紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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受け入れられた過去

 

 

 

 トリスタ駅を出発して数十分、《Ⅶ組》一同が乗車した列車は帝都の玄関口であるヘイムダル駅へと到着した。クロイツェン、ラマール、サザーラント、ノルティアの各州都へ向けて伸びた鉄道網が一同に介するこの駅は、大陸内でも非常に巨大な駅になるだろう。普段は大勢の人々が駅に出入りしているのだが、今朝のこの時間は人も少なく、リィン達がホームを見渡しても疎らである。

 A班、B班は互いの実習での健闘を祈った後、それぞれ実習地に向かうべく別々の列車へと乗り込んだ。グランのいるA班はノルド高原が実習地のため、ノルド行きの貨物列車が出ることになっているルーレ市に向かう列車に乗ることとなった。

 ルーレ行きの列車に乗車して、リィン達六人は三人ずつが向かい合わせに同じ席へ座る。グランは何か考え事をしているのか瞳を伏せて腕を組み、五人はその様子を見て彼の機嫌が悪いと思ったのか、その場が一気に気まずい雰囲気になってしまった。沈黙が広がり、発進を告げる車内アナウンスが流れた後に列車は走行を始める。そして走行する際に発生する軽い振動がリィン達の体に伝わり出したところで、グランは閉じていた目を開くと神妙な面持ちで唐突に話し始めた。

 

 

「皆に、聞いてもらいたい事がある……先日Ⅰ組の貴族生徒がオレに言った、殺人鬼という言葉の真意についてだ」

 

 

 突然彼の口から出た言葉に先日の出来事を思い出し、リィン達は表情を引き締めるとグランを見つめ返した。これから語られる事は恐らく、グランが士官学院に来る以前の過去に関わってくるのだろうと皆は感ずる。

 そして一方で、グランの脳裏には一抹の不安が過っていた。嫌われるかもしれない。これまで以上にリィン達と気まずくなる可能性もある。もしかしたら、過去を打ち明けずにこのまま少しの距離を置いて双方学院生活を過ごしていく方が良いのかもしれない。

 だが、皆と仲間でいるためには話しておくべきだと彼は決めた。五人の視線を一斉に受け、グランは不安を振り払うと意を決して打ち明ける。

 

 

「あの時Ⅰ組の奴が言ったのは大方虫の居所が悪かっただけだろうが、あながち間違いじゃない。士官学院に来る以前、オレは猟兵を生業にしていた。それ相応のミラを支払えば、余程の理由がない限り引き受ける……盗みもしたし、戦場で人を殺したこともある──それが、ここに来る前のオレだ」

 

 

 そして彼は言い切った、自分が非道な行いをしてきた人間であると。これでもうグランは後戻りが出来ない。いや、元より後戻りなど考えていなかっただろう。蔑まれても、罵られても、非難されても彼は受け止めると決めている。これで嫌われたならば、これまで通り一線を敷いて過ごすという心の準備も出来ていた。

 驚きの余り言葉も出ないのか、唖然とした表情で硬直する五人をグランは見渡す。リィン達の反応は無理もないだろう、これが猟兵を目の前にした時の一般的な人々の反応だ。再び生まれる沈黙の中、やはり受け入れてもらうのは無理があったかとグランは諦めたように瞳を伏せる。

 これまでと同じく、一線を敷いて過ごせばいい。後は五人から投げ掛けられるであろう非難の言葉を受け止めるだけだ。そんな風に、彼が非難の言葉を覚悟したその時だった。突然、アリサの笑い声がその場に響いたのは。

 

 

「ふふっ……もう、グランってば真剣な顔して何を言うかと思えば、そんな事だったの?」

 

 

「全く、お前が真面目に話すと違和感だらけで気持ち悪いな」

 

 

「フフ……確かに。グランが真面目というのは少し違和感があるな」

 

 

 アリサが笑みをこぼしながら話すと、同じようにユーシスとガイウスも笑みを浮かべながら続いた。グランにとってはその反応が予想外過ぎて、三人の顔を見渡しながら顔をきょとんとさせている。未だに余り状況が飲み込めていない様子のグランを見て、エマは笑顔を浮かべながら口を開いた。

