紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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出会いは二年の月日を経て

 

 

 

 帝国遊撃士協会、レグラム支部に寄せられた依頼の数々。今回の特別実習におけるリィン達の課題は、遊撃士のトヴァルがその中から見繕った依頼を手伝うというものだった。街道の魔獣退治、導力灯の交換、アルゼイド流の門弟達との手合わせ。リィン達がトヴァルから受け取った依頼の内容は、これまで彼らが特別実習でこなしてきたものと大差なく、その手際も手慣れたもの。トヴァルからの説明も程々に、リィン達は実習課題を進めるべくレグラム支部をあとにした。

 そして此度の実習メンバーに参加していないグランはというと、ギルド内のカウンターで書類仕事をするトヴァルから束になった書類を受け取り、彼の隣で同じく事務仕事に取りかかっていた。

 

 

「いやぁ、正直助かるぜ。ここ最近書類が溜まる一方だったからな」

 

 

「気にしないでくれ。あんたらには手を借りたからな、ここで返しとかないと後々何を頼まれるか分かったもんじゃない」

 

 

「そんなに警戒しなくてもなぁ……こっちはそれ相応の報酬貰ってんだ、何も恩を売ったつもりは無いんだぞ?」

 

 

遊撃士(ブレイサー)に手を借りた事が個人的には癪なんだよ」

 

 

「可愛くないねぇ」

 

 

 可愛いげの無いグランの言動に苦笑を漏らしつつ、トヴァルは溜まりに溜まった書類を一つ、また一つと片付ける。グランも作業自体はトワの手伝いと何ら変わり無いため、手慣れた様子で次々と書類整理を行っていた。静まり返った空気の中、両者とも黙々と作業に明け暮れる。

 やがて二人の作業は三時間を経過し、夏に比べて涼しい気候とは言えそろそろ休憩の一つも欲しくなってきたそんな時。外から近付く足音を耳にしたグランとトヴァルは筆を片手に扉へ視線を移し、その扉が開いた直後にギルドの中へ入ってきた少女の姿を視界に捉える。

 

 

「あのぉ、今少しいいですか?」

 

 

「おっと、どうしたんだお嬢さん」

 

 

「今から街道にお花を摘みに行きたいんですけど、上でお稽古をしている門弟の方達は今忙しいみたいで……」

 

 

 トヴァルが声を向けた先、ギルドに姿を現したメイド服姿の少女の目的は、花を採取するためにレグラムの外へ……要はエベル街道へ出たいから護衛をして欲しいという事らしい。アルゼイド流の門弟達は練武場で鍛練を行っている最中で、彼女自身門弟達の手が空いているかの確認をしてきた訳ではないようだが、遊撃士であるトヴァルになら気軽にお願いできるからここへ来たとの事。事実、遊撃士は便利屋のような仕事を受ける面もあり、この手の依頼は少なくない。

 今日一日は溜まった書類を少しでも多く片付けておきたいトヴァルだったが、突然とはいえ少女のお願いを断るのも中々気が引ける。いっそリィン達が報告に戻ってきたら頼むという手もあるかと考えていた矢先、隣で黙々と書類整理を続けるグランをふと視界の端に捉え、良い案を思い付いたと彼は一人声を上げた。

 

 

「丁度良かった。お嬢さん、今なら最高の護衛をタダで雇えるぞ」

 

 

「絶対こっちに回すと思ったが案の定か……仕方ない、気晴らしに受けてやるよ」

 

 

 話を振られる事が分かっていたらしく、面倒そうにしながらもグランは結局引き受けるようでその場を立ち上がった。少女は戸惑いつつそんな彼へ頭を下げるが、頭を上げてグランの顔を見た途端に訝しげな表情を浮かべ始める。

 数秒ほどの広がりを見せる沈黙……そして直後、少女の驚きの声がギルド内に響き渡った。

 

 

「あ、貴方は……ラウラお姉様と一緒にいた男どもの一人!」

 

 

「そ、それがどうしたんだ?」

 

 

 それはもう敵意丸出しの視線でグランを睨み付け、少女が突然不機嫌になったためグランも訳が分からずに戸惑っている。しかし彼の隣にいるトヴァルは何かに気付いたのか、すぐにしまったといった表情を浮かべてその瞳を伏せた。

 グランは少女に何と声を掛けたらいいのか分からず、鋭い視線を浴びせてくる彼女へ対して苦笑を漏らす。そして少女は終始不機嫌な様子のまま、結局その場を振り返るとギルドの入り口へ戻り、その扉を勢いよく開いた。

 

 

