紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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戦術リンクの断絶

 

 

 

 六人全員が揃ったA班は、中央広場にあるオープンテラスにて午後のティータイムを楽しんでいる貴族の男性二人組から『バスソルトの調達』を受ける。依頼の品はピンクソルトと呼ばれる文字通りピンク色の岩塩なのだが、どうやらオーロックス峡谷道で採取出来るらしく、『オーロックス峡谷道の手配魔獣の退治』と平行して進めることになった。そしてリィン達一行は、バリアハート東のオーロックス峡谷へと足を運ぶ。道中、リィンが峡谷道を歩きながら呟いた。

 

 

「へぇ……結構険しい道を想像してたけど、大分舗装されているんだな」

 

 

 峡谷とは言ったものの、その道は舗装されているためかなり歩きやすくなっていた。起伏の激しい道を想像していたリィンは少し拍子抜けだったのか、意外そうな表情を浮かべて道を進む。とは言え、舗装された道の周囲は起伏の激しい場所も確かに存在し、此度の手配魔獣も峡谷道の道はずれに生息しているという情報なので体力を使う事に変わりはないのだが。一行が暫く道なりに進んでいくと、手配魔獣の生息するエリアに差し掛かる。舗装された道からはずれ、リィン達の足下は徐々に険しいものへと変わっていった。側には深い谷底も見え、足を踏み外せば大惨事なので一行の足取りも慎重になっていく。そして、傾斜のある道が見え出してフィーがグランの袖を引っ張り始めた。

 

 

「めんどくさい……グラン運んで」

 

 

「やだよ! どうせ背負うなら委員長のほうが……」

 

 

 グランとフィーの緊張感のないやり取りに他のメンバーがため息をつき、グランの視線を受けたエマは彼の言葉の意図を理解したのか顔を真っ赤に染めて結構だと断っている。リィンはそんな光景に先行きが少々不安になりながらも道を進み、傾斜を上がると広い場所に出て今回の手配魔獣と思しき魔獣を視界に捉えた。二つの大きな鋭い爪を持つ禍々しい姿のその魔獣は人一人を軽く覆う程の大きさで、街道や峡谷道で見かけた魔獣とは明らかに違う存在感を放っている。手強そうだとリィンが話し、彼が太刀を手に取ったのを皮切りに皆もそれぞれ得物を構え始めた。

 

 

「おい、今回は僕達も戦術リンクを組むぞ。いつまでもこのままじゃ拙いからな」

 

 

「フン、いいだろう。寛大な心を持ってして貴様に合わせてやる」

 

 

「僕の方こそ……!」

 

 

 マキアスとユーシスも自分達の問題は意識していたのだろう。仲が良いとまではいかないものの、二人の会話を聞いたリィン達は良い兆候だと思いながら魔獣へと視線を戻す。そして睨み合った後にリィンが魔獣へ向かって駆けようとしたその時、グランがその動きを制した。

 

 

「こいつは……リィン、ここは任せた」

 

 

「グラン、どうした──これは!?」

 

 

 表情に険しさを増して話すグランの言葉の意味がよく分からなかったリィンだったが、その疑問は直ぐに解決する。自分達が今立っている丘の向こう側、下に通っている峡谷道から突然魔獣が飛び上がって来たからだ。その姿は先にリィン達が対峙した魔獣と変わらない。ただ、三倍ほどの大きさのそれは先の魔獣と比べ物にならない存在感を漂わせていた。二匹が同時に攻撃を仕掛けてくればリィン達は人溜まりもないだろう。最悪の事態を避けるため、魔獣の注意を引こうとグランが動いた。その姿が忽然と消え、直後に魔獣の苦しむ声が周囲に響き渡る。リィン達が気付いた時には、グランは既に刀を振り抜いた状態でその巨大な魔獣の後方にいた。

 

 

「お前さんの相手はこっちだ──」

 

 

