紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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真実は突然に

 

 

 

 ホテルの部屋へ荷物を運び終わったA班一行は、特別実習の課題が書かれた紙をロビーで待機していたホテルの支配人から受け取る。リィン達は早速取り掛かろうということでその場で紙を広げ、此度の実習内容を確認した。本日用意された課題は三つ、『オーロックス峡谷道の手配魔獣の退治』、『穢れなき半貴石』、『バスソルトの調達』と先月の特別実習同様に様々なものが揃えられている。一つ目と三つ目の課題はそれぞれ目を通してあらかた理解できたようなのだが、二つ目の課題である『穢れなき半貴石』というのは詳しい内容が書かれていないのでリィン達にもよく分からなかった。どうやらバリアハートの南に位置する職人通り、そこの宝飾店からの依頼らしく、まずは話を聞いてみようということで最初に職人通りへ向かう事に決まる。そして一行はホテルのロビーから外へと出たのだが、その時リィンが街並みを見渡しながらふと呟いた。

 

 

「『翡翠の公都』……名の通り、本当に綺麗な街だな」

 

 

 バリアハートの建物は、その建築様式の殆どが統一されている。中世を思わせる造りは歴史を感じさせ、街の地下全体に張り巡らされた巨大な水路は冒険好きの探求心を駈り立たせるだろう。そんな魅力の詰まった都市がバリアハートなのだが、中でも一番特徴的なのはやはり、建築物のその全てが深緑の屋根に統一されているというもの。まさに、翡翠の公都の名の通りの街並みがリィン達の目の前に広がっていた。各々が暫くその美しい光景に見入っている中、何故か突然マキアスが張り合う様に帝都を話題に上げる。

 

 

「まあ、街の規模と人々の賑わいは断然ヘイムダルの方が上だが」

 

 

 地方の都市と皇帝のお膝元である帝都の規模を比べるのは流石にどうかとは思うが、恐らくユーシスの地元ばかり賛美されていたのがマキアスには気に入らなかったのだろう。とは言えバリアハートの街並みの美しさを否定しない辺り、彼も目の前に広がる光景については皆と同意見のようだ。

 

 

「帝都も活気があっていいとは思うが、こういった風情のある景色もまたいいんじゃないか?」

 

 

「そ、それはそうだが……」

 

 

 グランの言葉に、マキアスはバツが悪くなったのか思わず口ごもってしまう。その後ろではユーシスが二人のやり取りを見ながら勝ち誇った様な顔を浮かべており、その表情に気付いたリィンはマキアスが見たらまた面倒な事になると一人ため息をついていた。そして一人蚊帳の外のフィーが退屈そうにあくびをしている中、エマがグランの顔を見ながら意外そうな表情を浮かべて口を開く。

 

 

「意外です。私てっきり、グランさんは街の風景や趣というものには興味が無いのかと……」

 

 

「そういうのを見るためだけにわざわざ足を運ぶ、ってところまではいかないけどな。機会があればついでに楽しむ程度だよ」

 

 

「それでもです。グランさんの事、ちょっとだけ見直しちゃいました」

 

 

「……こんな理由で見直されるって、委員長のオレに対する評価って一体……」

 

 

 複雑そうな表情でグランがエマの顔を見ながら呟く。ABC査定ならば、エマのグランに対する評価は間違いなくCだろう。今ので漸くBに上がりそうな段階か。兎にも角にも、日頃の発言が評価を大きく下げているという事にグランが気付く事はなかった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 バリアハート南、職人通りと呼ばれる傾斜のある道に件の宝飾店はあった。地元という事でメンバー内で最も土地勘に優れているユーシスの案内の下、『ターナー宝飾店』へと訪れたリィン達は、カウンターで客の男と会話をする店主と思しき男性へと依頼の内容を訊ねる。話を聞くと、どうやら男性はこの店の店主の息子、名前をブルックと言うそうで、今回出した依頼はある半貴石を探して欲しいとの事。実はブルックと話していた客の男は近々結婚を控えており、結婚指輪を求めに来たまではよかったものの、七曜石等の宝石が思ったよりも高価な為手が出ないらしい。そこで話し合った結果、宝石の価値としては七曜石よりも下がるが、見た目の美しさでは決して劣らない半貴石。樹の樹液が固まることにより生まれる自然の産物、『樹精の涙(ドリアード・ティア)』という石にする事に決めたそうだ。バリアハートの北に伸びるクロイツェン街道の樹から採取出来るそうなのだが、貴重な物には変わりないようで、見つけるには中々に困難を極めると言う。一連の話を聞き終わったリィン達は骨が折れそうだと頭を悩ませているが、グランだけは違った。

