紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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行き違い

 

 

 

「聞いたぞ? 昨晩光の剣匠に手合わせを願ったんだってな。大したもんだ」

 

 

「はは……とても勝負と言えるようなものじゃ無かったです」

 

 

「なに、光の剣匠と手合わせをしようと思えただけで凄い事さ。サラも化け物じみた強さだが、子爵閣下はそれの上をいくからなぁ」

 

 

 レグラムには平穏が戻り、町の人々が朝食を取り終えた午前八時過ぎ。町中の遊撃士協会レグラム支部の中では、昨晩の一件を早くも耳にしたトヴァルがリィンとその事を話題に上げる様子が見えた。内容を思い返して苦笑を漏らすリィンへ向けて、トヴァルは笑顔で彼を褒め称える。その決意がどれ程勇気のいるものだったのか。ヴィクターの実力をよく知るトヴァルはそれを理解し、だからこそお世辞などではなく本心で言っているのだろう。リィンがその言葉に苦笑いを続ける傍、グランを含むⅦ組メンバーは彼の姿に笑みをこぼしている。

 

 そして、リィンへ笑顔を向けていたトヴァルは直後に呆れた表情を浮かべ、彼の隣に立つグランへとその視線を移した。

 

 

「それと……隣のおたくは朝からとんでもない騒ぎを起こしてくれたな。内戦でも始まったのかとヒヤヒヤしたぜ」

 

 

「知るか、あれでも互いに弁えてた方だ。あのレベルと本気でやり合えば、練武場くらいは軽く吹き飛ぶ」

 

 

「へいへい、そいつは殊勝な事で」

 

 

 瞳を伏せて当然のように話すグランに対し、トヴァルは彼の発言に頭が痛いと一人溜め息を吐いていた。リィン達もグランの言葉に若干困った様子で、本当にやりかねないと心の中で呟いている。しかし、この中でミリアムだけは観戦出来ていない為、終始不機嫌な様子だった。

 眠気も覚めやまぬ早朝にレグラムを襲った地鳴り、何も知らない住民からしたらいい迷惑である。トヴァルも例に漏れず、心地の良い微睡みの中から突然追い出された被害者の一人。愚痴の一つや二つ言いたいだろうが、オレは悪くないと言わんばかりの彼の表情に大人の態度で返すあたり出来た人物だ。

 ただ、遊撃士として活動する上で、一定水準の武術を身に付けたトヴァルも先の対戦に魅せられた事は否定できず。

 

 

「まあ、貴重な対戦(カード)を見れた事は確かだな。その年で光の剣匠と互角の立ち回りが出来たんだ。お前さんも……“目標”を越える日はそう遠くないんじゃないか?」

 

 

「誰が“目標”だ、誰が。あの男は排除対象でしかない」

 

 

「……」

 

 

 からかうように話すトヴァルの声に、どこか苛立ちを漂わせながら応えるグランの後方。彼の後ろ姿を見詰めているラウラの表情は、余り優れたものではなかった。事情を知っているフィーは無言で彼女を横目に映しているが、他の皆は状況を飲み込めず首を傾げている。

 明日、グランが向かう予定のクロスベルの地で、彼の宿敵でもある父親が待ち受けている事をラウラはまだ知らない。知っていたならばフィー同様止めたかもしれないし、或いは同行を申し出た可能性もあるだろう。だからこそ、ラウラがその事実を知らない現状は幸運と言うべきか。

 

 

──しかし、彼女の答えは否だ。

 

 

「ラウラ」

 

 

「……? どうしたのだフィー?」

 

 

「あとで話したい事がある」

 

 

 少なくとも、ラウラの親友であるフィーはそれを良しとしなかった。グランの心情も鑑みるべきではあるが、それでもフィーはラウラに伝える事を選んだ。グランを止めるために己を磨き続ける彼女には、知る権利があると考えたのだろう。

