紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

47 / 108
事件の収束

 

 

 

「ぐっ……この男は化物か……!?」

 

 

 石切り場内部。此度のノルド高原における監視塔砲撃事件の黒幕であるギデオンは現在、余りの体へのダメージに膝をついて息を荒げながら、目の前で静かに刀を納刀するグランを見ていた。グランの周りには気絶した傭兵達が地面に横たわっており、ギデオンの後ろでもバイザーをつけた二名の男が膝をついている。

 このような状況に至っているのは他でもない。グランが戦闘開始と同時に跳躍し、上空から降下しながら刀を振り下ろした事による一撃──閃光烈波によって武装集団を無力化したからだ。右腕の負傷もあってかある程度の加減が加わっていたらしく、衝撃を至近距離で受けた傭兵達は気絶、ギデオンと後方の二人は吹き飛ばされるものの、ダメージを負っただけで大怪我をした者は奇跡的に一人も出ていない。

 状況から勝敗は既に決している。そしてギデオンはその顔を歪めながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

「化物には、同じ化物に相手をしてもらうより他ないか……」

 

 

 彼は直後に懐から縦笛を取り出し、その場で演奏を始める。怪しげな音色、太古の魔獣を呼び覚ますそのメロディーは石切り場の洞内に響き渡り、グランの脳裏に警報を鳴らす。ギデオンが吹いている縦笛を古代遺物(アーティファクト)と確信していた彼が、勿論このまま素直に演奏を続けさせるはずがない。しかし、グランは何故か動こうとしなかった。

 縦笛の音色が響く中、グランの後方で魔導杖を握りしめているエマはその異変に気付く。グランの右手に巻かれている包帯は赤く滲み、その指先からは血液が滴となって地面に落ちている。そう、グランは動かないのではなく動けなかった。

 

 

「(っ!? グランさん、やっぱり無茶をして……)」

 

 

 彼女の表情が僅かに歪む。砲撃犯の拘束という状況とは言え、拘束だけなら実力的にもリィン達とミリアムだけで何ら問題はなく、負傷しているグランが刀を手に取る必要はなかった。恐らく彼はそれを分かっていた上で、より確実性のある方を選択したのだろう。

 勿論この特別実習でリィン達に迷惑をかけたというグラン個人の思いもあったかもしれない。だが、彼女を初めリィン達皆は、右腕を犠牲にしてまでグランにそのような事を求めてはいなかった。

 

 

「阿呆が……グランは後ろに下がらせるぞ。あの程度の連中、俺達だけでどうとでもなる」

 

 

「ユーシスさん……」

 

 

 そして、エマの横で騎士剣を構えていたユーシスもグランの異変に気がついていた。どうやらリィン達は皆その事に気がついており、六人は揃ってグランの前へと躍り出る。

 彼の前に出たリィン達は一度振り返り、グランの顔へ視線を向ける。皆が見たその表情は、苦痛に歪んだ顔を強がって苦笑いで誤魔化しているようにも見えた。

 

 

「ったく情けない……悪いが手伝ってくれるか?」

 

 

「何言ってるの。それに聞く事が違うんじゃない?」

 

 

「全くだ。事件の調査はA班全員で行う……よもや忘れた訳ではあるまいな?」

 

 

 アリサとユーシスの言葉に、グランは何も言い返せない。素直に悪かったと謝り、痛みが少し引いて動かせるようになった右手で刀を抜く。彼はギデオンが吹いている縦笛が恐らく魔獣を呼び寄せるか、或いは操る類いの物だろうと判断している。その読みが当たっていれば、流石にリィン達だけでは魔獣の対応に追われて犯人達は逃げてしまうだろう。故に、グランはこの場を彼らに任せて犯人達を拘束する事に決めていた。

 程なくして、ギデオンによる縦笛の演奏が終わりを迎える。一見周囲には何の変化も見られない。しかし、事態は確実に進展していた。異変に気がついたガイウスが声を上げる。

 

 

「上だ!」

 

 

 洞内の上部にある、大きく空いた穴から突如として巨大な何かが飛び出した。それは地響きを伴いながら一同の傍へと着地をし、奇声を上げて一同の顔を見渡す。頭部にある複数の赤い瞳、頭と比べてアンバランスに大きな胴、そして八本の脚部。ガイウスは石切り場に封印されたと言い伝えられている悪しき精霊(ジン)ではないかと話し、リィン達も目の前に現れた巨大な蜘蛛型魔獣を見上げる。

