紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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八葉一刀流の共通点

 

 

 

 ノルドでの特別実習二日目。朝日が昇り始めた早朝の時間にリィン達は起床し、ガイウスの実家で朝食を取った後、実習内容が書かれた紙をガイウスの父ラカンから受け取っていた。内容を見ると三つしか課題がなく、理由を聞くと一先ず午前の依頼のみで、午後に行ってもらう依頼は昼食を終えてから渡すとの事。話を聞いて昼の御飯が楽しみになった一同は早速実習課題に取り掛かりたいところだったが、実はそうもいかなかった。現在ここにいる《Ⅶ組》メンバーはリィン、アリサ、ガイウス、ユーシス、エマの五人……そう、昨晩寝袋を渡されて一人寂しくテントを去ったグランの姿が何処にもない。ウォーゼル家の家族で長女に当たるガイウスの妹シーダに捜しに行ってもらっているのだが、朝食を終えた今になっても未だ連絡が無かった。

 

 

「グラン、一体何処で寝てるのかしら?」

 

 

「フン、昨日の事に拗ねてサボっているとも考えられるがな」

 

 

 アリサが首を傾げる横で、ユーシスはエマの顔を見ながら腕を組んでそう話した。彼の視線を受けたエマは苦笑いで誤魔化し、リィンはそんな三人の様子を見渡した後に外から聞こえてくる声に耳を傾ける。徐々に声は大きくなり、他の皆も気付いたのか家の扉へ視線を移しながら首を傾げていた。そして突然、ウォーゼル家の扉が勢いよく開かれる。

 

 

「ラカン!」

 

 

「一体何事だ?」

 

 

「集落に魔獣が侵入した。赤い髪の少年が抑えてくれているが、近くにシーダが──」

 

 

 魔獣が侵入し、シーダが巻き込まれている。男の話を聞いた一同の顔が驚愕に染まり、ラカンとガイウスが立て掛けていた馬上槍を手に取ると彼の傍へ駆け寄った。リィン達もただ事ではないと感じ、それぞれ得物を手にすると三人の元へと駆け寄る。

 話を聞くに、魔獣を抑えている赤い髪の少年というのは恐らくグランだろう。だがリィンは安心出来なかった。何しろグランの持っていた刀は、昨夜就寝したテントの中で見かけたからだ。

 事態は一刻を争う。しかし戦える者は現在ここにいるラカンとリィン達、集落の男は今呼びに来た彼以外は出掛けているらしい。

 

 

「魔獣は?」

 

 

「集落の南口だ、ついてきてくれ!」

 

 

 グランとシーダの無事を祈りながら、一同は南口へと駆け出した。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「──後、二体……か」

 

 

 ノルドの民が暮らす集落の南口。左肩を右手で押さえながら、額から血を流しているグランの姿があった。彼の睨み付ける先には、強固な皮膚を持ち、胴体の左右に数本の角を生やした四足歩行の巨大な魔獣……ライノサイダーと呼ばれる個体が二体佇んでいる。その周りには二回りほど小さい同タイプの魔獣が三体、既に事切れているのか地面に崩れ落ちておりピクリとも動かない。そしてグランの後方、ガイウスの妹であるシーダが地面に座ったまま動けないでいた。グランは魔獣に視線を向けたまま、一度意識を後ろのシーダへと向ける。

 

 

「動けそうか、嬢ちゃん?」

 

 

「ご、ごめんなさい。腰、抜けちゃって……」

 

 

「いや、気にすんな……さて、と。後二体なのはいいんだが──」

 

 

 シーダが未だに身動きが取れない事を確認して、グランの意識は再び眼前の魔獣へと戻される。

 ライノサイダーの鼻息は集落に侵入した当初から荒い。恐らく興奮しているのだろう。何故興奮しているのかまでは特定出来ないが、グランには思い当たる節があった。とは言え今はその事を考えている場合ではない。何とかして、目の前にいる残り二体の魔獣を撃退しなければいけない。しかし先に仕留めた三体とは比べ物にならないほど頑丈で、体格は三アージュを越える巨大さ。それに先程一体が集落の中へ突入しようとした時、回避するわけにもいかず正面から受け止めたため衝撃で負傷してしまった。だが、彼に逃げるという選択肢はない。後ろに幼い少女がいる限り、その場を退くわけにはいかなかった。

 グランは重くなった左腕を上げ、掌を前へと突き出す。右手は腰の高さまで落とし、握り拳を作ると後ろへ引いた。かつて所属していた組織で一度手合わせをした、格闘術を得意とする痩せこけた男の顔を思い出しながら。

 

 

「(痩せ狼……悪いがあんたの技を借りるぞ)」

 

 

 当時の試合は辛くも勝利したが、父親以外に自身の刀を折った男が使っていた技。東方において、“氣”と呼ばれる力を主とする泰斗流を独自にアレンジさせた暗殺拳。八葉一刀流にも無手の型というのは存在するが、素手による戦闘では男が使っていたものの方が幾段も威力が高い。そのため、父親を殺すために使えるのではと一時期その男から教えてもらった事があった。

