紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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一夏の思い出 中

 

 

 

 平日の午後、帝都の玄関口であるヘイムダル駅は多くの人々で溢れていた。夏期休暇の時期という事もあってか家族連れが多く、そのため列車から降りたグラン達の姿はさながら旅行に訪れた姉弟の様にも見える。

 人波を抜け、三人は駅のホームをあとにして帝都の中央を走るヴァンクール通りへと躍り出た。真っ先にグラン達の耳へ入り込んだのは導力車のエンジン音、街中を歩く人々の賑わう声、トリスタの街で昼夜問わず鳴き続ける蝉に負けず劣らずの忙しなさである。

 一先ず宿泊する部屋を取るためにガルニエ地区へ寄ろうと決めた三人は、未だトラムの到着していない乗り継ぎ場へと向かって歩き始めた。そしてその時、一際強い風が彼らの傍を吹き抜ける。

 

 

「あっ……ちょ、ちょっと取ってくるね!」

 

 

 被りの浅かったトワの麦わら帽子は風によって飛ばされ、少し慌てた様子で彼女は風に流された麦わら帽子を追いかけていく。そんな彼女の姿をグランは苦笑を漏らしながら眺め、少し経って帽子に追い付いたトワが安堵の表情でそれを掴む様子を、グランの横に並んだサラが笑顔で見詰めている。

 そして、帽子を手に持ったトワが二人へ向けて照れた様子で笑顔を浮かべる中、ふとサラが隣に立つグランへ向かって話し始めた。

 

 

「ところで、アンタ怪我の具合は大丈夫なの?」

 

 

「……怪我って、特に怪我なんてしてませんけど」

 

 

「誤魔化しても無駄よ。ノルドの実習の時に負った怪我、まだ完全に治ってないんでしょ? この前テロリストを呆気なく逃した時にピンときたわよ」

 

 

「……別に怪我自体は治ってるんですけどね。感覚が戻るまではあと二週間ってところですか」

 

 

 瞳を伏せたグランは、ばつが悪そうにサラへ向かって本当の事を話す。ノルドで負った怪我は回復しているものの、以前の状態に戻るまでにはもう一時の時間を要する事を。

 グランがノルドの集落で負った怪我は、確かに完治までに時間を要する程の重症ではあった。しかし実のところ、本当であれば怪我は既に完治していないとおかしい。現場にいた薬師やエマによる迅速な治療、石切り場で倒れた後も二人の治療は施され、その時の見解では完治までに二週間程かかるというもの。学院に帰還してからも保健医のベアトリクスによる治療を受けており、治療環境にも問題は無いからだ。

 それでも尚、グランが未だにノルドで負った怪我の後遺症を完全に回復出来ていない理由。それはノルドでの実習の後、学院に戻ってからも安静にする事なく旧校舎にこもっていた事が原因だった。

 

 

「ったく、赤い星座がクロスベル入りしたからって焦るからそうなんのよ」

 

 

「あはは……バレてましたか」

 

 

「せいぜい今は休養なさい。アンタが怪我したって知った時、あの子物凄く心配してたんだから」

 

 

 視線を移し、帽子を被りながら歩み寄ってくるトワを視界に収めてサラは微笑む。グランもまた彼女の視線を追ってトワを視界に捉え、ばつが悪そうに頭を掻いていた。二人の元へと戻ってきたトワは両者の視線の意味が分からず、不思議そうに首を傾げている。

 そして、ふとサラはグランが手に下げている二つのバッグを取り上げると、二人に背を向けて歩き始めた。

 

 

「私は先にホテルで宿取っておくから、アンタ達は勝手によろしくしてなさい。ただし……二人っきりだからって、あんまりハメを外すんじゃないわよ~?」

 

 

「サ、サラ教官っ!?」

 

 

「あのですね……」

 

 

 からかうように話すサラの言葉に、トワはその頬を朱色に染め、グランは頭を抱えてため息を吐いていた。そんな二人を余所に、サラは三人分の荷物を手に抱えながらトラムの到着した乗り継ぎ場へと近付いていく。

 残された二人は直後に互いの顔を見合わせ、トワが照れた様子を見せながらグランから視線をそらした。

 

 

「うぅ……そ、それじゃあ行こっか?」

 

 

「ええ。時間も無い事ですし、早速みんなに考えてもらったプランを進めましょう」

 

 

