紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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襲撃事件の調査

 

 

 

 ノルドで迎える二回目の朝。リィン達は昨日と同じ様にガイウスの実家で朝食を取り、ラカンから実習内容が書かれた紙を受け取っていた。課題はノルド北部に現れた手配魔獣の退治のみで一つという事だが、どうやら最後の日くらいは自分達の好きなように過ごすといい、というラカンの粋な計らいによるもののようだ。

 リィン達は早く魔獣退治を終えて昨日後回しにした魔獣騒動の調査を行いたかったが、何と元々魔獣騒動を調査しようとしていた当の本人であるグランがまたしても朝からその姿を見せていない。まさか一人で勝手に調査に出掛けたのではとユーシスが口にし、可能性としては十分あり得ると他の皆が一様に頷いていた。とは言えグランを置いて実習に取り掛かる訳にもいかず、もう少しだけ待って彼が帰ってこなければ先にグランの足取りを追おうとリィンが提案し、時間にも余裕があることからアリサ達もその意見に賛同する。そしてグランを待つ間、時間潰しにと一同は昨晩の話題を広げていた。

 

 

「それにしても、昨日の委員長には驚かされたな」

 

 

「本当、中に戻ったら泣き崩れてるし……一体何があったの? あ、もしかしてまたグランが変なことしたとか」

 

 

「あははは……よく覚えてないんですけど、多分そんなところだと思います」

 

 

 苦笑いでリィンとアリサの声に答えるエマだが、実のところエマは酔っていた間の事を殆ど覚えていた。支離滅裂な発言や割りとグランに酷いことを言っていたと彼女は記憶しているようで、彼に対してちょっと申し訳なくなってしまうから余り思い出さない様にしているらしい。と言ってもグランの日頃の行いや先日の無理やり彼女に酒を飲ませた事を考えると、少々の事を言ってもそこまでバチは当たらないと思うのだが。

 

 

「フン……それはそうと委員長、グランの怪我は実際どの程度治っているんだ?」

 

 

「昨日の様子だと殆ど問題無さそうに見えたが……」

 

 

 エマに気を遣って、というわけではないだろうが話の話題を変えたユーシスが彼女に問い掛け、ガイウスもそれに続いた。課題は一つのみとはいえ、手配魔獣の退治依頼があることからグランがいるといないとでは彼らの負担は大きく変わってくる。仮にグランの怪我が殆ど治っていたとしても、リィン達の性格なら彼を後方支援に徹させるとは思うが。

 皆の視線がエマに集まる中、彼女はユーシスの問いに昨日のグランの様子を思い返しながら答える。

 

 

「そうですね……右腕以外は包帯も取れましたし、右腕さえ酷使しなければ問題ないと思います」

 

 

「そうなのか……グランが戻ってきたら、アリサや委員長と後方支援に回ってもらうように話しておかないとな」

 

 

 エマの言葉に、話を聞いていたリィンはやはりグランを後衛に回す事に決めた。どちらにせよ右腕を余り使わない方がいいという事は刀を使えないも同じで、結局のところアーツによる後衛しか選択肢はない。それがいい、とアリサもリィンの意見に賛同し、ユーシスとガイウスも同じく頷いて同意の意思を見せている。

 雑談も終わり、後はグランの帰りを待つのみで、一同は食後の一息にとシーダが昨日と同じように淹れたハーブティを楽しんでいた。そんな中、突然外から慌てた様子の声が聞こえてくる。

 

 

──ラカン、ラカンはおるか!──

 

 

 声の主はノルドの民の長老のもので、名を呼ばれたラカンは首を傾げながらその声に答えた。直後に扉が開き、長老とその横にはアリサの祖父であるグエン、カメラマンのノートンの姿もある。険しさを増した三人の顔を見るに、恐らくは良くない類いの知らせであろう。

 大変な事になった、と長老は呟く。その言葉にラカンやリィン達の顔も怪訝なものへと変わっていた。そして、この後に続いたグエンの話に一同の顔は驚きに染まる。

 

 

「帝国軍の監視塔と、共和国の軍事基地が襲撃を受けたようじゃ」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 ノルド高原共和国方面、帝国軍監視塔前方の上空。ノルドの空は機械エンジンによる轟音が響いていた。ゼンダー門に駐屯する第三機甲師団の軍用飛行艇、そして共和国方面からは共和国軍のものであろう飛行艇が双方数機、互いに牽制し合うように停滞している。今でこそ構え合っている状態ではあるが、このままではいずれ砲撃の嵐が吹き荒れることは間違いないと思うほど両国間の緊張は最大にまで高まっていた。

