紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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教団事件の爪痕

 

 

 

 ランドルフの助太刀によって事なきを得たグランとフィーは残りの魔獣を片付けた後、三人で警察学校へと続く林道を歩いていた。その道中グランとランドルフは仲良さげに話をしながら道を進んでおり、フィーはその後ろで二人の光景に驚きを隠せないでいる。その理由は二つあるのだが、一つはグランの目的がランドルフに会うという事を知らなかったため。そしてもう一つは、ランドルフという人物についてだ。ランドルフ=オルランドは『赤い星座』時代、『闘神の息子』としてだけでなく『赤き死神』とも呼ばれ恐れられた冷酷な一面を持つ男。それを知っているフィーは、自分を助けてくれたとはいえ少なからずランドルフという男に警戒を抱いていた。オルランド一家にとって、グランは家族を裏切り寝返るという暴挙に出た男だ。少なくともグランに対していい感情は持ち合わせていないだろう。そう考えていた故の驚きである。そんな風にフィーが一人で心配していた事など露知らず、グランはランドルフと未だ談笑をしていた。

 

 

「しっかし、この六年で随分と差をつけられちまったな……」

 

 

「『赤い星座』を辞めた後、色々ありましたから。『剣仙』に会うことが出来たのが一番大きかったです」

 

 

「そうか……で、今日わざわざ俺に会いに来たのはどういう風の吹き回しだ?」

 

 

 その問いに、グランは先ず『闘神』が死去した事を皮切りに話し始める。ランドルフはそれを知らなかったようで、少し驚いた様子を見せるも直ぐに表情を元に戻した。『猟兵王』との一騎打ちで生涯を終えた自分の父親は、満足な人生だっただろうと彼は口にする。しかしグランがここに来たのはそれを伝えるためではない。その先の事、『闘神』を失った『赤い星座』の動向についてだ。

 

 

「どうやらあのクソ親父は、ランディ兄さんの事を探しているそうです」

 

 

「叔父貴が……今更何で俺を?」

 

 

「あの男の事です。多分『闘神』の後継ぎはその息子にしか出来ないとか思ってるんでしょう」

 

 

 全く迷惑な話ですね、とグランはランドルフに同情するように話す。ランドルフが『赤い星座』を脱けた理由まではグランも知らないが、仲違いがあっての事だというのは彼も流石に分かった。グランの話す情報に顔を歪ませているランドルフを見れば、それは一目瞭然だ。

 

 

「恐らくランディ兄さんがクロスベルにいる事は知っているはずです。教団事件なんてものを解決すれば、嫌でもその情報は流れていく」

 

 

「だろうな……それで、グランは俺にどうして欲しいんだ?」

 

 

 話が早い、とグランはランドルフの問いに笑みを浮かべて答えた。多分近い将来に『赤い戦鬼(オーガ・ロッソ)』はランドルフに接触してくる、『赤い星座』に戻れと。その時自分に連絡をくれとグランは話す。そして、ついでに一言伝えておいて欲しいとその内容を口にする。

 

 

「あんたの命は必ずオレが刈り取る。その後のために、精々シャーリィを大事にしとくんだな──そう伝えておいて下さい」

 

 

 グランが無意識の内に漂わせている殺気に、ランドルフとフィーは冷や汗を流しながらその顔を強張らせるのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 ランドルフに案内されるままグランとフィーは林道の道外れにある崖に移動し、設置されたザイルを下りて木々が広がる森の中へと足を踏み入れていた。見渡せど二人の視界に広がるのは木々が生い茂っている光景で、それはまさに樹海と呼ぶに相応しいもの。この場所は普段、警察学校のサバイバル訓練にて使用されているのだが、現在はクロスベル警備隊の隊員達が実戦に復帰する為のリハビリを行う場所として利用されている。実は先日の教団事件において、クロスベル警備隊では一部の無能な上司によりとある薬を投薬され、警備隊の隊員達が被害を受けるという事態が起きていた。事件解決後、薬の後遺症によって体の衰弱した隊員達は病院で治療を受け、体力の回復した者からこの場所で実戦感覚を取り戻す為に訓練を受けている訳だ。そんな樹海の中、隊員達の元へと案内されたグランは現在、警備隊の女性陣に囲まれるという嬉し恥ずかしい状況に陥っていた。

