紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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和解と濡れ衣

 

 

 

──ロイス! べ、便器をもてぇぇ~!──

 

 

 貴族街の一角にて、建物の中から男の情けない声が響き渡る。バリアハートの街中を散策したいというグランの言葉によって貴族街を訪れていたリィン達は、不意に耳へと入った今の声に聞き覚えがあった。確か先日の半貴石の依頼の時、樹精の涙(ドリアード・ティア)を横取りした貴族の男の声だとマキアスが思い出す。建物から出てきた男性に何があったのかを訊ねると、この家に住む男爵位の男がお腹を下して大変な状況になっているという事らしい。事態を察したリィンは、今も苦しんでいるであろうその男の声が聞こえた部屋の窓を見上げると、苦笑いを浮かべて口を開いた。

 

 

「あはは……昨日の樹液に当たったみたいだな」

 

 

「おー、例の貴族か」

 

 

「ちょっと気分爽快」

 

 

 先日のターナー宝飾店での出来事に立ち合っていなかったグランはさして興味を示さなかったが、場面に出くわしたフィーは少し嬉しそうにリィン達と同じく窓を見上げる。悪行には必ず天罰が下るものだと、胸の前で腕を組むマキアスが納得したように頷いており、エマは窓の向こうにいるであろう貴族の男に向かって心の中で合掌をしていた。

 

 

「たまには寄り道してみるのもいいもんだろ?」

 

 

「まあ、今回はグランの提案に感謝しよう」

 

 

「だね」

 

 

 余程貴族の男に天罰が下ったのが嬉しかったのか。マキアスとフィーは笑みをこぼしながらグランの言葉に頷き、二人の様子にリィンとエマが苦笑いを浮かべて顔を合わせていた。因果応報……悪い行いには必ず、それ相応の報いが返ってくるというわけだ。因みに今回の実習中のグランが行った行為はフィーを通じて全てトワ会長の耳に入り、盛大な説教が行われたというのは余談である。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 バリアハート中央広場に店を構える、レストラン『ソルシエラ』。料理の材料調達の依頼を出したのはこの店で、内容を聞きにいったリィン達はオーナーシェフのハモンドから必要な材料を教えてもらう。と言っても材料の一つ『キュアハーブ』は同じ中央広場に建つバリアハート大聖堂のシスターから譲り受ける事になっており、話を通しているので直ぐに入手出来るとの事。そして残りの一つが肝心で、北クロイツェン街道の魔獣から取れる油脂が必要だと言う。これに至っては手配魔獣の退治もあるので、その時に探せばいいだろうという事に決まって一同は北クロイツェン街道へと足を運んだ。先日の半貴石を採取した場所よりも更に奥へ進み、ケルディック方面に続くザール橋の前で道を塞ぐ手配魔獣を見つける。

 

 

「植物型の魔獣か……」

 

 

「強さ的には昨日のと同じくらい」

 

 

 花弁のような胴体から三つの首が伸びるその魔獣は、取り巻きに同タイプの小型魔獣を十体程引き連れていた。フィーの見かけ通り、昨日オーロックス峡谷道で撃退した手配魔獣と能力的には大差はない。各々が得物を手に取って戦闘態勢に入る中、ふとマキアスがリィンへと体を向けた。

 

 

「リィン、昨日は迷惑をかけて済まなかった。その、僕のせいで怪我を──」

 

 

 突然のマキアスによる謝罪。昨日の手配魔獣の一件から、マキアスはずっと後悔していた。自分の愚かな行動が、リィンに怪我をさせてしまうという事態を引き起こした事に。しかし、リィンの貴族という部分が彼を素直にさせなかった。貴族嫌い故か、貴族に頭を下げるという行為が彼には難しい事だったからだ。だが、今までリィンを見てきてマキアスの考えが少しずつだが変化していた。もしかしたら、貴族の中にも良識的な者とそうでない者がいるのではないかと。そして、貴族だからと邪険に扱う自分の方こそ、自身の嫌う傲慢な貴族と何ら変わりない事をしているのではないかと。

 

 

