紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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八葉の対面、まさかの再会

 

 

 

「さて、と。そんじゃサクッと終わらせますかね」

 

 

「その、ちょっといいか……?」

 

 

 先程サラとの通信を終えたグランは、支給された戦術オーブメント──ARCUS(アークス)〉を懐に納めると開かれたダンジョン区画の入り口へ向かって歩き出した。そんな時、黒髪の少年がグランに近寄りながら声を掛けるも、グランはそれに気付かずに奥へと進んで行く。そしてその後を、銀髪の小柄な少女が気付かれないようにこっそりとついて行った。その途中、銀髪の少女とすれ違った青髪の少女は、彼女を誘おうと声を掛ける。

 

 

「そなたも、私と一緒に──」

 

 

 銀髪の少女を誘おうと青髪の少女は声を掛けるも、その声に気付かずその場から去っていった。青髪の少女は後で声を掛ければいいか、と呟いた後に黒髪の少年と紅茶色の髪の少年、偉丈夫の少年の三人へ気を付けるように声を掛けて先へと進んで行く。その後ろを三編みの少女が歩き、最後に……黒髪の少年と金髪の少女がすれ違った。

 

 

「……ふんっ!」

 

 

「はぁ……」

 

 

 結局、言い争いをしていた金髪の少年と緑の髪の少年が最初に、その後にグラン、グランに続くように銀髪の少女がダンジョン区画へと入る。そして青髪の少女、金髪の少女、眼鏡をかけた三編みの少女の女子グループ。最後に黒髪の少年、紅茶色の髪の少年、偉丈夫の少年の男子グループという順番でダンジョン区画に入って行った。

 《Ⅶ組》のオリエンテーリングは、何ともまとまりのない形で始まることとなる。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 最後にダンジョン区画へと足を踏み入れた黒髪の少年達は、少し進んだ先で小休憩に入っていた。歩いた距離だけなら大したことはないのだが、何せ魔獣が徘徊しているエリア、戦闘にならないはずがない。一体ならまだしも複数を一度に相手し、それが数回続けば戦闘に慣れて無い者は激しく体力を消耗することになる。

 この男子のグループの内、紅茶色の髪の少年ーーエリオット=クレイグもその一人だった。

 

 

「二人とも凄いよ。全然疲れていないみたいだし……」

 

 

「俺はそれなりに鍛えているからな……ガイウスの方はどうなんだ?」

 

 

「俺もそんなところだ」

 

 

 床に手をつきながら肩で息をするエリオットの疑問に、黒髪の少年ーーリィン=シュバルツァーが刀を鞘に納めながら、十字槍を持った偉丈夫の男ガイウスと会話をしている。先程まで魔獣と戦闘を行っていた割には二人とも平気そうな様子でいるところを見ると、中々の実力者ということだろう。エリオットはそんな二人に感心しながらその場で立ち上がると、遠くから聞こえてくるある音に気付いた。

 

 

「何だろう、この音……」

 

 

「これは……剣戟と銃声、だな」

 

 

「ああ、もしかしたら……行くぞ! エリオット、ガイウス!」

 

 

 黒髪の少年が掛け声と同時に走り出し、その後をガイウスとエリオットが追いかける。フロアの通路を駆け、先の曲がり角を曲がると徐々に怒鳴り合う声も混じって聞こえてきた。その声で誰が戦っているのか確信した三人は、苦笑いを浮かべながらダンジョン区画を進んで行く。そしてその場所へと辿り着いた三人の目の前では、予想通り十体の昆虫型魔獣に囲まれながら口論を行っている金髪の少年と緑の髪の少年がいた。

 

 

「その緑色の頭は魔獣を引き寄せる成分でも含んでいるのか? マキアス=レーグニッツ!」

 

 

「そんな訳無いだろ! ユーシス=アルバレア!」

 

 