 グランは生徒会の皆が考えたプランを記している紙をポケットから取り出すと、トワに左手を差し出し、頬を赤く染めている彼女の手を取るのだった。因みに、グランが右手に握っている紙には最初の項目へこう書かれている。

 

 

──お泊まりデートにおける約束事項『デート中は両者とも手を繋ぐ事!』──

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「モニカ、これはどうだろうか?」

 

 

「えー、ラウラそれは無いよ……」

 

 

 午後二時、帝都の大型百貨店内にて。装飾品が陳列されたショーケースの前では現在、トールズ士官学院の夏服を着ている二人の女子の姿があった。一人はラウラの姿で、彼女は手に持った小物サイズのドライケルス像を差し出し、もう一人の女子である同じ水泳部のモニカから否定的な意見を受けている。モニカの反応にラウラは顔を僅かに落ち込ませると、カウンターに立っている雑貨店の店員へとドライケルス像を返却した。

 在学中の士官学院生達に与えられた短い間の夏期休暇。彼女達はそれを利用し、こうして帝都で仲良く買い物を楽しんでいる。そして、それは二人だけではない。

 

 

「どうしよ、今月のお小遣いもう使いきっちゃったよぉ……」

 

 

「あはは……コレットさんお買い物が大好きなんですね」

 

 

 どんよりと重い雰囲気を漂わせ、肩を落として二人の前へ現れた茶髪の少女は一年Ⅲ組のコレット。そしてそんな彼女の隣では、エマが苦笑いを浮かべながらその様子を見ている。因みに今月は始まってまだ一週間も経過していない、コレットの生活は大丈夫なのかと三人は彼女の先行きが不安になった。本人の談では毎月同じような事の繰り返しとの事なので、何とかやっていけるのだろう。

 

 

「でも、フィーちゃんも来ればよかったのにね」

 

 

「フィーは園芸部の活動が忙しい様子だったからな。またの機会に誘えばよかろう」

 

 

 ラウラとモニカが発案した此度の帝都での買い物。ラウラがエマを誘い、モニカがコレットを誘った事により現在四人で赴いているわけだが、本来ならばこの輪の中にはフィーも加わるはずだった。彼女に部活動を休んでまで来てもらうというのもどうなのかとなり、四人での買い物になったのである。

 そして二人の会話にコレットは疑問を抱いたのか、不意に首を傾げた。

 

 

「今更だけど、アリサさんは誘わなかったの?」

 

 

「そう言えば……誘わなかったのラウラ?」

 

 

「ああ、それなのだが……」

 

 

「えっと、何と言ったらいいか……」

 

 

 困ったように顔を見合わせ、ラウラとエマは言い辛そうに言葉を濁す。彼女達の様子に首を傾げるモニカとコレットだったが、別段それほど気になる訳でもなかったためこれ以上は問わなかった。追及をされずに済み、二人はホッと胸を撫で下ろす。

 直後にラウラとエマは柔らかな笑みを浮かべながら、窓の外に広がる青く染まった帝都の空を見上げた。

 

 

「あの二人は今頃、上手くいっていると良いのだが」

 

 

「そうですね……」

 

 

 同じ青空の下。現在トリスタの町で買い物を楽しんでいるであろうリィンとアリサを想いながら、後に百貨店の中へと現れた二人の男女の姿にラウラとエマは驚くのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 生徒会メンバー発案による帝都でのデートプランを、グランとトワの二人は一つ一つ楽しみながら消化していた。ブティックや百貨店での買い物に、公園での散歩。トワの意見を採り入れ、グランが特別実習で回った場所を辿っていきながら、時間は瞬く間に過ぎていく。因みに、デート中は両者とも手を繋いだままでなければならないという取り決めがあったが、サラと別れてから開始数分でトワが恥ずかしさに耐えられなかったため、無かった事になっている。

 現在の時刻は十六時。辺りも明るくホテルへ帰るには些か早い時間なのだが、買い物の手荷物を一度置きに行こうという事になり、グランとトワの姿は今ガルニエ地区にあるホテル内のロビーにあった。

 

 

「……」

 

 

 頭に被っている麦わら帽子を手に取ったトワは、口を開けたまま茫然とホテルの内部を見渡していた。必要以上に彩飾を施していない広いロビーの天井には、二つの大きなシャンデリアが設置され、中央を昇る階段の先には、国賓級の人間のみが入るというVIPエリアが見える。ホテル自体を訪れる機会が無いのか、彼女はその広さに呆気に取られていた。