 そして、フィーの真剣な表情にラウラは僅かに戸惑うも、直ぐに笑みをこぼすと彼女の声に頷いてみせるのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 トヴァルから実習の課題が記された紙を受け取り、リィン達はレグラム支部をあとにした。残ったグランは昨日同様にトヴァルと二人黙々と事務仕事を続け、一つ、また一つと書類を片付けていく。たまに訪れる来客の対応を行いながら、時間は刻々と過ぎていった。

 筆を置いた二人がふと壁に立て掛けた導力時計へ目を向けると、時刻は既に十一時を回っている。そしてあともう一仕事終わらせて昼食を取ろうと彼らが話していた矢先、突然外の様子が騒がしさを増した。

 

 

「何かあったのか?」

 

 

「さあ? 一先ず様子を見てみるか」

 

 

 互いに首を傾げながら顔を合わせた後、外の様子が気になった二人はギルドの建物から外へと出る。直後に辺りを見渡すと、住民の姿の中に混じった何人かの兵士達の顔触れ。白と紫の色を基調としたその軍服は、西のラマール州を統轄するカイエン公配下の領邦軍が着用するものだ。

 不意にグランが町の波止場へ視線を移すと、一隻の水上船が停泊していた。

 

 

「どうやら結構な大物が来たらしいな」

 

 

「ああ……ラマール州の領邦軍か、こりゃあまさか──」

 

 

 トヴァルが何か言いかけた折り、二人が視線を向ける水上船からは此度レグラムへ訪れた来客が姿を現した。護衛と思しきサングラスを着用した二人の男を引き連れ、橙色の長髪を棚引かせる高貴な身なりのその男は、間違いなく大貴族の一人。

 そして、トヴァルとグランもまた男の名を知っていた。その顔を驚きに染めながらトヴァルが口を開く。

 

 

「マジでカイエン公じゃないか……おいおい、直々にアルゼイド子爵の所へ出向いたってのか?」

 

 

「光の剣匠に釘でも差しに来たんだろ。こりゃあ貴族派もそろそろ本格的に動きを見せてくるか──っ!」

 

 

 四大名門の筆頭、西のラマール州を統轄するカイエン公の登場に対してそれぞれ反応を示す中、グランがふと視界に映った二人の護衛の姿に驚きを見せた。その様子を見て隣で首を傾げ始めるトヴァルを残し、グランは町中へ足を踏み入れた三人の元へと徐々に近付いていく。

 カイエン公爵を先頭に、護衛の男達と周囲を領邦軍の兵士が進んでいく正面。彼らの目の前に姿を現したグランは、その行く手を阻んだ。

 

 

「ん? 私に何か用事でもあるのかね? 生憎急いでいる身だ、そこを通していただきたい」

 

 

「いや、あんたに興味はない。用があるのはその二人だ──久し振りだな、ゼノ。それにレオニダス」

 

 

 訝しげな表情のカイエン公爵を余所に、グランが笑みを浮かべて向けた視線の先。片や痩せた体型の男、片や筋骨隆々とした体躯の男という対照的な姿の護衛が二人その表情を驚きに染めている。しかしそれも一瞬の内、次には懐かしむような顔へと変化していた。

 痩せた体格の男──ゼノは、特徴的な言葉遣いでグランの傍へと歩み寄った。

 

 

「何や、我らが元副団長やないか。久し振りやなぁー、元気しとったか?」

 

 

「お陰さまでな……レオニダスも相変わらずの無愛想な面だ」

 

 

「ははっ、言われとるで」

 

 

「久しいな、グラン……三年振りか」

 

 

 巨体の男──レオニダスも加わり、グランとゼノの三人で仲良さげに会話を行う中。一人取り残されていたカイエン公爵はグランの事が気になったのか、二人へ彼についての説明を求めた。

 別段名乗る気はないとグランが言い放ち、カイエン公爵が僅かに不服そうな表情を浮かべた隣。レオニダスが仲裁を取る形で、グランについての情報を口にする。

 

 

「『紅の剣聖グランハルト』……閣下もその呼び名に聞き覚えはあるでしょう?」

 

