剣戟と轟音、銃声による三重奏。帝都の地下の一画では轟音を伴いながら次々と局地的な爆発が巻き起こる、壮絶な戦いが繰り広げられていた。地下墓地で行われているグラン対テロリスト三名の一戦により、周囲の地形は一瞬にして変容を遂げている。
グランが振るった刀を仮面の男が寸前で回避すれば、行き場を失った力は轟音を伴って地面を抉り、その余波によって爆煙が巻き起こると共に地下一帯を激しく揺らす。余波は止まる事を知らず、回避に徹底した仮面の男がグランの攻撃を受け流す度に刀は地に亀裂を入れ、轟音を響かせて次々とクレーターを造っていた。二人の攻防と言うよりはグランの一方的な攻撃で地形は次々と変容し、瞬く間にその場を戦場と化していく。これが人の手によって繰り広げられているのだ、最早近代兵器どころの騒ぎではない。
しかし、それほど強力な攻撃を繰り出すには動きも連なって大きくなる。それこそが仮面の男がグランの太刀を何とか避ける事の出来る要因であり、彼らの攻めいる隙でもあった。
「ふふ、背後がお留守よ!」
グランの隙を窺っていたテロリストの一人、片手剣を手に持った女は刀を振り下ろしたグランの後方へ向けて駆け出す。背後からの死角、仮面の男に意識が向いているグランにその剣技を浴びせようと瞬時に接近した。
そして彼女が剣を振るった直後、驚く事に女は突然後方へと吹き飛ばされる。接近に気付いていたグランによる横一閃が彼女の剣を弾いていた。少年の姿からは想像もつかない桁外れの膂力に体を震わせながら、女は空中で体勢を立て直すと地面へ着地を決める。
「この子、本当に人間なのかしら?」
「残念ながら人間だ。アンタ達と同じな……!」
女の剣を弾いた後、グランは後方から追撃に迫ってきた仮面の男の双刃剣を受け止める。刀と双刃剣は金属音を伴って火花を散らし、数秒間の小競り合いの末に両者がそれぞれ相手の武器を弾いてバックステップを取った。
「これならどうかしら……!」
グランが後退した直後、体勢を立て直していた女は不意に離れた場所で手に持った片手剣を振るう。女の立ち位置はグランの後方、死角での行動に彼が気付ける筈がない。片手剣の刃は分裂、鋼糸に繋がった連結刃となってグランへ襲いかかる。
しかし、グランはまるで後方が見えているかのように連結刃が触れる直前でその姿を掻き消した。ここまで容易く見破られていた事に女は驚き、連結刃を引き戻してその形状を片手剣へと戻す。
「伍ノ型──残月」
「くっ……!?」
姿を掻き消していたグランは既に仮面の男の背後へ回っていた。訪れた抜刀の一振りを仮面の男は何とか受け流すも、続けて刀による袈裟斬りが襲う。男は間一髪反応すると上体をそらす事で避け、二撃目に訪れた逆袈裟は両手持ちにした双刃剣で受け止める。しかし現在の間合いを不利と判断したのか、仮面の男はグランの放つ刀の力を利用して後方へ下がった。
そして直後にグランへ向かって銃弾の嵐が降り注ぐ。後退した仮面の男へグランが意識を向けている事を逆手に取った銃撃。戦いの中で気配を消していた屈強な男が放ったガトリング砲による銃連射。だがそれすらも見切っていたらしい、グランの姿は銃撃を浴びた直後に掻き消える。
「チッ、気付いてやがったか」
「法剣も見抜かれちゃってたわ」
「紅の剣聖……多対一の戦闘を得意としているのは聞き及んでいたが、まさかこれ程の実力とは」
誰もいない筈の地点を三方向から見詰め、テロリスト達は驚きの声を漏らしていた。彼らの見詰める先、人影すら無かったその場所には蜃気楼の如くグランの姿が現れる。東方の武術に取り入れられている氣を操作しての分け身と呼ばれる技、それに伴う気配遮断は三人を同時に欺く程完成度の高いものらしい。
テロリスト達の視線を一身に受け、グランは再度その刀を構えた。
