紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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白き少女の真相

 

 

 

──大好きだよ、グランハルト──

 

 

「初めて会ったのは確か、九年前だったか」

 

 

 あどけない笑顔を浮かべた白い長髪の少女、目の前に座っているトワにそっくりなその少女を脳裏に過らせながら、グランは彼女の望みに答えるべく語り始めた。彼が生涯護ると誓って護りきれなかった少女。クオンという名の少女との出会いを。

 九年前、当時七歳だったグランは既に赤い星座で戦力の一つとして数えられる程の実力を身に付けていた。四歳から戦闘の基礎を叩き込まれ、六歳になると実戦参加。七歳に上がった頃には二つ名まで付けられ、実戦の度にその実力を伸ばしていく飛び抜けた彼の戦闘センスには、身内である赤い星座のメンバーや敵対する勢力も驚かされたようだ。

 そしてそんな非日常を過ごしていく中で、運命の出会いは当時七歳のグランがクロスベルの地へ足を運んだ事によって訪れる。

 

 

「九年前、当時オレがまだ赤い星座にいた頃の話です。団の物資の調達でクロスベルを訪れたあの日、待ち時間の間、暇潰しに街道の魔獣でも相手にしようと外出した時の事でした。街道の脇道で、魔獣に囲まれていたアイツを見付けて──」

 

 

──……よし、見なかった事にするか──

 

 

──ちょ、ちょっとそこの君! 今完全に目が合ってたよね!? 目が合ってたと思うんですけど!?──

 

 

「無視しようとしたんですけど、余りにも五月蝿かったんで……助けたのが始まりです」

 

 

「あはは……そ、そうなんだ」

 

 

 クオンと初めて会った日の事をグランから聞き、トワはその時の状況を思い浮かべながら苦笑する。当時のグランは赤い星座の一員として、戦いの日々を過ごしていたのだ。民間人の危機に関心を示さないのも、仕方ないのだろうと彼女は考えた。

 そんなふとした偶然で出会ったグランとクオン。そして当時七才ながらクロスベルの街で屋台を営んでいたクオンは、街道で助けてくれたお礼にとグランを店に招待した。クロスベル市の中央広場の一角にある、多種多様のハーブが並べられた屋台の店へと。

 

 

──お父さんの手伝いでね、たまにクロスベルへ来てるんだ。今日はもうお手伝い終わったから、私が趣味で育てているハーブを売ってるの──

 

 

──ハーブ? そこら辺に生えてる雑草と同じに見えるけどな──

 

 

──雑草言うな! これでも結構評判良いんだからね!──

 

 

「クオンの父親は七耀教会の司祭をやってて、その手伝いでアイツはクロスベルに来ていたんです。趣味で育てていたハーブも飲みましたが、これが結構美味いんですよ」

 

 

「へぇー、私も飲んでみたい」

 

 

「機会があれば取り寄せますよ……そして、団がクロスベルに数日滞在する事になって、必然的にクオンとも顔を合わせるようになりました。アイツは気の許せる友人が誰一人いなくて、オレも同年代の知り合いと言ったら双子の妹くらいしかいなかったんで、クオンと過ごす日々は新鮮なものでした」

 

 

 街道の一件以来、それまで友人が一人もいなかったクオンはグランに懐き、グランはそれを面倒に思いながらも数日の休みを彼女と共に過ごした。戦いの日々で当たり前の日常を過ごす事の無かったグランは、彼女と共にいる時間が何処か心地よいものに感じる。それは買い物であったり、屋台の仕事であったり、彼女の父親に頼まれたお使いであったり。

 しかし、そんな何でもないようで充実した日々はあっという間に過ぎ、気が付けばグランがクロスベルを立つ日が訪れていた。そして別れ際、グランは涙ぐむクオンを見て不思議な感情を抱きながらも、指切りをして再会を誓う。

 

 

──絶対、絶対また会おうね!──

 

 

──……まあ、縁があればな──

 

 

──うん……待ってるから!──

 

 

「クロスベルを立った後、それから東の方で大規模な作戦があって、その後も団の仕事をこなしていきながら……クオンと別れてから二年後、再びクロスベルを訪れました。たまにしか来ないと言ってたんであんまり期待はしていなかったんですけど、中央広場に足を運んだら偶然にもハーブを売ってるクオンがいて──」

 

 

