自由行動日から三日が経つ。八月二十五日の午後、晴れ渡る学院のグラウンドではⅦ組恒例の実技テストが行われようとしていた。例のごとくトワも訪れており、彼女は整列したリィン達十二名の姿をサラの隣に立って笑顔で眺めている。
サラが用意した傀儡を相手にしてそれぞれの成長を試す実技テスト。今日もまた同じ内容なのだろうかと勘繰っていたリィン達だが、どうやら今回は違うらしい。その旨は、皆の前に立つサラによって説明が行われた。
「今回は嗜好を凝らしてみる事にしたわ。今から四つのチームに別れて、それぞれ模擬戦をしてもらう予定よ」
サラによって話されたチーム別の対抗戦。四チームという事は三名ずつメンバーを選定していく事になると思われたが、どうやら少し違うようだ。
チーム分けは以下の内容になる。リィン、ミリアム、クロウによる変則チーム。グランを除いた男子達のチーム。トワ以外の女子チーム。そして最後にグランとトワの二人チーム。サラによればこれで戦力はある程度拮抗するとの事だが、グラン一人だけで戦力差はかなり違うはずだ。そのため、当然グランに対しては措置がとられている。
「グランは刀の使用禁止よ。さっき渡した手甲を使っての徒手格闘による戦闘に限定する事……いいわね?」
「いいわね? って……刀取り上げられたらそうするしかないでしょう」
「まあまあ、グラン落ち着いて……」
不機嫌な様子のグランは手甲を装着した手で刀の無い鞘を握り、その隣では彼を落ち着かせようとエリオットが宥めていた。他の皆もグランに若干の同情をするが、それはすぐに疑問へと移り変わる。
そう、グランが徒手格闘による戦闘の心得があるのかという点だ。彼が修めたのは八葉一刀流、その名称から刀を使用した流派である事は誰もが分かる。故に思う、刀無しというのはいくらグランでも分が悪いだろうと。おまけに彼はトワとの二人チーム、人数の優劣まで加わっている。得物も無し、戦闘の間合いも普段と違う、更に人数の優劣。誰が聞いても少しやりすぎではないかと考えるのは当然だ。
しかし、幸いな事にグランは徒手格闘による戦闘の心得があった。そしてその事を話したのは、グラン本人ではなくリィンとトワの二人。
「八葉一刀流『無手の型』……俺も老師から叩き込まれたけど、多分グランも扱えるはずだ」
「アンちゃんが言ってたんだけど、グラン君の動きはアンちゃんと同じ『泰斗流』っていう武術に近いみたい」
「剣を失った時の状況まで想定する、か……用意周到な事だ」
二人が情報を告げる横では、ユーシスが少し感心したように声を漏らしながらグランを見ていた。そして同時に全員のグランに対する同情が消えた、どうやら事情を知って手加減の必要が無いことを理解したらしい。余計な事を話してくれたと、グランは一人溜め息をこぼしているようだが。
少しずつ私語が増した状況にサラが注意をしつつ、場を取り直して漸く実技テストへと移る。そして最初に模擬戦を行うチームとして選ばれたのは、リィン率いる三人と男子四名によるチーム。
「頼んだぞミリアム、クロウ先輩も」
「へっへーん、ボクとガーちゃんに任せて!」
「合点承知だぜ!」
リィンの掛け声にミリアムとクロウの気合いも充分。得物を構えて準備万端、ミリアムはアガートラムを呼び出し、いつでも対応できるよう戦闘態勢は整った。
リィン達の姿を見て、男子チームもそれぞれ戦闘態勢に入る。前衛のガイウスとユーシスは槍と騎士剣を構え、後衛のエリオットとマキアスは魔導杖と散弾銃をその手に握った。
「エリオット、後方支援は任せた」
「任せて、ガイウス!」
「精々足を引っ張らない事だ」
「くっ……君の方こそ!」
ガイウスとエリオットは仲良さげに声を掛け合い、ユーシスとマキアスは相変わらずではあるが息も合っている。どの間合いからでも対応が可能なこのメンバー、リィン達とて油断は出来ないだろう。戦術リンクを繋ぎ、無意識下で互いの感覚を掴む。
ガイウス達も戦術リンクを発動させ、連携に抜かりはない。立ち合いを務めるサラは双方の準備を確認すると、導力銃を上空に向けて模擬戦開始の合図を告げる。
「見応えのある勝負を期待してるわよ──模擬戦、始め!」
響き渡る銃声と同時に、双方が得物を手に駆け出した。
ーーーーーーーー
「──そこまで! 勝ったのは女子チームか……男子チームは二連敗ね。これからも精進なさい」
