紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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少女の決意と思わぬ再会

 

 

 

──ごめんね……ごめんね、グランハルト──

 

 

「……眠ってたのか」

 

 

 いつの日か、何処かで聞いた覚えのある少女の声でグランは目を覚ます。生徒会室で突然の頭痛に襲われた彼は、そのまま意識を失って倒れてしまっていた。両手の感触を確かめ、感覚が正常に機能している事を確認したグランはゆっくりと体を起こす。視界に収まったのは白のカーテンと幾つかの医療器具。純白のベッドに自身が体を預けている事もあって、グランはここが保健室だと直ぐに理解した。そして彼が横になっていたベッドの側、二つの椅子にはトワとフィーの二人が腰を下ろしている。うつらうつらと小舟を漕いでいた彼女達は、ベッドの軋む音に意識を覚醒させると起き上がっているグランに気付いた。表情を曇らせながら、トワが口を開く。

 

 

「グラン君、大丈夫?」

 

 

「はい……それにしても迷惑かけたみたいですね、重かったでしょ?」

 

 

「……ラウラが運んでくれた」

 

 

「ラウラが……後でお礼言っておかないとな」

 

 

 フィーの口から自分を運んでくれた者の名前を聞き、この場にいない青髪の少女に感謝しながらグランはベッドを降りた。二人はまだ横になっていた方がいいと口にするが、問題ないとグランはカーテンを開けると、机で仕事をしていた保健医のベアトリクス教官に頭を下げてから保健室を退室する。残されたトワとフィーの二人は顔を見合わせた後、グランが無事だった事に安堵のため息をついた。

 

 

「良かった……生徒会室に着いたらグラン君が倒れてるんだもん、ビックリしちゃった。ベアトリクス教官の話だと問題ないみたいだから大丈夫だとは思うけど……」

 

 

「……あのペンダント、トワが暫く預かってて」

 

 

「えっ? あ、グラン君が落としたペンダントの事だよね?」

 

 

「うん……お願い」

 

 

 トワにペンダントの事を託すと、どこか元気のない様子でフィーも保健室を出ていく。フィーの退室していく姿を心配そうに見つめながら、トワはグランの倒れた原因を考えていた。ベアトリクス教官の話によれば、精神的な疲労が倒れた原因のようだが、詳しい事は分からないとのこと。中間テストの勉強を頑張りすぎたという可能性も無くはないが、その辺りはトワも細心の注意をはらって教えていた。あるとすれば、学院生活で何か重荷になるような事を彼が背負っているか、もしくは学院に来る前の彼の過去。猟兵時代に何かあったのかもしれない。暫く頭を捻りながら、やがてトワも生徒会の仕事をするため、生徒会室へ向かうべく歩き始めた。

 

 

「少し心苦しいけど、グラン君の事調べてみようかな……ごめんね、グラン君」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 士官学院の屋外、本校舎の一階入り口前でグランは茜色に染まった空を見上げていた。中間テストの話題で賑わいを見せる、周囲を歩く学生達の声も彼の耳には入らない。今のグランの脳裏には、生徒会室で見たペンダントの写真に写る白髪の少女の事が過っていた。

 

 

「クオン……ちっ、考えただけで頭痛がしやがる」

 

 

 再び訪れた頭痛に頭を押さえながら舌打ちをする。気にはなるが、あの少女の事を考えただけで頭痛が再発して止まない。とは言え頭痛というデメリットを払ってまで、今のグランにはそこまで記憶の片隅に存在する少女の事を思い出そうとする必要性が感じられなかった。忘れる程の存在なら、自分にはさして重要な人物でもないだろうからだ。それだけなら少女に対する疑問を忘れて終わってもいい。だが、グランには他に気になる事があった。

 

 

「何なのかねぇ。クソ親父とシャーリィを無性に殺りたくなってくるんだが……」

 

 

 少女の事を考えると同時に、自身の家族に対して沸々と沸き上がってくる殺意。それも、無意識に刀を抜刀してしまう程に。グランの様子に気付いた周囲の学生は突然の事に動揺し始め、グランも辺りの異変に気が付くと頭を抱えながら右手に握りしめていた刀を納刀する。いつから自分はこんなに理性的では無くなったのかと思いながらも、自身の体を廻る血を思い出して仕方ないのかもしれないと考えに至った。