「護衛は結構ですっ! 街道に出るくらい私一人でも出来ますからっ!」

 

 

 怒気を含んだ声でグランに向けて言い放った後、少女はまたしても勢いよく扉を閉めるとギルドをあとにした。少女が立ち去る姿を眺めながら、自身が気付かない内に何か少女に対して失礼な事をしたのかと、グランは首を傾げながら声を漏らす。

 しかし彼の隣に座っているトヴァルは多分そうじゃないと話し、顔を引きつらせながらこう続けた。

 

 

「ラウラお嬢さんは町の女の子達にかなり好かれていてな……あの子はいわゆるアレだ」

 

 

「アレって……アレか?」

 

 

「ああ……アレだ」

 

 

 溜め息を吐くトヴァルを横目に、彼の言いたい事を理解できたようでグランは関わりたくないタイプの人間に会ってしまったと頭を抱えている。二人が話すアレ……それは、女性が女性を好きになるといういわゆる百合(アレ)である。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 レグラムの東を通るエベル街道。公都バリアハートに通じるクロイツェン街道へ繋がるこの道は、レグラムの町中以上に濃い霧が立ち込めていた。十アージュ先の風景は最早霧の中に飲み込まれ、足元ですら注意して歩かないと、石や木片、草花に足を取られかねない程の濃霧。しかしその分夏真っ盛りにもかかわらず気候は涼しく、過ごしやすいと言っていいのか微妙な環境だ。

 そんな道先も見えにくいエベル街道の舗道を、周囲を警戒しながらゆっくりと進んでいく少女が一人。ギルドへ護衛の依頼を出そうと赴くも、グランを見るや否や声を荒げて立ち去った少女その人である。

 

 

「や、やっぱりギルドの方にお願いすれば良かったでしょうか……いえいえ、あんなお姉様を誑かす不届きものに頼むなんて……!」

 

 

 少女の名はクロエ。レグラムに住む、ラウラをお姉様と慕って止まない少女の内の一人。間違ってもノーザンブリアに住んでいるシスターではない。彼女はギルドへ依頼をせず、かといってアルゼイド流の門弟に頼むわけでもなく、カゴを片手に結局一人でエベル街道へ外出していた。

 本来魔獣が出没する街道を、戦う事のできない少女が一人で出歩くのは危険極まりない。彼女もそんな事は分かっているし、普段ならこのような危険な行動を取ったりはしなかっただろう。

 

 

「ラウラお姉様は、どうしてあんな男と仲良さげに……なんて、なんて羨ましい……っ!」

 

 

 クロエは今、自分が誰に対して羨ましいなどと思ってしまったかに気付いて顔を真っ赤に染めていた。照れや恥ずかしさとは違う、ただ単純に悔しさから来ている怒りに近い感情によって。彼女がスカーフでも持っていれば、それを噛み締めて悔しさを表現しているに違いない。

 そんなクロエは道中、ハッと我に返ると周囲を見渡した。晴れた日ならば今自分がどこにいるのかも分かったが、濃霧が広がる今日。舗道から外れた彼女は、自身が今エベル街道のどこにいるのかが分からなくなってしまう。

 

 

「どうしよう、迷ってしまいました……っ!」

 

 

──グルルルル……!──

 

 

 草を掻き分ける音と共に、周囲から聞こえ始める魔獣の唸り声。それが自分を狙っているものだと、クロエが理解するのはそう難しい事ではなかった。見えない恐怖で彼女の足は鉛のように重さを増し、逃げたいと思っても動かすことが出来ない。

 余りにも危険なこの状況、だがこんな周りに助けを乞う事のできる人がいるはずもなく。

 

 

「そんな……助けて、ラウラお姉様──!」

 

 

「囲まれたな……ったく、考え事しながら街道を歩くからこうなるんだよ」

 

 

「え……」

 

 

 瞳に涙を溜めていたクロエは、突如隣から聞こえてきた男の声に耳を疑った。まさかこんな時に、いやこんな時だからこそ幻聴でも聞こえたのかと思いつつも、恐る恐るその顔を横へと向ける。

 そしてそこにいたのは、先程自分がギルドで敵意を向けていた男の……グランの姿だった。

 

 

「い、いつの間に……!」

 

 

「いやぁ、人をつけるのは得意でな」

 

 

「……それってストーカーって言うんですよ」

 

 

「止めてくれ……二年前にリベールの姫さんにそれ言われて結構ショックだったんだ」

 

 

「はぁ……(あれ? 私どうしてこんなにも落ち着いて……)」

 

 

