紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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不可視の剣技

 

 

 

「なっ……!?」

 

 

 対峙していた機械人形と魔獣を何とか仕留めるに至ったアンゼリカ。彼女は現在、ドライケルス広場の一画に広がっている異様な光景を前にその表情を唖然としていた。彼女が視線を向ける先、突如紅色の閃光が過ったかと思えば機械人形が爆発を起こして消滅。魔獣に至ってはその肢体を突然切り離されるという致命傷を受け、更には首を撥ねられて絶命する。一方的な虐殺にしか見えない蹂躙劇。目に見えない何かが、次々と機械人形と魔獣の群れに襲いかかっていた。

 標的を失った数体の機械人形が銃口の標準を四方に迷わせる。魔獣達も攻撃対象を見失ったのか焦点が定まっていない。その間にも機械人形は破壊され、魔獣の肢体と首は刈り取られ続けている。

 アンゼリカが見詰めている先では、つい先程まで機械人形と魔獣の群れの前に立っていた筈のグランの姿が何処にも見当たらなかった。それは即ち、今起きている不可思議な現象が彼によるものと見ていいだろう。蜃気楼の如く揺らめいていた彼の姿は、いつしかその気配と共にほぼ完全に消えている。気配すら感じぬ不可視の剣技、最早人間の域を逸しているとアンゼリカは乾いた笑い声を上げた。

 だがそれも束の間、直後に彼女は怪訝な顔を浮かべ始める。

 

 

「機械人形の数が減っていない……いや、寧ろ増えている。一体何故……」

 

 

 そう、機械人形の数が余りにも多すぎるのだ。アンゼリカとトワが最初に確認した機械人形の数は多くても五、六体。魔獣は殆どがその活動を停止しており、機械人形を破壊した数から考えても既に片付いていないとおかしかった。何者かが絶えず機械人形を放っているとしか考えられないが、その手段は不可能とも思える。

 アンゼリカが思考の海に潜ろうとした最中、いつの間にかその近くで魔獣が意識を取り戻していた。その事に気付いた彼女は魔獣が反応するよりも早く正面に接近、頭部へ強烈な拳の一撃を叩き込む。更に気絶状態に陥った魔獣の顎下へ蹴り上げを決め、手早く沈黙させるに至った。地に伏せた魔獣から離れ、彼女は軽く息を吐く。

 ふと、アンゼリカの近くで突如機械人形がその姿を現した。自分へ銃口を向けている事に気付いた彼女は掃射のタイミングを見計らって回避を取ろうと身構えるが、突然機械人形が爆発を起こした事により銃弾の嵐が降るには至らず。そして彼女が怪訝な顔を向ける先、爆発によって生じた煙が徐々に晴れていくその場所では人影が見えた。

 爆風に揺られる赤い髪、両手持ちで振り下ろされた紅い刀身の刀。直後に立ち上がると近付き始めた彼の顔を見て、アンゼリカはその表情を驚きに染める。

 

 

「これは驚いた。グラン君、一体いつの間に……」

 

 

「向こうのガラクタが一旦片付いたんで助太刀に。取り敢えずアンゼリカさんも無事で良かった」

 

 

「あの数をこの短時間で……いや、済まない。心配をかけてしまったようだね」

 

 

 体に付いた砂埃を払いながら、笑みをこぼしてアンゼリカがグランへと返す。そして言葉を交わした二人が直ぐに視線を向けた先は、広場の隅で壁に寄りかかっているトワだった。意識を失っていた彼女だが、身動ぎしている姿が見える事からそろそろ意識を取り戻すだろう。

 そんなトワの様子を見て安堵の息を漏らすアンゼリカ、しかしグランの表情は未だに険しかった。彼が表情を険しくさせたまま直後に向けた視線の先、グランがつい先程機械人形と魔獣達の群れを全滅させた筈の広場の一画。そこでは突如空間が歪曲を始め、不安定になったその場所からは再び機械人形が姿を現す。先に彼らが破壊した物よりも一回り大きなそれは、機体の節々を回転させながら空中に浮かんでいる。

 

 

「新手……!?」

 

 