──え、うそ……グランハルト、なの?──

 

 

──髪伸びたから分かんないかもだが……久し振りだな、クオン──

 

 

──ぐすっ……バカ! 一つも連絡ないから死んじゃったかと思ったじゃない!──

 

 

──いや、どうやって何処に連絡すんだよ──

 

 

 クロスベルで再び出会ったグランとクオンは、これまで離れていた空白の時を埋めるかのように過ごした。二人がまたクロスベルを立つ日まで、互いに思い残しが無いようにと。この時クオンのグランに対する想いは確かなものへとなり、グランもまたクオンに対して不思議な感情を抱いている事を自覚した。若干九才ながらも恋人のように街中を歩く二人は、当時のクロスベルでも少し話題になったとか。

 そして楽しい時間というのは、思っているよりも早く過ぎるものである。グランがクロスベルへ滞在する数日も、直ぐに終わりが訪れた。

 

 

──また行っちゃうんだ──

 

 

──まあな。縁があったらまた会えるだろ──

 

 

──うん……あのね、グランハルト。私、伝えたい事があるんだ。その、私ね、あなたの事が──

 

 

「別れ際にちょっと驚くような事もあって、クロスベルを立ってからクオンの事がずっと頭から離れなかった。団の仕事は手につかない、戦場でも敵を見逃すなんていう自分でも信じられないような甘い判断をしたり……そして、オレの異変に気付いたクソ親父がオレをクロスベルへ連れ出しましてね。確かクオンと別れてから三ヶ月くらい経ってたか」

 

 

──何か用事があるなら終わらせてこい。それまでは部隊長を任せられん──

 

 

 グランがクロスベルを立ってから何かおかしいと感じた当時のシグムントは、それを解決させるべくグランをクロスベルへと連れ出した。グランも自身が抱いている迷いには気付いていたため、その原因でもあるクオンに会うべく手掛かりを探しにクロスベルの教会を訪れる。

 そして彼が教会へ訪れると、そこには買い出しに出掛けているのかクオンの姿は無かったものの、代わりに彼女の父親である司祭の姿があった。またしても偶然クロスベルの地で会えた事に驚きながらも、三ヶ月ほど前、別れ際にクオンが自身へ伝えた言葉、想いをクオンの父親に相談する事で解決の糸口を見付けようとしたグラン。しかしその時にクオンの父親から返ってきた言葉は、グランにとって思いもよらないものだった。

 

 

──あの子とはもう会わないで欲しい。私達も、もうこの地へ訪れる事は無いだろう──

 

 

「翌々考えれば当然の答えでした。クオンの父親は赤い星座の事を知っていて、オレの事もアイツから聞かされていたみたいで。オレは猟兵の息子で、クオンは七耀教会の司祭の娘。そもそも立場が違い過ぎた……今思えば、クオンの父親はクオンの事だけじゃなく、オレの事も考えて言ってくれたんだと思います」

 

 

 そして、本当ならグランはそのままクロスベルを去る筈だった。赤い星座の部隊長としての日々へと戻り、当時呼ばれていた『閃光』の異名を傭兵達の間に轟かせていた事だろう。

 しかし、クオンの父親がグランへ告げたその言葉を、偶然その場に居合わせたクオンが耳にした事で運命は加速する。

 

 

──お父さんのバカ……お父さんなんかだいっ嫌い!──

 

 

「クロスベルの教会は街の外にあるんで、街道に飛び出したクオンが心配になってアイツの父親と二人で追いかけました。街道を少し進むとクオンは案の定魔獣に囲まれてて……ただ、涙を浮かべて魔獣に怯えるクオンの姿を見たあの時、オレの中で確かに何かが変わったんです」

 

 

──いや、助けて……助けて、グランハルト……!──

 

 

──下がれ……下がれやこのガラクタ共がああああッ!!──

 

 

 魔獣に囲まれたクオンを目にした事で、グランの心にとある変化を生む事となった。クオンを恐がらせる存在は許さない、彼女に仇なす敵は慈悲もなく鉄槌を下す。その白い少女は自分が何としても護り抜く、そんな一人の少女を想う純粋な気持ちを。

 鬼気迫る形相で魔獣を瞬時に撃退したグランは、地面へ崩れ落ちたクオンを抱き締めて自身の本当の気持ちを打ち明ける。

 

 