 

 

「グランさんが猟兵だったとしても、私達にとっては余り関係ありません。今ここにいるグランさんが、私達の知ってるグランさんなんですから」

 

 

「……気に、しないのか? 盗みや人を殺める行為は、義に反する事だぞ」

 

 

 放心状態の中告げられたエマの言葉は、グランにとっては受け入れてもらえたと確信していいほどの嬉しいものであっただろう。しかし、それでも彼には腑に落ちない点があった。彼女達が余りにもすんなり受け入れた事、それがグランには疑問に思えてならない。

 彼には以前過去を話して受け入れてもらえたトワという存在がいるが、あれははっきり言って別格だ。幼い見た目とは裏腹に、彼女は猟兵というものに対する考え方そのものが達観している。エマの物言いを考えると、少なくとも彼女は猟兵という存在自体は余り快く思っていないのだろう。だからこそ、自分の過去を聞いて受け入れた五人がグランには不思議でたまらなかった。そしてそんなグランの心境を察したのか、リィンが彼の顔を見据えながら告げる。

 

 

「少なくとも、俺達の知ってるグランがそんな事をした記憶はない。これから先、グランがもし義に反する行為を行う事があるって言うのなら、俺達が全力で止めてみせるさ。それが……“仲間”って事なんじゃないか?」

 

 

 リィンの言葉に、グランも漸く気が付いた。彼らは、《Ⅶ組》の皆はお人好し過ぎる人間ばかりだったなと。

 人は普通、他人の過去を気にして繋がりを持つものだ。道徳的に考えて何ら問題がない人生ならばいいが、後ろめたい事や世間一般で非道徳的な人生を送っている者とは余り関係を持ちたがらない。世間体、周りの目、そういった社会的な自分の立場を気にしてだ。

 しかし、ここにいるリィン達は違った。過去など関係ない、今が大切なんだと。トワと考え方こそ異なるが、リィン達もまたグランを受け入れるだけの器量は持っており、猟兵という過去を知っても変わらず彼を受け入れる。そして、リィンの言葉からその事実を肌で感じた時、グランの顔には自然と笑みがこぼれていた。

 

 

「ったく。初めてだよ、そんな事を言ったやつは……これからも、よろしく頼む」

 

 

「ああ、こちらこそ」

 

 

「これからもよろしくお願いするわ」

 

 

「ふふ、よろしくお願いします」

 

 

「フ……よろしくと言っておこう」

 

 

「よろしくお願いする」

 

 

 照れくさそうに話すグランへ、リィンを筆頭に各々が笑顔を浮かべながら答えている。不穏な空気で始まるかと思われたA班の特別実習は、実に幸先の良いスタートを切ることが出来たようだ。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 列車に揺れること約四時間。帝都ヘイムダルを出発したA班は、『黒銀の鋼都』の名で知られるルーレ市の駅へと到着した。アリサの実家でもある大陸有数の重工業メーカー、ラインフォルトの本社が構えるこの都市は、帝国北部のノルティア州を治めるログナー侯爵家が住居を置いている事でも知られる。

 列車を乗り継ぐためにホームへ降りた一向は途中、第三学生寮にいたはずなのに何故か先回りしていたシャロンと駅の通路で遭遇して驚きつつ、用意してくれていた昼の弁当を彼女から受け取っていた。アリサはシャロンを見ながらまさかこの先もついてくるのではと彼女に問いかけるが、シャロンはこの後用事があるらしくここで別れるとの事。そしてそれを聞いたアリサは疑問に思う事があったのか、首を傾げながらシャロンに再び問いかける。

 

 

「用事? それって一体──」

 

 

「私が呼んだのよ」

 

 

