紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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風見亭にて

 

 

 

 トリスタ駅から列車に揺れること数十分、A班は実習地に指定された交易町ケルディックへと到着していた。ケルディックの駅を出て町並みを見渡し、一同がその光景に抱いた率直な感想は、田舎にあるのどかな雰囲気を醸し出した好感の持てるものだった。古い造りをした木造の建物が建ち並び、小鳥のさえずりや自然の香りが風に乗って六人の五感を刺激する……そう、五人ではなく六人。A班の実習には、何故かサラも同行していた。

 

 

「このケルディックは、ライ麦で造った地ビールなんかが有名なのよね。因みに君達は学生だから飲んじゃ駄目だけどね~」

 

 

「いや、勝ち誇ったように言われても……」

 

 

「全然羨ましくなんか無いんですけど」

 

 

 リィンとアリサが尤もな意見を口にする。人によっては成人を迎える前に酒を飲む機会はあるかもしれないが、未成年の内はそこまで旨いと感じる事は余りないだろう。そんな若者達に自分だけ酒が飲めるんだと勝ち誇ったところで、羨ましがる者などこの中にはいない。一人を除いては……

 

 

「そうだそうだ! 羨ましくなんかないわ!」

 

 

「あはは、グラン泣いてる」

 

 

「グラン、そなたもしや学院で酒を口にしていたのではあるまいな?」

 

 

 涙を流しながらサラに向かって叫ぶグランを横目に、エリオットは苦笑い、規律といったものに厳しいラウラに至っては眉間にシワを寄せてグランを睨んでいる。リィンとアリサがその光景にため息をつく中、グランは泣き止むとリィン、アリサの二人を見てふと思い出した。

 

 

「つうか、リィンとアリサは仲直りしたんだな」

 

 

「ああ、おかげさまで」

 

 

「別に仲直りってほど仲悪かった訳じゃないわよ……」

 

 

 リィンと顔を見合わせた後、頬を赤く染めながらそっぽを向くアリサを見てグランは確信する。成る程これがツンデレか、そしてリィンは早くもアリサを攻略しているのだと。

 

 

「いいなぁ、オレも美少女とイチャイチャしたいなぁ」

 

 

「だだだ、誰がイチャイチャよ!」

 

 

「……」

 

 

 グランの呟きにアリサが顔を真っ赤にし、その様子を見てリィンとエリオットが苦笑いを浮かべる中、ラウラは一人無言でグランの顔を見つめていた。メンバーの中で唯一その事に気付いたサラは、含み笑いを浮かべながらグランの肩へと手を回し始める。

 

 

「なーんだ、あんたも青春してるんじゃない♪」

 

 

「何がですか、しかも含み笑いとかキモいからやめてください」

 

 

 サラが何処か嬉しそうに笑みを浮かべている理由を、グランは知るよしもない。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

‌‌

 

紫電(エクレール)の君……まさかこんな所でお目にかかることが出来ようとは」

 

 

 駅の入り口から少し離れた場所で、リィン達と仲良さげにしているサラを見つめる人物がいた。貴族のような外見をしたその男は、サラに向けていた視線をリィン達士官学院の生徒へ変える。そして視線を移す中、グランの顔を見つけるとニヤリと口元を曲げ、尚も呟いた。

 

 

「それにしても……興味深い雛鳥達を連れているかと思えば、成る程。『紅の剣聖』が士官学院に入ったという噂は本当だったか」

 

 

 男はグラン達の方に向かって一礼すると、街道の奥へと消えていく。そして男の気配に気付いたのか、その背中を遠目に見ているグランの姿があった。彼は男の去っていった街道の先を見つめながら、物凄く嫌そうな顔をしている。

 

 

「──おい、何であの変態がいる」

 

 

「どうしたんだグラン、置いていくぞ?」

 

 

「悪いリィン、今行くわ」

 

 

 グランは此度の実習に果てしなく嫌な予感を感じながら、リィン達と今回世話になる予定の宿屋へと向かうのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 宿酒屋、《風見亭》。今回の実習にてリィン達A班が一晩お世話になる場所だ。昼前のこの時間、店内には早めの昼食に訪れている客の姿がちらほらと窺え、中には早くもビールを飲んでいるものまでいた。いたと言っても一人だけだが、その人物は何と帝国の由緒正しき士官学院の教官。勿論、リィン達《Ⅶ組》の担任であるサラ=バレスタインその人である。

 

 

「ぷはぁーっ! 仕事の後の一杯は、やっぱり格別よねー!」

 

 

 などと宣いながらリィン達の目の前でグビグビとビールを口にするサラ。全くもって教官の威厳など欠片もないが、この人はこういう人間だからしょうがない。サラがご機嫌につまみを頬張りながらビールを口にする姿を、グランは呆れ半分羨ましさ半分といった様子で見ていた……

 

 

「ぷはぁー! 本当に旨いっすね、女将さん!」

 

 

「おや、いいのかい? 学生さんがビールなんか飲んで」

 

 

 と言うか既に飲んでいた。サラと隣り合わせに乾杯しながら、完全にグランは満喫している。リィンとエリオットは顔を引きつらせながらその光景を眺め、アリサとラウラに至っては両の手を握り締めて今にも怒りが爆発しそうな程のオーラを漂わせていた。だが、酒が回っているグランにはその様を感じ取る事など出来ない。

 

 

「なーに怒ってんだよ二人共。実習前の景気付けじゃねぇか、一緒に楽しもうや!」

 

 

「まぁ、それもそうね……」

 

 

「ふむ、一理あるな……」

 

 