「マキアス……いや、いいんだ。昨日のは油断をしていた俺にも責任があるからな。だから、今回はあの時のリベンジと行こう」

 

 

「リィン……ああ!」

 

 

 リィンは自分の考えているような貴族とは違うと、マキアスは改めて確信した。貴族という身分だけではなく、相手の人柄や人間性を見てその人物の事を判断する。人はそれを当たり前の事だと言うかもしれないが、マキアスにとってはとても大きな一歩だ。

 

 

「(これで《Ⅶ組》の不安要素は一つ無くなったわけだ……サラさんは多分、こうなるのを分かってたんだろうな)」

 

 

 二人の様子を横目に、グランは笑みをこぼしていた。そしてこうなる事をサラは知っていたのか、それは本人に聞いてみないと何とも言えないと考えながら、グランは自分と同じように笑みを浮かべるエマやフィーへと視線を移す。不安要素が一つ消えたという事は、少なからず今後の《Ⅶ組》にとっては良い方向に働くだろう。

 

 

「四人共。取り巻きはオレに任せて、四人ででかいのに向けて一斉に仕掛けろ。今のお前達なら大した相手じゃない──速攻で叩き潰すぞ!」

 

 

 直後に闘気を解放したグランの号令がエリア全体に響き渡る。対峙する魔獣達は威圧感を伴ったその声にたじろぎ、リィン達四人はグランの声にどこか力が湧いてくるのを感じながら、魔獣へ向けて武器を再度構えた。そしてジリジリと後方へ下がっている取り巻きの魔獣達へ向けて、グランが風の如く接近する。弐ノ型による刀の強襲は、手配魔獣の左側に集まった五体の魔獣達へ次々と襲い掛かった。斬撃を受けた五体の魔獣は数秒と保たず、力なく地面へと崩れ落ちる。フィーを除いた三人は一瞬の出来事に驚きながらも、正面の手配魔獣に焦点を合わせた。

 

 

「三人共、いくぞ!」

 

 

 リィンの掛け声の後、戦術リンクを繋いだ四人は行動に移る。わだかまりの無くなった四人は直後に見事な連携を見せ、難なく手配魔獣を退治するに至った。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 手配魔獣の討伐後、グランが取り巻きの魔獣から油脂を採取し、マキアスが改めてリィンに頭を下げて謝罪をした事で二人は完全に和解をする。そのままユーシスとも和解をしたらどうだとリィンが話すが、マキアス曰くそれとこれとは話が別らしい。ユーシスのは素で気に食わないとの事。とはいえ、嫌っているような素振りを見せはしているが、以前のように嫌悪感といったものは感じない。ユーシスが合流してからも問題はないだろう。そして五人が北クロイツェン街道からバリアハートに戻る道中、突然グランが四人の前に躍り出てその足を止める。

 

 

「さて、バリアハートに戻るわけだが──」

 

 

「どうしたんだ?」

 

 

「何かあったの?」

 

 

 リィンとフィーが首を傾げて聞き返す中、同じように首を傾げているエマとマキアス。グランはそんな四人を見渡した後、バリアハートの入り口へと視線を移す。その視線の先には、街中を警備している領邦軍の姿があった。この時一つの可能性がグランの脳裏を過る。先月の実習、領邦軍はケルディックでの窃盗犯を自分達に仕立てようとした。ユーシスが実家に呼び戻されてこの場にいない現在の状況、もしかしたら今回も領邦軍が何か企んでいるのではないかと。だがバリアハートはアルバレア公のお膝元であり、公爵家にとってはほぼ思い通りに統治出来ていると言っていい。街中で問題が起きるような事は仕組まないだろう。それに、ユーシスがいなくなってからバリアハートを散策した時は特に領邦軍も動きを見せなかった。

 

 

「……いや、何でもない。早いとこ街に戻るか」

 

 

「ええっと、グランさんどうなさったんでしょうか?」

 

 

「僕にもよく分からないんだが……」

 

 