 

 

 

「へぇー、グラン君帝国の学生さんなんだぁ」

 

 

「あどけなさの残る顔に頑張った感が漂うスーツ姿……お姉さん好みだわ♪」

 

 

「いや、その──」

 

 

「う~、照れちゃって可愛いっ♪」

 

 

 男連中に混じって訓練漬けの日々を送る女性方にとって、グランの幼さの残る顔や容姿は受けがよかったのだろう。照れくさそうに頭を掻くグランの仕草を見てきゃーきゃーと声を上げている。そして、その様子を離れた位置から悔しそうに眺めるランドルフと他の男性隊員達がいた。

 

 

「くっ、弟ブルジョワジーはロイドだけでうんざりなんだが」

 

 

「あのガキ、俺のレイアを……!」

 

 

「ミントさん、あんな顔僕にも見せたこと無いのに……!」

 

 

「シェリア……ランディ曹長、あの小僧は一体!」

 

 

 同僚を誑かされたと男勢は必死である。グランに敵意むき出しの隊員達へ、ランドルフはグランが自分の従弟だと教えた。それを聞いて少し弱気になる隊員達が歯軋りをしながらグラン達の様子を恨めしそうに見つめる中、近くに立っているフィーは少し拗ねた様子で同じくグランの事を見ていたのだが、そんな彼女の頭の上にぽん、と手を置く人物が。フィーが顔を上げると、そこには金髪の女性が笑顔を浮かべながらグラン達の姿を眺めている顔が見えた。

 

 

「あれがランディの従弟さん? 血が繋がっているとは思えないくらい可愛い子ね」

 

 

「ミレイユ……どういう意味だこら」

 

 

「そのまんまの意味よ」

 

 

 ミレイユと呼ばれた女性は直後に手を叩いて女性隊員達へグランを解放するよう促した後、ぐったりした様子で歩いてくるグランを見て苦笑いを浮かべる。そして目の前で整列を始める隊員達へ程々にするよう注意をしてから、休憩は終わりと告げてその場の指揮をランドルフに移した。隊員達の気怠そうな表情を見るに、どうやら今から訓練を再開するようだ。

 

 

「よーし、今日は学生も見学に来ているんだ。情けない格好は見せないようにな」

 

 

「ランディ曹長、自分から一つ提案があるであります!」

 

 

「お前そんな喋り方だったか……? まあいい、言ってみろ」

 

 

 ランドルフに促されて男性隊員の一人が提案したのは、グランと自分達が実際に戦った方がより警備隊の凄さを肌で実感してもらう事ができるというもの。要するに三対一の模擬戦形式を取るという意味で、学生相手に大人げない事この上無く、その話を聞いたミレイユは勿論猛反対。女性隊員達からもブーイングの嵐で最早彼等の立つ瀬は無いのだが、ランドルフは意外と面白いかもしれないとそれを了承した。

 

 

「ランディ何言ってるの!? 大怪我したらどうするのよ!」

 

 

「いや、俺は寧ろあいつ等の心配をしてるんだが……」

 

 

「警備隊の練度をなめてる訳じゃないけど、グランの足元にも及ばないと思う」

 

 

 ランドルフとフィーからは散々な言われようである。初対面の少女にまで馬鹿にされた男性隊員達は、自棄になって得物のハルバードをブンブンと振り回し戦う気満々。その様子に女性陣が呆れるのは当たり前の反応で、何故か模擬戦をする方向へと自然に話が進んでいるがグランにはたまったものではない。勿論嫌だと彼は断る。

 

 

「ランディ兄さん、勘弁して下さい」

 

 

「ほら、グラン君も嫌がってるじゃない──」

 

 

「よしグラン、お前さんが勝ったら後で俺のオススメする店に連れてってやる」

 

 

「よし、やりましょう」

 

 

 ランドルフの言葉に百八十度発言を変えたグランは、刀を抜いて男性隊員達の前へと躍り出た。危ないからと未だミレイユは反対のようで、ランドルフに止めるよう話しているがランドルフは彼女の声をどこ吹く風で聞き流している。男性隊員達は陣形を整えて戦う準備は万端。グランも彼等の正面で刀を構えて迎え撃つ準備は出来ている。そしてグラン達が対峙している間へと移動していたフィーは、自らの銃剣を上へ掲げて戦闘開始の合図をとった。