 そう呟いた後、グランは丘の下に通る舗装された道へと飛び降りる。勿論魔獣に柔軟な思考判断が出来るはずもなく、その挑発に易々と乗った。同じく丘から飛び降り、グランの後を追っていく。残されたリィン達は突然の事に驚きを隠せない。あの大きさを一人で相手にするのは無茶だ、と五人は後を追おうとするが元々丘にいた魔獣がその道をふさぐ。巨大な爪を広げて威嚇を始め、どう考えても素直に通してもらえそうにない。リィン達は顔をしかめながら、魔獣に向けて再度武器を構えた。

 

 

「くっ……皆、何とか撃退してグランに加勢するぞ!」

 

 

 リィンは掛け声を発した後、魔獣に向かって一目散に駆ける。直ぐ様正面に躍り出ると一閃、魔獣の胴目掛けて両手に握り締める太刀を振り抜いた。しかし考えていた以上に魔獣の胴は硬いのか、リィンに余り手応えはない。魔獣も直ぐに攻勢に移り、リィンは爪による反撃を太刀で受けながら後方のエマへと声を上げる。

 

 

「委員長!」

 

 

「白き刃よ……お願い!」

 

 

 リィンが魔獣の爪を受け流して飛び退いたその場所を、エマが具現させた光の刃が通過する。物理的な攻撃に耐性のあるその強硬な魔獣の胴も、それを防ぐ術が無かったのか直撃を受けて大きく体勢を崩した。直後にエマがフィーの名前を呼び、リンクを繋げていたフィーも光の刃が通過した絶妙なタイミングで魔獣の懐へと飛び込み双銃剣のトリガーを引く。フィーによる零距離からの射撃、流石に効いたのか魔獣もうめき声を上げた。

 

 

「僕達も続くぞ!」

 

 

「フン、貴様に言われなくとも分かっている!」

 

 

 ここぞとばかりにマキアスの散弾銃による攻撃、そして着弾した直後にユーシスが魔獣に斬りかかる。戦術リンクを用いての穴のない連携、リィン達三人も二人が上手く連携を取っている様子に安堵の表情を浮かべていた。そして更なる猛攻を仕掛けようとユーシスが打突技を構えたその時、突然彼の動きが止まる。その隙を魔獣は逃さず、鋭利な爪をユーシス目掛けて振りかざした。ユーシスは眉間にシワを寄せながら、魔獣の爪を剣の腹で受け止める。

 

 

「この阿呆が……っ!」

 

 

「ユーシス、どうしたんだ!」

 

 

「戦術リンクが切れてる……ちょっと拙いかも」

 

 

 ユーシスの異変に気付いたフィーは直ぐにフォローへ回るため、離れた場所から双銃剣の連続射撃で魔獣の胴横を撃ち抜いた。しかし距離のある射撃は致命傷を与えることは出来ず、魔獣は大きく跳躍すると今度はエマとマキアスが立つ後衛の元へ着地する。戸惑う二人へ容赦なく巨大な爪を叩きつけ、二人共それぞれ魔導杖と散弾銃で何とか衝撃を受け止めた。とはいえかなりの威力が伴っていたのか、両者とも後方へ飛ばされて体勢を崩してしまう。魔獣は更なる追撃をと二人に向けて駆けた。

 

 

「はあぁぁ……せいやっ!」

 

 

 直後、リィンが鞘に納めた太刀を抜刀して発生させた斬撃波を魔獣の背後に浴びせる。エマとマキアスに焦点を合わせていたため周りが見えていないのか、魔獣はその場で硬直した。好機とばかりに、ユーシスとフィーが続く。ユーシスの騎士剣による斬撃、その一振りで崩れ落ちた魔獣の体にフィーが飛び乗った。

 

 

「これで……終わりっ!」

 

 

 連撃によって衰弱した魔獣の体へ、フィーは再び零距離の射撃を加える。威力は十分、その一撃で魔獣はピクリとも動かなくなった。フィーが魔獣の体から飛び退いて側に着地すると、駆け寄ってきたエマに向けてVサインをしている。胸に手を当てて安心した表情のエマと、同じく近寄ってきたリィン。だが、残りのユーシスとマキアスの二人は余り穏やかなムードではなかった。リィン達のすぐ近くで、両者は互いに睨み合っている。

