紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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怪盗紳士との邂逅

 

 

 

──私がお(まじな)いを掛けてあげよう。足枷となる記憶を忘れ、君が迷いを断ち切れるように──

 

 

「……また変な夢見ちまったな」

 

 

 翌日、帝都での特別実習二日目の朝。旧ギルド支部二階の部屋にあるベッドで寝ていたグランは、不可思議な夢と共に起床した。聞き覚えの無い台詞の筈なのに、どこか現実味のある夢を。

 夢の中でグランに語りかけた人物、眼鏡を掛けたその男の事はグランもよく知っている。彼がとある組織に所属していた時、男から幾つかの任務を頼まれて遂行した事があった。

 

 

「『教授』が夢に出てくるとか最悪にも程があるだろ……やっぱり夢見が悪いな、この場所は」

 

 

 今日は幸先が悪いと、グランはため息を吐いてベッドを降りる。そして周囲を見渡すと丁度リィンとマキアスも目を覚ましたらしく、あくびをしながらも各々起床の挨拶を交わしていた。

 それぞれ就寝用の服から士官学院の制服へと着替え、夏服のリィンとマキアスとは違って赤の制服を上に纏ったグランはふと、胸の内ポケットに違和感を感じて中から折り畳まれた一枚の紙を取り出す。中身を確認しようと紙を広げたグランは、書かれている内容に目を通しながらその表情を引きつらせた。

 

 

──親愛なる『紅の剣聖』殿。正午の刻、獅子の見詰める七色の橋梁下にて君を待つ──

 

 

「この面倒な言い回し……あの変態か」

 

 

 差出人の名前も表記されておらず、ただ暗号めいた文章だけが書かれた紙切れ。しかしグランはこの覚えの無い手紙を差し出した人物に心当たりがあるのか、頭を抱えながら紙を折り畳んで懐へと仕舞い込んだ。そんな彼の様子が気になったのかリィンとマキアスが寄ってくるが、何でもないと彼らに一言返すと三人揃って部屋を退室する。

 リィン達が階段を降りると既にラウラとフィーは起床しており、起きるのが遅いと三人に向かって不満を漏らしていた。グランとリィンは苦笑いを浮かべて誤魔化すのみだが、ラウラとフィーの物言いを聞いて何故か額に青筋を立てたマキアスが突然、彼女達に向かって怒鳴り声を上げる。

 

 

「大体僕とリィンの起床が遅れたのは君達のせいだろう! あんな場所で決闘などしなければ、夜遅くまで憲兵から説教を受けずに済んだんだ!」

 

 

「む……」

 

 

「マキアス小さい」

 

 

 マキアスの意見は尤もなのだが、少女二人に怒鳴っているこの光景を見ると彼が悪者に見えてしまうから不思議である。結局何時もの如くリィンがマキアスを宥め、不服そうにしながらも彼が引き下がる形で朝の騒動は終えた。後に旧ギルド支部を訪れたエリオットの案内により、彼の実家を訪れてフィオナの作った朝食を平らげる。

 朝食の後、リィンがあらかじめ旧ギルド支部の郵便受けから取り出していた課題の書かれた紙を確認する事になり、その紙を広げて一同は課題内容に目を通した。

 

 

「『新製品のテスト』はヴァンクール通りのブティック『ル・サージュ』から。『迷い猫の捜索』は……オスト地区の人からの依頼だな」

 

 

「む……オスト地区からもあるのか」

 

 

「昨日は行かなかったけど、ヘイムダル港から魔獣退治の依頼もあるみたいだ」

 

 

「ほう……」

 

 

「私達の出番だね」

 

 

 リィンが紙に書かれた課題内容を読み上げていく中、マキアス、ラウラ、フィーの三人はそれぞれ内容に対して反応を見せる。

 オスト地区はマキアスの出身地だ。地元の人が出した依頼となると、見知った顔かもしれないと彼も自然と力が入るのだろう。猫の捜索依頼には一人やる気を見せていた。

 ヘイムダル港から出ている魔獣退治に反応を示したのはラウラとフィー。彼女達の本分は実戦、腕がなると今から浮き足立っている。

 そして、ここまで無言を貫いていたグランがふとリィンに問い掛けた。

 

