紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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《Ⅶ組》でいるために

 

 

 

 グランがシャロンからこっ酷い仕打ちを受けた三日後の六月二十六日土曜日、トリスタ駅のロビーに《Ⅶ組》の面々が集まった。理由は今月で三度目になる特別実習の指定された場所へ向かうためで、A班にはリィン、アリサ、グラン、ユーシス、ガイウス、エマの六人。B班にはエリオット、マキアス、ラウラ、フィーの四人。A班はノルド高原、B班はブリオニア島と呼ばれる場所で、特にA班の実習先であるノルド高原は士官学院を設立したドライケルス大帝に所縁のある帝国北東の地であり、そして何よりガイウスの故郷でもある。両班とも帝都ヘイムダルまで向かい、そこからそれぞれ別の列車を乗り継ぐ事になるようで、トリスタ駅から出発した帝都行きの列車には《Ⅶ組》全員のメンバーが乗車した。

 A班はグランを除いた五人が向かい合う席に座り、B班も四人が向かい合うように二人ずつ席に腰を下ろしている。B班は会話の中で時折猟兵ならではの発言をフィーがしてしまい、ラウラの表情が険しくなるなどという非常に緊張した空気が漂っており、リィン達五人はその様子を横から見て苦笑いを浮かべていた。しかし彼らもB班の事を気にしている暇はなく、A班の中でも同じように何とも言えない微妙な空気が漂っている。原因は勿論、先日の実技テストで起きたアクシデント、詰まりグランの事だ。

 あの一件からグランの素性を知っているフィーとラウラを除いた《Ⅶ組》の皆はどこか彼と距離を取り、グランもそれを察知してか会話という会話を行っていない。今も《Ⅶ組》の面々が座っている場所から三つほど離れた席にグランは腰を下ろしており、そんな彼に視線を移した後にリィン達は揃ってため息を吐いた。

 

 

「グラン、やっぱりまだ気にしてるのかしら?」

 

 

 ため息をついた直後に、困惑した表情でアリサが口を開く。フィーとラウラの件も含め、アリサはせっかくまとまりかけた《Ⅶ組》に再び暗雲が立ち込めた事を心配していた。

 あれだけの事があり、当事者であるグランが気にしないはずがない。とは言えあの日、何故彼が突然収まりを見せたのか未だにリィン達も分かっていない状況で、その不信感もあってか現在グランと普段通りに会話をしているのはフィーかラウラくらいしかいなかった。しかしそのフィーは肝心なところになると口を閉じ、ラウラも言葉を濁して終わらせてしまうので結局皆がグランの事について知る機会はなく、三日間この状態を引きずっているわけだ。

 アリサの言葉に四人は考えを巡らせ、静かになった車内には列車の滑走する音が聞こえ始める。そして隣の席からマキアスのため息が漏れたところで、リィンが自身の考えを話した。

 

 

「いや、グランの性格を考えると気にしたりはしていないだろう。サラ教官とも今まで通り仲良さげに話をしていたし、気にしていたら《Ⅶ組》の教室にいるのも辛いだろうからな。寧ろ、グランと距離を取っているのは──」

 

 

「俺達、と言うわけか」

 

 

 リィンと同じ考えを持っていたのか、彼の言葉の続きをユーシスが口にした。リィンは頷いて同じ考えだと肯定を見せ、一同の表情は揃って曇りを見せ始める。二人の会話を聞いていたアリサも相槌を打ち、エマとガイウスも同じ事を思っているのか考え込んでいる様子。再び五人の間には沈黙が広がり、今度は横からエリオットのため息が漏れたところでエマが話し出す。

 

 

「否定は出来ませんね……グランさんの事を良く思っていない訳じゃないんですけど」

 

 

「そうだな……決してグランを非難しているつもりはないが、意図せずそういった状況になっているのは認めざるを得ない」

 

 

 エマとガイウスが話しているように、リィン達は決してグランの事が嫌いな訳ではない。日常レベルでセクハラをするグランを女性陣が敵視する事はあるものの、彼の陽気な性格やここぞという時に見せる頼もしい姿は少なくとも《Ⅶ組》の皆も好感を持っているし、頼りにもしている。

 だが、そんな普段の彼だからこそ実技テストの時のグランに対する皆の驚きや衝撃は凄まじいものだった。彼が暴走したあの場は何故か収束する事が出来たが、今度同じ事が起きれば止められる自信があるかと言われればリィン達には全くもってないだろう。グランが良い悪いどうこうではなく、リィン達周りが彼のレベルに合わせる事が出来ないからだ。