 仕留めるべき目標(ターゲット)は二体。二発も放てば、今日明日は右腕を使えないなとグランは思いながらも躊躇う事はなかった。自分抜きでもリィン達なら特別実習は上手くやってくれるだろう。昨日の一件で仲間の輪に加わったばかりのグランだが、彼自身不思議なほどにリィン達への信頼は大きかった。同じように彼が信頼されているかどうかは別として、だが。

 

 

「嬢ちゃん、オレがいいって言うまで目を閉じてろ」

 

 

「えっ? は、はい」

 

 

 シーダは不思議に思いながらも、言われた通りに瞳を閉じた。グランには彼女が目を閉じたかどうかの確認は出来ないが、閉じている事を信じて闘気を最大まで高める。同時に、魔獣を見つめるグランの目は冷酷なものへと変化していく。そして彼の闘気にあてられたのか、二体のライノサイダーがジリジリと後退った。グランはその様に笑みを浮かべながら僅かに腰を落とす。

 

 

「この二日間分、オレの右腕をくれてやる。その代わり──命はもらい受けるぞ」

 

 

 グランが声を発して直ぐ、その姿が掻き消える。接近するは弐ノ型の歩法、そして使うは自身の刀を砕かれた全てを粉砕する一撃。彼の姿が消えた直後、轟音と共に二体のライノサイダーは突然後方へと吹き飛んで宙を舞った。巨体はそのまま重力に逆らわずに落下し、その衝撃で辺り一帯には地響きが巻き起こる。既に息絶えたのか魔獣が動く気配はなく、よく見ると顔の部分と思われる部位は大きくへこみ、強固なその皮膚は割れて所々剥げていた。そんな目も当てられない姿へと変えた原因であるグランは、直ぐに元の立ち位置へ姿を現す。彼は血によって赤く染まった右手を押さえながら、受け身を取る事なくその場に倒れ込む。

 

 

「っく……血、流し過ぎたか──」

 

 

「グランさん、グランさん!?」

 

 

 全身を襲う痛みによって、グランの意識は徐々に遠退いていく。傍に駆け寄っていたシーダが悲痛な声を上げているが、意識を失った彼に届くことはなかった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 集落に現れた魔獣との戦闘で負傷したグランは、現場に訪れたリィン達によって昨夜使う予定だったベッドの上へと運ばれる。ノルドに住む薬師とエマの手によって即座に治療が施され、その甲斐あってか彼の命に別状はなかった。

 しかし予想外の事態になってしまった事には変わりなく、リィン達は最初、特別実習を続けるべきか悩んだ。結局のところ中断するわけにもいかず、グランの事は任せておけというラカンの言葉に甘えてリィン達は実習課題に取り掛かる事に決める。

 リィン、アリサ、ユーシス、ガイウスの四人は用意された課題をこなすべくテントをあとにするが、エマはグランの傍で彼の看病をする事に決めたのかその場に残る事にした。

 そして時刻は過ぎて現在午前十時。今も規則的に呼吸をして眠っている、額や腕、体に包帯を巻かれたグランの横……そこには椅子に腰を掛けて表情を曇らせるエマの姿があった。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい。私の、私のせいで……!」

 

 

 自分が外で寝かせるような事をしなければ。エマはグランの怪我の手当てをしていた時からずっと、昨夜に自分が行った事を必死に謝っていた。命に別状があるわけではない、時間が経てば傷も回復するだろう。それに今朝の出来事など誰が予想できただろうか。リィン達も皆エマのせいではないと彼女を慰めたが、それでも罪悪感が彼女の心から消えることはなかった。

 

 

「我慢すればよかったんです! 私が、我慢していればこんな事には……!」

 

 

 自身を責め続けるエマの表情は、最早泣きそうなほどに歪んでいた。しかし、自分が泣くことなど許されないと彼女は必死に涙を堪える。泣きたいのは私なんかじゃない、本当に泣きたいのは彼の方だ、と。

 本来ならエマを慰める役目のリィン達も、課題をこなしているためこの場にいない。このままでは彼女は罪悪感と自身を責め続ける事によって心がまいってしまう。

 とうとう限界がきたのか、彼女の頬に一滴の涙がこぼれ落ちる。そしてその時、涙の冷たさと同時に温もりが彼女の頬に触れた。

 

 

「美人が泣いたら、それはそれで絵になるもんだな」

 

 

「ぁ……」

 

 

 エマの頬に触れたのは、包帯を巻かれたグランの手だった。グランが意識を取り戻した事を認識して、彼女の口からは力ない声が発せられる。本来なら喜ばなければいけないはずなのに、エマの心の中には嬉しさよりも恐怖の方がずっと強く漂っていた。

 きっとグランは激しく自分を責めるだろう。仕方ない、悪いのは私なのだから。

 エマは非難の言葉を受け止める準備をした。そしてこの時、ふと先月のバリアハートでの一件を思い出す。グランの正体を知った時、警戒していた自分がまさかこんな立場になるなど思わなかったと彼女は心の中で自嘲する。