 平穏なノルドの地で起きた突然の戦争の前触れ。そして帝国軍の監視塔では、その様子を双眼鏡を通して確認しているゼクスの姿があった。

 

 

「共和国軍得意の、空挺機甲師団の先駆けか……」

 

 

「──共和国軍、第零八方面師団……空挺部隊『アルデバラン』だな」

 

 

 ゼクスは双眼鏡を顔から離すと声の聞こえた方へと振り返る。彼の視線の先、今先程の独り言に返したのはなんとグランだった。しかしグランの格好は何故か士官学院の制服ではない。白のシャツと下のズボンこそ同じものだが、シャツの上に着用しているそれはトールズ士官学院の紋章が入った制服ではなく、飾り気のない真紅のコート。

 グランの姿を見たゼクスは僅かに表情を険しくさせる。その理由は、既に彼の正体に気付いているからだ。グランが今している格好は、彼が士官学院に来る以前にしていた仕事の際に使用していたもの。

 

 

「かの『剣仙』ユン=カーファイが天武の才と認めた若き剣聖。要人警護のスペシャリスト、猟兵の中でも最強の一角として知られている人物──『紅の剣聖』グランハルト。まさか貴公がそうだったとはな」

 

 

「おーお、どう間違えたらそこまで話が膨らむんだっての」

 

 

「ふ……謙遜することはないだろう。私も剣には少々自信があるが、貴公が相手だと中々に苦戦を強いられそうだ」

 

 

「社交辞令が上手いことで」

 

 

 両者は言葉を交えた後、先程と同様に上空を見上げた。二人の視線の先では両国の飛行艇がその場で旋回し、それぞれが自国方面へと飛び去っていく。しかし双方警戒態勢を維持しているのか、上空を飛行し続けた状態のままで飛行艇は基地へと帰還する事はなかった。

 互いに探り合い、戦力が整うまでの時間を稼ぐ。恐らく一時間もすればどちらかが砲撃の合図と共に進軍を始めるだろう。

 そして交戦の時が刻々と迫る中、グランは懐から一枚の紙切れを取り出し、それを横に立つゼクスへと手渡した。

 

 

「使用されていた導力砲の弾は、向こうもこちらも恐らくラインフォルト製。共和国側の仕込みとも言えなくもないが、向こうさんも今は反移民政策派の対応で忙しいだろう。はっきり言って戦争を起こすタイミングとしては不可解だ」

 

 

「こちら側が仕掛けたという事実も無い……やはり、第三者の犯行によるものか」

 

 

「現状で両国の戦争が起きて特をするのは、機械屋とオレ達、後はテロリストくらいだな」

 

 

 此度の襲撃に対してのグランの考えは、帝国でも共和国でもない第三者によって引き起こされたというもの。ゼクスも彼の話になるほどと頷き、受け取っていた紙の内容へと目を通す。そこには、共和国軍が受けたとされる被害の全容が記されていた。

 

 

「被害はこちらの二倍以上か……」

 

 

「それだけ見ればどう考えても帝国側の仕込みだ。向こうには時間をくれと話はしておいたが、良くて十五時が限界だろう。一応犯人の足取りは追ってみるが、共和国方面に逃げられたら一戦は免れないと思ってくれ」

 

 

「致し方あるまい……今、何と言った?」

 

 

 協力の旨を伝えてグランが監視塔の屋内へ入ろうとするが、ゼクスは彼の言葉に首を傾げながら声を発して引き留める。グランは士官学院の制服ではなく猟兵時代の格好をしているわけであり、仮に彼が協力するとしても戦が始まってからになるはずだ。だからこそ、戦争回避の意を示したグランの言葉に聞き間違いではないのかとゼクスは聞き返した。

 グランはゼクスの言葉に立ち止まると、振り返って懐からあるものを取り出す。彼の手に握られているのは、トールズ士官学院の紋章が入った一つの手帳。

 

 

「この状況、リィン達が見過ごすとは思えなくてな。仲間の一人として、オレもノルドの平穏を守りたいわけだ……あ、調査と交渉の方は別料金だが」

 

 

「……ふ、了解した。ノーザンブリアへの送金手配もこちらで済ませておこう」

 

 

 グランの考えを知ったゼクスは笑みをこぼした後、屋内へ入っていく彼の背中を眺めているのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 帝国と共和国による戦争の危機。事態を知ったリィン達は、集落から馬を走らせてゼンダー門へと向かった。中将であるゼクスに、事の詳細を確認するためだ。高原に生息する魔獣達の視線を無視し、一同は真っ直ぐと目的の場所へ駆ける。ノルドの上空を飛行する飛行艇を目にして事態が深刻なまでに至っている事を感じ、手綱を握る手はいっそう強く力が込められた。