 

 

「ユーシス=アルバレア……どうしてあのタイミングで戦術リンクが途切れる?」

 

 

「こちらの台詞だ、マキアス=レーグニッツ……一体どういうつもりだ?」

 

 

 この特別実習で始めて漂わせるユーシスとマキアスの酷く険悪な雰囲気。突然の戦術リンクの断絶は、自分達の身体の安否に関わる重大な局面で起こってしまった為に双方の怒りを倍増させる。ジリジリと互いの距離を縮める二人。そして案の定、二人は互いの胸ぐらを掴み合った。

 

 

「一度は協力すると言っておきながら、心の底では平民を馬鹿にする……君達貴族は皆そうだ!」

 

 

「阿呆が……その決め付けと視野の狭さこそが一番の原因だと何故気付かない!」

 

 

 流石にリィン達三人も二人の間に割って入ることが出来ない。二人の気持ちは痛いほど分かるのだが、今ここで言い争いをしている暇などない事をユーシスもマキアスも気が付いていなかった。リィン達の近くでのそりと起き上がる魔獣、そして魔獣の爪が狙う先は胸ぐらを掴み合っているユーシスとマキアスの二人。魔獣に息があることに気付いたリィンは声を上げると、言い争う二人を咄嗟に押し退けた。

 

 

「ぐっ……」

 

 

 魔獣の奇襲は掠り傷で済んだものの、リィンは肩を押さえてその場で膝をつく。一方でフィーは魔獣を観察するが、既に力を使い果たしたのか地面に崩れ落ちて完全に沈黙していた。エマが傷の手当てをするためにリィンの上着を脱がす中、原因を作ってしまったユーシスとマキアスは心配そうにリィンの顔を見ている。大丈夫だとリィンが二人に安心させるように声を掛け、エマによる迅速な応急処置のおかげか大した出血もなく大事に至らずに済んだ。

 

 

「ベアトリクス教官に教わった応急処置が役に立ちました……リィンさん、一応肩は動かさないで下さいね?」

 

 

「ああ、ありがとう委員長……それと二人共、怪我はないか?」

 

 

 自身の体が傷ついても尚ユーシスとマキアスの身を案じるリィンの姿は、周りを省みず言い争いをしていた二人の胸に痛く刺さった。ユーシスもマキアスも、自分に怪我はないとリィンの言葉に答え、リィンもその声に安心する。そしてリィンが立ち上がったその横で、フィーが重要な事を話した。

 

 

「ねぇ……皆グランの事忘れてない?」

 

 

「そ、そうでした! グランさん一人で先程の魔獣と……」

 

 

「行くぞ、皆!」

 

 

 怪我をしているにもかかわらず太刀を握って先頭を走るリィンをどこか危なげに感じながら、ユーシス達もそれぞれ武器を構えてその後をついていく。そして直後に魔獣の叫び声が響き渡り、丘の端まで駆け寄った五人は峡谷道を見下ろしてその光景に唖然とする。それもそのはず、五人の目には頭部と胴、二つの爪がそれぞれ分断された状態の魔獣が映っていた。同時にカチャっと刀を納刀する音が聞こえ、リィン達の視線は音のする方向へと移る。

 

 

「──見たか、八葉が一刀」

 

 

 五人の視線の先には、周囲の空間を一瞬で支配するほどの膨大な闘気を放ちながら、目の前に掲げた鞘に刀を納めるグランの姿があった。

 

 

 




ゲームを同時進行しながら、もう何で二人リンク切れちゃうのって肩を落としました。話だけ聞いてるとマキアスが一方的に悪い感じなんですがね……ユーシスもナチュラルに見下すような発言しちゃうからなぁ。でもやっぱりマキアスの方が悪いんだろうけど。

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