 

 

「何かきっかけさえあれば、グランの事も解決出来そうなんだけど……」

 

 

「きっかけ、か……俺とアリサの時みたいにか?」

 

 

「な、何で私達の話が出てくるのよ!?」

 

 

 そしてふと呟いたアリサの言葉に、何とリィンの朴念仁が発動。不意打ちを食らったアリサは頬を朱色に染めて思いっきり目を瞑りながら叫んだ。ユーシスとエマはその様子を見て別の意味でため息をつく事になるのだが、リィンは何で彼らが呆れた表情を浮かべているのかが分からなかった。

 

 

「すまない、何か悪い事を言ったのか?」

 

 

「言ったわよ!」

 

 

「全く、こいつらは幸せな事だ」

 

 

「あははは……」

 

 

「ふむ?」

 

 

 リィンの朴念仁振りにユーシスとエマが呆れたり苦笑いを浮かべる中で、ガイウスはリィンと同じく理由が分からずに首を傾げているのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 帝都行きの列車に乗車して直ぐ、《Ⅶ組》の面々から離れた場所に腰を下ろしたグランは外の景色に焦点を合わせていた。鉄路を囲む雄大な自然に目を向けながらも、彼の頭の中にはその景色は余り入ってこない。

 リィン達がグランとの事で頭を悩ませているのと同じく、彼もリィン達《Ⅶ組》メンバーとの事で少し考えるところがあった。それは実技テストの翌日、導力学の授業の時間に起きたある出来事。その日に教科書を忘れてしまったグランが、隣の席のアリサに見せてもらおうと頼んだ時の事だ。

 

 

──すまん、アリサ。教科書見せてくれないか?──

 

 

──わ、私!? え、ええっと……──

 

 

──ア、アリサさん。グランさんに教科書を貸してあげて、私と一緒に見ませんか?──

 

 

──そ、そうね、それが良いわ。はい、グラン──

 

 

「(これ絶対避けられてるよな……)」

 

 

 余りにも分かりやすい出来事だった。自分が暴走してしまった翌日、しかも教科書を見せてもらおうとしただけで困惑した様子を見せる。それが間違いなく自分と関わる事を避けているというサインにグランは見えて他ならなかった。

 アリサの反応は当然の事であるし、嫌われたとしてもグランや周りがアリサを非難する事があってはならない。当の本人である彼もその事は重々承知しており、事実今のグランは《Ⅶ組》のメンバーと意図的に一線を敷いている。出来るだけ皆が会話をしている放課後の教室なんかは直ぐに退室したり、第三学生寮でも食事時以外は殆ど自室で過ごしていた。

 周りから見たら引きこもりまっしぐらなグランの学院生活。しかし彼はその事を別に苦に思っているわけでもなく、昼休みや放課後は今まで通り生徒会室でアンゼリカと一緒になってトワをからかったり、自室でもトワに鍵をかけられた秘蔵コレクションの棚を何とかして開けようともがいたり、意外にも不満のない生活を送っている。

 だが、それでも全く彼の心に痛みがない訳ではない。少し話し掛けただけでびくつくエリオットや、サラの武術訓練で自分と誰も組みたがらない事は気にしていた。除け者にされているような気がして、それは自分が悪いと分かっていながらもどうする事も出来ない。そんな時間が、彼の学院生活における悩みになっていた。

 

 

「別に、嫌われたならそれでいいんだが……何だろうな、こう胸が苦しくなる感じは」

 

 

 自身の胸中に生まれ始めたそこはかとない痛みに、グランは首を捻る。一人で生きてきた彼だからこそ今までに感じた事のない痛み、しかしその理由にグラン本人は心当たりがない訳ではなかった。それは、四月の特別実習が終わった後にリィンが皆へ告げた一言。

 

 

──同じ《Ⅶ組》で過ごす仲間だからこそ、皆には話しておこうと思ってさ──

 

 

 リィンが自身の身分について明かした時、そんな事を言っていたなとグランは思い出す。『同じ《Ⅶ組》で過ごす仲間』──士官学院に入学してから今現在、グランのリィン達に対して抱いている思いは仲間と呼べるものではなかった。彼らが道を進んで行く姿を横から傍観、時には手を貸して助ける、と言ったどちらかというと同じ生徒ではなく教官達が抱く思いに近いもの。

