レグラムからバリアハート方面へと通じるエベル街道。晴天の下、昨日とは変わって霧も薄く、周囲の見通しは良好だった。魔獣の類いは相も変わらず所々で出会すグラン達だったが、彼らの戦力で苦労などあるはずもなく。途中からはグラン達三人を見掛けた魔獣達が逃げていくという構図が目立っていた。
舗道を外れ、フィーの案内によって街道外れにある高台へと三人は訪れた。薄い霧を運ぶ涼風は髪を棚引かせ、夏真っ盛りとは思えない心地良い冷ややかな感覚を三人の頬へ与える。しかして彼らの視界には現在、そんな自然の産物とはかけ離れた光景が広がっていた。
「おーお、こりゃあまた派手に壊したな」
「大体ラウラのせい」
「お、おっかねぇな、最近の士官学院生ってのは……」
見るも無惨に破壊された機械人形の残骸。胴体は変形し、肢体に該当する部分は切断されてバラバラになっていた。愉快そうに笑うグランの隣、フィーは他人事のように話しているが、トヴァルからしてみれば全くもって笑えない状況である。
戦術オーブメントの恩恵を受けた複数人が戦ったとは言え、リィン達は皆一応学生の域だ。勿論学院の中でも彼らは強者の部類に入りはするものの、機械人形とはそもそも学生であるリィン達には過ぎた相手だろう。結果的には、リィン達の実力でも十分対処できる範囲だったのだが。
ではそれほどの危険性を有する機械人形。出現理由は不明、魔獣の類いで無ければ製作者も不明、そしてその意図も不明。誰が何故どうして製作し、この地へ放ったのかという疑問点が残る。
しかし、実はここにいる三人の内、二人はその理由に気付いていた。
「まず奴らの差し金で間違いないと思うが……お前さんはどう思う? こいつのデータ採取が目的なのか、或いはこのタイミングだと陽動って線の方が固いが……」
「さてな。ただまあ、性能テストって割には見掛けた事のある
「奴らって?」
「フィーすけは知らんでいい。いや……いずれは関わる事になるか」
顎に手を当てて考察する二人の傍。話に置いていかれているフィーの問いに対し、考える素振りを見せた後にグランが答える。二人が話していた可能性、それを裏で密かに進めているという存在について。
その名は、『身喰らう蛇』。遊撃士や七耀教会からは結社と呼ばれている、一つの組織だった。
「
「おっと、意外な形で情報得られそうだが……遊撃士の前でそんな話してもいいのか?」
「フィーすけに説明してやるだけだ。第一アンタ程の人脈なら、今から話す事くらいは知ってるだろうからあんまり期待しない方がいい」
話に割り込んだトヴァルへ牽制を入れつつ、グランは少し戸惑った様子の彼を置いてフィーへの説明を再開した。結社、身喰らう蛇の概要についてだ。
曰く、この組織はとある目的を掲げて過去から今現在も暗躍を続けているという。盟主の悲願を果たす為に、使徒がそれぞれ計画を遂行していき、執行者がその手伝いを行う立場にある。しかし執行者自体は盟主によってあらゆる自由が約束されているため、必ずしも計画を手伝わなければいけないという訳では無いらしいが。
「まず盟主ってのが厄介でな。姿形も不明、おまけにとんでもない能力まであるときた」
「ふーん……それって?」
「いや、これは確証が無いからいい。次に使徒と執行者についてだが、俺が知ってる中でまともなのは片手で数えるくらいしかいなくてな。各々実力は飛び抜けて高いが、性格は頭のイカれた連中から騎士道精神を重んじる奴まで様々だ。出来れば金輪際関わりたくない変人の巣窟だよ」
「ははっ、そりゃあ言えてるな」
「……?」
「それとこれだけは覚えておくといい。結社の連中と出会したら、まず確実に退路を見出だしておけ」
そして最後に付け加えられた忠告。グランが念を押すという事が、それだけ彼が結社の人間達の戦闘力を高く評価しているのだと感じてフィーは頷く。関わらないのがベストではあるが、グランの言い様ではこの先彼女が結社の人間と相対する可能性がある事を示唆している。素直に聞くに越した事はないだろう。
しかし、ここでフィーはふと疑問に思う。話を聞くに、結社とは表舞台に顔を出す事の無い素性の知れない組織だ。いくらグランが猟兵として情報を得ているとしても、何故ここまで詳しいのかと。