 集落を出た時刻が午前九時半、暫く高原を走っていたリィン達がゼンダー門へと到着したのは半刻後の午前十時の事。

 ゼンダー門に到着したリィン達は、同時に監視塔の視察から帰還したゼクスから事の詳細を聞き出した。事態を知った一同は迷いなく協力を申請し、此度の不可解な襲撃の調査を始める事に決める。そして現場確認のため、直後に監視塔へ向かった皆はそこで赤い士官学院の制服を着ている彼を発見した。

 

 

「フン、俺達を仲間だと言っていたのは何処の誰だったか」

 

 

「いや、夜の散歩をしていたら偶然立ち寄った監視塔で巻き込まれただけだって」

 

 

 現在、ユーシスの嫌味を十分に含んだ言葉にグランは頭を掻きながら言い訳をしていた。しかし言い訳にしては無理やり過ぎて、一人で昨日の晩に魔獣の調査をしていたのはバレバレである。一同の鋭い視線にグランは冷や汗を流し、程なくしてリィン達五人は呆れた様子でため息を吐いた。

 本当ならば一同もグランを責め立てたかったところではあるが、事態は一刻を争う現在の状況。グランの事は全てが終わってから問い質すことに決め、皆は監視塔襲撃事件の調査へと入る。

 

 

「一先ず現状を確認しよう。被害状況から、どういった線が濃厚か見極めないとな」

 

 

 リィンの言葉を合図に一同は聞き込みを開始。合わせて監視塔の被害状況も確認しながら、暫くして聞き込みを終えた六人は輪を組んだ。

 疑問に上がったのは主に三つ。一つ目は、監視塔の襲撃に使用されていた武器が共和国軍の使用している装備とは異なる点。

 

 

「襲撃に使われた導力砲が、ラインフォルト社の製品だったな」

 

 

「ええ、恐らくラインフォルトで造られた旧式の型だとは思うけど。共和国軍はヴェルヌ社製の物を使用しているし、共和国の線は薄いわね」

 

 

 確認するように最初の疑問点を上げたリィンの言葉に、アリサは頷いて改めて共和国軍が犯人だという線が薄い事を話す。他の者達も同意見のようで、話の腰を折ることなく議題は次へと移る。

 二つ目の疑問、それは監視塔が襲撃を受けた時に勤務していた男の証言だった。男によると、先に共和国軍の基地から火の手が上がり、その直後のタイミングで監視塔も襲撃を受けたと言う。同じ時刻に監視塔を訪れたグランも確かだと話し、同時に彼から帝国側が仕掛けた事実は無く、共和国側の被害は監視塔以上のものだという話も出る。

 現時点で帝国と共和国のノルドにおける事情は、緊張状態を崩して戦争を起こすような理由がなく、戦端が開かれても双方にとってはデメリットが多い。そんな状況下で帝国や共和国が仕掛けるとは思えにくく、一同もその事だけは気になっていた。そして、考えて程なく皆の脳裏にはある可能性が浮上する。

 

 

「第三者の犯行……か」

 

 

「目的は分からないが、その可能性が高そうだな」

 

 

 ユーシスの呟きにガイウスも続き、皆一様に頷いてその線が濃厚だと話す。僅かに見えた戦争回避の道筋、しかし素直に喜べるほど簡単な状況でもなかった。

 第三者による犯行の可能性が出たとは言え、その可能性を裏付ける証拠となるものがリィン達の手元にはないのだ。確たる証拠がなければゼクス達帝国軍もそれに沿って動くことは出来ないだろう。戦端が開かれようとしている今、彼らも共和国側の警戒態勢を解くわけにはいかない。

 せめて最後の疑問である導力砲の発射地点が見つかれば……リィンはそう話すが、この広いノルドの地でそれを探すにはここが故郷で土地勘のあるガイウスでも困難であろう。アリサやユーシスも同じ様に頭を悩ませ、その場に沈黙が生まれる。行き詰まるかに思えた此度の調査……しかし、それは直ぐに進展する事となった。

 

 

「仕方ない──」

 

 

「何とかなるかもしれません。アリサさんと、ガイウスさんの力を貸していただければ」

 

 

 グランの声を遮って、エマが直後に犯人へと至る道筋を繋げた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「うん、解りました」

 

 

