紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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赤い扉

 

 

 

 時刻は正午を過ぎた頃、旧校舎の地下第四層、そこでは絶え間無く剣戟の音が鳴り響いていた。石造りの床の上には息絶えた魔獣の骸が転がり、その数は尚増していく。剣戟の音に合わせて次々と断末魔を上げ、魔獣達は一様に床へ崩れ落ちた。

 そして、その輪の中心には紅の闘気を纏ったグランが刀を肩に担ぎ、骸と化した周囲の魔獣を見渡していた。その数は二十を超え、彼は魔獣が完全に息絶えているのを確認すると体に纏う闘気を鎮め、刀を鞘に納めてその場に腰を下ろす。直後に俯いた顔は開いた両の手を交互に見詰め、グランは満足げに呟いた。

 

 

「コツは掴めた。後は対人戦で使えるかだが……」

 

 

 赤い星座のクロスベル入りを知ってからこの二週間近く、旧校舎に入り浸っていたグランは、この期間で一つの技を編み出そうとしていた。今になり漸く魔獣達に対しては通用するまでに至ったが、試行錯誤の段階らしく対人戦に使うまでは至らなかったようだ。そろそろ試したいが誰に頼むべきか、と頭を悩ませている。

 しかし、ここに来てその手合わせの相手を決めるという点が彼にとって最も難点だった。サラやナイトハルトのような実力者に頼めば望んだ戦果が得られるのだが、この確認はグランにとっても自身が前に進むために必要なものであり、全力で手合わせを行わなければ意味がない。必然的に手合わせは激化し、彼の戦闘におけるスイッチが切り替わってしまい教官達に迷惑をかけてしまうことになる。先月の実技テストの際に失敗を犯してしまった以上、安易にサラ達に頼むべきではないからだ。

 勿論リィン達Ⅶ組のメンバーにも頼めない。彼らもここに来てその実力を高めているとはいえ、やはりグランが全力を出せるはずもない。リィン達全員を相手にしても、彼の望む結果は得られないだろう。

 後は帝国正規軍の名誉元帥としてその実力が知れ渡っている学院長のヴァンダイク、そして過去に『死人返し』と恐れられた保健医を務めるベアトリクス等他にも実力者は揃っているものの、前線を退いた両者ではやはりサラやナイトハルトが受け持った時と同様の結果になる。実力的にはサラやナイトハルトよりもヴァンダイク達の方が上だが、だからこそ逆に手合わせは想像を超えるものになる可能性があった。

 

 

「(……やっぱり迷惑を承知でサラさんやナイトハルト教官に頼むか。学院長達にも同席してもらえば、何かあってもオレを無力化してくれるはずだ)」

 

 

 結局サラ達教官勢に頼ることに決めたグランは、話をつけるために向かうべくその場を立ち上がった。ズボンに付いた汚れを両手で払うと、一つ隣のフロアに移動して上層へ戻るための昇降機にたどり着く。

 昇降機に乗り、グランが手慣れた様子で操作盤を触ると昇降機は上の階へ上昇を始める。そしてその時、彼の懐からARCUSの呼び出し音が鳴り響いた。

 

 

「こちらグラン」

 

 

≪リィンだ。すまないグラン、少し頼みたい事があるんだが……≫

 

 

 通信先のリィンは今旧校舎の中に入っているらしく、昇降機が下層に降りているのを確認してグランに通信を繋げたようだ。実はリィン、自由行動日の日に旧校舎の調査をするよう任されており、何か旧校舎の地下に変化がないか調べてほしいと毎月ヴァンダイクから依頼を受けている。

 丁度良いタイミングだな、とグランは通信先のリィンに向けて呟く。そして昇降機の上昇が止まると同時に、彼はARCUSを懐に納めてから正面を見据えた。

 

 

「下に新しい階層が出来てたぞ、よかったら案内してやるよ」

 

 

 目の前でARCUSを片手に持つリィンと、彼に同行しているアリサ、ラウラ、エマ、エリオットの五人に向けて、グランはそう告げるのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 昇降機はグランを含めたリィン達六人を乗せて、再度地下の第四層へと降下する。四層に着くと六人は昇降機を降り、ダンジョン区画の広がる隣のフロアへと移動した。そして、区画に入ってまず始めに、グランを除いたリィン達五人は目の前の異様な光景に唖然とする事となる。