 肩を落とすグランにジト目を向けながら、いつしか自身の心から恐怖が消えていた事にクロエは疑問を抱く。今も周囲では濃霧で見えない魔獣達が唸り、威嚇を続けているのは変わらない。にもかかわらず今の自分には恐れや不安といった感情が一切ない、それが彼女には不思議でたまらなかった。

 そしてそんな風にクロエが戸惑う中、グランは頭を掻きながら彼女の前へと移動する。

 

 

「仕留めるのは簡単だが、この距離だと血が跳ねるか──ッ!」

 

 

──グルルッ!?──

 

 

 刹那、霧によって涼しい場の空気がより一層冷え込んだ。クロエがその寒さに身震いをしている間、周囲を囲んでいた魔獣と思しき複数の気配は驚いたような声を上げて散々になる。草を掻き分ける音と共に、数秒もすると魔獣の気配は完全に消え失せた。直後にグランが息を一つ吐き、クロエの立っている背後へ振り返る。

 

 

「え? 今なにが起こったんですか?」

 

 

「さあな、周りにいた魔獣は帰ったらしいぞ……聞き分けのいい奴らじゃないか」

 

 

「う、嘘です! さっきまでこの周りには確かに獰猛な魔獣が……戦わずにあんな数の魔獣を追い返せるなんて、お館様くらいにしか……っ!」

 

 

 困惑した様子で彼女がグランへ詰め寄る最中、再び何処からか草を掻き分ける音が響き渡る。やはり魔獣は残っていたんだとクロエが怯える傍、グランはその姿に微笑みながらその時を待っていた。

 何かの気配が段々と近付いてくる、クロエは相変わらず怯えたまま。そして、直後に気配の正体が二人の前に姿を現した。

 

 

「クロエ? それにグランではないか……二人で一体何をしているのだ?」

 

 

「ら、ラウラお姉様!? ラウラお姉様っ!」

 

 

「おっと……いきなり抱き付いてくるとは、一体どうしたのだ?」

 

 

 姿を現したラウラは突然飛び付いてきたクロエに困惑しながら、笑顔を浮かべているグランへ向けてその首を傾げていた。後に彼女の後ろから姿を現したリィン達も、そんな三人の様子に理解が追い付かず疑問を感じている。

 皆が皆どういう状況なのか全く分かっていない中、リィン達の傍にいたフィーとエマがグランの元へと歩み寄った。

 

 

「もしかして、グランはあの子の付き添い?」

 

 

「ああ。そこの嬢ちゃんが急に街道へ飛び出してな、放っといても良かったんだが……」

 

 

「もう、そんな事言って。でも……こういう時のグランさんは頼りになりますね」

 

 

 フィーの問いにグランは素っ気ない態度で返し、直後にエマがグランの顔を覗き込むような視線で微笑んだ。どこかの誰かと同じような事をすると、彼は苦笑いをしつつもその強調された二つの膨らみからは視線を外さない。エマはすぐにグランの視線に気付いて彼から僅かに離れ、先の自身の取った行動を思い出して頬を赤く染める。

 そしてグラン達が話している所へ、ミリアムを引き剥がしながらユーシスが近付いてきた。

 

 

「何を聞こえない声でこそこそと……いかがわしいな」

 

 

「えー? いいんちょーっていかがわしいのー?」

 

 

「ユ、ユーシスさん!? ミリアムちゃんも本気にしなくていいですから!」

 

 

「はは……慌てているところを見ると、案外的を射ていたりするのかもな」

 

 

「もう、リィンさんまで……!」

 

 

 思いがけない方向からの集中攻撃に、エマは火が吹き出そうな程に顔を真っ赤に染めて叫んだ。このあと彼らはレグラムへ戻る道中に幾度か街道の魔獣と戦闘を行ったのだが、前衛のリィンとユーシスの背後に、本気でアーツをぶつけようかとエマが悩んでいたのは本人のみが知り得る事である。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「わ、私はまだ貴方をお姉様の相手として認めた訳じゃありません。でも、お姉様と話すくらいなら認めてあげてもいいです……い、言いたい事はそれだけです!」

 

 

「いや、言いたい事って言われても今一意味が分からないんだが……」

 

 

 クロエが予定していた街道での花摘も無事に終え、結局嫌われたままという何とも理不尽な結果に溜め息をこぼしつつ、グランは夕焼けの中で彼女が町中へ戻っていくのを眺めていた。すぐにラウラからは謝罪の言葉と彼女へのフォローが入るが、別にそこまで気にしてないと告げて彼もギルドへ向けて歩き出す。リィン達も街道の手配魔獣を退治していたようで、その報告があるからとグランと同じくギルドへ向かった。