サラ考案のチーム別による模擬戦も、休憩を挟みながら既に三戦目を終えていた。好成績なのはリィン達のチーム。一戦目の男子チーム、二戦目の女子チーム相手に勝ち、二戦二勝と完璧な内容だ。
続いて女子チームが一勝一敗。彼女達は初戦でリィン達に敗北するも、二戦目の男子チーム相手には常に優位に立ち回った。危なげなく一勝を手にする。
そして男子チームが二戦二敗。どちらの試合も善戦したが、決定的な場面で押し切られての敗北だ。更なる精進が必要だと、各々少し悔しそうに得物を納めている。
「さて、次が最後の試合よ……グラン、トワのペアにリィン達変則チーム。両方とも前へ出なさい」
名前を呼ばれ、両チームが前へと踏み出す。グランは手甲の状態を確認しながら、隣に立っているトワへ視線を向けた。直後に顔が合った二人は笑顔を浮かべ、改めて表情を引き締めると対峙するリィン達へ視線を移す。既にリィンとクロウは得物を構え、ミリアムはアガートラムを傍に待機させて態勢は整っていた。
三人の姿を視界に捉えた後、グランは一度その瞳を閉じる。
「(クロスベル前のシミュレーションだ……)──
「(っ!? 凄い集中力……私も頑張らないと!)」
開いた瞳は一層鋭さを増し、呟いた声も普段に比べて僅かばかり低い。右腕を引き、左手を首の高さまで上げた半身の構えでその時を待つ。刀を失っているとはいえ、その身に漂う闘気は等しく周囲の人間を威圧する。
そして彼の様子を横目に見ていたトワは自身に喝を入れると、太股に下げたホルスターから導力銃を抜き、顔の高さで構えてグランと同様半身の構えを取った。直後に二人が感じた感覚のリンク、グランとトワのARCUSは淡い光を放ち始める。
「おいおい、おっかねぇ事言ってるが大丈夫か?」
「刀が無いとはいえ、グランの実力は本物です。気合いを入れていきましょう!」
「この間のリベンジだね。行くよ、ガーちゃん!」
見えない圧に冷や汗を流しつつ、クロウは二丁の導力銃を構え直す。リィンも太刀を握る手に力が入り、ミリアムはやる気充分にアガートラムへ向けて激を飛ばした。両チームの準備が整い、観戦するメンバーは注目する。
熱い視線が注がれる中……開戦はサラが声を上げたのとほぼ同時。
「準備はいいわね?──模擬戦、始め!」
「くっ!?」
刹那、一迅の風を伴いながら
繰り出されたその一撃はまさに、先制打にして決定打。
「(流石だな、速い上に一撃も重い……だけど、対応出来ないわけじゃない──ッ!)」
リィンが宙を舞う姿に驚きの声が周囲から漏れたが、どうやら辛うじて太刀による防衛が間に合い威力を軽減させていたらしい。彼は上手く体を捻って着地を決めると、拳を振り抜いた体勢のグランへ向けて再度刀を構えた。
慌ててリィンの傍にクロウとミリアムが駆け寄るが、リィンは大丈夫だと一言告げてその場を駆け出す。
「驚いた、初手で終わらせるつもりだったんだが……」
「今度はこちらから行くぞ──!」
僅かに目を見開いたグランへ向けて、リィンは太刀を手に接近する。直ぐ様間合いを詰めて逆袈裟に振り上げるも、手甲によって刀の進行は防がれた。弾かれて直後に反撃の回し蹴りが迫るも、寸前でかわして再び太刀を振り抜く。
鋭い一閃を悉く弾き返し、グランも拳や蹴りをまじえながら応戦する。時折金属音を響かせながら続く徒手格闘と刀の応酬に、観戦するメンバーも息を飲む。両者共に力任せの一点突破。単純だが、それ故に体力が続く限り手数は無限。ただ近接戦にはグランに利があるのか、打ち合いの中で少しずつリィンが圧され始めた。
しかし、戦っているのは彼らだけではない。
「いっけーっ、ガーちゃん!」
「ARCUS駆動──はっ!」
ミリアムの指示でアガートラムが飛び出し、クロウはアーツによる援護でリィンの補助に徹する事に。リィンの動きが速さを増したところを見ると、発動させたのは身体能力を底上げする類いのアーツだろう。高速駆動による補助は、流石一年先輩と言ったところか。
手数の増したリィンの太刀による反撃、そして加勢したアガートラムがリィンの動きに合わせてアームによる豪撃を繰り出す。クロウも銃撃を織り混ぜながら身体強化の補助アーツによる援護を続け、グランが圧していた戦況は僅かに傾きの様相を見せ始めた。
少しずつではあるが、リィン達に傾きかけた場の流れ──だが、彼女がいる事も忘れてはならない。
「グラン君下がって──やあっ!」