 監視塔の襲撃が南側に集中している点を踏まえて、導力砲から発射される弾の速度や軌道、そしてノルドに吹く風がそれらに与える影響。アリサの知り得る限りの導力砲のスペックと、ノルドに吹く風をよく知るガイウスの知識の二つを応用して、エマは導力砲が使用された大まかな場所の特定に入る。答えに至るまでの数式、算出方法ははっきり言って士官学院で習う範囲を越えており、笑顔で解りましたと話す目の前の彼女を見て、エマと勉強で張り合っているマキアスが滑稽に思えてくるとユーシスが珍しく同情している。此度の実習が終わってこの事をマキアスに話してやろうとグランが口にした際には全員で反対していた。

 場所の特定を終えたリィン達はゼンダー門にいるゼクスへその事を報告してから監視塔をあとにし、監視塔の南方面に襲撃に適した場所があるか探索を始める。一同は高原の高台に沿って南に向かい、数分程馬を走らせてリィンがあるものを発見した。

 

 

「皆、あれを見てくれ!」

 

 

 リィンの声に、一同は視線を彼の指差す先へと移す。皆の視線の先には高台に設置されたワイヤー梯子があり、ここで作業をするような話は聞いたことがないというガイウスの話で怪しさは増していく。リィン達は馬を降りて近くでそれを確認するが、地面から十アージュ程の高所に設置されているため人の手では届かず、どうやって登ろうかと一同が頭を悩ませていた。そんな彼らの様子に、グランが一歩前へと足を出す。

 

 

「昨日の実習は皆に任せっきりだったからな。ここはオレに任せてくれ」

 

 

「え? あ、ああ……」

 

 

 グランの提案にリィンが首を傾げながら答え、他の者も彼の背中を眺めていた。一体何をするのか、と疑問に思う一同だったが、グランの行動は実に単純なもの。彼は目の前の土壁から三アージュ程距離を取ると、僅かに腰を落として両足へ力を込めた。左腰に携えた刀の柄を握り、その視線はワイヤー梯子へと移る。

 

 

「四ノ型──紅葉切り!」

 

 

 声を発した後、リィン達の目の前から突然グランの姿が消える。アリサ、エマ、ユーシス、ガイウスの四人は何処に行ったんだと辺りに視線を泳がせるが、リィンは一人唖然とした表情で高台の上を見上げていた。その様子に気付いたアリサが声をかけて同じく見上げ、三人も同様にワイヤー梯子が設置されている場所へと視線を向ける。

 

 

「いつつつ……」

 

 

 皆の見上げた先、右手に刀を持ったグランが屈んだ体勢から立ち上がり、右腕の鈍い痛みに顔を歪めながら肩へその刀を担ぐ。十アージュもある高さへ人の足で跳躍出来た事が信じられずリィン達がその様子に驚いている最中、まとめていた紐が切られたワイヤー梯子はカラカラと下へ下がり、高台への移動が可能となった。

 一瞬は驚きを見せたリィンも我に返り、これで確認に上がれると喜びを見せる。アリサやユーシス、ガイウスもグランの行動に驚きつつも、彼の功績に笑みを浮かべていた。

 そして梯子を登ろうとしたリィン達であったが、突然四人の顔から笑みが消え、何故か沈黙しながら梯子を登っていく。その様子を上から見ていたグランはどうしたんだと首を傾げ、五人が高台へ登り最後に梯子を登り終えたエマが彼の目の前で立ち上がる。

 

 

「グランさん、先日右腕使わないで下さいって言いましたよね?」

 

 

「──あ」

 

 

 リィン達四人の沈黙は、グランの目の前で笑顔を浮かべながら何とも言い難いオーラを放っているエマが原因だった。彼女の言葉からグランも理由を察したのか、包帯が巻かれた自身の右手を見た後にから笑いをしながら視線をそらしている。しかし、その程度の誤魔化しで今の彼女をやり過ごせるわけがなかった。

 

 

「言・い・ま・し・た・よ・ね!」

 

 

「さーせんっした!」

 

 

 怒りながら笑うという何とも恐ろしいエマを目の前に、グランは士官学院に入学してから何度になるか分からない土下座を披露するのだった。

 

 

 




この後ミリアム登場となるわけなのですが、実はその時もその後もグランが要らない子なんですよね。原作だったらサポートメンバーにポイってされちゃうとは思うんですが、皆様にヒントを一つ。

グランのオーブメント

3ー2ー2ー1の火2、時1固定

マスタークオーツ バーミリオン

クオーツは攻撃2しかセットしてないです。

……使えない意味、分かりますよね?


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