 ふと、その蜘蛛型魔獣は糸を吐き出すと近くに倒れていた一人の傭兵を捕らえた。気絶していた傭兵達は意識を取り戻すと、目の前の魔獣に恐れをなして腰を抜かす。そして、糸によって拘束された傭兵の元へ魔獣が近づいた。 

 

 

「や、やめろ! やめてくれぇ!」

 

 

 傭兵の叫びも虚しく、魔獣は捕食を始める。リィン達はその光景に唖然とし、気が付けば残されていたのは傭兵のものだった血液が地面に作っていた小さな水溜まりだけ。残った三名の傭兵達は命乞いを初め、その隙にギデオンと二人のバイザーをつけた男はワイヤーロープにて近くの崖から石切り場の地下へと撤退を始めた。

 黒幕は逃げていくが、流石にリィン達も実行犯である残りの三名を残す事は出来ない。彼らまで失ってしまえば戦争回避の糸口は切れ、それを抜きしても見殺しにするという選択肢がリィン達の頭には無かった。

 

 

「ガキんちょ、あいつらの追跡を頼めるか?」

 

 

「任せて。それに今回の任務は元々あれが目的だったし」

 

 

 グランは刀を構えながら、ミリアムに向けてギデオンの追跡を託す。グランが今回ゼクスから受けた仕事はあくまでも戦争回避であって黒幕の拘束ではない。実行犯である彼らさえ拘束できれば彼のミッションは達成する。それに本来であればこの場を彼らに任せたかったが、現れた魔獣は予想以上に高い能力を秘めていたため彼もリィン達をこの場に残していく事は出来なかった。

 ミリアムはグランの声に頷くと、隣で浮遊するアガートラムに飛び乗ってギデオン達の追跡を開始する。そして、改めて六人は目の前の巨大な蜘蛛型魔獣へと意識を向けた。戦闘開始の声をリィンが上げる。

 

 

「A班戦闘準備、これより巨大蜘蛛の迎撃を開始する!」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「敵ユニットの傾向を解析……掴めました!」

 

 

 後方支援のエマにより、巨大蜘蛛の解析が完了する。戦術リンクを繋げた一同は彼女の解析から得た情報で最良の策を検討した。魔獣の弱点は火、そしてこの石切り場内部に侵入した時に感じた時、空、幻の上位三属性を有効にする力を考慮し、導力魔法(オーバルアーツ)をメインにした戦闘運びを選択。リィン、ユーシス、ガイウスの三人で魔獣を牽制しつつ、アリサとエマ、グラン三人によるアーツで総攻撃を仕掛ける算段だ。前衛の負担は大きいが、上手く戦闘を運ぶ事が出来れば最良の選択ではある。

 しかし、この作戦において一つの誤算が生じる。それは、グランが攻撃、補助問わず一つもアーツが使えない事だった。

 

 

「アーツが一つも使えないって……嘘でしょ」

 

 

「あはは……まあ、個人の適性もありますし。一つも使えないっていうのは流石に予想外でしたけど」

 

 

「いや……本当に面目無い」

 

 

 ARCUSを駆動しながら困り顔で話すアリサとエマの間、刀を肩に担いだグランが申し訳なさそうに瞳を伏せていた。結局彼は最悪の状況を考えてアリサとエマの守りに徹する事に決めている。早くも段取りが狂った一同だが、それでも先の作戦に変更はない。アーツによる攻撃が有効な以上、適性の高い二人の火力に頼るしかこの場を乗り切る方法はなかった。

 前衛の三人は忙しなく魔獣の周囲を動いている。一人が魔獣の視界に入れば残りの二人で左右、或いは後方から攻撃を加える事によって魔獣を翻弄、少ないながらも効率的にダメージを与えていた。

 そんな最中、二人のARCUSの駆動が完了する。魔獣の真下から突如として上がった火柱はアリサのアーツ、高熱の炎は燃やし尽くさんとばかりにその巨体を飲み込む。やはり前衛の物理的な攻撃よりもダメージが通っているらしく、魔獣は苦しむように奇声を上げていた。