 アリサが問いかけたその時、彼女の問いに答えるように突然リィン達の耳に入ってきたのは第三者の声だった。コツコツと改札の方から徐々に大きくなってくる足音が駅のホームに響く。首を傾げる一同、しかしその中でもアリサとグランは声に聞き覚えがあったのか怪訝な顔をしている。そして直後に一同の目の前へと現れた眼鏡をかけた金髪の女性はリィン達の前で立ち止まり、その姿を認識して直ぐ、アリサは動揺混じりに驚きの声を上げた。

 

 

「か、かかか……母さま!?」

 

 

「久し振りねアリサ。それとそちらの彼以外は初めましてになるかしら……イリーナ=ラインフォルト、ラインフォルト社の会長を務めているわ。宜しくお願いするわね」

 

 

 腰に手を当てながら堂々とした立ち振舞いで、女性……イリーナはリィン達を見渡した後にそう告げた。その最中、アリサは自分の母親が突然現れた事に驚きの余り開いた口が塞がらない状態で、リィン達はアリサ程ではないが驚きつつも、イリーナの自己紹介の後にそれぞれ同じく自己紹介をしている。そして四人が話し終えたところで唯一自己紹介をしなかったグランが一人前に出ると、イリーナに向かって軽く会釈をして笑みを浮かべた。

 

 

「半年振りでしょうか。お元気そうで何よりです」

 

 

「ええ、カルバードの視察では世話になったわ。機会があればまたお願いするわね……と言っても今の貴方に依頼は無理でしょうけど」

 

 

「はい。士官学院卒業後に、ご縁があればまた」

 

 

 実は士官学院に来る以前、グランは猟兵をしていた時にシャロンの紹介でイリーナの護衛任務を受け持った事がある。二人が交わしている会話の内容はその時の事を言っており、事情を知らないリィン達は傍で話を聞きながら首を傾げていた。

 そんなグランとイリーナの会話も直ぐに終わりを迎え、不肖の娘を宜しく頼むとイリーナが告げるとシャロンと二人その場を立ち去ろうとする。しかし、その直後に去ろうとする二人の足取りを止める者がいた。

 

 

「ふ、ふざけないで! 家出をした娘に、久々にあったっていうのに言いたい事はそれだけ!」

 

 

 突如として駅のホームに響いたアリサの叫び声。普段は優しい彼女が、これ程までに声を荒げるのは珍しかった。怒りとも嘆きとも取れる感情を含んだアリサの叫びを耳にして、後ろに立っているリィン達は彼女の後ろ姿を心配そうに見ている。そして先に立ち止まったシャロンが心配そうな表情でアリサの顔を見つめる中、その声の矛先であるイリーナは足を止めると、振り返って冷静な表情でアリサの顔を見据えた。

 

 

「貴女の人生、自分の好きなようにしたらいいでしょう。あの人のように勝手気侭に生きるのも自由よ」

 

 

「っ……!」

 

 

「それに、貴女の事は学院からの月毎の報告である程度把握してるわ」

 

 

 この時アリサは疑問を抱いた。シャロンが管理人としてトリスタにいる以上、彼女からの報告は恐らくあるだろう。しかし、自分の母親は今学院からの報告だと言ったはずだ。それは一体どういう事なのか、と。そしてイリーナはアリサの表情からその心境を察したのか、言っていなかったと告げるとそのまま続けて先程の言葉の意味を話す。

 

 

「貴女が通う士官学院の常任理事……その内の一人を任されているわ」

 

 

「……え、えええぇぇぇ!?」

 

 

 再び駅のホームにアリサの叫び声が響く。実家から自立するために士官学院へと入学した彼女にとっては、失態とも言える事実を突きつけられるのだった。

 

 

 




パワプロという野球ゲームのマイライフモードで俺TUEEEEをしながらゆっくり書いていたら6日経ってました、ごめんなさい。因みにキャラクターの容姿は銀髪紅眼です、シャアアアッ!

グランの過去、リィン達はすんなり受け入れました。これで実習は無事にいきそうです。でも、そう言えばノルドではケルディックの時と同じで男女一緒の部屋なんだよなぁ……大丈夫だろうか、主に委員長とアリサ。

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