「チッ……足止めの為に一体どれだけ用意してんだ、第二柱は」

 

 

 舌打ちをした後、機械人形へ突き刺すような視線を向けるグランの隣。彼が何かを知っているような口振りに対してアンゼリカは疑問を覚えるも、今は他に対処しなければいけない事があると思い至って思考を切り替える。グランが見詰めている先、新たに現れた機械人形五体へとその視線を向けた。

 グランが刀を構えた直後、アンゼリカも機械人形と応戦するべくその身を構える。しかし戦闘態勢へ移った彼女へ、グランはトワを連れてこの場を離れるように促した。トワの安全を最優先とするか、彼に加勢するべきか、アンゼリカは悩む。

 

 

「君一人で事足りるとは思うが、万が一の事もある。トワならあの場所に休ませておけば、一先ず巻き込まれる危険性は少ないだろう。やはり……」

 

 

「……トワ会長も直に目を覚まします、出来れば今のオレをあの人に見せたくはない。それに万が一という点なら、あの二人が降りてきた場合に、あなた方が巻き込まれる危険性が高い事も含めて」

 

 

「あの二人……?」

 

 

 アンゼリカはグランの言葉に疑問を抱くものの、彼女が問いかけるよりも早く彼はその場を駆け出した。単身での機械人形五体との戦闘、数も然ることながらその大きさは一人で相手取るには無謀としか思えない。しかしアンゼリカはグランを信じる事に決め、彼が駆け出した方向に背を向けて直ぐ、壁に寄りかかっているトワの元へと走り出した。意識を失ったままの彼女を抱え、規則的な呼吸を行っている様子に笑みをこぼすと先程現れた機械人形へ再度視線を移す。

 アンゼリカの見詰める先、グランが向かったであろうその場所では突如爆発が起こり、周囲に強烈な風を巻き起こした。爆風は二人の髪を激しく揺らし、風が吹き止んだ直後に彼女が再び視線を向けた先では既に機械人形が二体へ減少している。この異常なまでの破壊速度、アンゼリカは最早笑うしかなかった。

 

 

「君の想い人は底知れないな、全く」

 

 

 自身の腕に抱かれたトワへ苦笑を漏らした後、アンゼリカは近くに置かれている機械、導力バイクへと駆け出す。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「へぇ、結構派手にやってんな」

 

 

 ドライケルス広場の周囲に建つ建造物。緋の一色に統一されたその建物の屋根上から、爆発と黒煙が絶えず巻き起こる広場を見下ろす男がいた。手入れされていない緑がかったボサボサの長髪、眼鏡の奥の気怠げな瞳。しかしその容姿に反して、男からは威圧的な何かが漂っている。

 そしてそんな男の隣では、これまた同じように広場の様子を見下ろす少女が一人。中世の騎士が身に付けるような甲冑をその身に纏った少女は、グランによる一方的な破壊が繰り広げられている光景を目下に驚きをあらわにした表情を浮かべていた。次々と現れる機械人形、そしてその機械人形達をひたすらに破壊し続けるグランに対してたまらず声を漏らす。

 

 

「す、凄まじいですわね……っ!? ふ、ふんっ。このくらいなら私でも朝飯前ですわ」

 

 

 自身が口にした驚きの声に羞恥心を抱いたのか、その頬を僅かに赤く染めると対抗するように胸を張る少女。隣の男はそんな少女の言動に反応を示す事なく、相も変わらず興味深げに広場の戦闘を見続けていた。

 そして隣で広場を見下ろし続ける男の姿を視界の端に捉えた少女は、ふと気になった事を男へ問い掛ける。

 

 

「因みに先程までの彼の動き……あなたには見えましたか?」

 

 

「──いや、見えなかった」

 

 

 僅かではあるが瞳に鋭さを増し、男は少女の問いに答えた。少女はこの時思う、この男ですらその姿を捉えきれないものだったのかと。とは言えそこまで驚いた様子ではない事から、彼なりの対処法はあるのだろうと少女は思い至った。

 次々と姿を現す機械人形達、だがそれも徐々に出現する数を減らし始めている。今回の使命もそろそろ終わりだと呟き、少女は男に顔を向けた。

 