 

「!? なるほど、貴公がかの稀代の天才と称される……思わぬ収穫があったようだ」 

 

 

 グランの素性を知り、カイエン公爵の表情は怪しんでいた様子から直ぐに企んでいるような笑みへと変化した。彼は不意に右手を差し出し、今度は逆に訝しげな視線を向け始めたグランに握手を求める。

 しかしグランは一切手を出す気配がない。そしてそれが分かや否や、カイエン公爵は苦笑を漏らしながらその手を引いた。

 

 

「此度はギリアス=オズボーン宰相の護衛として通商会議へ赴くと聞いた。帝国人民の一人として、礼を言わせてもらおう」

 

 

「よく言う、テロリストの手を借りてまで葬ろうって奴が。内戦の準備は出来てんのか?」

 

 

「何の事だね、と言いたいところだが……どうやら魔女殿の話す通り、君を敵に回すと少々厄介なようだ。鉄血宰相の護衛を終えた後は手が空いているのだろう?」

 

 

「だったら何だってんだ?」

 

 

「帝国を有るべき姿に戻す為、君にも協力してもらいたい。無論、それなりの報酬は用意させてもらう……どうかね?」

 

 

 突如カイエン公爵が提案した貴族派への加入。詳しくは協力という形の雇用になるが、これにはグランも僅かに疑問を抱く。何故なら、カイエン公爵が提案したそれは貴族派にとってはある種の賭けだ。

 現状のグランは革新派の筆頭とされるオズボーン宰相の護衛任務を請け負い、これまでの彼の行動を客観的に見ても革新派に協力していると捉える事が出来る。にもかかわらず、カイエン公爵は敵の息がかかっている可能性のあるグランを手の内に加えようと考えた。革新派と貴族派が水面下で対立を激化させている今、敵の戦力を削ごうという話なら理解できなくもないが、流石にリスクが高過ぎる。

 そして、そんなグランの考察に気付いたか。カイエン公爵は愉快に笑みをこぼすと続けた。

 

 

「ふふ、君が訝しむのも当然だろう。いや、実は貴公と昔から親しい関係にあるという魔女殿のお力も借りていてね。彼女曰く、『グランハルトは私に逆らえない』との事だ。その言葉を信用しているまでの話だよ」

 

 

「っ……取り敢えずは保留だ。その時の状況による」

 

 

「ふむ……まあいいだろう。報酬は充分な額を用意しておこう、君の賢しい判断を期待している」

 

 

 グランへ忠告を終えると、カイエン公爵は後ろに立つゼノとレオニダスを引き連れて彼の前を通り過ぎる。満足げな表情を浮かべているカイエン公爵を見るに、彼の中ではグランが手の内に加わる事が確定的なのだろう。魔女殿と呼ぶ人物がどういった関わりなのかは不明だが、少なくともその人物の言葉を信用しているあたり、そこそこの信頼関係は築いているらしい。

 そして三人があとにする姿を無言で見詰めていたグランは、ふと思い出したように旧友の二人へ声をかけた。

 

 

「そうだ、二人とも。フィーすけもここに来てるんだが、どうするんだ? 顔くらい見ていってやったらとは思うが」

 

 

「!? フィーがこの地へ……」

 

 

「なんや話が違うやないか……そうやグラン。ワイらがここにおる間、フィーのやつが気付かんようにちょいと上手い事してくれへんか?」

 

 

「……」

 

 

 フィーの名前を聞いて僅かに目を見開いた二人はその動揺も直ぐに抑えると、直後にばつの悪そうな様子でゼノがグランに向けて声をあげる。彼の頼みに思うところがあるのか、グランは暫く無言で佇んでいたが、結局はその言葉に応えると決めたらしく頷いてみせた。二人は彼へ礼を述べると、カイエン公爵の護衛に戻るべくその場をあとにする。

 一人町中へ残されたグランも同じく、離れた場所から様子を窺っているトヴァルの元へ戻ろうと歩き出した。

 

