紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

3 / 108
《Ⅶ組》発足

 

 

 

 巡り合わせというのは不思議なものだ──グランはフィーと二人でダンジョン区画を進みながら、そんな風に感じていた。一人物思いに更けるグランを、フィーは横目に見ながら首を傾げている。そんな二人の進むペースは割りと早く、ダンジョン区画は残り半分を切っていた。その間遭遇した魔獣は二人にとっては足止めにもならない。早急に片付け、現在はあと少し歩けばここを抜け出せるとこまで進んでいた。あと少しか、とグランが呟いたその時、二人の耳に魔獣のものと思われる叫び声が聞こえてくる。

 

 

「魔獣が殺られた?」

 

 

「恐らくな。他の奴等が先にいた魔獣を仕留めたんだろう。しかし、これは──」

 

 

「どうしたの?」

 

 

 突然グランが立ち止まり、それを疑問に感じたフィーが顔を上げると、険しい表情を浮かべて鞘から刀を抜刀するグランが視界に入った。グランはそのまま一直線に駆け出し、急な事態にフィーがその後を急いで追いかける。残りの一本道を通り抜け、奥に階段がある部屋に辿り着くと、そこでは満身創痍の他のメンバーが肩で息をしながら一体の大型魔獣と戦闘を行っていた。対峙している魔獣は背中に翼を生やし、強固そうなその皮膚は耐久力の高さを思わせる。先程二人の耳に入った魔獣の声は断末魔のようなものだった。傷が浅いところを見ると、発したのはこの魔獣ではない。ということは……

 

 

「おいおい、あれを二体相手にしてたって訳か……ならこいつの始末はオレ達がつけないとな。行くぞフィーすけ、オレに合わせてくれ!」

 

 

「任せて!」

 

 

 両者が高速で駆け出し、メンバーの間を通り過ぎると各々の驚いている様子に目をやることもなく、そのまま魔獣の両サイドに回り込んでそれぞれ武器を構えた。その様子に、代表でリィンが声を上げる。

 

 

「待ってくれ! 二人では危険すぎる……!?」

 

 

 リィンの制止に耳を傾けることなく、グランは魔獣の上に跳躍し、続けてフィーが少し高めに同じく跳躍。魔獣の真上に差しかかったところで二人の体が重なり、フィーはグランの背を踏み台に更に高く飛び上がると、グランはその反動で先程フィーが立っていた場所へと着地する。そしてフィーは空中に漂いながら魔獣へと銃剣の先を向け、射撃の準備が整った。目線も向けず、それを察したグランは空中のフィーへと叫ぶ。

 

 

「連撃で仕留めるぞ!」

 

 

「ラジャー!」

 

 

『紅妖疾風撃!』

 

 

 空中からフィーによる連続射撃、合わせてグランが超高速で魔獣の周りを幾重も駆け抜け、次々とその体に斬撃を叩き込む。完成されたコンビネーションは、魔獣の翼に幾つもの穴を明け、胴体を斬り刻み、その巨体に過剰とも言えるダメージを与えた。両者の連携が決まり、グランが立ち止まったその背後にフィーは着地する。そして魔獣の断末魔を前奏に、二人は口を開いた。

 

 

「『西風の妖精(シルフィード)』は健在だな」

 

 

「『閃光(リューレ)』もね」

 

 

「今は『(あか)』のグランだ」

 

 

 他のメンバー達が唖然とする中、魔獣は消滅し、振り返ったグランとフィーは互いにハイタッチを交わす。嬉しそうにピースサインをしているフィーだが、一方グランは不思議そうに呟く。それは、今の戦闘中に感じたとある感覚。

 

 

「しかし、久々の連携のわりには、フィーすけの動きが手に取るように分かったが……」

 

 

「うん、私も」

 

 

──それが、《ARCUS》の真価ってわけね──

 

 

 突然の声。全員が見上げた先、階段の上には皆をここに突き落とした張本人──サラが笑顔で立っていた。リィンや他のメンバーが階段を下りてくるサラに疑惑の視線を投げ掛ける中、正面まで移動したサラはにこにこと笑顔を浮かべ、拍手をしながら口を開く。最後は友情とチームワークの勝利よねー、とか言っているが今皆が聞きたいことはそれではない。リィンが皆の代わりに、その疑問を問い掛ける。

 

 

「教えてください、サラ教官。俺達が戦った時に感じた、不思議な感覚。そこの二人もそうみたいですが、これは一体……」

 

 

 サラは真剣な表情に切り換えると、その問いに答えた。《ARCUS》の機能、『戦術リンク』と呼ばれるそれは、持つもの同士を深く繋げ、互いの動きが手に取るように分かるという想像以上の物だった。戦場において、感覚のみで互いの動きを察し連携をとれるなど、通常はあり得ない。この機能が取り入れられたとなれば、それは最早戦場の革命とも言える。とは言え《ARCUS》は未だ試験段階で、実用には様々な課題があった。サラは続ける、その為に君達は選ばれたのだと。

 

 

「そしてトールズ士官学院は、《ARCUS》の適合レベルが高い数値を示した君達十人を選出した。《Ⅶ組》は、その為に作られたのよ」

 

 

 でも、とサラは続けて話す。これは強制ではないと。《Ⅶ組》のカリキュラムは他の同学年のクラスと比べてキツいし、何よりこのクラスは身分に関係無く集められている。階級制度のあるエレボニア帝国において、貴族と平民が同じクラスで過ごすのは抵抗があるかもしれない。それに予算の都合上、途中下車は出来ないらしい。

