紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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第三章ーー迷いの日々の始まりーー
中間テストに向けて


 

 

 

 特別実習を終えて約二週間後。六月を迎えてからのトリスタの町は、珍しく長雨が続いている。じとりとした空気は人々の気分を憂鬱にさせ、その影響ではないが現在《Ⅶ組》の雰囲気は余り良いものではなかった。《Ⅶ組》に陰りが見え始めたのは先月の実習が終わってからなのだが、一番考えられるユーシスとマキアスの仲は良好とまではいかないものの良きライバルといった感じに変化しており、原因は二人ではない。原因なのは、グラン、フィー、ラウラの三人。先月の実習中、グランとマキアスがまだ地下牢に捕らえられていた時、バリアハートの地下水道にてフィーがリィン達に過去を明かしていた。士官学院に来る前、自分は猟兵団にいたと。実習終了後、士官学院に帰ったA班とB班はそれぞれ実習での情報を交換したのだが、フィーの過去に関する話が出たときにラウラのフィーに向ける視線が変わったのだ。そして何か軽蔑して見るようなその視線は、同じくグランにも向けられていた。グランはラウラに自分の過去を知られているなどと思ってもみないのでその理由が分からなかったが、フィーは直ぐにラウラの視線が変わった理由を察した。一般的に認識されている猟兵という存在、そしてラウラの性格を考えれば自ずと答えは見えてくる。ユーシスとマキアスの時ほど明らさまな嫌悪は表に出さなかったが、その変化は確実に《Ⅶ組》の雰囲気を重いものへと変えていった。そして今日もまた、その何とも言い難い雰囲気のまま《Ⅶ組》は授業を終えてホームルームを迎える。教壇に立つサラは、特に気にした様子もなく話し出した。

 

 

「さてと、明日から中間テストに入るわけだけど……教頭に嫌味を言われない程度には頑張って頂戴ね。今日はまだ昼過ぎだし、学院に残って勉強をしても、寮に戻って自由に過ごしても良いわよ」

 

 

 かねてより告知されていたイベントである中間テスト。学年毎に個人別の順位が掲示され、クラス別の平均点なんかも発表される。成績も良く、割りと勉強を苦に思っていないメンバーが多い《Ⅶ組》は特に心配ないだろう。勉強が苦手な部類に入るフィーはエマに教えてもらいながら頑張っているし、グランもよく顔を出しにいっている生徒会室で、中間テストの時期が近付いた頃からトワに手伝ってもらっていたりする。寧ろ心配なのは、中間テスト以外の事だ。

 

 

「……ま、色々あるみたいだけど頑張んなさい。委員長、号令お願い」

 

 

「は、はい! 起立……礼」

 

 

 どうやらサラも担任として、少しは《Ⅶ組》の現状を気にかけていたらしい。励ましの言葉を述べた後、号令が終わると教室を後にする。そんなサラの背中を見送った後、一同は教室の中心へと集合した。各々は明日の中間テストに備えて復習しておきたい科目を話し、教えて欲しいだとか設問を手伝ってくれ等意見を述べながら何組かのグループを作る。そしてエマとフィーの二人と試験勉強を行う事を決めたアリサが、メンバーの中で一人だけ溢れていたラウラへ気付いて声を掛けた。

 

 

「ラウラ、良かったら私達と一緒にやらない?」

 

 

「……いや、少々個人的に復習しておきたい科目があるのでな。失礼する」

 

 

 しかしラウラは一瞬フィーの顔を見た後に、せっかくのアリサの誘いを断った。フィーがいなければ受けたのであろう。アリサは少し心配そうな顔でラウラを見ており、その様子にはグランも気付いた。多分断られるだろうと思いながらも、グランは教室を退室しようとしているラウラの背後に声を掛ける。

 

 

「ラウラ、お前もトワ会長の所で一緒に勉強しないか? 会長教えるの結構上手いぞ」

 

 

「余計な気遣いは無用だ。それよりもそなたは自分の心配をした方がよいのではないか?」

 

 

「……ごもっともで」

 

 

 やはりグランの誘いも断ると、ラウラはそのまま教室を退室。グランは両手を上に挙げて首を振っていた。そしてラウラのいなくなった教室で、リィンがふとグランに問い掛ける。ここ最近、何かラウラを怒らせるような事を仕出かしたんじゃないかと。

 

 

「んな事言われてもな、思い当たる節がこれっぽっちも無いんだよ」

 

 

「俺には思い当たる節がありすぎて特定に困るがな」

 

 