 

「さて、そろそろ行きますわよ……ん?」

 

 

「レーヴェの阿呆が死んじまって、グランの馬鹿も辞めちまってからどうも退屈してたが……どうやらこれから、面白くなりそうだな」

 

 

 その瞬間、男からは突如として異質な気配が漂い始めた。視認出来る程の闘気の顕れ、それはどちらかと言うと闘気よりも焔と言った方が正しいか。男が垣間見せたその力の一部は、人の域を遥かに凌駕しているものだと容易に想像できた。

 気怠げだった瞳は失せ、その目には確かな意思が宿っている。男が笑いをこぼしながら既に戦闘を終えていたグランへ視線を注ぐ中、その隣に立つ少女は男の様子に気付くや否や困惑した様子で声をあげた。

 

 

「ちょっ、ちょっと何一人でやる気になってるんですの!? 余り気配をあらわにしてしまうと──」

 

 

 少女は慌てふためきながら、確認するべく広場で佇むグランへと視線を移した。未だに刀を右手に握ったまま立ち尽くす彼の姿を視界に収め、ホッと胸を撫で下ろす。

 しかし彼女の安堵も束の間、直後に見上げてくる彼とバッチリ視線が合っていた。

 

 

「あーもうっ! 思いっきりバレてるじゃありませんか! 気付かれずにあの子を偵察してくるという我が(マスター)からの命が……」

 

 

「知るか、そんなもん。第一グランの奴ならとっくに気付いてただろ」

 

 

 地団駄を踏んだ後にガックリと肩を落とす少女。そんな少女の姿に知った事かと、既に気怠げな瞳に戻った男はボサボサの頭を掻く。直後に自身の身を焔で包んだかと思えば、焔が消えると同時にその姿までもを掻き消した。面倒事が起きそうだからという理由による途中離脱である。

 

 

 

「こ、これだからこの男は……! んん、コホン。ま、まあ良いでしょう。バレたのでしたら仕方ありませんわね」

 

 

 少女は一人面倒事を残して立ち去った男に対して歯軋りをするも、結局は開き直って広場で佇むグランと再度視線を合わせた。彼が刀を鞘に納めたのを確認後、その場を跳躍してドライケルス広場へ颯爽と着地を決める。

 その場を立ち上がり、眼前で瞳を伏せて立ち尽くすグランを正面に捉えながら少女は余裕の態度を保っていた。グランへ向けて、その視線を鋭くさせながら口を開く。

 

 

「お久し振りですわね。どうやら少しは前に進めたようですけど……その程度で我が(マスター)の傍にいられると思ったら大きな間違いですわ!」

 

 

「あ、相変わらずだなデュバリィ……まあいい。『劫炎』もいたようだが、お前ら一体何しに来た? 今回の件にどのくらい関わってやがる?」

 

 

 グランは調子を狂わされつつも警戒心を強め、目の前の少女デュバリィを視界に捉えた。彼の問いに対してデュバリィは瞳を閉じ、風がその場を吹き抜けた後に両者の間を沈黙が包み込む。

 静かに佇む彼女を前に、グランも僅かに訝しげな顔を浮かび始める。そんな彼の様子を片目に映しながら、直後にデュバリィは笑みをこぼした。

 

 

「ふふ、それはそれは気になりますわよね? でも教えてあげませんわっ!」

 

 

 突然勝ち誇ったように笑い声を上げ始めるデュバリィを前に、グランは完全に調子を狂わされたようで一人頭を抱えていた。会う度に何故か敵対心を抱いてくるこの少女を、どうしたものかと彼は頭を悩ませる。

 彼女と付き合いがあった頃。グランは毎回手合わせで決着をつけていたのだが、その時はグランが勝てばデュバリィが納得いくまで再戦が続き、稀に彼女が勝てば機嫌が直ってその場が収まるという日々であった。更に勝負事以外でも何かと彼女は張り合い、そして必ずと言っていい程後々面倒な展開を迎える。それが、グランの記憶にあるデュバリィという少女だった。

 本当は彼自身じっくりと問い質したいところではあるのだが、現在グランは少々急いでいる。テロリスト達の追跡を行っているであろうリィン達の援護に向かわなければいけないからだ。こんな時に構っている場合ではないかと、結局彼はそう結論付けた。