長い時間を要したトワのアーツ、ARCUSの駆動がこのタイミングで終了する。突然響き始めた轟音にリィン達が視線を上へと向ける中、突如上空に浮かび上がった魔法陣からは徐々に銀色の巨大な手が姿を現した。直後に一同が感じ取ったのは、巨大な手に集束し始めたその手と同色の膨大なエネルギー。最高位に位置する幻属性のアーツが、今まさに発動しようとしていた。
あれは不味い、直撃すれば人溜まりもないと、リィン達の額に汗が滲み始める。クロウが耐久効果の補助アーツを駆動するが、発動タイミングはギリギリ間に合わない。せめてグランだけでも巻き込もうと、リィンは足止めすべく傍に立つ彼へ向かって太刀を振り下ろした。しかし、太刀による一撃は手応えもなく、その姿は徐々に掻き消えていく。
「しまった……!?」
分け身によるグランの離脱、これで既にアーツの攻撃範囲にはリィン達三人しかいない。エネルギーが放出される寸前、苦し紛れにリィンは太刀で、クロウは双銃を重ね、ミリアムは両腕を交差させて防御の姿勢へと移る。一先ずこの場を凌がなければ、反撃どころの騒ぎではない。
リィン達がその身を構える中、無慈悲にも白銀の砲撃が放出された。
「──あれ? ガーちゃん!?」
ただ、光に包まれるその中で、ミリアムは繋がりがあるため一人だけ気付いた。リィンの傍にいたアガートラムが皆を守るために、上空を浮遊しながら単身で光に向かって防護壁を展開している事に。
ーーーーーーーー
「……まあ、トワへの対処に手が回らなかったらこうなるわよねぇ」
グラウンドの一部へ轟音と共に銀色の光が放たれる最中、遠目に観戦していたサラは状況を眺めながら独りでに呟く。トワのアーツ適性が高い事を知っている彼女はこうなる事が分かっていたようで、他の皆が驚きを見せる中で余り驚いた様子を見せていない。
戦況は完全にグランとトワへ傾いた。たとえリィン達がこの場を凌いでも、結果的に二人の勝利で模擬戦は終わるだろう。戦術教官でもある彼女は、既にこの戦いの終わりを予見していた。故に、この勝負はこれ以上の意味をなさない。
「ここからが本当の試験よ……グラン、見事自分の心に打ち克ってみせなさい」
途端に表情に険しさが増したと思えば、サラは左手に導力銃を構えるとその照準をトワへ向けて合わせた。観戦している他の皆は銀色の光に目を奪われており、誰一人サラの突然の行動に気付いた様子はない。
此度のグランの実技テスト、その評価点は模擬戦の勝利などではなかった。模擬戦におけるサラの真の目的は、トワが狙撃される中でグランがどのように対応をするかというもの。前回の実技テスト同様に取り乱すのか、或いは冷静に対応して見せるのか。トワへ銃口が向けられている事を知った彼が、暴走しない事がこの実技テストにおける合格条件。
導力銃の引き金は、彼女の人差し指によってゆっくりと引かれていく。そしてサラが完全にトリガーを引き終えるその時、光を挟んでトワの反対側へ立っているグランとその視線が交差した。
「クロスベルでトワを守りきれるかどうか……証明してみせなさい──グランハルト=オルランド!」
グランがサラの行動に気付いて驚きを見せる中、その銃声と共に放たれた紫電の弾丸が吸い込まれる様にトワへ襲い掛かった。
ーーーーーーーー
闇夜。業火に包まれた村の中央では、硝煙の匂いを振り撒きながらその熱量が肌を焼く錯覚を引き起こす。人々の悲鳴やうめき声が所々から聞こえ、地獄絵図と言っても差し支えない光景が広がっている。
そんな直視も躊躇われるような風景の一部始終を、グランは遠くから傍観するように、悲惨な状況を前に手も出せず歯軋りをする事しか出来なかった。ただただ一方的に地獄絵図を見せられる状況。そして、そんな中で一区画に三人の姿が現れる。
──グランハルト、助けて──
白き少女は涙を浮かべながら助けを求め、数アージュ先で銃口を向けてくる赤髪の少女と、眼帯を着けた同じ髪色の屈強な男に対して怯えていた。彼女は訪れる死の恐怖に耐えられず、少しずつその場を後退る。
そして、その光景を目撃する中でグランも漸く気付いた。これは昔、現実に起こった大切な人の死が訪れる直前の出来事だと。悔やんでも悔やみきれない、自身が間に合わなかった過去の場面である事を。
──いや……っ!?──
「……ッ!」
響き渡る銃声は、唐突に彼女へ死の宣告を告げる。赤髪の少女が放った銃弾によって腹部から血を流し、クオンはその場に倒れ込んだ。その様子を少女と男は無言で見詰めた後、その場から姿を消していく。