「何だ、他に聞いておきたい事でもあるのか?」
「……ううん、何でもない」
だが、グランの声にフィーは首を横に振る。彼女がその疑問を問う事は無かった。グランはその様子に少し気にした素振りを見せるが、それ以上続ける事はなく。
フィーが聞かなかったのは、その疑問を信じたくなかったからだ。彼女の抱いたその疑問がもし本当なのだとしたら、この先、本当の意味で彼と敵対する事になるかもしれないと、フィーの勘が告げていたからである。
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突然の訪れ。カイエン公爵によるアルゼイド家への訪問は、レグラムの領民に激震を走らせると共に、決して小さくない警戒心を彼らに生む事となった。連れ立った領邦軍の態度も一つの原因だが、最も大きな要因として、カイエン公爵自らがアルゼイド子爵に対し、貴族派への所属に応じるよう脅し混じりに伝えたからである。その事を話し伝えに聞いた領民達が、町の入口から街道へ走り始める導力リムジンへ揃って厳しい視線を送っていたのはつい先程までの事だ。
カイエン公爵一行がレグラムの地をあとにし、平穏な空気が戻った町中の奥。アルゼイド家の屋敷内にある書斎にて、椅子に腰を下ろしたヴィクターは眼前で立ち並ぶリィン達へ視線を移し、その表情に悩ましげな様子を見せていた。
「父上……やはり、カイエン公爵は貴族派への勧誘をしに……」
「ああ。貴族ならば貴族派に属せと言うのが、あちらの言い分なのだろう。噂では、あまり気乗りしない貴族達も強引に引き入れていると聞く」
ラウラの不安げな顔を前に、ヴィクターは噂で聞いた貴族派の強引な手段を口にして表情に陰りを見せる。直後にヴィクターがどのような考えなのかとラウラは問い掛けるが、勿論応じるつもりはないという返答に彼女は安堵の表情を浮かべた。独立独歩で知られるアルゼイド家が、そうそう貴族派への所属に応じる事はないだろう。
しかし、それはあくまでもヴィクターのように強固な精神と意志を持った人間だから出せる答えである。普通の片田舎を領地にする貴族達が、それだけの力や意志を持ち合わせているのは極めて稀だ。大抵は権力という大きな力に飲まれ、自らの意志とは反対に従わざるを得ない状況に陥ってしまう。そしてだからこそ、メンバーの中でもその片田舎の貴族に該当するリィンは不安そうな素振りを見せていた。
「……その、俺の実家については何か聞いていたりしませんか?」
「そなたの実家……ユミルの領主、シュバルツァー家の事か。なに、彼ならば心配は要らないだろう。シュバルツァー卿と言えば、私以上の頑固者だ。貴族派の声に動じるような事はあるまい」
「そうですか……少し、安心しました」
「……いや、待てよ。ならばまだ手の打ちようがあるか」
「……父上?」
リィンと交わす会話の中で、何かを思い付いた様子のヴィクターは突如として席を立つ。ラウラが声を掛ける先、他の者達の視線も一斉に彼へと向けられる。
そしてヴィクターが直後に口にした言葉に、彼の傍で佇むクラウスとラウラを除いたメンバーは僅かに驚きを見せた。
「クラウス、また暫く屋敷を空ける事になる。留守を頼む」
「かしこまりました」
即断即決、それがヴィクターの信条なのだろう。どうやら彼はこれから各地の中立派の貴族達と連携を取り、繋がりを強くする事でその者達が貴族派の波に飲まれないようにという魂胆らしい。急な話だが、いつもの事だからとラウラは父親の行動に慣れた様子で、クラウスもにこやかな表情を崩していない。
そして、領地の事をクラウスへ任し、行動に移るためヴィクターが書斎をあとにしようとしたその時。突然部屋の扉が開かれる。
「その話、俺も乗らせてもらえませんか」
「トヴァルさん?」
エマが首を傾げる先、扉の向こう側で話を聞いていた様子のトヴァルが現れる。エベル街道での確認は終えたようで、その姿に部屋の中の皆も視線を移し、書斎へ入ってくるトヴァル、彼の後ろを続くグランとフィーの姿に気付く。
「グランとフィーもお帰りー!」
「ええい、ひっつくな! ……その様子だと、無事確認は終わったようだな」