「成る程、防御に徹されると流石に押し切れないらしい」
「ケッ、よく言いやがるぜ。こっちとしちゃあこれでも十分押し切られているつもりなんだがな」
「……出し惜しみしても仕方がないか」
ガトリング砲を構えた男が地面へ唾を吐き捨てる中、ぼそりと呟いたグランはゆっくりとその瞳を伏せる。直後に彼が纏っている闘気、その紅き奔流は更に膨れ上がった。
「オオオオオ──ッ!」
地下一帯に震動を起こす
刀を再度顔横に構え、剣先を仮面の男へ向けながら彼は告げた。
「見切れるか! 万端を断つ終焉の太刀、視認の敵わぬ閃紅の刃を──」
グランが目を見開いた後、突如その姿が掻き消える。同時に気配すらも消失した事にテロリスト達三人が驚きを見せる中、直後に彼らを不可視の斬撃が襲うのだった。
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「これが……これがそなたの本当の……」
漸く揺れの収まった地下墓地の一画。グランを三方向から囲んでいたテロリスト達が地に膝を着き始める中、その中心で刀を支えに片膝を着きながら息を切らすグランを視界に捉えてラウラは一人呟いた。紅の剣聖の実力、グランの力を前にその体を震わせる。
ラウラは六月に行われた実技テストの折り、予想外の事態によって起きたグランとサラの戦闘を目にして彼の全力に驚いた。今の自分では到底及ばない実力差。それでもその時の戦闘を見る限りでは一太刀くらいは対応出来る範囲であり、努力を積み重ねればいつの日かあの領域にも届く筈だと彼女は感じた。
それなのに、今目の前で行われた一戦は何だ。個々が自分達よりも実力の高い三人のテロリスト達、そしてそれをたった一人で無力化したグラン。人の域を遥かに超越した剣技、人の身で辿り着けるのかすらも怪しい未知の領域。実技テストの際にグランが手を抜いていた節は見られなかった、だったら今目の前でテロリスト達を相手にした彼は誰なのだと。
本当はラウラも分かっている。これがグランの全力、紛う事なきグランハルト=オルランドの真の姿なのだという事を。これ程の光景を見せられたのだ、信じるより他ないだろう。
「(私はグランの剣が好きだ。なのに何故だ、そなたの剣を前にして体の震えが止まらない。私は、私はそなたが好きなのに……!)」
現在自身が抱いている恐怖を振り払うかのように、辛そうな表情のラウラは己の心へ向かって言い聞かせる。自分はグランの剣が好きだ、彼の太刀筋が好きなんだと。しかし、それでも彼女の体の震えが止まる事は無かった。
ラウラは必死に恐怖を押し殺そうとひたすらに大剣を握り締める。そして片膝を着いていたグランがその場を立ち上がる中、ラウラはその姿を瞳に映しながらケルディックの街道で彼と交わした会話の一部を思い出していた。初めてその力の一端を垣間見た時、人相手に使えないとグランが話した事に対して自身が抱いた疑問を。
──どうしてだ? 先程のそなたの力なら、かなりの強者とも渡り合えるのではないか?──
──力だけならな。その代わり、今まで培った八葉の剣は、ただの暴力にしかならないが──
「(っ!? そうか……そういう事であったか)」
そして彼女は恐怖の正体に気付く。それはグラン自身が話していた、己の持つ力が八葉の剣をただの暴力に変えてしまうというもの。ラウラが好きなグランの太刀筋が、その力によって暴力へと変化しそうな今の状況に彼女は恐れを抱いた。自身の好きな彼の太刀筋が、力に飲み込まれて失われてしまいそうで。
勿論グランは力を律する事が出来ている。当時のグランがそういった表現をしたのも、別に己を制御できないからという訳ではない。だが彼女はグランが力を求める理由を知っている、分かっていてもその不安は頭を過ってしまう。