 一抹の不安を覚えながらも、グランは街へ向かって歩き出す。エマとマキアスを初め、リィンもフィーもやはりグランの様子に顔を見合わせて分からないと首を傾げていた。一同はそのままバリアハート市内の駅前通りへと入り、ハモンドオーナーから頼まれていた残りの『キュアハーブ』を受け取りに行こうと中央広場の大聖堂を目指す……目指そうとしたその時だった、リィン達が呼び止められたのは。

 

 

「お前達だな? 実習とやらで来ている《Ⅶ組》というのは」

 

 

 リィン達を呼び止めたのは、青い軍服を着た領邦軍の兵士二人。リィンが代表してその通りだと答えると、兵士は突然ホイッスルを吹いて応援を呼び始めた。直後に自分達を囲み始める兵士達に四人は何事かと視線を向けるが、グランは領邦軍の意図に気付いたのか頭を抱えて刀の柄へ手を添える。そして、グランの考えは的中した。

 

 

「トールズ士官学院の、マキアス=レーグニッツだな? 昨日のオーロックス砦への侵入容疑で拘束する」

 

 

 領邦軍の兵士が発した言葉は耳を疑うものだった。昨日のオーロックス砦への侵入容疑など、勿論マキアスは冤罪だ。第一昨日のオーロックス砦へ侵入者が現れた時、領邦軍は銀色の浮遊物体を追いかけていたはず。それに四六時中共に行動を取っていたマキアスがそんなことを出来るわけがないとリィンは話すが、兵士達は聞く耳を持たないと言わんばかりにマキアスを拘束し始める。結局リィン達は抗う事も出来ず、従うしかなかった。明らかなこじつけ、と言うか濡れ衣だ。納得出来る出来ないの話ではない。兵士達がマキアスを連行していく中、リィンは何も出来ないのかと悔しい気持ちを圧し殺しながら、兵士達の背中へ向けて鋭い視線を浴びせている。そんなリィンの姿を片目にグランは考える素振りを見せた後、兵士達に向かって突然声を荒げた。

 

 

「ふざけんじゃねぇぞ、ずっと一緒にいたって言ってんだろうが! 砦への侵入一つ防げない領邦軍のくそったれが!」

 

 

「な、なんだと……?」

 

 

「おい、グラン! 早く謝ったほうが──」

 

 

「本当の事だろ。無能な領邦軍は侵入者を捕まえられなかった腹いせに、革新派の有力者の息子を犯人に仕立て上げてるんだからな」

 

 

「そこまで我々領邦軍を愚弄する気か……いいだろう、余程拘置所の中に入りたいらしい」

 

 

 流石にグランの発言は言い過ぎだが、何と兵士達はグランをも取り囲んだ。これはおかしいとリィンやエマが口を揃えて反発するが、兵士はやはり聞く耳を持たない。即座にグランも拘束する。

 

 

「貴様は先程、容疑者と常に行動を共にしていたと言ったな。ならば貴様も共犯者として連行する」

 

 

「え……マジで?」

 

 

「己の立場を弁えないからだ。こい!」

 

 

 リィン達三人は、マキアスとグランが連行される姿を呆然と見詰める。あり得ないほどの理不尽を目の当たりに、リィンは悔しさの余り一瞬刀に手を添えかけた。無論そんな愚かな行動をリィンが取るはずもないが、グランへの対応に至ってはどう考えても腹が立ったその仕返しとしか思えない。自分達の無力さに若干の苛立ちを覚える中、ふと振り返ったグランの顔を見てリィンは気付く。

 

 

──こっちは任せろ──

 

 

 リィンが目にしたグランの口元は、確かにそう呟いていた。

 

 

 




あーあ、マキアス捕まっちゃった……ついでにグランも。大丈夫、きっとグランには考えがあるはず!

えっ? アントン忘れてるって? ごめんなさい、作者も途中で気が付いたのですが、彼には自力で街まで帰ってもらうことに決めました。頑張れアントン! 砦まで行けたんだから帰ることも出来るはず!

因みにここでグランのクラフトが出てきました……オリジナルですが。

サポートクラフト 覇気号令(全体)次の味方の通常攻撃、クラフトが二倍 敵のDEF-50%(3ターン)

グランはサポートも出来るよ!

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