 

 

「……まあ、話す気が無いなら別にいい」

 

 

「……えっ?」

 

 

 割りとあっさり諦めたグランの様子に、デュバリィは拍子抜けしたようでその表情を呆然としていた。彼女はグランが必死に聞き出そうとしてくると踏んでいたのだろう、肩透かしを食らったらしく彼の言葉に戸惑っている。

 グランはそんなデュバリィに背を向けて、離れた地点で戦闘を終えた様子の憲兵達の元へ向かおうと足を動かした。彼が立ち去ろうとする最中、デュバリィは慌てた様子でその背中へ向けて声を上げる。

 

 

「ちょ、ちょっとお待ちなさいな。本当は気になって気になって仕方がないんでしょう? それをただやせ我慢して……!?」

 

 

「だから別にいいって……それとも、力ずくで吐かせてもいいのか?」

 

 

「ひっ……!?」

 

 

 振り返ったグランから感じる明確な敵意、貫くようなその視線にデュバリィは反射的に目を瞑ってしまう。犬猿の仲とまではいかずとも、余り友好的な関係は築いていなかったグランとデュバリィ。それでも互いに高め合うような関係として、彼女は彼女なりの親しみをグランに対して抱いていた。そんな彼が突如向けてきた敵意、特に先の戦闘を見せられた後では一瞬と言えどもデュバリィが怯えてしまうのは無理もない。

 

 

「きょ、今日のところは一先ずこれくらいにしておいてあげます。次に会ったが最後……お、覚えてやがれですわ!」

 

 

 最後は狼狽えながらも精一杯対抗心を見せ付け、デュバリィは捨て台詞を残すと光に包まれてその場から姿を消した。転移による離脱、追う必要は無いとグランは止めていた足を再び動かして憲兵達の元へ向かう。

 突如現れた広場の機械人形と魔獣達は殲滅し終えたと報告を済まし、グランはARCUSを手に取るとサラへ通信を繋げて状況の報告に入った。先程トワが使用した時は通信阻害をされていたため繋がらなかったが、今は難なく使用出来るらしい。

 

 

「ええ、既に片付きました。これからオレもマーテル公園へ向かいます。それとトワ会長達ですが……」

 

 

≪トワとアンゼリカなら大丈夫、無事に鉄道憲兵隊の司令所へ着いたそうよ≫

 

 

「そうですか……良かった。これで思う存分やれる訳だ」

 

 

≪えっ? グランあんた今──≫

 

 

 通信先のサラの言葉を待つことなく、グランはARCUSを懐へ納めた。直後にその場を駆け出して建物の壁へと跳躍した後、壁を蹴って屋根上へと着地をする。

 屋根上からは帝都の西側、B班が担当している地区の方でも何ヵ所か黒煙の立ち昇っている場所が見えていた。今はアリサ達が無事に対処している事を祈り、グランは目的のマーテル公園へと視線を向ける。

 

 

「待ってろよテロリスト共……このケリはきっちり着けさせてもらう」

 

 

 刀を鞘から抜き放ったグランは静かな怒りをその胸に、マーテル公園へ向けて駆け出した。




貴重なグランによる無双回、恐らく次回で終わりになるかと思います。不可視の剣技って一体どれだけ速いんだよ……

感想欄にて『マクバーンが出そうです!』という話を頂いたのですが、私自身まだ閃Ⅱを始めていませんのでどういったキャラクターなのか分からず、どうなんだろう……と思いまして。早速閃Ⅱのプレイ動画を少し見てどんな性格なのか確認してみました。

マクバーンさんが鬼畜ぅぅぅ! そしてデュバリィがアホ可愛いと言われている理由が分かりました。特にオーロックス峡谷でのデュバリィがアホ可愛い。ヴィクターと対峙した時のデュバリィも可愛かった。取り敢えずデュバリィは可愛い。

で、何だかんだではありますが今回二人とも出してしまいました。そのため会長が全くと言っていい程出ていません。きっと次の次くらいで会長が活躍するから……(震え声)

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