だから今は少しでも彼の近くに、グランは自分が支えなければ。そう思い至るや否や、大剣を納めたラウラはリィン達の驚きの声を耳にテロリスト達が囲む輪の中、刀を納刀したグランへと駆け寄る。
「流石に連発はキツかっ──」
「グランっ!」
「って! なっ、何だラウラ!?」
突然の抱擁。冷めた表情を浮かべていたグランは突如体に訪れた衝撃に痛みを覚え、直後に背中へ感じた柔らかさに戸惑うも、背後で体を抱き締めてくるラウラに向けて困惑の声を上げた。離れるように彼は言葉を投げ掛けるが、その度にラウラの抱き締める力は強まっていく。
ドライケルス広場の時から少々無理をしていたグランは更に訪れる痛みと柔らかさに葛藤を覚えるも、このままでは体が保たないと判断してラウラを何とか引き剥がす事に成功した。脇腹を押さえながら、目の前で不安げな表情を浮かべる彼女へと視線を移す。
「す、済まぬ。こうしないと、そなたが何処かに行ってしまいそうで……」
「何処かって……お前はオレの彼女か何かか」
「いや、その……だから私はそなたの剣が好きで、このままではそなたの剣が失われてしまいそうだったからこのような方法を取っただけで他意は無いというか……っ!? だ、誰が彼女だ!」
「いや、何を言ってるのか分からんし。怒鳴られる意味も分からん」
顔を真っ赤に染めて怒鳴り声を上げるラウラ、そしてそんな彼女をグランは半分呆れた表情で見詰める。とてもテロリスト達のいる緊迫した状況とは思えないほど、場は既に和んでいた。
しかし、二人を囲むテロリスト達が立ち上がった事でその空気は再び張り詰める。
「チッ……太刀の入れようが甘かったか」
「っ!? この者達は完全に無力化出来ていた筈。何処にこのような力が……」
「フフフ……どうやら侮っていたのは此方だったようだ。紅の剣聖、流石は最強の猟兵に数えられるだけの事はある」
グランは刀を、ラウラは大剣を構えて立ち上がった三人の姿を見渡した。仮面の男が感嘆の声を漏らす中、三者は得物をそれぞれ構え直し戦う意思を見せている。とても体力が残っているようには見えない、彼らは既に執念のみで体を動かしているようだった。
あと数太刀、浴びせる事が出来れば今度こそ完全に無力化出来るだろう。しかしテロリスト達と同様、グランにも体力の限界がきていた。ドライケルス広場に続いてテロリスト達との連戦、太刀のキレが衰え始めている。
戦いを傍観していたギデオンを含む三人のテロリストが加勢に入る中、包囲されたグランは仮面の男へ向けている視線を一層鋭くさせながら声を漏らした。
「……ラウラ、一人で法剣使いの女を凌げるか?」
「少し厳しそうではあるが、何とかしてみせよう。それに──」
「私達もいる」
額に汗を流しながら、笑みを浮かべて答えたラウラの視線の先。テロリスト達の包囲網を潜り抜け、輪の中へ入り込んだフィーの姿が彼女の隣にあった。女の後方では控えていたリィン達四人もその手に得物を構えている、フィーと同様これから加勢に入るつもりなのだろう。
戦うのは自分一人ではない、皆がいるから心配は無用だと。大剣に力を込め、ラウラがその場を駆け出そうとしたその時──
「そこまでです!」
突如地下へ響き渡った涼しげな声、開戦直前だった一同が視線を向けた先。そこには導力銃を構えるクレアと、ブレードと導力銃を両手に持つサラの姿が現れた。
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クレアとサラ、その他鉄道憲兵隊の応援が到着して状況を優位に変えたリィン達。しかしテロリスト達は彼らの一瞬の隙をつき、ある宣言を残して地下から退却を始めた。予め各所に仕込んでいた爆薬を起動させ、地下を崩落させる事で追跡を逃れる。