 

「まあ、オレがあいつらの事を言えた義理じゃない、か……」

 

 

 グランが浮かべた笑みはどこか自嘲気味で、僅かな悲しみの感情を思わせるものだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 突然のカイエン公爵の来訪。そして町中を我が物顔で歩く領邦軍の兵士達に、住民達も動揺や不満を隠せない様子。彼らの独立独歩の気風もあって、いつ喧嘩が始まるやもしれない状況が生まれるのも時間の問題と思われた。しかしレグラムの住民達は弁えていたらしく、口々に不満を漏らしながらも何とか堪えているようだ。

 町中は僅かにざわめきを増し、実習課題を終えてエベル街道から戻ってきたリィン達もその様子に気付く。まるで、自分達の領地の如く歩き回るラマール州の領邦軍。ユーシスはその様子を眺め、他人の土地で取る行動ではないと非難し、眉間にシワを寄せている。それは、自身の実家がクロイツェン州を統轄しているという現状から出た発言か。或いは、級友の父が治めている場所で礼節を弁えない彼らを見て、ラウラの気持ちを慮ったものから出た言葉か。

 町中へ降りた一同は、事態を把握するべく住民達に事の説明を求めようと行動を起こす。そして住民の一人に話を聞こうとしたその折、リィン達は突然後方から訪れる声によって呼び止められた。

 

 

「よ、課題の方は順調か?」

 

 

「グラン。丁度良かった、この騒ぎは一体──」

 

 

「ラマール州から水上船が来たみたいでな。来客はなんと、カイエン公爵だ」

 

 

「トヴァル殿……それは本当か?」

 

 

 リィン達を呼び止めたのは、グランとトヴァルの二人だった。リィンの疑問にはトヴァルが答え、カイエン公爵の訪れを知ったラウラやその他メンバーも驚きを見せている。このような辺境の地へ、四大名門の筆頭とされるカイエン公爵自らが訪れた……光の剣匠の名が知れ渡っているとは言え、やはりその来訪には皆も驚きを隠せないようだ。

 カイエン公爵にどのような思惑があっての来訪なのか。その疑問を抱くのは当然の事で、直後にリィンが口にした確かめようという提案にA班のメンバーは勿論だと頷いて見せた。そして早速アルゼイド家へ向かおうとしたその時、そう言えば一つ伝えておきたい事があるとリィンがトヴァルへ向けて話す。

 

 

「実は、討伐依頼にあった魔獣で気になる事があったんです。何だか、機械で出来たような感じの魔獣で……」

 

 

「そいつは……了解した、こっちで確認しておこう。お前さんもついて来てくれるとありがたい」

 

 

「別にいいが……そうだ。フィーすけ、その魔獣の所まで案内頼めるか?」

 

 

「結構分かりやすい場所だよ? 別に案内いらないと思うけど」

 

 

「いいから案内しろ」

 

 

 グランはフィーの腕を掴むと、有無を言わさず彼女を傍へと引き寄せる。半ば強引な形で案内役を引き受ける事になったフィーは、少し不機嫌そうな顔をしていた。今からリィン達が確認に向かう中に自分も当然同行するものだと思っていたようで、恐らくはカイエン公爵の顔でも拝んでおきたかったのだろう。結局、グランとトヴァルはフィーの案内の元エベル街道へ。残りのリィン達実習メンバーは先の提案通り、状況の確認をするべくアルゼイド子爵家へ向かう事となった。

 そしてこの時、グランがフィーを無理矢理案内役へ選んだ事が、意図的な行き違いを生んでいるとフィー自身が気付くのは数ヶ月先の事である。

 

 

 




最初はグランが普通に西風組と会話をして、そのあとリィン達がアルゼイド子爵家へ向かう流れで進めていたんですけど……フィーがこっちの班にいたの忘れてた(汗

今フィーをゼノ達と引き合わせたら、彼女の頭の中が大変な事になりそうだったのでこのような形に。グランの判断は正解なのだろうか……


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