 

 

「……いや、案外と早く見つける事が出来るかもな」

 

 

 ただ一人、グランは眉間にシワを寄せながらそう話していた。どういう事だと他のメンバーが理由を問う中、グランは自分達の後方で店の品を物色している男に視線を移し、鋭い目を男へと向ける。そしてその視線に気付いたのか、男はその場で振り返ると青い髪を掻き上げ、グランに向かって笑みを浮かべながら一同の元へと近付いていく。男はリィン達の前で頭を垂れた後、グランに続くように口を開いた。

 

 

「確かにそちらの彼が言ったように、そう苦労する事もないだろう」

 

 

「えっ、と、貴方は?」

 

 

「これはこれは、名前も名乗らず申し訳ない。私は、ブルブラン男爵と申す者」

 

 

 突然の事に首を傾げるリィン達へ、青髪の男はリィンの疑問に答えるように一礼をしてからブルブランと名乗った。その後に先程言った事の理由を話し始めるのだが、何とブルブランは先の話で出ていた『樹精の涙(ドリアード・ティア)』をその目でついさっき確認したと言う。いかにも怪しさ満載な話だが、疑いの目を向けるリィン達に、グランは多分本当だろうとまるで根拠のない今の話を肯定する。そして未だにブルブランへ鋭い視線を向けたまま、グランが言葉を続けた。

 

 

「やっぱ知ってやがったか。つうか……何であんたがここにいる」

 

 

「ふふ、私にもプライベートというものがあるのだよ」

 

 

「あくまで私情でここにいると……まあ、あんたの活動拠点はここだったな」

 

 

「君の想像に任せる。しかし、『紅の剣聖』ともあろう君がわざわざ士官学院に入学とは……是非ともその理由をお聞かせ願いたい」

 

 

 両者の口振りから察するに、以前からグランとブルブランは知り合いのようだ。他のメンバーが二人の関係に疑問を抱いて首を傾げる中、ブルブランの言葉にグランは表情を変えず答えた。自分等まだまだ未熟で、学ぶべき事が多くあるからと。その会話を聞いていたリィン達は皆苦笑いである。グランとリィンが扱う八葉一刀流は、東方剣術の集大成とも言える流派だ。そして皆伝に至った者は武の道を極めた者が行き着く、物事の本質を見極める『理』にも通ずるとされる。仮にその八葉一刀流の免許皆伝に至ったグランが未熟なら、自分達は一体どうなるんだと。まあそもそもグランと今の自分達を比べる事自体がお門違いのような気もする、とはリィンの談である。

 

 

「取り敢えず必要な情報は手に入れたし、一先ずオレ達は探しに行かせてもらうわ」

 

 

 グランの何気ない言葉に他のメンバーが落ち込む中、当の本人は普段のお気楽な口調でそう話すと、リィン達より一足先に宝飾店を後にした。続いてリィン達がグランの後を追うように宝飾店を出ていき、ブルブランはその様子を終始笑顔で見送っている。そしてA班の面々が完全に店を出ていって直ぐ、ブルックと話していた客の男性はブルブランへと近寄ってお礼の言葉を口にした。彼等が見つけると決まった訳じゃない、とブルブランはお礼の言葉に答えた後、グラン達が出ていった店の扉へ視線を向け、笑みを浮かべながら口を開く。

 

 

「我が友グランハルト。君が求める力、その先を見通した『鋼』の意思。同じ場所に身を置く者として、そして何より一人の友人として、これからも君の行く末を見守らせてもらおう」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 ブルブランの助言通り、ターナー宝飾店を出たリィン達A班は北クロイツェン街道へ足を運んでいた。一つ一つそれらしい樹を物色し、やがて一本の樹から目的の半貴石、樹精の涙(ドリアード・ティア)を探し当てることに成功する。本当にあったとリィン達が驚きつつも、思ったより早く見つける事が出来たと、一同は男性客の喜ぶ顔を目に浮かべながら来た道を引き返す。そしてその道中、今回の依頼に大きく貢献したブルブランとの関係について、フィーがグランに問い掛ける。