 一同の見詰める先には、円状に二十体程の魔獣が倒れていた。無論、先程グランが倒していた魔獣である。アリサやエマ、エリオットは何事かと息絶えた魔獣の群を見て驚きの顔を浮かべ、リィンとラウラは驚きというよりは疑問を抱いているようで、訝しげな表情で倒れた魔獣の群を見詰めていた。

 二人はこの光景を作ったのがグランだという事に既に気付いているのだろう。先程まで旧校舎の地下にいたのはグラン一人であり、仮に別の事象が発生して起きたものなら彼が平然としているはずがない。だが、リィンとラウラには他に気になっている事があった。

 

 

「一ヶ所にこれだけの魔獣がいるのも気になるんだが、なんだかこの倒れ方は不自然じゃないか?」

 

 

「私もそれが気になっていたのだ。グラン、そなたが先程まで地下にいた時に一体何があった?」

 

 

 二人の疑問は当然の事である。一ヶ所に二十を超える魔獣が円状に倒れているというのも勿論だが、リィンとラウラが話しているのはその魔獣の倒れ方。これだけの数が集まっているのは何かカラクリがあるとしても、円状に倒れているのはグランが魔獣達に囲まれたという考えなら納得がいく。しかし、問題はその魔獣達が個々で別々の方向に向いて倒れている事。流石にそれは不自然としか思えない。

 

 

「ああ、カラクリがあるんだがちょっと試行錯誤の段階でな……因みに魔獣が集まったのはこいつのせいだ」

 

 

 そう言ってグランが懐から取り出したARCUSには、二つのクオーツが填められていた。一つは以前からのものだが、もう一つはここ最近になって手に入れたものらしい。どうやらそのクオーツが魔獣を引き寄せる原因になっているようで、グランにとっては都合が良かったため使用しているとの事。

 そして、そのクオーツを見て訝しげな視線を向ける者が一人。Ⅶ組の委員長ことエマである。彼女はへぇ、とクオーツを眺めるリィンと、クオーツを見て何処かで見掛けたような……と考え事をしているラウラの間に割って入り、悠然と構えているグランの前へと歩み寄った。

 

 

「グランさん、因みにそのクオーツ何処で見つけましたか?」

 

 

「ん? 何処ってそりゃあ……あれだ、第三学生寮で拾った」

 

 

「ちょ、ちょっとグラン。だとしたらそれってⅦ組の誰かのだったりするんじゃ……」

 

 

 エマの質問に何か言いたそうな表情を浮かべたグランは、ふと押し黙ると考えるような素振りを見せた後に改めて答える。そんな彼に対し、エリオットは若干引き気味になりながらも注意を促していた。拾い物を自分の物にするのは良くないと。エリオットの言っている事は尤もで、落とし物は届けるのが世の理である。自分が見つけたのだから自分の物、とするのは流石に誉められた事ではない。

 三人の会話を横で聞いていたアリサはこの時、呆れ顔を浮かべるとともにグランが拾ったクオーツに心当たりがあったようで、持ち主を思い出していた。どうやら隣のラウラも思い出したらしく、二人は同時に持ち主の名前を挙げる。

 

 

「それって委員長のじゃない?」

 

 

「うん、確かに委員長の部屋に行った時に見かけたな」

 

 

 エマの部屋で見かけた、グランのARCUSに填め込まれているクオーツ。持ち主であるエマが机の中に入れてから一度も持ち出していないと補足を告げると、グラン以外の五人は皆一様に同じ考えを抱く。またしても、グランが三階の女子部屋に侵入したのだと。

 いつもなら、またやらかしたのかという認識でこの問題は終わっていた。しかし、今回は流石に問題がある。拾ったどころの話ではなく、間違いなくグランはエマの部屋からクオーツを持ち出しているからだ。彼に言わせれば、委員長の部屋の机の中から拾ったとでも話しそうだが。

 結局どのような言い訳を並べたところで、やっている事は泥棒のするそれだ。流石に良くない、とリィンとエリオットはグランに謝るよう促し、アリサとラウラに至っては若干の軽蔑がこもった視線で彼を見詰めている。そして最後にエマの鋭い視線が容赦なく浴びせられる中、グランは何と気にした素振り一つ見せることなく自分が正しいかのように一同の様子を見渡していた。

 

 

「オレは悪くないぞ」

 

 

「グランさん、言ってくだされば差し上げます。今回は許しますけど……次はちゃんと声を掛けて下さいね?」

 

 