 必要以上に関わらず、呼ばれたら応えるが自身から歩み寄る事はない。そんな学院の生徒とはかけ離れた達観した姿勢、それが《Ⅶ組》として過ごすグランの姿だった。だからこそ特別実習で危険な場面に遭遇すれば自分が受け持ち、リィン達は無事に帰さなければいけないという考えに至る。先月の実習でその行為を予想外にも反対され、皆の力で乗り越えたのは彼の記憶に新しい。

 

 

「『全員で切り抜けてこそ、意味がある』か……」

 

 

 バリアハートの地下水道で、絶対に反対しないだろうと思っていたフィーから言われた一言。一人で全て解決してきたグランにはフィーのその言葉がとても新鮮なもので、同時に嬉しいと感じた。きっと、これからもそうしてリィン達は問題を乗り越えていくのだろう。一人では出来ない事でも、仲間がいれば必ず乗り越えられると信じて。

 グランがこの先《Ⅶ組》として過ごしていくためには、最低でも仲間として彼らと共に歩まねばならないだろう。そしてその仲間の一人に加わるためには、此度失ってしまったであろう信頼というものを得なければいけない。だがそれを得るための手段の一つは、既にグランの頭の中に浮かんでいた。

 

 

「(少なくとも、ここに来る前のオレについて話しておかないとな……)そうじゃなきゃ、《Ⅶ組》でいるためには公平(フェア)じゃないだろ」

 

 

「どうしたの?」

 

 

 考えを口にしたその時、目の前の席に移動してきたフィーが首を傾げながら腰を下ろした。少しの沈黙が広がって心配そうな表情へと変わる彼女にグランは何でもないと告げた後、フィーに向けていた視線を窓の外に移して再度口を開いた。自身がこの《Ⅶ組》にいるために、今出来る最善の方法を。

 

 

「オレも、少しは過去の事を話しておこうと思ってな」

 

 

「いいの? あんまり過去を話したがらないのに、もしかして今回の事で無理して話そうと──」

 

 

「そうじゃねぇよ、って言ったら嘘にはなる。まあ、それで信頼されるかどうかは別にしてもだ。ただ──」

 

 

「ただ?」

 

 

 再び首を傾げたフィーの視線の先、窓の外を見ていたグランはフィーに向き直ると彼女の頭の上に手を置いた。困惑した表情を見せるフィーの目の前で、グランは笑みを浮かべながら彼女の頭を撫で始める。

 話したところで、皆には信頼されないかもしれない。逆に猟兵だったという事で更に怪しまれる可能性もある。とは言えフィーを受け入れたリィン達がそのような考えを抱く事は九割九分ないだろうが、どちらにせよ彼の望みを叶えるためには必ず話さなければならない。フィーと同じく、グランも《Ⅶ組》で過ごす仲間でいたいから。

 

 

「オレも《Ⅶ組》でいたいって事だ。それに今はこの場所が、フィーすけの家族だもんな」

 

 

「……そっか」

 

 

 理由を聞いた銀髪の少女に、彼の思いを止めるつもりなどない。彼女もまた、グランと再び家族でいる事が出来るからだ。フィーにとっては、大変だったけど楽しかったあの日々に。三年前の、グランが旅団にいたあの頃のように。

 

 

「また、グランの麻婆豆腐食べたいな」

 

 

「よく覚えてたな……機会があったら皆に振る舞ってやるよ」

 

 

「最初に食べるのは私だから」

 

 

「はいはい、つまみ食いでも何でも許してやるよ」

 

 

「ふふっ……」

 

 

 離れた場所で暗い雰囲気を漂わせるリィンやマキアス達とは異なり、二人の座る席はいつしか温かな空間に満ちていた。

 

 

 




因みにグランがアリサに教科書を借りた後の一コマ。

「助かったわ、委員長」

「いえいえ、お安いご用です」

「全く。グランはどうせ、いつものセクハラ発言でからかおうとするつもりだろうし……はぁ、あの子の隣は辛いわね」

はい、という事でちょっとしたグランの勘違いから過去を明かすフラグが立ちました。大丈夫だよグラン、嫌われるどころか皆君の事を心配してくれるいい子達ばかりだから。紆余曲折ありながらも、《Ⅶ組》って本当に良いメンバーですよね。
そしてまたしても6人と4人でバランス悪いですが、ノルドのメンバーにグランが入っているのは理由があります。
決して作者がオリジナル展開にするのを嫌がった訳じゃないよ……(震え声

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