「『紅の剣聖』グランハルトで、間違いないわね?」
グランも遊撃士協会の情報網をナメていた訳ではない。本当は直ぐにでも脱け出したかったが、あの場で逃げれば怪しまれる事は明白。だから今回も適当にはぐらかして『闘神の息子』と接触した後に、トリスタへ帰るはずだった。それなのに、何とこのミシェルはグランの容姿を見ただけでその正体を見破ったのだ。いつもの様にはぐらかそうと考えたが目の前の男の鋭い眼光がそれを許さず、グランは声を出すことが出来なかった。ミシェルはグランの沈黙を肯定と受け取り、突然笑みをこぼし始める。
「冗談で言ったつもりだったんだけど、まさかビンゴだったとはね……」
「──っ!? いい性格してんな、オッサン」
「あら? ミシェルって呼んでくれないと捕まえるわよ?」
捕まえる、というのは流石に嘘だろう。第一事件については一応解決している事になっており、仮にグランを逮捕するとしても、彼がクロスベルの市民の生命を脅かすような行為を行わない限り無理だ。グランもそれを分かっていたのだろう。控え目に殺気を放出するに留まり、エオリアの玩具となっていた為状況が飲み込めず不安そうな表情のフィーを見るや、安心させるために笑顔を浮かべている。とはいえこれ以上長居してもグランには不利な事ばかりなので、彼は席を立ち上がるとエオリアの膝に座らされているフィーを抱えあげ、引き上げる準備を始めた。傍へフィーを降ろし、エオリアは物凄く不満そうだが、フィーは解放された事で安堵の表情を浮かべてグランの服の裾を握っている。そして去り際、ついでにミシェルにも聞いておこうとグランは彼に問い掛けた。
「そうだ、一つ聞いてもいいか?」
「ええ、答えられる範囲なら」
「ランドルフ=オルランドがクロスベル警察の特務支援課って所にいるそうなんだが……知っているか?」
「ええ、詳しい事はクロスベル警察で聞くといいわ。ランディ君達も忙しいでしょう、支援課の方には今いないと思うけど」
ここでミシェルがグランに本当の事を教える道理などないはずだが、恐らく今の情報は本物だろうとグランは感じた。何故ならランディという名前は『闘神の息子』、ランドルフ=オルランドの呼び名であり、親しい人物が使っている愛称だ。素直に情報を提供してくれたミシェルに少し驚きながらも、お礼にとグランも情報を差し出す。
「
「っ……!? 大陸最強の猟兵団がクロスベルに一体何の用で来るのかしら」
「さあ? ただ、あんたらも用心しといた方がいいと思うぞ」
笑みを浮かべながらそう口にしたグランは、隣にいるフィーと共に階段を下りて遊撃士協会をあとにする。そして二階に残された三人は二人の背中を目で追った後、その姿が見えなくなると安堵の表情を浮かべて各々溜め息を漏らしていた。どうやらグランとの会話中、三人は相当神経を使っていたようだ。
「──とんでもない子ね。見た感じ、実力だけならアリオスと大差ないように思えたわ」
「フィーちゃんもあの年でかなりの実力持ってそうですし……」
「彼等がクロスベルにいる間は、此方も用心した方がいいですね」
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遊撃士協会を出たグランとフィーは、自分達がまだ昼御飯を食べてない事に気付いて近くに食事処がないか探していた。辺りを歩いていると同じ東通りに東方の料理を出している店を発見し、炒飯や麻婆豆腐といった食欲をそそる香りに誘われて店内へと入った二人はテーブル席へ腰を下ろす。そして水を運んできた店員の女性に料理を注文したはいいが、料理を待つ間の会話が二人にはない。何も話そうとしないグランの様子にしびれを切らしたフィーは、丁度いい機会だとグランと再会してからずっと気になっていた事を話し出した。
「グラン、聞いてもいい?」
「何をだ?」
「どうして急に、団を辞めたの?」
フィーの問いにグランはいつものように苦笑いを浮かべて誤魔化そうとするが、今回はフィーも引き下がらない。旧校舎で再会した時には話せないなら別にいいとフィーは言ったが、本当は何故グランが辞めたのかずっと気になっていた。グランとはとても仲が良かったはずなのに、そんな自分にすら話さないで辞めた理由がどんなものなのか。もしかしたら自分がグランに嫌われるような事をしてしまったんじゃないかと不安になる時もあった。その答えをフィーは求めたが、グランは沈黙を貫く。暫くの間は互いに一歩も譲らない状態が続くが、フィーの向ける真っ直ぐな瞳にとうとうグランも誤魔化しきれないと判断した。グランは両手を挙げて降参のポーズを取ると、水を一杯口にしてから話し始める。
「オレが『西風の旅団』を辞める前日、『赤い星座』と一戦交わしたの覚えてるか?」
「うん。グランと『
「そいつはどうも……その一騎打ち、フィーすけにはどう見えた?」