 

 

「だから、ここで改めて聞かせて欲しいの。《Ⅶ組》でやっていくか、それとも元々振り分けられる筈だったクラスに行くか。選択権は君達にある」

 

 

 長い説明を終え、サラは改めてメンバーに問う。《Ⅶ組》として過ごす意思、やる気があるかどうか。今後の学院生活において重要な選択でもあるため、皆暫く考えるだろう。そう思っていたサラだったが、彼女のその声に早々と答えたのはリィンだった。

 

 

「リィン=シュバルツァー、参加させてもらいます」

 

 

「ふぅん、どうやら事情がありそうだけど……」

 

 

「いえ、我が儘を言って行かせてもらった学院です。自分を高められるなら、どんな場所でも構いません」

 

 

 リィンの宣言に、ならば、と青髪の少女も続く。

 

 

「ラウラ=S=アルゼイド、《Ⅶ組》に参加させてもらう。元より修行中の身。此度のような試練、望むところだ」

 

 

 そしてガイウス、エリオット、三編みの少女──エマ=ミルスティン、金髪の少女、アリサ=Rも続いて参加を宣言。ユーシスとマキアスも一悶着ありながら、それぞれ参加を決める。残るはあと二人。

 

 

「どうするの? グランもフィーも、自分で決めなさい」

 

 

「めんどいから参加でいいわ」

 

 

「私も」

 

 

 後頭部で両手を組ながら、どうでも良さそうに話すグランとフィー。この二人にとってクラスは何処だろうとあまり関係ないのだろう。まぁ、グランはサラのいる手前、断ったら導力銃が飛んできそうだからという理由もあった。フィーは恐らくグランが参加したから、というのが本当だろう。

 

 

「これで全員参加っと……」

 

 

 サラは全員が参加を決めたことに嬉しそうに頷くと、一年《Ⅶ組》の発足を宣言する。これからビシバシ鍛えていくわよ、というサラの声に苦笑いを浮かべる一同。そして最後に、グランが思い出したように声を上げる。

 

 

「そうだサラさん、ご褒美のチューは?」

 

 

「はぁ……」

 

 

 フィーの深い溜め息と、その他全員のジト目がグランへと向けられるのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 その日の夜、トリスタの街中に建っている第三学生寮の一室にて、頭を悩ませるグランとリィンがいた。話の内容は、ダンジョン区画に落ちた時にリィンがアリサの下敷きになって、胸へと顔を埋めてしまったこと。リィンの話では、庇おうとしたつもりが何故かあんな風になったということらしい。勿論悪気はなく、アリサの方もそれは知っているだろうとエリオットも話していたし、きっと直ぐに仲直り出来ると思っていた。それで先程アリサに謝ろうと部屋を訪れた際、その事態は起きてしまう。

 

 

──アリサ、ちょっといいか……? その、入るぞ?──

 

 

 ノックをしても部屋の中からアリサの応答はなく、リィンは断りを入れると扉を開けてアリサの部屋へと足を踏み入れる。そしてやはりアリサは部屋にいたみたいなのだが、これがリィンの宿命なのか。視線の先、白い下着姿のアリサがリィンの顔を見ながら顔を真っ赤に染めていた。

 

 

──い、一度ならず二度までも……──

 

 

──いや、決して、その……すまない──

 

 

 

 

 

 

「リィン、お前わざとやってないか?」

 

 

 リィンの話を聞いたグランが、率直に抱いた感想だった。着替えの最中に鍵をかけていなかったアリサもアリサだとはグランも思ったが、にしてもタイミングがよすぎるだろうとグランは呆れていた。一応リィンは真剣に悩んでいるようなので何とかしてやりたいグランだったが、結局のところ当人達で解決するより他ない。

 

 

「はぁ……」

 

 

「まぁ、そう落ち込むなよ。今回のことに関しては、オレからもそれとなく言っておくし」

 

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

 そしてグランは、今からサラと約束があるということで椅子を直そうと立ち上がるが、その時棚に置いてある一枚の写真が目に入る。そこにはリィンの両親と思われる人物と、黒い長髪の清楚な少女の姿が写っていた。

 

 

「へぇ、人が良さそうなご両親だな。この子はもしかしてリィンの妹か?」

 

 

「あぁ、エリゼって言うんだ。そういえば手紙を出さないとな……グランはその、妹とかいるのか?」

 

 

「──いるよ。殺したいほど憎い、妹がな」

 

 

「えっ……!?」

 

 

 ほんの一瞬だが、グランから感じたとてつもない殺気にリィンは息を飲む。直ぐにそれは収まり、当のグランは冗談だ、と呟くと部屋をあとにした。その時グランの懐からなにか落ちたが、グランは気づくことなくそのまま出ていき、階段を上がる音が聞こえてくる。リィンはグランが落としたその金属製のアクセサリーを拾うと、下部についている突起部分を押してフタを開く。そして中に埋め込まれた写真には、白い長髪の十才程の少女が写っていた。

 

 

「もしかして、この子がグランの──」

 

 

 あの時一瞬感じた殺気は本物だった。グランにどのような事情があるのか、この少女と何があったのかは知らない。でも、いつか話を聞いて少しでもグランの力になれたらいいな……今日相談にのってくれたお礼に、とリィンはそのアクセサリーを机の上に置いて、着替えを始めるのだった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。