、既にラウラはグランの目的に辿り着いていたし、更にその事をグラン自身も知っていたのだ。勝手に話したフィーに対してならともかくとして、怒りの矛先をラウラへ向けるのは筋が通っていない。
そして咎めるどころか、ラウラの言葉に対してグランは笑みをこぼしていた。フィーにとってのラウラの存在が、親友と呼べるほどに距離を縮めているという事に。兄のような立場でフィーを見守っていたグランだからこそ、何か心にくるものがあるのだろう。
頭を上げたラウラはそんなグランの微笑む姿に首を傾げながらも、改めて表情を真剣にし……そして、それはすぐに哀しげなものへと変化した。
「そなたの目的がそうなってしまった事については、私も分からないわけではない。そなたの父親は、妹は、それだけの事をした」
「今更同情なんてよせって……ただそれも今では理由の一つに過ぎないがな、あくまで根本ではある。だが、それを分かっていて尚オレの目的を否定するんだろう? その目的こそが、オレがこの道を選び、生きる意味として見出だしたものだと知っても」
「ああ。それでも私はそなたの目的を良しとはせぬ。父と子が争い、どちらかが命を落とすような悲劇を起こさせるわけには……いや、違うな」
「ん?」
「単に止めたいだけなのだ。そなたの為にという偽善じみた理由などではなく、ただそなたにそうあってほしくない、父親を殺めてほしくないという──私の
心の内を全て出し切り、迷いを捨てたラウラは真っ直ぐな瞳をグランへ向けながら大剣を構えた。それがグランの気持ちを無視していると、自分勝手な思いだと理解していて尚、彼女はその答えを選んだ。相手の意見も汲まなければいけない場合もあるが、今回は自分自身を信じることにした。それこそが、ラウラ=S=アルゼイドという人間なのだと。それが、ラウラなりに出した答えと決意。
そして、啖呵を切った彼女を前に唖然としていたグランは──
「く……くっははははっ! こりゃあいい、開き直りやがった。テメェの事を勝手だと言い切って尚通すか……変わったな、ラウラ」
「ふふ……士官学院に来て今日まで、Ⅶ組の皆と実習や様々な出来事を経て変わったのかもしれぬ。何より一番私を変えたのはそなただ。そして散々私を悩ませたのだ、これくらいの我が儘は聞いてもらわなければな」
「そうかそうか……了解した、そいつは責任問題だ。しかし何だ、この感じはいつ振りか……『紫電』以来かもしれん」
「……グラン?」
ふと、ラウラは気付く。グランの纏う気配の違いに、場の空気が僅かに変容した事に。しかし、それだけならば些細なことだ。これから行うのは真剣勝負、剣聖の域に辿り着いた者との仕合。場の一つや二つ張り詰めたところで、何ら不思議はない。だが、此度ラウラが引っ掛かったその違和感は、少しばかり特殊だった。
そして、彼を昔から知る者が今の様子を目撃したら、間違いなく口を揃えてこう話すだろう。
“スイッチが入った”──と。
「いい意味で予想を裏切られたぞ。思いの外興が乗ってきた、今回ばかりは素で相手をしてやる。万端を断ち切る閃紅の刃、全身全霊で抗うといい……死ぬなよ、ラウラ」
「くっ!?」
凄まじいまでの闘気、ただ対峙するだけで襲ってくる強烈な威圧感にラウラはたまらず後退った。触れたその瞬間、全てが蒸発しそうなほどの圧倒的な熱量の幻覚をその身に覚える。
ラウラは今まで傍観者だった。場面は違えど、グランがこれまで向けていた先は、サラやテロリスト達、今朝の事で言えば自身の父親である光の剣匠に対してだ。彼女はこの時初めて戦慄する。これから始まる仕合、その時に訪れるかもしれない死期を感じて。
「さすがにこちらも予定外だ、特例として制限時間を五分設ける。凌ぎきればそちらの勝ち、敗北は無論死を意味する。いいな?」
「確認の必要はない」
「それでいい……久方振りの潰し合い、妥協は一切無しでいかせてもらう!」
グランは刀を抜き、脇差の構えで鋭い眼光をラウラへ向ける。だが、その動きに対して彼女は冷や汗が頬をつたい、顎先から滴り落ちるまで微動だにしなかった。余りに予想外の威圧感に体が動かないのか、第三者の目から見ればそう思ってもおかしくはない。
しかしそうではなかった。ラウラはほんの一瞬瞳を閉じて呼吸を整えると、その表情はすぐさま笑みへと変わる。その顔は畏れではなく、好敵手と対峙した時のそれである。構えた大剣を握る手に力を入れ、自らを鼓舞していた。
何故ならば。この瞬間、紛れもなくラウラはグランと対等な立場で剣を構える事が出来たのだから。
「私の全力を持って、そなたの太刀を凌ぎきる!」
ラウラの命を賭した
想いを伝える闘いだから告白で合ってますよね? あ、違いますかそうですか。こんなの告白じゃないと……
年内の更新はこれが最後となります。去年の今頃、来年で完結するといいなと言っていたのがついこの間のように感じる今日この頃……はい、見事に更新滞ってますねごめんなさい。
来年は完結するといいね!(FGOでガチャを回しながら