 

「リィン、盗難依頼なんかあったりするか?」

 

 

「いや、見たところ今話した三つだけだけど」

 

 

「グラン急にどうしたのさ?」

 

 

「無ければいい。って事は午後からって訳か……」

 

 

 エリオットが首を傾げてグランの顔へ視線を向ける中、当の本人はリィンの返答を受けて思考の海へと潜り込んだ。彼の問いに隠された意味をリィン達が理解する事は無かったが、特に気にする事もなく一同は早速二日目の実習を行うべくクレイグ家をあとにする。

 一つ目の依頼をこなすため、ヴァンクール通りのブティック『ル・サージュ』へと訪れたリィン達を迎えたのはこの店のオーナーのハワードだった。依頼内容は新しく入荷予定の新作の靴、スニーカーのブランド会社で有名な『ストレガー社』の製品の耐久性を確認するというもの。テストに出された条件に該当するのはラウラのみで、早速彼女がテスト品に履き替えて依頼を開始する事となった。目標歩数は二千歩で、同時に手渡された導力歩数計が規定歩数に達したら戻って来てほしいとの事だ。恐らくは靴の摩耗具合等を確認するのだろう。

 このまま目標歩数までだらだらと時間を過ごすのは勿論勿体無いので、一同は導力トラムでオスト地区へと移動して『迷い猫の捜索』を受ける事にした。やはり依頼主はマキアスの知り合いで、まだ幼い飼い猫が外へ逃げてしまったため捜索依頼を出したようだ。オスト地区を隈無く探し回り、フィーのお手柄もあって無事保護するに至った。

 オスト地区での依頼も終え、残るはヘイムダル港から出された魔獣退治の依頼のみとなる。猫の捜索に少し時間を用してしまったため時刻はもう少しで正午に差し掛かるといったところだが、ここでなんとリィン達に予想外の事態が訪れる事となった。

 

 

「すまん、ちょっと用事を思い出した……悪いが魔獣退治の方は任せた」

 

 

 突然グランが実習から離れると話す。魔獣退治では一番頼りになり、勿論彼だけに負担をかけるような真似をリィン達がするはずもないが、それでもグランの離脱というのはこれからの課題には大きい痛手である。それ以前にチームプレイが重要な特別実習においてこのような勝手が許されていいはずがなく、リィン達はどんな用事があるのかと聞き返した。

 しかし、グランは言葉を濁して詳しい内容を話さない。班行動を離れて個人が勝手に動くのはどうなのかとリィン達は決め倦ねるが、そんな彼らの隙をついてグランは一人駆け出す。

 

 

「こら、待たぬか!」

 

 

「追いかける!」

 

 

 急に逃げ出したグランの後ろ姿にラウラが声を上げ、いち早く反応していたフィーが彼の後を追いかけた。だが彼の逃げ足の前に彼女の追跡も意味をなさず、グランは住宅街の屋根に飛び乗ってその姿を眩ます。直後に申し訳なさそうに戻ってきたフィーを慰めた後、グランが戻ってきたら咎めなければと一同は眉をひそめていた。

 結局、グラン抜きのままリィン達A班はヘイムダル港へと向かい、魔獣退治の依頼をこなす事になるのであった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「待ち合わせ場所はここで合ってる筈なんだが……」

 

 

 導力時計は現在正午の針を差す。オスト地区から逃げ出したグランは今、ドライケルス広場の噴水近くである人物を待っていた。朝起きた時に制服のポケットの中から見つけた紙、それを仕込んだであろう人物を。

 紙に書かれた内容は『獅子の見詰める七色の橋梁下にて君を待つ』というもの。この帝国で獅子と言えば『獅子心皇帝』の渾名で知られるドライケルス大帝、そして更に解釈すると帝都のドライケルス広場にある彼の像を指しているという事になる。

 『七色の橋梁下』というのは何とも回りくどい表現だが、恐らくはドライケルス広場の噴水が生み出す虹の事を言っているのだろう。そのためグランはドライケルス広場の噴水近くで待機している訳である。