 アーツによる炎は直ぐに消えるが、遅れて魔獣の周囲に複数の剣が突き刺さる。そして出現した魔法陣の弧がそれらを結び、中心からは幻属性の光が発生して瞬く間に魔獣を再び飲み込んだ。エマによる幻属性のアーツ、光が止むと魔獣の体勢が崩れる。好機と踏んだ前衛の三人が猛攻を仕掛けた。

 

 

「──焔よ、我が剣に集え……!」

 

 

 リィンが自身の握る太刀を手でなぞると、その刃に紅蓮の炎が纏い始める。直後に太刀を構えたリィンは魔獣の傍へ接近し、炎の斬撃をその身に浴びせた。魔獣の身を焼き裂く二連の太刀、そして三撃目で駆け抜けた彼の後方では魔獣の動きが止まっている。体勢を崩した今、物理的な攻撃と言えどダメージは確実に通っていた。

 遅れる事なくユーシスも動く。彼が魔獣に向けた騎士剣の先、蒼き光を発した魔法陣が展開している。直後に蒼白い光を纏った騎士剣を構えて接近、剣先を魔獣に向けて突き出した。そして突然魔獣を覆った蒼く光るドーム型の檻、ユーシスは再び騎士剣を構える。

 

 

「──クリスタル・セイバー!」

 

 

 流れるような斜め十字の二連撃の後、一瞬の間を置いて放たれた横一閃によって蒼き檻は砕け、ユーシスの斬撃は魔獣の胴へダメージを与えた。魔獣を覆っていた檻が砕けた事により、光を散りばめながら彼は幻想的な風景を前に後退する。

 二人による猛攻に魔獣も奇声を上げ続けていた。だが、その猛攻はまだ終わりを迎えていない。

 

 

「風よ、俺に力を貸してくれ……!」

 

 

 ユーシスが後退したと同時に、ガイウスが上空へ向けて跳躍する。直後、彼は空中で雄叫びを上げると両手持ちにした槍を魔獣に向け、その槍先に風を纏わせた。彼の視線は魔獣の巨体を捉え、狙いを済ます。故郷の平穏を守るため、目の前の壁を撃ち破らんとばかりに彼は突撃する。

 

 

「──カラミティ・ホーク!」

 

 

 ガイウスが魔獣の胴目掛けて突撃した後、衝撃と共に突然風の奔流が魔獣を中心に巻き起こった。風の刃は全てを切り裂かんと猛威を振るい、竜巻が魔獣を飲み込む。ガイウスはリィンとユーシスが肩で息をしている傍へ着地し、同じく荒い呼吸で竜巻を見詰めていた。

 直に竜巻は消滅し、風が収まりを見せる。そしてそこにあった光景は三者にとって信じられないものだった。その身は激しく傷を負っているものの、赤い瞳は光を失っていない。三人の猛攻を受けて尚、魔獣は耐えていたのだ。

 直後に魔獣は糸を吐き出し、三人の体を拘束した。

 

 

「しまった……!」

 

 

「ぐっ……!」

 

 

「これは……!」

 

 

 魔獣の吐き出した糸は、鋼の如き強度を誇るものだった。リィン達は抗うも、抵抗虚しく糸が破れる事はない。

 彼らの後方からアリサによる炎の矢が魔獣の体へ打ち込まれる。続けてエマによって放たれた四本の光の刃が魔獣の体を貫くが、魔獣の進行は止まらない。このままでは先の傭兵と同じく、その身を魔獣に捧げてしまう。

 五人の額に冷や汗が滲んだ。魔獣は捕食を行うためゆっくりとリィン達へと近付いている。アリサとエマが状況を打破するためARCUSを駆動させるが、タイミング的にも間に合わない。ここへ来て一同に最大の焦りが生まれる。しかし、まだ奥の手は残っていた。控えていたグランが、その身に宿る闘気を最大まで解放した。

 

 

「我が剣は紅き閃光、何人たりとも逃れる術はない──」

 

 

 アリサとエマの視界から、グランの姿が忽然と消える。そして直後にリィン達前衛三人を拘束していた糸が断ち切られ、その身を解放した。困惑はすれど、一連の出来事が起きた理由は皆が分かっている。五人が見上げた魔獣の真上、そこには刀を腰の高さで構えたグランが紅い闘気を纏っていた。