 金髪の少年、ユーシス=アルバレアは騎士剣を手に魔獣を退けながら、背後で背中を合わせている緑色の髪の少年、マキアス=レーグニッツへと愚痴をこぼす。マキアスは彼の明らさまな挑発に怒鳴り声を上げながらも、手に持つ散弾銃で魔獣への対応をこなしていた。

 駆けつけた三人は、互いに文句を言いながらも時折背中を合わせて魔獣を退けている二人を見て思う。この二人、本当は仲良いんじゃないかと。

 

 

「中々の連携だな」

 

 

「うん、二人とも凄い」

 

 

「だが流石にこのままじゃまずいだろう。俺達も加勢を……」

 

 

 上手く対処をしているとはいえ、このまま硬直状態が続けば体に蓄積した疲労によって必ず隙が生まれ、形勢は一気に不利な方向に傾くだろう。

 そう判断したリィンは斬り込もうと刀を構えるが、直後に二人の向こう側から何かが近付いてくる気配を感じる。ガイウスもその気配に気付いたのか槍を構え、それに続いてエリオットが魔導杖を慌てて構える中、突如三人の間を風が吹き抜けた。

 

 

「なっ、何!?」

 

 

「これは……」

 

 

 突然の風に驚いた様子のエリオットと、何か考えながら構えを解き始めるガイウス。そして、今までガイウスと同じく冷静だと思われたリィンは何故か、驚きの表情を浮かべながらその場に立ち尽くしていた。ほんの一瞬の間だったが、体を硬直させていた彼は我に返ると構えていた刀を納め、信じられない物を見るような目で後ろへ振り返る。リィンの様子を不思議に思ったガイウスとエリオットも同様に振り返り、その視線の先には……何かを斬り払ったかのように右手で刀を持つグランの姿があった。

 

 

「(あれは、弐ノ型『疾風(はやて)』。それも、かなり洗練されていた……)」

 

 

「うわっ、いつの間に!?」

 

 

「リィンは、今のが何か知っているようだな?」

 

 

 エリオットが驚きのあまり魔導杖を手元から落とす中、ガイウスはリィンの様子を見て相変わらず冷静に問いかけていた。そんなガイウスの声にリィンは首を縦に振ると、刀を鞘から抜きながら先程起こった事の説明を始める。

 

 

「俺も使っている流派で、名を『八葉一刀流』。そして今のは、八葉一刀流、弐ノ型『疾風(はやて)』……それも、かなりの練度だ」

 

 

 その証拠に、とリィンは先程から魔獣に囲まれていたユーシスとマキアスの方へと視線を向け、リィンにつられてガイウスとエリオットもそちらへ視線を向ける。

 視線の先には、既に魔獣の姿はなく、突然魔獣が消滅したことで困惑の表情を浮かべている二人だけがいた。三人は再度振り返ってグランへと視線を戻し、それを受けたグランも構えを解くと三人の傍へと近付く。

 

 

「ご名答。こんなところで八葉の使い手に会えるとは驚いたな」

 

 

「こっちこそ。それにしても、見事な太刀筋だ。目で追うのがやっとだったよ」

 

 

「そんなに褒められたら照れるだろ……はぁ。悪い、色々話したいとこだがまた後でな」

 

 

 三人の元へと近寄ったグランはリィンと握手を交わそうと手を伸ばしたところ、急に溜め息をつくとリィン達が来た道へ向かって走り出した。何故か出口とは逆方向に走っていくグランを見ながら三人が首を傾げる中、グランが曲がり角を曲がってからその姿が見えなくなると、リィンがそろそろ進もう、と二人に声を掛けてからグランが去っていった道とは逆の方へと歩き出す。ガイウスもそれに頷いて歩み出し、エリオットは落とした魔導杖を拾って二人についていこうとした時、またしても三人の元に風が吹き抜ける。

 

 

「わっ! 今度は何!?」

 

 

「ふふっ、エリオットは先程から驚いてばかりだな」

 

 

「全くだ。しかし……」

 

 