 頭の後ろで手を組んで話すグランに、横からユーシスの鋭い指摘が炸裂する。この時他のメンバーがユーシスの言葉を聞いて、一様に首を縦に振ったのは仕方がないだろう。それだけ普段のグランは信用に欠ける言動を取っているという事だ。しかしもしそれが理由なのであれば、ラウラのグランに対する態度は《Ⅶ組》が発足してから常に現在と同じ筈である。当初は仲も悪い方ではなかったし、四月の実習以降二人の仲は良好だった。それを知っている一同は、やはりラウラの態度が変わった理由が分からないと話す。そんな中、突然フィーがグランの顔を見上げながら口を開いた。

 

 

「もしかしてバレたんじゃない?」

 

 

「バレたって……そういうことか」

 

 

 フィー以外のメンバーは何の事を言っているのか分からずに首を傾げているが、グランはフィーの言葉の意味を理解する。先月、グランはラウラから逃れるために駆け込んだ生徒会室でトワに自分の過去を少しだけ明かした。士官学院に来る前は猟兵として生活をしていた事を。その時にラウラが部屋の外から話を聞いていた可能性は十分に有り得るし、思えばあの時からラウラはどこか自分を避けていたなとグランは考える。

 

 

「だったらオレにはどうしようもないな……アリサ」

 

 

「どうしたの?」

 

 

「もし良ければだが、ラウラと一緒にいてやってくれないか? 流石に一人は寂しいだろうからな」

 

 

「グラン……ええ、私は大丈夫よ」

 

 

「それじゃ、よろしく頼むわ」

 

 

 アリサにラウラの事を託した後、グランはトワの所へ向かうべく教室を後にする。グランが教室を出てから一瞬室内は静寂に包まれるが、エマがフィーに先程のやり取りを問い掛ける事でその空気は破られた。

 

 

「フィーちゃんは、何か知っているんですか?」

 

 

「知ってるけど、私からは話せない。グランがいつか話すと思う」

 

 

「結局、俺達には見守る事しか出来ないようだな」

 

 

「うん……」

 

 

 フィーにはこの事について話す気が一切ないらしく、ガイウスの言う通り皆には見守る以外に出来る事は殆どないだろう。エリオットが困った様子でガイウスの言葉に頷く隣では、両腕を組んだマキアスがグランの退室していった教室の扉を見ながらやはり心配そうに表情を曇らせている。

 

 

「グランには先月の実習で助けられたからな。僕としても力になってやりたいんだが……」

 

 

「……いや、ガイウスの話す通り現状は見守るしかないだろう。俺達は俺達で、今は明日の中間テストに備えよう」

 

 

 マキアスの言葉にリィンが続き、一同はそれに頷くとそれぞれ教科書を手に取り始める。そして各自がグループごとに教室を退室していく中、エマと一緒に教科書の準備をしているフィーの横にリィンが近寄った。二人はリィンの顔を見上げる。

 

 

「フィーも何か悩み事があったら遠慮なく相談してくれ。猟兵だったとしても、フィーはフィーなんだからな。ラウラも、それはきっと分かってる筈だ」

 

 

「そうですね。どんな過去があったとしても、フィーちゃんはフィーちゃんです」

 

 

「……ありがと」

 

 

 どこか照れ臭そうに顔を背けるフィーを、リィンとエマの二人は微笑みながら見ていた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 士官学院の本校舎一階には、教官達が事務仕事を行うための部屋、教官室がある。現在は中間テストの準備の真っ只中であり、教官達は忙しなく室内を歩き回っていた。《Ⅶ組》の担任である、サラを除いて。彼女は忙しそうにしている他の教官達を自分の席に座って見渡しながら、この昼過ぎにもう眠気が襲っているのか盛大に欠伸をしていた。そんな彼女の背後を歩いていた金髪の男性教官、同じ《Ⅶ組》の副担任を務めるナイトハルトがわざとらしく咳き込んだ後に口を開く。

 

 

「バレスタイン教官、間違ってもここで寝ないように。そして手伝う気がないならさっさと退室してもらえると助かる」

 

 

「やれやれ、これだからお堅い軍人さんはや~ねぇ。こう、心にゆとりってものを持てないのかしら?」

 

 

「貴女の場合はゆとりを持ちすぎだ。少し忙しいくらいが、人は有意義な時間を過ごせるというもの」

 

 

「私は少しゆとりがあるくらいの方が良いと思うけど」

 

 

「とにかく、用がないならさっさと──ん?」

 

 

 若干の口論になり掛けた時、ナイトハルトは自分達に向けられている視線に気付く。それは周りの教官達ではなく、教官室の入口からくるものだった。そして視線の主は、二人が担任するクラスの一人であるラウラ。サラが声を掛けるとナイトハルトはやれやれと首を振りながら自分の席へと座り、教官室の入口にいたラウラも入室を促されてサラの元へと近付いてくる。