 

 

「グラン、あんなのといつ知り合ったの?」

 

 

「フィ、フィーちゃん。あんなのって……」

 

 

 エマがフィーの物言いに苦笑いを浮かべる中、グランはフィーの声に答える事なくどこか遠い目をしていた。バリアハートを出てからずっとこんな感じである。心ここに有らずなグランだが、彼が何故そんな状態なのか。その理由はいたって単純なもので、考え事をしているからだ。それは、彼が士官学院に来る前に所属していたとある組織の内情についての事。

 

 

「(クロスベルの次は帝国と言ってたが、未だに第二柱の影は見えない……まあ、あの人の事だ。阻害でもされてんのかね)」

 

 

「グランは一体どうしたんだ?」

 

 

「さあな……さっさと半貴石を届けて、次の依頼に向かうぞ」

 

 

「何故そこで君がリーダー振るんだ……いや、今は休戦中だったな」

 

 

 ユーシスがリィンの言葉に素っ気なく答えて実習の進行を仕切る中、マキアスは突っ掛かろうとして思い止まる。列車での約束を思い出したのだろう。ここは我慢だ、と自分に言い聞かせるように呟きながらバリアハート内へ足を踏み入れた。続いてその後ろを上の空のグラン、その様子に首を傾げるフィー、最後に苦笑いを浮かべたエマが歩いていくのだが、何故か突然エマが驚いた様子で声を上げる。

 

 

「セ、セリーヌ!?」

 

 

 普段から大人しいイメージのエマが上げた突然の声に、リィン達は揃って彼女へと視線を向ける。上の空だったグランも顔を向けており、皆に視線を向けられている事に気付いたエマは恥ずかしさからか顔を赤く染め、メンバーに少し待っていてと断りを入れると駆け足でその場を後にした。その場で待機するリィン達は彼女の背中を目で追いながら首を傾げ、当のエマは街道のはずれまで走ると立ち止まる。そして草影に顔を近づけると、何やらこそこそと話し出した。

 

 

「ど、どうしてこんなところまでついてきたの!」

 

 

「そんなの決まってるじゃない。あなたが心配だからよ」

 

 

 エマのひそひそ声に答えたのは、綺麗な女性……ではなく綺麗な毛並みをした黒猫。そう、猫である。猫が人語を話したわけである。動物が喋ったらまず慌てふためくと思うのだが、エマはその猫の事を知っていたようで普通に話していた。大丈夫だから帰って、とエマがその猫に向かって必死に話しかける姿は非常にシュールなものがある。そしてエマの言葉を受けたそのセリーヌという名前の黒猫は、ひとつだけ伝える事がある、と深刻そうな声で話し始めた。

 

 

「漸く思い出したのよ、グランって子の事。エマ、彼には気を付けなさい。執行者No.ⅩⅥ『紅の剣聖』……あの子、『執行者(レギオン)』の一人よ」

 

 

「えっ……」

 

 

「あの女ともかなりの接点があるみたい。グランって子、は──」

 

 

 エマが驚いた様子でその顔を唖然とさせる中、セリーヌは話を続けるために言葉を紡ごうとして何故か急に歯切れが悪くなる。そして徐々にエマとセリーヌを影が覆い始め、ふとエマが後ろへと振り返った。彼女の顔が驚愕に染まる。

 

 

「委員長、その猫と面白そうな話してんな」

 

 

「……グランさん」

 

 

 彼女達の目の前には、いつもと変わらぬ笑顔のグランが立っていた。

 

 




閃の軌跡のデータが消えてからマラソン再開後……漸く第二章突入。あれ、遅くね?って思って友人に相談しました。

友人「いや、攻略サイト見たら早いんじゃね?」

いてミ「……マラソンの時間返せよ!?」

隠しクエスト探すのに走り回った時間を返して!?

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