 

 

「制限時間は五分。時間までにグランが立っているか、警備隊が全員倒れたらグランの勝ち。その逆が警備隊の勝ち……多分無いと思うけど」

 

 

 フィーがトリガーを引いて発砲音が鳴り響くと同時に、男性隊員達は一斉に駆け出す。流石は日夜訓練漬けといったところか、隊員達の動きは良く練度もそれなりに高い。だが、ランドルフの言葉でやる気になっているグランには到底及ぶものではなかった。

 

 

「弐ノ型──疾風(はやて)!」

 

 

 警備隊の各々にはグランが突然消えたように感じただろう。高速で隊員達に接近して次々と斬撃を叩き込むグランの動きを捉えることが出来たのは、この場にいる者の中でランドルフとフィーの二人だけだ。グランが元の立ち位置に戻っている頃には男性隊員三人は膝を地面についており、グランが刀を鞘に納める音を皮切りにバタバタとその場に倒れ始める。開始五秒、模擬戦はグランの勝利で終わりを告げた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「……理不尽だ」

 

 

 警備隊との模擬戦を終えたグランは現在、導力車の後部座席に座りながら物凄く不機嫌そうに外の景色を眺めていた。その横ではフィーが同じく窓の外を眺めており、彼女の表情はグランと違って何処か嬉しそうに感じる。そしてそんな対称的な二人の様子を車のルームミラーで見ていた運転手の男ーーセルゲイ=ロウは笑みを浮かべ、カーブに差し掛かったのかハンドルを右に切った後、後ろにいるグラン達へと話し掛けた。

 

 

「くくっ、遊撃士協会から突然連絡がくるから何事かと思えば、ガキのお守りとはな。随分と面倒見のいい教官じゃねぇか」

 

 

「迷惑もいいところっすよ。第一サラさん、どうやってオレがクロスベルにいる事を知ったんだ?」

 

 

 実は警備隊との模擬戦が終わって直ぐ、遊撃士協会からクロスベル警察の特務支援課に一本の連絡があった。内容は、エレボニア帝国のトールズ士官学院に勤めるサラ=バレスタインという人物からグラン宛に連絡を受けたというもの。ランドルフと共に夜の町へと繰り出す気満々だったグランは、特務支援課の課長であり、連絡を受けて伝言を伝えに来たセルゲイの言葉で硬直する。

 

 

──今日中に帰ってこないと、貴方の秘蔵コレクションを頂くから──

 

 

 所謂脅しである。秘蔵コレクションとはグランが自室の棚に隠してあるお酒の事で、高いものは五十万ミラ、総額で三百万ミラもする代物。グランは教えた覚えなど無いのだが、何故かサラはグランが大切にしているその秘蔵コレクションを知っているらしく、グランがクロスベルで遊び呆けて学院をサボらないようにそれを人質?にしたのだろう。酒好きのサラの事なので、グランが今日中に帰らなかったら先ず間違いなく秘蔵コレクションは空にされる。その事を恐れたグランは、後ろ髪を引かれるような思いでランドルフ達と別れた後、セルゲイの車でクロスベルへと送ってもらう事にしたという訳だ。

 

 

「このままクロスベル市に着いても列車の時間まで結構あるな──仕方ない、フィーすけ」

 

 

「ん?」

 

 

「百貨店辺りで買い物でもして、時間潰すか」

 

 

「……ん」

 

 

 運転をしているセルゲイが見つめる車のルームミラーには、フィーの頭の上に手を置きながら笑顔で話すグランと、嬉しそうに笑っているフィーの姿が映っていた。セルゲイは仲睦まじい二人の様子に笑みをこぼした後、前方へと視線を移して車のアクセルを踏み込む。

 

 

「(久し振りに、アイツを飯にでも誘ってみるか)」

 

 

 今日の夜。クロスベル警備隊の司令を務めている女性と特務支援課の課長の二人が、中央広場のレストランにて仲良く食事をしている姿が目撃されたとか。因みにグランとフィーがトリスタに戻った時には、グランの秘蔵コレクションがサラによって半分ほど空になっていた。

 

 

 


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