 

 

「……実習に戻るか」

 

 

「──自由に空を羽ばたく鳥に憧れた鬼の子は、一人翼を求め雛鳥の群れへと紛れ込む、か。フフ、鬼に翼は生えないと知っていて尚求めるその姿は余りにも滑稽だが……その醜悪さと純粋さが合わさる歪な形もまた、人の美しさだろう」

 

 

 グランが待ちくたびれてヘイムダル港へ戻ろうかと思っていた矢先、貴族風の男が青髪を掻き上げながら彼の元へと歩み寄って来た。バリアハートの特別実習の際に宝飾店で姿を見せた男である。その時はブルブラン男爵と名乗り、グランとも知り合い同士のような会話をしていた。

 男の言葉を聞くと如何にも偶然出会ったかのように感じるが、実はそうではない。グランをこの場所へと呼び出したのは他でもない、彼である。

 

 

「誰のことを言っているかは置いといてやる……ところで回りくどい事せずに普通に書け普通に」

 

 

「それでは私が面白くない。我が親友を名乗るなら、あのような単純な問題は解いてもらわないと困る」

 

 

「いつオレがお前の親友だと名乗った」

 

 

「ふむ、確か『美』を追い求める私に君が共感を抱いた時からだったような……」

 

 

「待て、だからあの事を言っているのなら言葉の綾だと何度も──」

 

 

「人は得てして無意識の内に本心を声に出しているものだ……『失われていく時にこそ美は最大に映える』何とも素晴らしい感性ではないかね」

 

 

 照れる事はない、と愉快そうにブルブランは笑う。この一連のやり取りは二人が会う度に行われており、その都度グランは頭を抱えていた。いつの日かグランが不意に呟いた言葉を彼が気に入り、その日からグランとブルブランは腐れ縁のような仲になっている。どのような状況でグランがそんな事を呟いたのかは非常に気になるところではあるが。

 そしてその事に対する誤解は一生解けそうにないと、心の中で諦めたグランは一人ため息を吐く。

 

 

「もう勝手に解釈してくれ……で、一体何の用だ?」

 

 

「ふむ、もう暫くここで互いの美について語りたいところではあるが……本題に入ろう」

 

 

 話し足りないようではあるが、漸く話は本題へ。ブルブランがグランを呼び出した理由、それは一言で言えば犯罪に手を貸せというものであった。ガルニエ地区の宝飾店に展示されている宝飾品、厳重に盗難防止措置が取られているそれを盗み出す手伝いをしてほしいというもの。

 単純に宝飾品を盗んで終わるのならばグランも手を貸さない、と言うよりはブルブランが手を借りる事はないだろう。何せ彼は巷で有名な『怪盗B』という人物であり、帝国軍から戦車を盗んだという逸話もある男。盗みという分野に優れた彼がわざわざグランに手を借りるまでもないからである。

 しかし、今回ブルブランがその宝飾品を盗むのにグランの手を借りようと思ったのは他に理由があった。

 

 

「君の仲間である雛鳥達……特科クラスⅦ組のA班、彼らに私の出す試練を受けてもらおうと思っている」

 

 

「またやるのか、あの面倒なやつ……」

 

 

 理由を聞いたグランはブルブランの意図を知り、その場で力なく項垂れるのであった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 人が誰かを嫌う場合、そこには必ず嫌う理由が存在する。何となく、という理由でさえその人物の人となりや性格が合わないという何かしらの嫌う理由があり、それでもそのような理由では表面上普通に接する事は出来るだろう。当人にとってはそこまで重要な問題では無いからである。

 しかし、同じ空間にいるだけで我慢がならないなどの拒絶にまで事が発展する場合、嫌う理由というのはその人にとっての深い因縁や過去のトラウマといったものにまで関わってくる。明確な嫌悪や拒絶というのは、余程重要な出来事が起きなければ抱く事はない感情であるからだ。