『
「──あのままだったらグラン負けてた」
躊躇いもなく正直に話すフィーを見てグランは笑みを浮かべていた。当時、グランも勝てる見込みが無いと分かっていて勝負を挑んだ。実力自体はグランもシグムントもそれほど離れていなかったが、やはり戦闘経験や修羅場をくぐり抜けてきた数が違う。経験は時に実力よりも重要視され、相手の実力が上だとしても経験の優位が此方にあれば勝る事もある。フィーの話す通りグランはシグムントに負けるというのが目に見えていたのだが、そう考えると何故シグムントは決着を着けなかったのかということになる。フィーもその事だけは未だに分からない。そしてそれを察したグランは、その理由も付け加えた。
「あの時言われたんだよ。次に一騎打ちしてオレが負けたら、戻ってこいってな」
その一言でフィーは理解する。実は『赤い星座』はグランが元々所属していた猟兵団で、グランはシグムントや『赤い星座』の団員から度々戻ってくるようにと言われていたが、それを頑なに拒否していた。『赤い星座』と『西風の旅団』の両団長は長年宿敵同士のような関係。頻繁に小競り合いのような事が起きていたため、グランがあのまま『西風の旅団』にいたとして今度対峙した時、グランが負けてしまえばグランとフィーは互いに敵同士になるという事。逆に言えば、グランにはシグムントに勝つ自信がこれっぽっちもなかったという事だ。
「一年程しか付き合いはなかったけど、団の皆は割りと好きだったし敵対したくなかったんだ。特にフィーすけ、お前とはな」
「うん……でも理由くらい話してくれてもよかったと思う」
「親父に勝てないから団辞めます、なんて言えるか馬鹿」
「確かに」
漸くフィーの顔に笑顔が戻った。やっぱりそれなりの理由があってグランは辞めたんだと知ってフィーは安心したのか、にこにこと笑顔を浮かべながら料理が来るのを待っている。そしてその横でグランはフィーの様子を見て笑みをこぼした後、どこか遠い目で自分に言い聞かせるように考え事をしていた。
「(きっとそのはずだ。きっと……)」
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「教団事件の方は無事片付いたみたいですね」
「ああ。どうやら例の新設部署が事件を解決したらしい」
時刻はグランとフィーがまだ列車の中にいた頃まで遡る。グランがトリスタを発つ前に訪れた質屋『ミヒュト』にサラの姿があった。どうやらサラも
「そういえばついさっきお前さんとこの学生が来たぞ」
「はぁ……どうせグランが『赤い星座』の事でも聞きに来たんでしょ?」
「ああ……奴が『
奴とは言うまでもなくグランの事。ミヒュトの言葉にサラは頷き、その口振りからも彼女はグランの事情を大方把握しているようだ。とんでもない生徒を持って頭が痛いとサラは愚痴をこぼすが、そもそもグランを士官学院に誘ったのはサラ本人である。と言ってもそこら辺の事情を知らないミヒュトはサラに同情すると言いながらケタケタ笑っており、余りに他人事過ぎるその言動には彼女も少々苛立っていた。
「ったくもう、笑い事じゃありませんよ」
「すまんすまん……ところで奴は何で『
グランが『赤い星座』を辞めた理由……どうやらサラもそこまで詳しい事は知らないようで、彼女もそれは気になって以前グランに問いかけてみたらしい。そしてグランから返ってきた答えは、何ともはっきりとしない理由だった。
「何かムカつくから、だそうです。流石にそれはないと思いますけど……ただ話だけ聞いてると、本人はどうしてそこまで強い憎しみを抱いているのか分かっていないみたいなんですよ」
「それはまたおかしな話だな。理由もなく恨んでるってのか?」
これにはミヒュトも首を傾げた。人を恨む理由といえば、何か大切なものを奪われた、とか酷い仕打ちを受けた、だったり大抵はそういったものだ。どこの世界に理由もなく相手に殺意を抱く人間がいるだろうか。サラも何とかして思い出させようと度々グランに過去の話を聞こうとしていたみたいなのだが、未だにグランから確かな事は聞けていないらしい。サラ曰く、話を聞いた時のグランの様子を見て、思い出せないというよりは思い出したくないように感じるとの事。
「そんな奴から聞き出そうとは、お前さんも案外世話焼きだな」
「そんなんじゃありませんよ。あの子が力を求めてる姿が辛そうに見えたから、手伝ってあげようと思っただけです」
「それを世話焼きって言うんだよ」
サラ=バレスタイン。教官の中でも彼女はだらしない姿ばかり《Ⅶ組》の皆へ見せているが、実は見えないところで生徒のために一番苦労しているのかもしれない。
今回の自由行動日ちょっと長いです。あと二話ぐらい続くかもしれません。だったら一話で長く描けばいいと思いますよね? ごめんなさい、私には無理です(´・ω・`)