 

 

「(考えても仕方がない。それに、無理に思い出す必要もないだろ……)いやー、今日はいい天気だなぁ!」

 

 

 結局は白髪の少女の記憶を忘れる事に決め、何もなかったかのように周囲の生徒達に声を上げながらグランは歩き出した。学生達も彼の陽気な声に安心したのか、笑いながら再び中間テストの話題を広げ始める。そしてグランがトリスタの町中に伸びる坂道を下り始めた所で、後ろから彼に向かって突然声を掛ける者が現れた。

 

 

「思ったよりも元気そうで安心したぞ」

 

 

「……ラウラか、さっきは世話になったな」

 

 

 部活に顔を出してからの帰りなのか、ラウラは立ち止まったグランの横に並ぶ。保健室に運んでくれた事のお礼をグランが述べた後、気にしなくていいとラウラが返して両者は再び歩き始めた。そのまま二人は無言で歩き続け、トリスタの町へと足を踏み入れる。元気に町中を走り回る子供達をかわしながら、やがて町にある喫茶店に差し掛かった所でラウラが唐突に話し出した。ずっと知りたかった、グランの事について。

 

 

「そなたは……何故猟兵になる事が決まっていたのだ?」

 

 

 歩みを止め、神妙な面持ちで問い掛けたラウラの言葉には、一切の飾り気などなかった。ラウラらしいとも言える真っ直ぐな質問、グランはやはりラウラが生徒会室での話を聞いていたんだなと今まで敬遠されていた事に納得する。そして問い掛けの内容は、グランが何故猟兵をしていたのか、ではなく、何故猟兵になる事が決まっていたのか、というもの。恐らくサラあたりが話したんだろうと踏みながら、先の貸しもあってグランは質問混じりに返した。

 

 

「じゃあ一つ聞くが、ラウラはどうして剣を取った?」

 

 

「そんな事は決まっている。レグラムに住む民を守るために──」

 

 

「悪い、質問を変えるぞ。ならどうして守るための手段に剣を、アルゼイド流を選んだ?」

 

 

 これほど分かりきった問いがあるだろうか、とラウラは思った。グランの表情を見るに、彼は質問の答えを既に知っている。と言うかこれについてはラウラの家系を考えれば誰だって分かることである。アルゼイドの家に生まれ、父は『光の剣匠』と謳われる帝国きっての剣豪。それ以上の理由はないとラウラは話し、同時に彼女は質問の流れで先の問いの意図を理解した。今の問いを、グランと猟兵に当てはめれば自ずと答えが出てくる。

 

 

「もしや、そなたの父君は猟兵なのか?」

 

 

「……ああ。それも猟兵の中では知らない奴がいない程、最凶最悪のクソ親父だよ」

 

 

 グランの父親が猟兵であれば、サラの言っていた事が必然的に当てはまると踏んだラウラの考えは正しかった。生まれた時から父親の背中を見て育ったラウラからしてみれば、グランが父親と同じ猟兵の道に進んだ事も当然だと理解する。しかし、それにしては腑に落ちない点が彼女にはあった。

 

 

「……そなたは、父君の事を余り良く思っていないようだな」

 

 

 今しがたグランが言ったクソ親父という発言は、明らかに敬意を示す言葉ではない。どちらかと言うと拒絶、否定の方が正しいのではないだろうか。父を敬愛して同じ剣の道を歩み始めたラウラにとって、猟兵という父を忌み嫌ったグランが同じ猟兵になった事が理解できなかった。そして、彼女はサラの言葉を思い出す。

 

 

──猟兵はね、グランにとって都合が良かったのよ──

 

 

 自身を鍛えるためにグランは猟兵を選んだとサラは話していた。父親と同じ猟兵という道、時には嫌でも顔を合わせることがあるだろう。それほどまでに強さを求める理由とは、果たして何があるだろうか。考え出したこの時、不思議にもラウラの頭の中でグランの目的と彼の父親という存在が結び付いた。そして、彼女はグランが強さを求める理由を知ってしまう。

 

 

「っ!? まさかそなたの目的とは、父君の事を……」

 