 そして、それに該当する人物がⅦ組には存在した。マキアス=レーグニッツ、士官学院に入学した当初から貴族の人間を露骨に嫌悪していた彼の事である。相手が貴族という身分かどうかで接し方が変わっていた当時。今でこそリィン達との学院生活によって考え方が変わっているが、マキアスの根源にはやはり貴族の人間へ対する嫌悪というものが未だにある。

 では何故彼がそれほどまでに貴族を嫌うようになったのか。そこには彼の幼少期、家族のように共に生活をしていた一人の女性の存在が関わっていた。

 

 

「自殺したよ。姉さんは伯爵家からの露骨な嫌がらせに耐え続けた結果、最後に相手の男から手酷く裏切られてね」

 

 

 棚に飾っている三人の人物が写った写真を見詰めながら、マキアスはテーブルの上に置いた手を握り締める。椅子に座っている他の面々は表情に陰りを見せ、顔を歪める彼の姿を見ていた。

 ヘイムダル港で魔獣退治の依頼を受けたリィン達は地下道で討伐対象の魔獣を倒し、その帰り道に隠し扉を発見してオスト地区へと辿り着いた。近くにマキアスの実家があることから昼食を購入して彼の実家で取る事となり、彼の淹れた珈琲を楽しみながら外で購入したジャンクフードを平らげる。

 そんな中、棚に飾られている一つの写真立てが一同の目に入った。写っていたのは幼少期のマキアスに、彼の父親であるカール=レーグニッツ。そして、マキアスの従姉に当たる女性が一人。

 その写真を見て複雑な表情を浮かべたマキアスに対して、リィンは彼が貴族を嫌う理由がその女性にあるのだろうと思い至る。事実リィンがその事を問い掛けるとマキアスは頷き、迷惑でなければというリィン達の希望もあって彼の過去を聞くに至った。彼が姉さんと慕っていた従姉、その彼女がマキアスの父親の紹介によって知り合った当時の彼の部下、伯爵家の男と交際し、最後に手酷く裏切られて自害したという真実を。

 

 

「公爵家との縁談が持ち上がった以上、伯爵家が姉さんに対して嫌がらせをするのも利益を優先したに過ぎないのだろう。『妾として大事にしてやる』と言った彼に対しては思うところもあるが、実際姉さんの事は大事にしてくれていた……」

 

 

 それでも、当時のマキアスには姉の命を奪ったとも言える伯爵家、伯爵家の縁談先であるカイエン公爵家、更には貴族という存在そのものを恨まずにはいられなかった。マキアスの父親であるカール=レーグニッツは男の事をどう思っていたのか分からないが、その出来事以降役人としてのし上がり現在の地位を確立するに至る。

 一方で憧れの存在である従姉を失い、その怒りの矛先をどこに向けてよいのかも分からないマキアスは結果的に貴族の人間を疎ましく思うようになってしまった。自分の大切な姉さんを奪ったのは、貴族という存在なんだと。貴族を恨まずにはいられなくなった彼は、いつしか人を身分によって判断するようになっていた。

 

 

「でも結局は“その人”なんだろう。貴族も平民も関係ない……その事はリィン、ラウラ、君達に教えられたからな」

 

 

 バリアハートでの実習、そして普段の学院生活においてマキアスは当たり前の事に気付いた。共に学院生活を送るリィンやラウラの存在が、視野を狭くしていた彼の視界を広げたのだ。身分によって判断するのではなく、“その人”の人間性を見て判断するという事を気付かせた。そしてマキアスの過去を聞き終え、リィン達は全てを話してくれた彼に感謝の意を込めて頭を下げる。

 腹を割って話し、互いの認識を深めた今回の特別実習。Ⅶ組としての絆、結束力はここから更に深まる事だろう。




ブルブランの雰囲気が中々出せない、やっぱり同じ変態紳士じゃないと難しいんでしょうか……

ここに来てマキアスが過去を打ち明けるという原作通りの流れになりましたが……ごめんねマキアス、わりと雑にイベント終わらせて。私の腕ではこれが手一杯です、彼からマキシマムショットを素直に受けようと思います。

次回は変態紳士大活躍のあのイベント。思わぬ形で巻き込まれたグランですが、彼がどういう立ち位置で過ごすのかは私にも分かりません(´・ω・`)

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