これ以上の深追いは危険だと判断したグランによって一同は地下墓地から退却。彼らが退却した後に道は完全に崩落し、テロリストの追跡は不可能となった。一同は崩落した道の先を悔しげに見詰めた後、各々の無事と成果を讃えて帝都の地下をあとにする。
リィン達はマーテル公園に戻り、クリスタルガーデン内では彼らの帰還を見つけたアルフィンとエリゼ、レーグニッツ知事の三人が一同の元へと駆け寄った。リィンの身を案じていたエリゼか彼に抱きつき、心配をかけた事に対してリィンが謝るといった光景が広がっている中、その様子を端から見ていたグラン達の元へ一人の少年が歩み寄ってくる。
「ふん、どうやらテロリスト共の拘束は敵わなかったようだな」
「お前は、Ⅰ組の……」
グランの前へと現れたのは、此度の園遊会に呼ばれて出席していたパトリックの姿だった。二人が対面した事でグランの後ろに立つラウラとフィー、エリオットとマキアスの四人は冷や汗を流す。つい先程地下であのような光景を目撃したのだ、六月の実技テストの一件を知っている四人がこの状況を見て焦らない筈がない。
しかし、そんなラウラ達の心配も束の間。パトリックが腰に下げている剣を確認したグランは、笑みを浮かべて彼の前へ右手を差し出した。
「リィン達がいない間、ご苦労だったな」
「っ!? うっ、うるさい! 別に君達の為にここを守った訳ではない、僕は貴族として当然の義務を果たしたにすぎ──」
「礼は素直に受け取っておくもんだ」
「くっ……」
グランが無理矢理握手を交わし、それが恥ずかしかったのかパトリックは彼の顔から視線をそらした。それでもグランの手を振り解こうとしない辺り、彼自身グランの感謝の言葉を耳にして悪い気はしていないようだ。そんなパトリックの姿を見ていたマキアスは、素直になれない男だと困ったように笑みを浮かべていた。
近衛兵の尽力もあり、突如マーテル公園を襲った魔獣の群れは既に殲滅を完了している。事後処理とテロリスト達の足取りは鉄道憲兵隊へ一任する事になり、リィン達はサラの指示で一度ヘイムダル駅の鉄道憲兵隊司令所へと向かうことになった。
憲兵の運転によって導力車でヘイムダル駅へと訪れた一同は、司令所内部へ通されて個々が休息を取るように言い渡される。戦闘で体力が消耗していたリィン達にとっては非常に有り難かったようで、重要な区画以外の立ち入りが許される中で個々が休息に入った。
そして現在。グランを除くリィン達五人の姿は、司令所内のブリーフィングルーム前にあった。
「いや、しかし驚いたな」
「ふふ、ラウラも大胆だね」
「うぅ……そなた達、からかうのも程々にするがよい」
地下での一件、ラウラが突然グランに抱き付いた時の事を思い出しながら笑みをこぼすリィンとフィー。そんな二人の声に羞恥心で頬を赤く染めながら、やってしまったといった様子でラウラは顔を俯かせていた。状況が状況だっただけに、彼女の取った行動はそれはもう衝撃的だった事だろう。導力車で移動する最中、他言無用だとラウラがもの凄い剣幕でリィン達に詰め寄っていたのは彼らの記憶に新しい。
テロリスト達を拘束する事が出来なかった今回の襲撃事件。とは言え皇女の身が拐かされる事は阻止でき、襲撃による被害は少なからずあったものの大事には至らなかった。アリサ達B班も西側で起きた襲撃の対処に貢献したようで、Ⅶ組は学生の身ながら十分な働きをしたと言えよう。
しかし今回の事をリィン達が納得している筈もない。皇族の身を脅かした不届き者、テロリスト達を捕らえられなかったのは彼らもやはり悔しかった。この先テロリスト達が何か事を起こす可能性は非常に高い、それをさせないために今回捕らえるべきだったとリィン達は考えているからだ。