そして、ここに来て漸くグランの体に自由が戻る。彼は一目散にクオンの傍へ駆け寄ると、血塗れになった彼女を抱えて瞳を伏せた。
「ごめんな、クオン。オレに力が無かったせいで、結局お前を守れなかった。お前の夢を……こんなにも早く止めてしまった」
──でも、今はそうじゃないよね?──
「──えっ?」
瞳を開いたグランの目の前、クオンが微笑みながら彼の頬へと手を添えた。突然の行動にグランが困惑を見せる中、その姿に再度笑みをこぼしながら彼女は口を動かす。
──今のあなたは誰よりも速い、あの銃弾から私だって守れるくらいに。だってそうでしょ? グランは
「──ッ!」
クオンの笑顔が見えた直後、突然硝煙の匂いや業火の熱量は消え失せる。気が付けば周囲も明るさを取り戻し、グランの意識は模擬戦中の学院のグラウンドへと戻っていた。彼は突如起こった場面の移り変わりに動揺しつつも、遠くからトワがいるであろう場所に銃口を向けるサラの姿をその瞳に映す。
現状を把握し、彼の血流は加速度的に上昇していた。怒りや哀しみ、込み上げてくる感情の全てを抑え込みながら、自身の中に循環する戦鬼の血を
「させ……るかよ──ッ!」
理性を保つべく奥歯を噛み締め、半身の構えに移るとその手に刀を顕現させた。復讐を遂げる力を手にしたその時に使うと、そう決めていた紅き刃を持つ一振りの太刀を顔横に構える。
そして直後に解放していく膨大な闘気は、驚く事に彼の握る刀と共鳴を始めて紅い光を放っていた。観戦するメンバーが彼の姿に漸く気付いたその時、グラウンド一帯に銃声が響き渡る。同時に、グランはその場から突如として姿を消した。
「──絶技、紅皇剣」
繰り出された不可視の一撃は、確かに紫電の銃弾からトワを守るのだった。
ーーーーーーーー
「
リィン達が砂煙に包まれる中、自身の放った一発を見事に切り伏せたグランへ向けてサラは微笑んだ。暴走する事なく、あくまで意志を保ちつつ銃弾を防いだ彼に称賛を贈る。彼女は導力銃をホルスターへ納めてから、同じく刀を鞘に納めるグランの元へと歩み寄った。
「い、今何が起こったの?」
「見えませんでした……」
歩み始めたサラの後方、観戦していたアリサとエマは困惑した様子で声を漏らしている。他の皆にも同様の反応が見られる事から、誰一人グランの姿を捉える事は出来なかったようだ。ただラウラとフィーに至っては、帝都の地下でグランが一度見せたものと同じだと気付いているのか、他の者達に比べて驚きは少ない。
一同が驚きと困惑の視線を向ける中、サラはグランの傍で立ち止まった。
「合格よ。これで私も、安心してあんたを赤い星座の待つクロスベルへ送る事が出来る」
「やっぱり試したんですか……会長の身を危険にさらして、質が悪いにも程があります」
「間に合ったんだからいいじゃない……ふふ、この学院に来て、正解だったでしょ?」
「まあ、それに関しては否定しませんが……一応礼は言っておきます」
「そう、お姉さん嬉しいわ」
弟の成長を喜ぶかのようにサラが頭を撫で、照れくさそうにグランは彼女から視線をそらした。誘われて来た手前やはりサラには敵わないと、グランは突拍子のない行動を取る彼女に溜め息をこぼしつつも、自身の成長を見守ってくれていた事に感謝する。
そして二人だけで完結しているこの場だが、模擬戦の行方も忘れてはいけない。砂煙が晴れ、中から姿を現したリィン達へ皆の視線が移る。
「はぁ、はぁ……」
「ボ、ボクもう無理……」
「フゥ……間に合ったぜ」
刀を支えに膝を着くリィンと、疲労で地面に倒れ込んだミリアムの二人は既に戦う気力が尽きているのか動く気配はない。ちゃっかりアーツの駆動が間に合ったクロウは二人ほどダメージも無く、額の汗を拭いながら割りと平然としているが。
そして三人の姿を視界に捉えたトワは、導力銃片手に笑顔でVサインを決めていた。
「えっへん、どんなもんだい!」
優秀な生徒を多く抱えるトールズ士官学院。その生徒達の代表でもある生徒会長は、やはり例に漏れず強かった。
どんまいガーちゃん、アルティウムバリアは物理障壁だからアーツ防げないんだよ……それにしても会長のアーツ一撃で沈んだリィン達、きっと冥皇のクオーツ先取りしてたんじゃないんですかね?(すっとぼけ)
トワ会長のSクラフトの可愛さは異常。