 

 

「塵も残さん……奥義、閃紅烈波!」

 

 

 グランが声を発したその直後、五人が学院のグラウンドで見た時とは比べ物にならない大爆発が巻き起こった。洞内では爆風が吹き荒れ、リィン達は飛ばされそうになっている傭兵達を押さえながら砂煙の先を見据える。

 徐々に煙は晴れていき、一同の目に魔獣の姿は映らなかった。魔獣の姿は消えており、代わりにそこへいたのは刀を担いだグランの姿。

 

 

「ミッションコンプリート。皆、よくやったな──」

 

 

 彼らの視界には、笑顔を浮かべて刀を鞘に納めるグランが映っていた。直後に力なく倒れる彼に向けて五人は駆け出し、その身を支える。

 リィンを筆頭に一同の口からは多少の呆れを含んだ労いの言葉が彼に掛けられ、本人も苦笑いを浮かべて返していた。そして、突然グランの顔が柔らかな感触に包まれる。

 

 

「グランさんの馬鹿、本当に無茶をして……今度やったら許しませんよ?」

 

 

「……ああ。委員長恐いからな、多分やらんさ」

 

 

「多分じゃ駄目です、絶対ですよ?」

 

 

 瞳にうっすらと涙を浮かべたエマが、笑みをこぼしながらグランをそっと胸に抱き寄せる。彼女の言葉に笑顔で返しながら、彼は直後に意識を手放した。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 七月某日、エレボニア帝国帝都ヘイムダル。皇族が住居を置き、帝国の重要処が集うバルフレイム宮にて。帝国政府宰相を務めるギリアス=オズボーンは今、ガラス張りの窓から厳格な面持ちで帝都の街並みを見下ろしていた。そして彼の後ろには、軍服を着用した水色の長髪をした女性──リィン達が四月の特別実習で世話になった鉄道憲兵隊、クレア=リーヴェルトの姿がある。

 

 

「共和国政府との交渉は完了。ノルド高原における戦闘状況は、完全に回避されたとの事です。彼らの身柄は取り逃してしまいましたが……」

 

 

 彼女の報告に、オズボーンは振り替える事なくガラス越しに反射したクレアの姿を視界に捉える。彼が報告に一言答えると、再びクレアが報告の続きのため口を開いた。

 

 

「しかし驚きました。レクターさんの話では、到着した当初に交渉はほぼ終わっていたとの事です。代わりに、実行犯である傭兵団は先方に引き渡すよう彼によって決められていたそうですが──」

 

 

「『紅の剣聖』……西ゼムリア各地で要人警護を主に活躍する猟兵。大方ロックスミスとのコネを利用したのだろう」

 

 

「恐らくは。当時は負傷して意識を失っていたようなので、会話は行えなかったそうですが……素質としては十分すぎると、レクターさんも話していました」

 

 

 一連の報告を聞き終わり、オズボーンは振り替えるとその目でクレアの姿を見据える。真剣な面持ちで言葉を待つ彼女に対し、オズボーンは考える素振りを見せた後に問い掛けた。『紅の剣聖』──グランハルト=オルランドに対しての考えを。

 

 

「彼を引き込むにはどうすればいいか……君はどう考える?」

 

 

「そうですね……現時点で彼をこちら側に引き込む材料はありません。『赤い星座』の情報は彼個人で入手できますし、ノーザンブリアの件については材料として弱すぎます……やはり暫くの間様子を見た方が良いかと」

 

 

「フフ、私も同じ考えだ。機はいずれ訪れる、判断を見誤っては元も子もない」

 

 

 オズボーンは彼女が同じ見解だったことに笑みをこぼしながら、再び視線を帝都の街並みへと向ける。そして、顎に手を当てながら上空へと移したその鋭い眼光は、さながら未来を見据えているように思えた。

 

 

「まずは帝都の夏至祭──子供達をどう動かすかな?」

 

 

 




お、終わった……やった! やっと会長が出せる! 会長可愛いよ会長、会長可愛いよ会長! 申し訳ありません、取り乱しました。
次回から4章へと移ります。ラウラとフィーが和解し、グランの過去が明らかになる章。気合い入れていくぞー! と言ったものの、話の細かい部分は決めていないので4章は時間がかかるかもです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。