──心配するな、オレはずっとクオンの傍にいる。オレの生涯を賭けてお前を護ってやる──

 

 

──……ぁ……──

 

 

──オレもお前の事が好きだ、クオン──

 

 

「誰かを護りたいと思うなんて初めての感情だった。だからこそ、オレは命を賭してクオンを護らなければと思ったんです……何より、初めて惚れた女ですから」

 

 

「そっ、か……」

 

 

「それが、オレにとってのクオンという少女です。あんまり面白い話じゃないでしょう?」

 

 

「そんな事ない。グラン君の事が、クオンちゃんの事が知れて私は嬉しいよ……」

 

 

 苦笑を漏らしたトワはこの時、目の前で気恥ずかしそうに頭を掻くグランを目にして悟った。自分では彼の話したクオンという少女には敵わない、彼女の様にはなれないと。

 何故ならクオンの話をしている時のグランは、何処か辛そうにしながらも幸せな雰囲気を漂わせていた。話し伝えでも分かる。クオンという少女がグランへ抱いている想い、そしてグランが抱いているクオンへの想い。彼の口から写真に写っている少女の話を聞き、グランとクオンが互いにどれだけ強く想い合っているのかが痛いほどよく分かってしまった。

 

 

「(とても、私が入る余地なんて無いんだ……何だか悔しいなぁ)」

 

 

 失恋とはこういう事なんだと、顔を俯かせて瞳にじわりと涙を浮かべるトワ。太股にかかったスカートの裾をぎゅっと握り締め、今浮かべている情けない顔を見られまいと必死に涙を堪えていた。

 このままではいけない、こんな情けない先輩では心配をかけてしまうと。瞳に浮かんだ涙を指で拭い、トワは精一杯の笑顔を作ってみせた。

 

 

「ありがとうグラン君、クオンちゃんの事を話してくれて……グラン君の恋人かぁ、一度会ってみたいな」

 

 

「はは……それは無理ですよ」

 

 

「どうして?」

 

 

「……死にましたよ、六年前に。いや、殺されたと言った方が正確か」

 

 

 瞳を伏せて話すグランを前に、この時トワは言葉を失った。今彼は何と言ったのか、クオンがどうなったと言ったのか。これは触れてはいけない事だったと、クオンに会いたいなどと声を漏らした数秒前の自分を彼女は恨んだ。クオンの事を話しているグランの顔が、何処か辛そうにしていたのも納得がいくと考えながらトワは顔を落ち込ませる。彼にとって、クオンという少女がどれだけ大きな存在だったのかが分かった今だからこそ、投げ掛ける言葉が見つからないのだろう。

 そして、そんな彼女の様子を目にして苦笑いを浮かべたグランは、そっとトワの頭へ手を乗せた。

 

 

「どうして会長が落ち込むんですか」

 

 

「ごめんね、聞いちゃいけない事だったのに……私、普段はもっとちゃんとしてる筈なのに、グラン君の前だといっつもこんなのばっかりで……」

 

 

 顔も合わせた事がない、声も聞いた事がない少女の事でここまで落ち込めるものなんだとグランは笑みをこぼし、トワの頭を優しく撫でていた。彼女に聞こえない小さな声で、ありがとうと一言呟いた後に頭を撫でていたその手を離す。

 この人になら話してもいい、この人だから聞いて欲しいと。そんな不思議で、何処か覚えのある感情を胸に抱きながら、グランは顔を上げたトワの瞳を真っ直ぐに見詰めた。

 

 

「……さっきの話、実はまだ続きがあるんです。聞いてもらえますか?」

 

 

「えっ……でも、グラン君は辛くないの?」

 

 

「辛いからこそ聞いて欲しいんですよ。いない人間の事で会長を悲しませるのは、オレにとっては結構辛い事なんです」

 

 

「……うん、分かった。聞かせてもらえるかな?」

 

 

 グランの言葉に頷いた後、トワは困ったように笑みを浮かべながら彼の顔を見上げた。自分の我が儘で始まったグランの昔話、こうなった以上は彼の過去を知っておきたい。グランが幸せを掴んだ後に訪れた不幸を、彼の悲しみを自分も背負ってあげたいと。

 トワの返答を受けたグランは安堵のため息をこぼし、一つ呼吸を置いてから話を再開する。

 

 