 グランの陽気な言葉に、何とアリサとラウラの二人が乗っかる。リィンとエリオットは意外な展開に驚きを隠せなかったが、アリサとラウラが次に取った行動ですぐに理解した。ああ、グランの人生が終わったと。

 

 

「最近弓の調子がいいのよねー……景気付けにグランの顔でどれくらいの命中率か確かめてあげるわ」

 

 

「私の剣も先日磨いだばかりでな……景気付けに試し斬りをしても構わぬか?」

 

 

「はい、私が調子に乗りました、申し訳ありません」

 

 

 気がつけば、グランは床に手をついて綺麗な土下座を披露していた。その甲斐あってか店内で二人の武器が使用されることはなく、その一連の出来事を終えた後、女将さんが今日泊まる部屋に荷物を置いてくるといいと進言する。言われるままにグラン達は二階の部屋へと案内されるのだが、そこでまた問題が浮上した。何と本日泊まる部屋にはベッドが五つ、要するに男女が同じ部屋になっていると言うことだ。

 

 

「ちょっと、どういうことよこれ!」

 

 

 アリサがたまらず声を上げる。確かに気持ちは分からなくもない、と言うか年頃の女の子が男子と同じ部屋で寝るのに抵抗があるのは当たり前だ。しかし、彼女は士官学院の生徒である。その延長上になる軍人等では、それこそ男女が同じ部屋で過ごす事などざらだろう。アリサの様子を見ながらラウラはそんな事を考えており、彼女自身リィン達と同室であることについては何の不満もなかった──一つの不安要素を除いては。

 

 

「リィン、エリオット、オレ今まで生きてきて本当によかったと思うわ」

 

 

「おいおい……」

 

 

「あははは……」

 

 

 そう、グランの存在である。士官学院に入ってから一月近く、グランという人間は《Ⅶ組》の中でも特に目立っていた。入学初日に行われたオリエンテーリングに加えて先日の実技テストで見せた驚くべき戦闘能力、ラウラはそれプラス一度グランと剣を交えているので尚更彼の実力の高さは印象に残っている。まぁ、それだけなら問題はなかった。問題なのは、彼が目立っているもうひとつの理由について。

 

 

──なぁ、委員長って何カップなんだ?──

 

 

──お、教えられるわけないじゃないですか!──

 

 

──アリサ。リィンと仲直りするためにも、先ずはどういう状況だったのかオレで再現してみよう──

 

 

──どういう理屈よそれ!──

 

 

──ラウラ、今度水泳部の時の水着姿でオレと手合わせしてくれ──

 

 

──なっ!?──

 

 

「──うむ、私もアリサと同意見だ」

 

 

 これまでのグランの言動を思いだし、ラウラの考えは直ぐに否定された。一人浮かれているグランと苦笑いを浮かべる二人をその場に残し、ラウラとアリサは一階のカウンター席でご機嫌モードのサラへと詰め寄る。男女別にしてくれと。

 

 

「同じ学生なんだから、別に仲良くすればいいじゃなーい♪」

 

 

「よくありません!」

 

 

「サラ教官、何とかならないのですか?」

 

 

 アリサとラウラが余りにも必死だったからか、サラはビールを飲むのを中断すると二人と向き合って同室にした理由を説明し始めた。一つはラウラの考えていた通りの事で、いざ軍人になって男女同室が無理などというのは話にならないから。そしてもう一つは、サラ個人の考えによるものだった。

 

 

「グラン……あの子は、あなた達から見てどんな風に見える?」

 

 

「どんな風にって……本当に男の子なんだなってくらいかしら?」

 

 

「そうね。以前の彼からは想像できないくらいだけど……因みにラウラは、グランがどう見えた?」

 

 

 サラの言葉に、ラウラは以前旧校舎の前でグランと剣を交えた時の事を思い出していた。太刀筋、戦闘運び、どれも自分とほぼ互角……それ以上のものを持っているようにラウラは感じた。故に、ラウラはあの時グランに聞いてしまった。真剣勝負にもかかわらず、実力を隠して遊んでいるような気がしたから。

 

 

──そなた、どうして本気を出さない?──

 

 

 しかし、返ってきた答えはラウラの想像していたものとはまるで違った。出さないんじゃない、出せないんだと。その言葉と背中からは、自分ではどうしようも出来ない事への歯痒さ、苛立ち、そして──

 

 

「自分が信じた道の上を、後悔しながら歩いているように感じました」

 

 

「へぇ~……」

 

 

「成る程、グランと何かあったみたいね」

 

 

 アリサが一人ラウラの顔を見て笑みを浮かべる中、サラはその言葉を聞いて立ち上がるとラウラの肩へ手をのせる。サラの目からはラウラの考えを肯定しているかのような意思を感じ、彼女もまたそれを感じ取っていた。

 

 

「その調子で、あの子の事よろしく頼むわね。それと……《Ⅶ組》の男連中に、特にグランには寝込みを襲うような甲斐性は絶対ないから安心しなさい」

 

 

 最後にグランに巻き込まれた感じで他の男子メンバーまで散々な言われようだが、話を終えたサラは席に着くとまたビールを片手につまみを食べ始める。結局何だかんだはぐらかされた形で男子と同室になることが決まった二人だが、一人には収穫があったようで、最初ほど機嫌は悪くない。

 

 

「ラウラも女の子だって事が分かったし、今回は良しとしようかしら」

 

 

「む、それは一体どういう意味だアリサ?」

 

 

 二人は暫くガールズトークに花を咲かせた後、二階から降りてきたリィン達三人と共に初めての実習へと取り掛かるのだった。

 

 

 




どうも、いちご亭ミルクこと、いてミです。
今回の話書いてて思った……あれ、このままだとヒロインラウラじゃね?

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