本来それは鉄道憲兵隊や領邦軍の仕事なのだが、今回ばかりは彼らがそう考えてしまうのも仕方がないようにも思えた。その理由は、地下墓地から逃走したテロリスト──仮面の男が最後に残した言葉にあった。
「静かなる怒りの焔をたたえ、度し難き独裁者に鉄槌を下す……」
「帝国解放戦線……テロリスト達が言っていた言葉だよね」
エリオットが顔を向ける先、マキアスが口にしたそれは去り際に自分達の事を帝国解放戦線と名乗った彼らが残した言葉である。その言葉が意味するもの、誰を指したものなのかは火を見るより明らかだった。帝都民からは絶大な支持を得ながらも、その強引すぎる手腕で恨みを買う事も多いとされる鉄血宰相。ギリアス=オズボーンを指す言葉である。
と言ってもこれらの事をリィン達が深く考える必要はないだろう。あくまでテロリスト達の対処は鉄道憲兵隊の仕事であり、今回彼らは巻き込まれた形で協力こそしたが普段は一介の士官学院生だ。帝都で行われる残りの特別実習を確実にこなす事が、今のリィン達の仕事である。
「彼らにどんな理由があって事を起こしたのかは気になるけど、今は一先ずサラ教官とB班の帰りを待とう。話はその後でも遅くはないんじゃないか?」
「それもそうだな」
リィンの提案にマキアスが納得する形で終え、テロリスト達に関する話はここで終わりを迎える。次に彼らの話題に上がったのは、テロリスト達と単体で互角以上の戦いを繰り広げていたグランの事だった。
これまでリィン達がグランを見てきた中で、衝撃的だったのは六月に行われた実技テストの一件だ。周囲を飲み込む膨大な闘気、あのサラですら終始後手に回って敗北を喫した程の実力の高さ。明確な実力差に、当時のリィン達が衝撃を受けたのは当然である。
それでも今回のグランはその時と比較しても明らかに異常だった。人に為せるとは思えない技、何一つとして理解の追い付かなかった未知の領域。そして、少しでも近づけば一瞬にして意識を飲み込まれてしまいそうな底知れない紅の闘気。ただ眼前の敵を殲滅する事を考えただけの一方的な暴力は、グランを仲間の一人と受け入れていなければ彼らもきっと恐怖に怯えていた事だろう。
「(まるで、あの時の俺と同じような……いや。制御出来ているのと出来ていないのとでは全く違うか)」
「リィン、どうかしたのか?」
「ラウラ……いや、グランは凄いなと思ってさ」
「……そうだな。我らももっと、精進せねば」
リィンが黙り込んでいる様子を気にしたラウラが声を掛けた先。頭を掻きながらばつの悪い顔をするリィンを見て、彼女は笑みをこぼした後にぐっと右の手を握り締める。今回グランの本当の姿を前にした上で、改めてラウラの中でも決意が固まったようだ。
そしてそんな折り、ふとフィーが疑問の声を漏らす。
「そう言えばグランは?」
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鉄道憲兵隊司令所内部の救護室。室内の角に置かれた白いベッドの上で、上体を起こしながら表情を落ち込ませるトワの姿があった。そしてそんな彼女の傍、ベッドの横にある椅子にはグランが座っている。両者は先程から沈黙を貫き、どちらも話を切り出そうとする素振りを見せなかった。
自身の身を助けにグランが訪れた事で、結果的にテロリスト達を拘束出来なかったとトワは思っている。ここはテロリスト達の対応を行っている鉄道憲兵隊の本拠地、いやでも情報は入ってくるだろう。責任感の強い彼女が、今回の一件で自責の念に駆られてしまうのは仕方がないのかもしれない。
実際のところ、ドライケルス広場で突然発生した異変の際、迅速な対応で避難誘導を完了させるという見事な手腕を彼女は見せた。本来今回の一件でトワが誉められる事はあっても、彼女が思っているように責められる事はない。グランもその辺りをよく分かっているからこそ、中々話を切り出せないのだろう。