 そして、そんなトワの隣では、その反応が可笑しかったのかグランが微笑ましそうに笑みを浮かべている。この時彼の顔を視界の端に捉えたトワは、顔を朱色に染めながら不機嫌そうに頬を膨らませた。

 

 

「あはは……そんな顔しないで下さいよ」

 

 

「……ホテルなんて来る機会が無いんだもん」

 

 

「機嫌直して下さいって。てっきりアンゼリカさんあたりに誘われた事があるかと思って……いや、オレが悪かったですから」

 

 

「……ちゃんと反省してる?」

 

 

「そりゃあもう」

 

 

 不機嫌そうに頬を膨らませていたトワは、大袈裟に胸を張って答えるグランを見るとため息を吐きながら肩を落としていた。全く反省した素振りを見せないグランと、からかわれていると分かっていながら素直に反応を返してしまう自分に対してである。

 諦めた様子のトワが一呼吸置き、気を取り直したのか一人受付へと向かって歩き出す。そしてそんなトワの後ろ姿に視線を向けながら、グランは満足そうに彼女の後を追った。二人はそのまま受付へ立っている従業員の元へ近寄り、部屋を案内してもらうために自分達の名前を告げる。

 

 

「予約していたグランハルトです。多分サラ=バレスタインという女性が先に来ていると思うんですが」

 

 

「お待ちしておりました。お付きの方は先にご案内致しております、どうぞこちらへ」

 

 

 会話を聞いていた近くの従業員の一人がグラン達へ声をかけ、案内をするべくロビーの中央にある階段へと歩き始める。グランとトワが持っていた荷物は受付の人物が呼び出した他の従業員によって既に持たれており、客への気遣いの良さが伝わってくる配慮だ。

 従業員の案内により階段を上がったグランは、左右に別れた階段を上がらずにそのまま直進する案内人に疑問を抱いて首を傾げる。何故ならロビーの階段を上がって正面はVIPエリアであり、一般客を入らせる筈の無い区画だからだ。

 

 

「いいのか? こっちに入っても」

 

 

「どうしたの?」

 

 

「いや、こっちは確か──」

 

 

 不思議そうに首を傾げるトワの横、グランは違和感を覚える中でふと気が付いた。突然空気を伝って流れるラベンダーの香り、意識を前方へ向けると自分達を案内していた従業員がいない。そして徐々に近付いてくる気配、それは紛れもなくグランの知っている中ではラベンダーの香りを放つ者。

 漸く異変に気付いたトワが少しの焦燥感を抱く中、二人の前へと現れたのは、蒼のドレスを身に纏ったオペラ歌手──ヴィータ=クロチルダだった。

 

 

「あら、こんなところで会うなんて偶然ね。元気にしてた? グランハルト」

 

 

「(っ!? 迂闊だった……何故気付けなかった!)」

 

 

「グラン君、この人ってもしかして──」

 

 

 ヴィータの顔に見覚えがあったのか、トワはグランへ問い掛けようとするが言葉を続ける事が出来なかった。僅かな動揺を見せるグランがトワを咄嗟に抱き抱え、大きく後方へとステップを踏んだからである。急な展開に付いていけず、トワがグランの腕の中で呆然とする正面、ヴィータは愉しそうに笑みを浮かべていた。

 そしてそんな彼女を悔しげに見詰めていたグランは、抱き抱えたトワを傍に立たせ、警戒心を一層強めながら口を開く。

 

 

「得意の(まじな)いですか……完全にしてやられましたよ」

 

 

「もう、そんなに怖い顔をしないで? こうでもしないと会ってくれないでしょ?」

 

 

「一体何が目的ですか」

 

 

「貴方に会いたかったから……それが理由じゃ駄目かしら?」

 

 

 悪戯な笑みを浮かべたヴィータは、ゆっくりと二人の元へ歩み寄る。対して彼女の動きに警戒するグランだが、ヴィータから明確な敵意を感じない以上、下手に手出しする事も出来なかった。彼らが今いる場所はホテルのVIPエリアである。一般客は立ち入る事が許されない区画であり、ヴィータが声の一つでも上げればグラン達が捕らえられる事は目に見えているからだ。

 グランの頬に軽く手を添えた後、ヴィータは優しい手付きでトワの頭を突然撫で始めた。

 

 

「あ、あの……」

 

 

「貴女にも会いたかったの……ふふ、とっても可愛らしい子。それも──虐めたくなってしまうくらい」

 

 

「……っ!?」

 

 