話ばかりで退屈だった事の反動か、ユーシスの横にくっついていたミリアムはグラン達へ元気の有り余る声を向けていた。ユーシスは鬱陶しそうに彼女を剥がしにかかりながら、同じく二人を迎え入れる。その様子に周囲も若干苦笑気味だ。
一方グランは軽く手を上げてその声に応えると、何やら悪態をついていた。
「ったく、片付けまでやる羽目になるとは思わんかったけどな」
「グランが片付けたのって、確か金属片一つだけだったと思うけど」
「それは片付けを行ったとは言わないのでは……」
やれやれと首を振るグランの傍でフィーが捕捉を入れ、若干呆れた様子のラウラが突っ込みを入れつつ、場の話題は先程の内容に戻る。ヴィクターの話を聞いていたトヴァルが、同行を申し出た件についてだ。
トヴァルは早速エベル街道で出現した魔獣の事についてヴィクターへ報告し、機械仕掛けの魔獣の出現は二年前の反攻作戦以来かとよく分からない内容に発展。最終的にヴィクターはトヴァルの同行申し出を受ける事となる。リィン達はその会話に半おいてけぼり状態で、今一彼らの話を理解していないがそこは仕方がないだろう。寧ろこの場において、二人の会話を理解している彼がおかしいわけで。
「態々こんな場所までガラクタを寄越したんだ、対象が遊撃士だった二年前よりも荒れる可能性は十分にある。まあ、頑張るこった」
「はは、お前さんが素直に情報寄越してくれさえすれば大分楽にはなるんだがな」
「彼にも事情があるのだろう。今は我らに出来る事をするだけだ」
「……ありがとうございます、子爵閣下」
「礼は無用だ。何、我が娘はどうもそなたに興味が尽きぬようだからな。恩を売っておくのも悪くはない……実のところ、そなたの剣をじっくり見る事が出来なかったのは心残りだが」
「ち、父上!? 昨夜相談した事はそういう意味ではなくて──」
「見せられるようなモノじゃないですよ」
「まあよい……皆の事を宜しく頼む」
顔を真っ赤に染めて否定するラウラを横目に映しながら手を差し出すヴィクターへ、グランもまた彼女を苦笑気味に眺めながら彼と握手を交わしていた。ヴィクターへ向けたグランのその表情は少し困惑しており、彼の内心での迷いを表している様に見えた。
実のところ、ヴィクターはグランの事情をある程度知っている。彼の素性、経歴、そしてその目的までも。ラウラが話した訳ではなく、彼女がそれを知る以前から既に。
しかし、それでもヴィクターはグランへ託したのだ。自身の娘を、彼女が所属するⅦ組の事を。彼ならば任せられると、その目を持ってして間違いないと判断した。二人が今交わしている握手には、それだけの意味がこもっている。
だからこそグランも迷っていた。この先帝国で起こるであろう事態をこれまで培った洞察力で見抜き、そして自身ではそれに抗う事は出来ないと彼の勘が告げている現在の状況で。ヴィクターの言葉に応える自信が無い、自分ではラウラやリィン達を護りきる事は難しいと。分かっているからこそ、その顔は苦笑を浮かべたまま。
──それでも。
「断りたいところですが、オレもこいつらには借りがありますんで。基本的に自分の為にしか行動しませんが、その延長線上でよければ付き合おうと思ってます」
「そうか……フフ、良い回答が返ってきてなによりだ」
帝都のホテルで決意した事が、自身の選んだ選択が彼らの為にもなると信じて。グランはきっとこれから、その為に行動するだろう。
帝国に所縁があるわけでもなく、この地に思い入れがあるわけでもなく。帝国へ関心の無かった彼がここまで変わったのは、間違いなく士官学院へ入学した事が大きな原因だ。入学式の日に出逢ったトワを初めとする、学院の皆との触れ合い。学院生活や特別実習を通して得た、仲間との絆。そしてなにより──
「まあ、これでも一応クラスメイトですから」
今のグランは紛れもなく、Ⅶ組の一員なのだから。
ヤバい、執筆進まなくて気が付いてたら4ヶ月経ってました……ま、まあエタってないから大丈夫だよね!(どの口が
あれだ、忙しい合間にやってるスマホゲーが悪いんだ。FGOサーヴァントの育成つらすぎ……イベント配布の素材で漸くオルタとリリィの最終再臨終わったよ……そんな時間あったら更新しろですよね、本当ごめんなさい。
こ、これから本気出すし!