 勝手に人の物を取っていたというのに、エマは彼に対して怒る事なくすんなりとこの一件を許している。アリサとラウラは少し優しすぎるとエマの行いに若干の不満を見せているようだが、リィンとエリオットは逆にエマの心の広さに尊敬の念を抱いていた。

 だが、それでもグランの態度は変わらない。逆に変わったのは、この後にグランが発した言葉を聞いたエマの方だった。

 

 

「いや、了解もらったぞ。セリーヌって言ったか、委員長寝てたから代わりに話つけといてくれって頼んだはずなんだが……」

 

 

「セリーヌ? それって誰の事?」

 

 

「えっと、確か委員長が町で懐かれた猫の名前がそうだったような……グラン、まさか猫に話つけといてくれって言ったのか?」

 

 

 グランの口から出てきたセリーヌという名前。アリサは誰かの名前かと思ったようだが、リィンの言う通り間違いなく猫の名前である。ラウラとエリオットは流石にそれは断りを入れたとは言わない、とグランに対して呆れた様子でため息を吐き、リィンとアリサも同様にため息を吐いていた。

 だが、エマの様子だけは周りと違い、彼女は何故か冷や汗を流しながら一連の会話を聞いている。

 

 

「いや、だからただの猫じゃなくてだな──」

 

 

「グ、グランさん!? 少しこちらで個人的にお話しませんか!?」

 

 

 勿論、エマにとっては彼らに知られたくない事があるわけで。彼女は当然の如くグランの腕を掴んで昇降機のあるフロアまで全速力で戻り、昇降機の前で立ち止まると彼の腕を放して乱れた息を整えていた。

 隣のフロアからは、流石の委員長も怒ったか、というリィンの呟きや、グランの部屋を外側から鍵を掛けられるようにしないかというアリサとラウラの意見、それに対してただただ乾いた笑い声を上げるエリオットの声が聞こえ出す。アリサとラウラの意見を耳にしたグランはたまらず駆け出そうとするが、その様子に気付いたエマが必死に抱き止める事によって何とか秘密の漏洩を防いだ。

 

 

「は、放せ委員長! このままじゃオレの夜の楽しみが……いや、やっぱ放さなくていいか」

 

 

「何考えてるんですか!」

 

 

 エマが真っ赤な顔で怒鳴りながら、後ろから抱き止めていた彼の体を放す。解放されたのに残念そうな表情のグラン、そして直後にその様子を見たエマは深いため息を吐いていた。

 しかしこのままリィン達を待たすわけにもいかず、彼女は直ぐにクオーツの件について説明を求める。グランの話によると、深夜にエマの寝室へ忍び込んだ時に開いていた机の引き出しからこのクオーツを見つけ、丁度その場に居合わせたセリーヌへ借りていく断りを入れておいてほしいと代わりを頼んでいたらしい。先程の嘘はあくまでセリーヌの事を話題に出さないためにグランが機転をきかせようとしたみたいなのだが、セリーヌから話を聞いていないエマが気づくはずもなく、話の流れで一方的に自分が責められそうになったので本当の事を話そうとしたとの事。

 グランから話を聞き終えたエマは後でセリーヌに一言言っておくと呟き、この件については納得したのかこれ以上問いかけることはなかった。話の中には彼女の寝室へ忍び込んだという明らかに問題のある発言もあったが、分かりきっていた事なのかその部分をエマが追及する事もない。とは言え、一応彼にもお灸を据えておかなければいけないわけで。

 

 

「私も、グランさんの部屋外側から鍵を掛けられるようにしないかという意見に賛同してきます」

 

 

「ちょっ!? 委員長待ってくれ!」

 

 

「待ちません! ってどこ触ってるんですか!?」

 

 

 今度は逆に、リィン達の元へ向かおうとしたエマを後ろからグランが抱き止める形となる。抱き止めた際に彼女の胸に手が触れてしまったようで、エマの声に不可抗力だとグランは答えているが一体本当なのやら。兎にも角にも、気が付けば両者の立場は完全に逆転しているのだった。

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 旧校舎の地下第四層探索は、出鼻から一騒ぎあったものの無事に終える事となった。ダンジョン区画の最奥で突然現れた魔獣、そしてその魔獣を倒した直後に聞こえた地響きと共に昇降機のフロアに出現していた赤い扉。リィン達の中で旧校舎についての謎は深まるばかりだが、その赤い扉を調べようとしてもびくともせず、武器やアーツによる攻撃も意味をなさずに結局扉については学院長とサラに報告だけしておこうということで探索を終えて一同は解散した。