 

「どんだけ勘が鋭いんだよ──まあいい、知られたところで何があるって訳でもないしな」

 

 

 驚愕に染まるラウラの表情を見て、グランは彼女が答えに辿り着いた事を察した。頭を抱えながら、止めていた足を再び動かし始める。そのままグランが第三学生寮に入っていくまで彼の後ろ姿を見つめていたラウラは、怒りとも悲しみとも取れる感情を胸に抱きながら、両の手を握り締めて顔を俯かせていた。

 

 

「父と子が争うなど、そのような悲しい事があっていいはずがない。グラン、そなたの身に何があったのかまでは分からぬ。だが、それでも──」

 

 

──私はそなたを、止めて見せるぞ──

 

 

 固い決意を秘めたその瞳は、閉じられた第三学生寮の扉の先を見据えている。いつしか彼女のグランに対する感情は、軽蔑ではなく、同じ剣の道を歩む大切な仲間に向けるものへと戻っていた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「お帰りなさいませ、グラン様」

 

 

「あ、ただいま。シャロンさん元気そうですね」

 

 

「はい、グラン様もお元気そうで」

 

 

 第三学生寮に戻ったグランは、目の前で笑顔を浮かべる見慣れない紫ショートヘアーの美人なメイドと普通に会話をしていた。そして何事もなかったかのようにその場を通りすぎようとするグランだったが、シャロンと呼ばれたそのメイドはガシッとグランの腕を掴んで彼の動きを制す。必死に抵抗して逃れようとするグランだったが、結局逃げることが出来ずに抵抗することを諦めて振り返った。

 

 

「──何でここにいるんすか、シャロンさん」

 

 

「グラン様ったら、てっきりわたくしの事を忘れてしまわれたのではと、シャロン不安になりましたわ。しくしく」

 

 

「会話が成立してねー」

 

 

 グランの腕を掴んでいた手を離して泣き真似を始めるシャロンを見ながら、グランは頭を抱えていた。直ぐにシャロンも泣き真似を止めると、元のにこやかな笑みを浮かべてそんなグランを見ている。二人の関係性は分からないが、先程のやり取りを見てもシャロンの方がグランよりも一枚も二枚も上手なのだけは理解できた。当のグランもこの人には敵わないと呟いた後、同じく笑みを浮かべる。

 

 

「最後に顔を合わせてから、半年くらいは経ちましたかね」

 

 

「はい。グラン様のお顔を拝見する事が出来ず、シャロンは寂しゅうございました」

 

 

「オレは全然これっぽっちも寂しくなかったです」

 

 

「あら、ほんの少し見ない間にグラン様は冷たくなられましたわ。わたくし悲しいです、しくしく」

 

 

「はぁ……冗談ですよ」

 

 

 またしても泣き真似を始めるシャロンを見ては、ばつの悪そうな顔をしてグランが頭を掻く。冗談と分かっていながらこうして泣き真似をしたり悲しそうな表情を平気で浮かべるシャロンは、からかうことを日常として過ごしているグランにとっては天敵と言っても差し支えなかった。グランがため息をついた後、やはりシャロンはにこりと笑顔で返している。

 

 

「それにしても、グラン様は以前と比べて随分と柔らかくなられたようで……シャロンの見ない間に何かあったのですか?」

 

 

「どうでしょうか。今いる場所は居心地も悪くないですし、もしかしたら学院生活が影響してるんですかね?」

 

 

「あらあら、それは大変素晴らしい事ですわ。グラン様もとうとう恋路に目覚めてしまわれたのですね」

 

 

「何でそう解釈するんですか……」

 

 

 いつの間にかグランがからかわれる側に変化しており、クスクスと笑うシャロンを見ながら本当に敵わないなとグランは改めて感じる。この日から、学院の女性達に対してのグランのセクハラ発言が大幅に減ったとかなんとか。

 

 

 




ラウラの葛藤終了のお知らせ……シリアスなんてなかったんや!でも今度はグランがラウラの事を避けちゃいそうです。フィーとラウラについては……やっぱり四章で解決するのかな?

そして遂に、遂に!シャロンさん登場ということでグランはからかう側から弄られる側へと変化していきそうです。

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