 そしてギルドの扉の前に一同が近付いたその時、グランの顔が僅かに驚きを見せる。

 

 

「この気配は……なるほど、とうとうおいでなすったか」

 

 

「ん? グランどうしたんだ?」

 

 

「いや、リィンも入れば分かる」

 

 

 グランの言葉に他のリィン達は首を傾げつつ、彼が扉を開いて中へ入ったそのあとに続いて彼らも中へと入る。そして直後に皆が目にした光景は、カウンターに立つトヴァルと会話を行っている男の後ろ姿。

 

 

「フフ、丁度良いタイミングだったようだな」

 

 

 ギルド内に響いたのは、重量のある芯の通った声だった。振り向いた男は、深い青色の髪に青のコートを羽織った中年と思しき男性。しかし相応の年を思わせながら、その顔は若々しく、精悍な顔つきをしている。

 その男の正体は──『光の剣匠』ヴィクター=S=アルゼイド。

 

 

「ち、父上!?」

 

 

「(これが光の剣匠か……!)」

 

 

 ラウラは突然の父親の姿に驚き、直ぐ様彼の傍へと駆け寄った。しかしそんな彼女の背後、ヴィクターの姿を見たグランの顔は恐ろしい程に笑みを浮かべている。皆光の剣匠という大物が目の前にいるために彼の表情に気付かないが、それが功を奏したか。

 そして父親の傍へ駆け寄ったラウラは、普段の凛々しい彼女とは思えないほど子供らしさがあった。

 

 

「父上、お久し振りです。てっきり、此度の実習では会えないものと思っていました」

 

 

「所用に一区切りついたのでな。しかし、どうやら一回り大きくなって帰ってきたようだ……久しいな、我が娘よ」

 

 

「お、幼子扱いはお止めください……!」

 

 

 ラウラの顔を胸に抱き寄せ、彼女の頭を愛おしそうに撫でるヴィクターの姿はどこにでもいる優しい父親の姿を思わせた。学院では常に凛とした姿勢のラウラも、不意を突かれた格好か動揺しながらもその頬を紅潮させ、どこか嬉しそうである。

 暫しの父娘の対面……それも十数秒でヴィクターがラウラを解放して終えると、彼は次にリィン達の姿へ視線を移した。

 

 

「して、彼らが……」

 

 

「紹介します。私の級友にして、学院で共に切磋琢磨する仲間です」

 

 

 ラウラが紹介する中で、ヴィクターはリィン達の前へと移動する。光の剣匠を生で拝見する事となったリィン達の表情からは、僅かな緊張と驚きが見えた。

 そしてそんな彼らの緊張をほぐすかのように、ヴィクターは穏やかな笑みを浮かべて口を開く。

 

 

「レグラムの領主、ヴィクター=S=アルゼイドだ。娘が世話になっているようだな……よろしく頼む、Ⅶ組の諸君」

 

 

 ヴィクターからの自己紹介を受け、各々が程よい緊張を持ちながらそれぞれ自身の名前を告げていく。一人一人の紹介に一つずつ彼が返事を返していく中、やがて自己紹介が残っているのはグラン一人となった。

 皆からの視線を受けながら、グランはヴィクターの前へと歩み寄る。

 

 

「そうか、そなたが噂に聞く……」

 

 

「グランハルト=オルランドです。音に聞こえし光の剣匠……お会いできて光栄です、子爵閣下」

 

 

「こちらもだ。紅の剣聖グランハルト……その異名と実力、そなたの事は聞き及んでいる」

 

 

 両者は握手を交わし、互いに笑みをこぼして見詰め合う。二人の様子を傍で見ているラウラは若干の戸惑いを見せるが、そんな彼女の様子に二人が気付く事はない。

 二年前、とある事件で敵対していたにもかかわらず、二人は互いに顔を合わせる機会がなかった。そして二年の時を経た今日……漸くこれが、光の剣匠と紅の剣聖が初めて出会う瞬間となる。




グランがトヴァルに話している借りというのは、クロスベルの情報収集に彼も貢献してもらったためです。ぶっちゃけランディ経由で得たという情報でも十分だったんですけど、念には念をと言うことでサラのコネで遊撃士に依頼していたようです。

今回はラウラ大好きシスターズの一人でもあるクロエに登場してもらいました。何故彼女にしたとかは聞かない……因みに学院でのグランの行動が彼女達に知れたら、包丁とか手にして追っかけてきそうです。いやマジで。

最後に光の剣匠とご対面。グラン戦う気満々ですね、でも先にリィンのターンだから待ってね!

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