「クオンと生涯を共にすると誓って、まずオレが最初に取った行動は猟兵を辞める事でした。あの場所に、オルランドの家族がいる場所にクオンを連れていく訳にはいきませんでしたから……所謂家出ってやつです」

 

 

──正気か? 考え直せ、一時の情に流されては部隊長なんぞ務まらん──

 

 

──グラン兄がいなくなったらさぁ、シャーリィの相手は誰がしてくれるの?──

 

 

──そうだぞ。こんな虎のお守りを出来るのは叔父貴かグランかってくらいなんだぜ? 頼むから俺に押し付けないでくれ──

 

 

──む、ランディ兄ひどくな~い?──

 

 

「結局オレの声は誰の耳にも入らなくて、家族は誰一人としてまともに話を聞いてくれませんでした。赤い星座の団長でもあるバルデルの親父も、お前達で解決しろと我関せずで……まあ、端から見てもオレがおかしいんでしょうけど」 

 

 

 数日の説得を試みるも効果は無く、グランは家族達の理解を得ないままクオンと時を過ごす方を選択した。この決断にはクオンも彼女の父親も反対したが、これしか方法が無いというグランの強い意思に押し切られて渋々引き下がる。結局彼はクロスベルをあとにしたクオンと彼女の父親と共に、二人の故郷でもあるノーザンブリアの地へと訪れた。

 

 

「クソ親父はオレが直ぐに戻ってくると踏んだんでしょう。何の妨害も無く、無事にクオンと共にノーザンブリアへ着く事が出来ました。初めて訪れた北の大地は、公都だったハリアスクを中心に一面が真っ白で……信じられます? 全部が塩だったんですよ」

 

 

「噂なら聞いた事があるけど……やっぱり本当なんだ」

 

 

「ええ。そして、ノーザンブリアの南東部にある村のはずれ、クオンが住む教会で一緒に生活する事になって……退屈でしたけど、充実した日々でした」

 

 

 グランは当時のノーザンブリアにおける事情に驚きながらも、災害による被害を奇跡的に受けなかったノーザンブリアの南東部、小さな村のはずれに建つ教会で住み込みとして働く事になる。たまに受け持っていた魔獣の討伐依頼を除いて戦いの無かった平凡な日々は、当初の彼にとって退屈ではあったものの、クオンと共に過ごすというそれだけでグランには幸福と充実感を与えていた。

 そして、ノーザンブリアで過ごして三月余りが経ったある日の事。村の一画を借りて行っていたクオンの趣味でもあるハーブの栽培、それを手伝っていたグランはクオンに連れられてある場所へと訪れる。小高い丘の上、白い大地が見渡せる場所へと。

 

 

「クオンと共に日々を過ごしていく中で、アイツの夢ってのを聞かされましてね。普通の人間だったら、何を馬鹿な事を言っているんだと嘲笑うような夢でした」

 

 

──私ね、塩化して枯れ果てちゃったこの土地一面にハーブを植えて……もう一度蘇らせたいんだ──

 

 

──面白いじゃないか。力になれるかは知らないが、オレもクオンの夢に協力してやるよ──

 

 

──ふふ……頼りにしてるんだからね、『閃光』さん──

 

 

 塩と化した広大な大地を見渡し、笑顔で夢を語るクオンにグランは改めて心を惹かれた。普段は村や教会の外に住む魔獣に手も足も出ないこのひ弱な少女が、実はこれ程までに強い心を持っていた事に感心しながら。

 クオンの夢を叶えてやりたい、だから自分も精一杯力になろう。そんな風に決意をしたグランは、改めてクオンに生涯を託すと誓った。己が愛して止まないこの少女に、自身の全てを捧げようと。

 しかし、彼の誓いはたった数日後に叶わぬものとなる。

 

 

「クオンの口から夢を聞かされて、その夢を叶えるためにアイツの力になってやろうと決意して……そしてその日から丁度二日後の夜です。あの村が炎に包まれたのは」




語りながらなので普段の薄い描写が更に薄く……努力します、はい。

とは言え漸くグランの過去に迫れました。ただしグランの語りで明かされる過去なので、当時の詳しい情景であったりは後々番外編か何かでやりたいですね。そう言えばグランと執行者の絡みとかも希望があったのですが、それも番外編でやってみようかな?

ともあれこれで会長のヒロイン指数はグッと急上昇しました!……した筈……したよね?

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