「……ごめんね、グラン君」
グランが救護室に訪れて、トワが漸く紡いだ言葉は謝罪だった。自分のせいでグランはテロリストを捕まえられなかった、彼の仕事を邪魔してしまったと。
彼女からの謝罪を受けて、グランは笑みをこぼしていた。声が出せないのかと心配した、そう冗談混じりに返しながら彼は当時の状況を口にする。
「あの時広場一帯には、導力波を妨害する強い力場が広がっていたようです。現場の状況を、司令所の憲兵達が直ぐに把握できなかったのも仕方がないでしょう」
「そっか。だからサラ教官にも連絡出来なかったんだ」
「そういう事です。第一オレも、広場が襲撃に遭うなんてこれっぽっちも思いませんでしたよ。現場に急行してみれば、魔獣と訳の分からない機械人形達がドンチャン騒ぎで夏至祭楽しんでるし……」
「ふふ……ありがとう、元気付けてくれて。何だか慰められちゃったね」
「それが今のオレの役目ですから」
冗談混じりの状況報告は、何とか落ち込んだトワの気持ちを慰める事が出来たらしい。笑顔を浮かべ始めた彼女を見て、グランも安心したようにため息を吐いていた。
二人は笑いを混じえながら、楽しそうに会話を再開する。先までの静まり返っていた空気は嘘のようで、周囲で手当てを受けている憲兵や医務官もその光景に和んでいた。空気を読んでか手当てを受けた憲兵達は静かに退室し、医務官も隅に移って次の業務を行い始める。
「しっかし、あの時トワ会長顔がベトベトだったんですけど……一瞬触るの躊躇いましたよ」
「うぅ……トラウマになりそうなんだから思い出させないでってば……」
「何か髪もネチョネチョしたし……もしかして魔獣の──」
「いやーっ! それ以上は言わないで!」
グランの言葉でトラウマ級の出来事を思い出し、トワは両の手でその耳を塞いだ。そんな彼女の姿をグランはニヤニヤと笑みを浮かべて見ている辺り、やはりこの男はドSである。
そしてトワが恨めしそうにグランの顔を見ている中、不意に彼女の制服の懐から何かがこぼれ落ちた。
「あっ……」
「……会長が持ってたんですか、そのペンダント」
「うん。フィーちゃんに持っててって頼まれてたから……」
トワの足上に落ちたそれをグランが手に取り、彼がロケットの蓋を開けるとそこには一人の少女が写った写真が嵌め込まれていた。これまで彼の夢に幾度となく出てきた白き少女、クオンという名の少女が幸せそうな笑顔を浮かべている写真が。
少女の写真を前にして、グランは笑みをこぼしていた。しかしその表情から何か深い悲しみを感じ取ったトワは、今ならもしかしたらと彼へ問い掛ける。
「クオンちゃん、だったよね?」
「ええ……叶う筈もない夢を必死に追いかけて、最後までその夢を諦めなかった。本当に馬鹿で、何処か放っておけなくて……とても優しい奴でしたよ」
「そっか……あのね、グラン君──」
グランの心を救うならば、今この時しかないとトワは思った。想像もつかない波乱の過去、今彼が垣間見せた深い悲しみを生み出してしまった原因を知るための機会は。
自身の胸に手を当てて、瞳を閉じた彼女は躊躇わない。次にその目を開いた時、トワの瞳は真っ直ぐとグランの目を見詰めていた。
「クオンちゃんの事、教えて欲しいんだ」
……どうしてこうなった。ラウラがメインヒロインじゃないよ! どこからどう見てもそうだけども!
テロリスト達と互角以上に戦ったグラン。でも最終的に逃げられる辺り、紅の剣聖(笑)とか言われる理由なんでしょうか……でも今回は倒れなかったよ!
そして漸く第四章のメインでもある会長との絡み。きっとここから会長が巻き返すから……!