 ヴィータは困惑した様子で顔を赤く染めるトワを撫でていた手を、輪郭をなぞりながらゆっくり彼女の頬へ向かって動かした。その手が顔をなぞる度にトワは耐えるように甘い声を漏らし、その仕草にヴィータは笑みをこぼす。

 そしてヴィータの手がトワの首筋を辿り、胸元へと差し掛かったところで突如場の空気が張りつめる。僅かに驚きを見せるヴィータが視線を向けた先、トワの横に立つグランは瞳を伏せながら腰に下げた刀へと手を添えていた。

 

 

「今は引いてください、必ず時間を作ります」

 

 

「……少し意地悪が過ぎたかしらね」

 

 

 トワの胸元から手を離したヴィータは、一言謝罪を告げると二人の横を通り過ぎる。グランはそんな彼女の背に鋭い視線を向けながら、いつの間にか床へ落ちていた麦わら帽子を拾ってトワの頭へと被せた。気が付けば二人を案内していた従業員が駆け寄り、見失ってしまった事へ対して頭を下げている。

 再び案内によってホテル内部を進んでいく中、漸く頭から熱が冷めたトワが隣を歩くグランへと顔を向けた。

 

 

「ねぇ、グラン君。さっきの人ってあのヴィータ=クロチルダさんだよね?」

 

 

「ええ、会長はオペラに興味があったんですか?」

 

 

「そういう訳じゃないけど……ほら、『蒼の歌姫(ディーバ)』って有名だし。グラン君と親しそうだったから、少し気になっちゃって」

 

 

「ああ、その事ですか。心配しなくても、オレはまだ襲われてませんよ」

 

 

「そ、そういう意味じゃないよ!」

 

 

 顔を真っ赤に染めながらトワが声を上げ、そんな彼女を横目にグランは笑みをこぼしながら眺めていた。トワをからかう程の余裕があるように見えるが、内心ではヴィータとの関係を深く追及されずに済んでほっとしていたりする。聞かれたところで彼が正直に答えるという事はあり得ないだろうが。

 他愛もない雑談で二人の時間が進んでいく中、やがて従業員の歩みは止まり、グラン達は本日宿泊予定の部屋へと到着した。

 

 

「お荷物は既に中へと運んでおります。それでは、何かあればお申し付け下さい」

 

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 

 従業員へお礼を述べた後、二人は扉を開けて部屋の中へと足を踏み入れる。VIP専用の部屋という事もあって、室内は広く家具も高価な物で揃えられていた。少しでも傷を付けてしまったら大変だと、トワはその額に汗を滲ませる。

 そして不思議な事に、隣接する隣の部屋からはグランにとって聞き覚えのある声が聞こえてきた。サラの声も確かに聞こえるが、複数人の話し声が聞こえる事から一体誰がいるんだろうと彼は疑問を抱く。首を傾げながら隣室の扉を開け、そこにいる人物を視界に捉えてグランは呆然とする。

 

 

「や、やっと来たか……遅いぞグラン。だがまあ、これで漸くサラ教官から解放されるな……」

 

 

「お、お二人とも。お待ちしてました……」

 

 

「む……私と付き合うのがそんなに嫌だったのかしら~?」

 

 

 何故かここにいるラウラとエマの二人、そしてワイングラス片手に彼女達へ絡んでいる教官にあるまじき姿のサラ。その姿にトワが反応に困って苦笑いを浮かべる横、グランは目の前の惨状に頭を抱えながらそっと部屋の扉を閉めた。

 扉の向こう側からラウラとエマの助けを請う声が響く中、直ぐ様彼は部屋を退室し、部屋の前を歩いていた従業員へと声をかける。

 

 

「すみません、あれは一体何ですか?」

 

 

 入室数十秒、なんとも早い申し付けだった。




今更ながら知り合いに薦められて、SAOⅡを観ました。マザーズロザリオ編で泣いた、取り敢えず2ヶ月引きこもるぐらい泣きました。誰でもいいからユウキ助けてあげて……でも、本編はあれで彼女も救われたんだと思います。そう信じたいです。

とまあ、気分が憂鬱になって更新ペースが遅れてしまいました……全然言い訳になってないですね! ごめんなさい、ペース上げていくから石投げないで……

そして出ちゃいました深淵さん。彼女の呪いってこんな事もできるの? なにそれ恐い……でも会長は釘をさされた事に気付いてないみたいです。因みにグランはこの時、何かに気付いてたり……?


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