 

 

「すみません。サラ教官も今はお忙しいと思ったのですが、どうしても聞きたい事があって伺いました」

 

 

「アルゼイド、バレスタイン教官は昼寝をする程にお暇なようだ。試験勉強の一つでも見てもらうといい」

 

 

「余計な事を言わない……それで、私に聞きたい事って何かしら?」

 

 

「その……グランの事で……」

 

 

 周囲の目を気にしながら口ごもるラウラを見て、サラは笑みを浮かべると彼女の肩に手を置いた。ラウラの困惑した視線を受けたサラはその場で立ち上がり、親指をくいっと窓の外へと向ける。

 

 

「ちょっと外で話しましょうか」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 本校舎一階の裏手、中庭に設置されているベンチにサラとラウラは傘を差して座っていた。気持ちのいい風が二人の肌をなぞる……とはいかず、雨によって湿り気を帯びた風はどちらかというと不快感をもたらし、サラは場所の選定に失敗したと口にしながらわざとらしく笑みを浮かべている。その後に生まれる沈黙。流石に二人も雨音を聞きにきた訳ではないので、サラが用事を催促し、少しの間を置いてラウラが話を切り出した。

 

 

「グランは、グランは何故猟兵をしていたのでしょうか。『剣聖』の称号まで得た彼が、どうして猟兵のような仕事を……」

 

 

 深刻な顔を浮かべ始めたラウラは、今までずっと抱えていた悩みの種を明かす。それは他でもなく、グランの過去に関するもの。一般的に猟兵とは忌み嫌われる存在であり、隣国のリベール王国に至っては猟兵の入国を禁止しているほどだ。ミラさえ支払えば、人殺しだろうと窃盗だろうと平気で行う連中。グラン程の実力がありながら、そのような輩に成り下がる理由が分からないとラウラは話す。一通りの話を聞き終わったサラは、成る程と呟いた後にラウラの顔を見据える。

 

 

「猟兵はね、グランにとって都合が良かったのよ。強くなるための一番の近道は実戦。常に戦場と隣り合わせの猟兵は、グランの目的に一番近かったってわけ」

 

 

「八葉を修めても尚、グランは強くなるために猟兵の道を選んだというわけですか? 私にはその考えが理解出来ません。強くなるために人の義に反するなど……」

 

 

「一応グランの名誉のために言っておくけど、あの子は自ら猟兵の道を選んだ訳じゃないわよ?」

 

 

 ここでラウラは首を傾げる。グランにとって都合の良かった猟兵という道。なのに自らその道を選んだ訳ではないとはどういう事だと。明らかな矛盾、そして次にサラが口にした言葉に、ラウラは更なる疑問を抱く事になる。

 

 

「──グランはね、産まれた時から猟兵になる事が決まっていたのよ」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 同時刻、教室を出たグランは学院の中庭で自分の話題が上がっている事など知るはずもなく、学生会館の生徒会室にて試験勉強を行っていた。ソファーの前のテーブルには様々な分野の教科書が広げられ、グランが座っている隣には生徒会長のトワも同じく腰を下ろしている。生徒会の事務仕事の合間に、休憩がてらトワはこうしてグランに毎日勉強を教えていた。

 

 

「じゃあ今度はここ。救護に関する項目だね」

 

 

「任せてください。こう見えて人助けとか得意なんですよ」

 

 

 何故か自信満々にそう話すグランの様子に笑みをこぼしながら、トワは教科書を読み上げる前に先にグランへ質問を問い掛ける。人助けが得意なのであれば、恐らくは分かるだろう問題を。

 

 

「例えばグラン君が生徒会室に来て、部屋の中で私が倒れているのを見つけました。グラン君はどういう順番でどんな行動を取りますか?」

 

 

 にこりと微笑みながら問いを述べるトワ。因みにこの質問の答え、最初に行う行動は近くに駆け寄って意識の確認をするのが正解。自分で得意だと言っていたし、これくらいは大丈夫だろうと彼女はグランの回答に少し期待をしていた。しかし、その期待は直ぐに外れる。

 

 

「──人工呼吸です」

 

 

「何で直ぐにキスしようとするかな、もう!」

 

 

 トワは顔を真っ赤に染め上げると、目の前に顔を近づけるグランに応急措置の何たるかを叩き込むのだった。

 

 

 




第三章、始まりました。そしてやっとトワ会長が出せた……会長可愛いよ会長!因みにここまでの勉強風景は割愛させて頂きました。グランが間違える度にトワが頭を抱える姿を繰り返し繰り返し……需要ありませんよね?

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