 しかしリィン達が旧校舎前で散々になっていく中で、グランはもう少し鍛練があるからと皆の姿が見えなくなるまでその場に残り、一同の去っていく姿を見送っている。そして彼らの姿が旧校舎前から消えた後、グランは再び旧校舎内へ足を踏み入れると地下の第四層へ昇降機を降下させた。第四層へ到着すると、彼は昇降機から降りて同フロアにある巨大な赤い扉を睨み付ける。

 

 

「……何かいやがるな」

 

 

 カチカチと導力時計の長針が動いているような音が扉の先から聞こえる中、グランは扉を見据えながらその場で天井へ向かって左手を伸ばした。彼の掌の上では突如空間が歪曲を始め、いつの間にかその手には鞘に納められた一つの刀が握られている。

 グランは手に取った刀を腰に下げると、鞘から引き抜いてその刀身をあらわにさせる。刃先から鍔までが真紅に染められたその刀は淡い光を放ち、材質から考えても人の手によって造られたとは到底思えない異質さを漂わせていた。妖刀鬼切……四月にケルディックの街道でカンパネルラなる少年から受け取っていた刀である。

 

 

「さっきは斬れなかったが……この刀ならどうだ」

 

 

 先程リィン達と共にこの扉を開けようとして、自分の放った一閃でも斬れなかった事が彼にとって気に入らなかったらしい。グランは刀を構えると精神統一の為に瞳を伏せ、同時に彼の体の表面を紅い闘気が纏い始める。そして暫しの沈黙が流れた後、グランの体からは周囲の空間を震えさせる程の膨大な闘気が放出され、辺り一帯に漂う空気を張りつめたものへと変化させた。直後に彼は瞳を見開くと、突然昇降機の前からその姿を消す。視認すら許されない稲妻の如き速度、グランは既に扉の正面へと接近していた。

 

 

「待ちなさい!」

 

 

 そしてグランが扉に向かって刀を振り下ろそうとしたその時、突然彼の後方から女性の声がフロア内に響き渡った。刀は扉に触れる寸前でピタリと止まり、グランは闘気を鎮めると動きを止めたまま意識だけを後ろに向ける。

 足音は聞こえず、近づいてくる気配と女性の吐いているため息の音だけが彼の耳に入り込む。一方、程なくしてグランの足元にたどり着いた彼女は、リボンの着いた尻尾を揺らしながら彼の肩に飛び乗った。

 

 

「何しようとしてくれてるのよ。その刀を使われたら本当に扉が斬れてしまうわ」

 

 

「……おいセリーヌ、お前が話しておいてくれなかったせいで変な疑い掛けられたぞ」

 

 

「さっきあの子から聞いたわ。それを謝ろうと思って様子を見に来たんだけど……来てよかったわね。その扉には手を出さないでもらえるかしら?」

 

 

 先の件を聞いたセリーヌは謝罪と共に、グランの顔横で間に合った事による安堵のため息を吐いていた。グランは納得のいった表情ではなかったが、仕方ないと言わんばかりに構えていた刀を鞘に納める。

 元々彼はバリアハートで初めて委員長とセリーヌの関係を知った時、自身の過去を黙ってもらっている条件として委員長とセリーヌに対しては深く詮索しない事を約束していた。今回の赤い扉出現は彼女達にとって重要な出来事らしく、壊されてしまってはたまったものではないという事でセリーヌがこうして呼び止めたのである。

 

 

「仕方ない……約束だしな」

 

 

「そうしてもらえると助かるわ。ここにいられても困るし、今日は早く帰りなさい」

 

 

 セリーヌはグランの肩から飛び降りると、彼に旧校舎を出るように促した。セリーヌの言葉に若干の疑問を抱きながらも彼は逆らう事なくその場を離れ、昇降機の上に戻ると操作盤に触れて上階へ向け移動を始める。

 そして昇降機が完全に見えなくなった後、セリーヌは視線を赤い扉へ移すと、ゆっくりとその扉を見上げていた。

 

 

「さてと。あとは鍵をどうするか、ね……」

 

 

 




凄い、全然進んでない!でもやっと次回にエリゼが出せる!リィン兄様やったね!

そしてここでグランが美臭のクオーツを委員長から貰った、というか勝手に取ってたという方が正しいんですが……とにかくこれでグランもアーツ戦に参加できる!やったねグラン!

だけどこの調子だと四章何話構成になるんだろう……果てしなく不安です。

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