 またまた驚いた拍子に魔導杖を落とすエリオット。ガイウスはエリオットの慌てたようすに笑みをこぼしながら魔導杖を拾って手渡し、リィンはガイウスの言葉に笑顔で肯定するととある場所へ視線を向ける。その直後にリィンは苦笑いを浮かべるが、それもそのはず。彼の視線の先には……

 

 

「ユーシス=アルバレア! さっき魔獣と戦っている最中に僕の足を踏んづけただろ!」

 

 

「阿呆が。戦いの最中にそんなことを気にしていられるわけ無いだろう!」

 

 

「はぁ、この調子で大丈夫だろうか……」

 

 

 未だに言い争いを続けるユーシスとマキアスが互いの襟を掴み合っている。この状況どうしたものか、とリィンは大きな溜め息をついて彼らの元へと向かいながら、まだ少ししか進んでいないフロアの終点に辿り着くまで一体どれくらいかかるのか途方に暮れているのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「何とか撒いたか……つうかふりだしに戻っちまったじゃねぇかよ」

 

 

 リィン達と別れたグランは今、最初に落とされた部屋の地点まで戻ってきていた。どうやら何かから逃げていたらしく、撒くことに成功したのか刀を鞘に戻すとその場に座り込んだ。顎に手を当てながら、グランは先程までの出来事を考察する。

 

 

「しかし、さっきの黒髪と槍を持っていた奴はかなり出来そうだな。結構な面子を揃えたもんだよ、《Ⅶ組》ってのは……」

 

 

「ほんと、サラに感謝しなきゃ」

 

 

「いやいや、全くその通り──ってフィーすけ!?」

 

 

 頭の上から聞こえてきた声に顔を向けると、そこにはグランが今まで逃げていた相手……銀髪の小柄な少女、フィー=クラウゼルが笑顔を浮かべてグランを見下ろしていた。

 グランはその顔を見るやいなや立ち上がると、大慌てで壁際まで移動し、フィーはグランの元へゆっくりと傍へ歩みながら両手に銃剣を握りしめている。そして……

 

 

「とりあえず、一発撃たせて」

 

 

 鋭い視線を送りながら、何とも物騒なことを呟いてグランの眉間へ銃口を向けた。さっきも似たようなことがあったな、とグランは冷や汗を流しながら両手を上にあげ、降参の意思をフィーに伝える。その様子を見たフィーは、仕方ないといった感じで銃剣を下ろすと、そのまま下へ落とし……グランに抱きついて顔を埋めた。

 

 

「三年前、突然団を辞めた理由は?」

 

 

「それは……」

 

 

 フィーがグランに問いかけているのは、二人の過去に関する事だ。もう何年も前になるが、グランとフィーは同じ場所で共に過ごしていた。仲は兄妹と間違えるほど良かった二人だったが、何故か突然グランはフィーの前から姿を消した。

 フィーが問いただしているのは、その理由。それほど仲が良かった二人が、離れ離れにならなければいけない程の理由が何なのか。

 

 

「話せないなら別にいい。その代わり……」

 

 

「その代わり?」

 

 

「もう……勝手にいなくならないで」

 

 

 顔を上げたフィーの目には、溢れそうなほど涙がたまっている。グランの服を握りしめ、懇願するようなその表情と瞳からは否定を絶対に認めない強い意志が窺えた。

 グランは少し驚くが、直ぐに笑顔を浮かべるとフィーの頭に手をのせる。その懐かしい感覚にフィーは条件反射で目を瞑り、その拍子に涙が頬をつたうが、それは決して悲しみからきているものではない。

 

 

「勿論だ。今日から、また一緒だ」

 

 

 その言葉を聞いたフィーの表情は嬉しそうで、とびっきりの笑顔を浮かべている。グランはフィーの頭を撫でながら、今もいるであろう天井の先の人物へ向かって呟く。

 

 

「サラさん、やってくれましたね……」

 

 

 天井を仰ぐグランの表情は、あまり晴れやかなものではなかった。

 

 


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