 

 

「ありがとな、委員長」

 

 

「……ぇ?」

 

 

 そんな感情だったからこそ、エマは突然彼の口から発せられた言葉に戸惑った。非難ではなく、その言葉は感謝を意味していたからだ。そして彼女の顔を見て笑みを浮かべながら、グランはこう続ける。

 

 

「委員長が外で寝かせてくれなかったら、もっと悲惨な事になっていたかもしれない。礼を言うよ」

 

 

 確かにグランが外にいなければ、魔獣の進撃は止まらず集落が破壊されていた可能性はある。外に出ていた女性や子供達が、今のグランと同じ目かそれ以上の出来事に遭っていたかもしれない。だからこそ、エマの頬に流れる涙を拭いながらグランは笑顔で感謝の言葉を口にしたのだ。彼女は最善の事をした、だから涙を流すなと。

 

 

「どうして、どうしてそんな風に思えるんですか。私は、私は……」

 

 

「何事も良い方向に考えろっての。委員長はオレとの同室を嫌って外に出した事が、今回の発端だと責任感じてるみたいだが……それは自惚れだよ」

 

 

「……えっ?」

 

 

「元々オレには、こんな大怪我しなくても魔獣を倒せる方法はあったんだ。ちゃちなプライドが邪魔して奥の手を使わなかっただけで、だからこの怪我はオレ自身の失態だ」

 

 

 尚も自分のせいだと続けるエマに、グランは本当の事を話す。そう、グランにはわざわざ素手で戦う必要などなかった。テントに置いてある刀とは別に、彼にはもう一つ武器がある。しかしプライドが邪魔して使うことが出来なかった。そのため、結果的に素手による戦闘を選んで大怪我をしただけの事。エマのせいでもなく、これは自分のせいなんだと。

 グランの言葉に救われたのか、エマの表情は僅かに暗みが消える。しかし首を横に振ると再び元に戻ってしまった。どうしても、彼女は自分が悪いという考えを変えないつもりのようだ。

 

 

「しょうがねぇな、ったく。分かった、委員長のせいでオレは怪我をしたよ。だから一つお願い聞いてくれ、それでチャラにしてやる」

 

 

 意外と意固地なエマに、仕方ないとばかりにグランは困り顔で提案する。許してやるから願いを聞けと。

 そして一方で、グランのお願いと聞いてエマには嫌な予感しか思い浮かばなかった。きっと今から大変な目に遭うのだろう。しかし、自分のした事を考えれば妥当な処罰なのかもしれないと彼女は思い至る。

 エマは生唾を飲む。さあこい、どんな無茶な願いでも聞き届けて見せると。そして、グランの口から願い事が話される。

 

 

「眼鏡取ってくれ、そんで思いっきり笑ってくれたら許してやる」

 

 

「……えっ、そんな事でいいんですか?」

 

 

「そんな事じゃない。女の子の笑顔ってのはな、それだけで何物にも替え難い宝物なんだよ」

 

 

 一瞬呆けた後、エマは頬を朱色に染めながら眼鏡を外した。これで罪悪感が完全に晴れる訳ではない。でも、少しは心が軽くなるだろう。そんな風に感じながら、彼女は目に溜まった涙を拭うと、眩しいくらいとびっきりの笑顔をグランに向けた。

 

 

「こう、ですか?」

 

 

「ああ、バッチリだよ」

 

 

 そして、笑顔で返すグランを見つめながらエマは思う。八葉一刀流の使い手は、天然たらしの集まりなのかと。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 グランがエマの看病を受けていた丁度その頃、ノルド高原の集落を遠くから見詰める者がいた。その男は右手に縦笛を握り、ニヤリと口元を曲げる。そしてその視線は、集落の南口で処分されている魔獣達へと移った。

 

 

「『紅の剣聖』……刀を持たずしてこれ程の実力とは恐れ入った。だが、彼もこれで満足に動く事は敵わないだろう。予想以上の成果だ」

 

 

 ライノサイダーが突如集落に侵入した原因を作ったのはこの男だった。男は凶悪な笑みを浮かべながら、後ろで待機している数名の男達へと振り返る。彼は眼鏡をかけ直すような素振りを見せると、男達へ向かって口を開いた。

 

 

「今宵、当初の予定通り計画を実行する……全ては、あの男に無慈悲なる鉄槌を下すために」

 

 

 数名の男達は続けて彼の言葉を復唱した後、眼鏡の男を含めて全員がその場から姿を消していくのだった。

 

 

 




リィンはアリサとこの後良い雰囲気になるし、グランでもそれっぽい感じの事を書きたかったんだよ!後悔はしていない、でも会長の事は忘れてないよ?
えっ?委員長にフラグが立った?何のこれしき、某攻略王に比べたら……因みにこの後グランは委員長に立てかけたフラグをいつもの癖でへし折ります。恋愛って難しいね!

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