翌日、トールズ士官学院の自由行動日。その日の早朝、グランは珍しく自室で出掛ける準備をしていた。白いカッターシャツの上に黒のスーツ、黒いズボンとどこぞのホストかお前はと突っ込みたくなるような格好をした彼は刀を腰に下げ、部屋の窓を開く。
「ったく。こんな朝早くから何で起きてんだフィーすけの奴は……」
どうやらグランの部屋の外、ドアの前にフィーの気配を感じたらしく、見つかると拙いのかグランは溜め息をついた後に窓から外へと飛び降りた。そしてその数秒後に部屋のドアが外から開けられ、そこには慌てて入室してきたフィーの姿が。彼女は軽く舌打ちをすると、風の入り込んでくる場所、つまり先程グランが飛び降りたばかりの窓へと駆け寄って外を見渡す。トリスタの東西に引かれた鉄路が視界に広がるのみで、グランの姿は既に無い。
「……やるね、グラン」
逃げられたというのに、フィーは笑顔を浮かべていた。完全に気配を消したはずなのに、あっさりとグランがそれを見破っていた事がフィーには嬉しかったようだ。実の兄のように慕っているグランは、昔と変わらずやはり凄いんだと再認識した彼女は笑みをこぼしながら窓から外へと飛び降りる。
「でも、私もあの頃より成長したんだから」
学生寮の敷地内に着地したフィーは、そのままグランを探しにトリスタの街中に躍り出るのだった。
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トリスタの街中にある建物、質屋『ミヒュト』と呼ばれる店にグランは顔を出していた。質屋といえば買い取りや金貸しが面になるが、学生に利用できるはずもなく、学生相手には交換屋という物々交換のような事をしている。そしてそんな表の仕事以外にも、この店では別の商売をやっていた。それは、裏の世界に通じている情報屋としての仕事。どうやらグランはそちらに用があったらしく、カウンターに座っている男の目の前に無言で茶封筒を置いた。男がグランに疑惑の視線を向けた後、封筒の中身を覗いて驚きの表情を浮かべる。
「……金貸しはやっているが、坊主に貸した覚えはないな」
「情報が欲しい。料金としちゃあそれでも十分な額とは思うが」
「ガキが生意気な口利きやがって……学生が何の情報を求めてんだ?」
グランの言葉に舌打ちをした後、男が問い掛ける。学生が情報屋の自分に一体何の用があるのだと。そしてグランは考える素振りを見せた後知りたい情報を口にするのだが、それは一学生にはとても必要とは思えないものだった。
「ここ最近の大きな出来事、それと──『赤い星座』の動向だ」
「最初のやつは分かるが、またどうして『赤い星座』を……そうか、赤髪の刀使い。成る程な」
男は一度怪訝な顔をするが、グランの容姿と腰に下げた刀を見て何か気付いたのかニヤリと笑みを浮かべる。流石にグランも気付いた。自分の素性がバレたと。とは言えここで動揺してしまえば男の思うつぼだ。グランは特に気にした素振りを見せずに先程の質問の返答を催促した。男はそんなグランを見て面白くないと呟いた後に答える。
「ここ最近で言やぁクロスベルで起きた教団事件だな。何でも『特務支援課』っていうクロスベル警察の新設部署が解決したって話だ」
「D∴G教団の残党が起こした事件だったな……他には?」
「それを知ってるんなら、後はお前さんも知ってるだろう情報ばかりだ。二つ目についてだが──」
ここでグランの表情が険しさを増す。二つ目についてはグランがもっとも知りたい内容だった。『赤い星座』とは、西ゼムリア大陸でも最強と言われている恐ろしく高い戦闘力を持った猟兵団。『闘神』の渾名で恐れられるバルデル=オルランドが団長を務め、少し前に『西風の旅団』という同規模の猟兵団の団長、『猟兵王』と呼ばれる人物とバルデルが死闘を繰り広げて相討ちになったのはグランも知っていた。
「『闘神』と『猟兵王』が相討ちになったのは知ってるだろう? 現在は『
「……それで?」
「どうやらその『闘神の息子』、さっき話した特務支援課にいるようだぞ」
この時、今日グランの向かう場所が決まった。
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──クロスベル駅に到着しました。御入り用のお客様は、足元に気を付けてお降り下さい──
「……はぁ、漸く着いたか」
列車を何度か乗り継ぐ事数時間。時刻は現在午後一時を回っていた。列車による長時間の旅を終えたグランは溜め息をつくと、凝り固まった体の節々を解しながら隣の席へ視線を向ける。そして彼の視線の先、そこには何故かスヤスヤと寝息を立てるフィーの姿があった。フィーがこの場にいる……つまり彼はフィーを撒くことが出来なかった。トリスタの街で『ミヒュト』を出た後、グランはその足でトリスタ駅へと向かったのだが、フィーはグランが遠出する事を予想して駅に先回りしていたらしい。受付でチケットの手配をするグランの姿を見つけて抱き付き、学院に残ってろというグランの言葉を無視してついてきたようだ。グランは気持ち良さそうに寝ているフィーのおでこを指で突いた後、眠たそうに立ち上がる彼女の手を取って列車を降り、クロスベル駅へと足を踏み入れる。
「貿易都市クロスベル……ここに来るのも久し振りだな」
駅を見渡すグランの周り、仕事や観光で訪れた者達が次々と改札へ向かっていた。未だに寝惚けたフィーの手を引き、二人は改札を通り過ぎて駅のロビーを抜ける。駅の外、クロスベルの街中は大勢の人々で賑わいを見せていた。流石は急速に発展を遂げているクロスベルといったところか。導力車が市内を走り、休日という事もあって屋台も多く露店し、家族連れやカップルの姿がグランの視界に入る。その後に横で立っているフィーの姿を見て、グランは盛大な溜め息をつきながら彼女の頭へと手を置いた。
「クロスベルまで来たってのに相方がフィーすけとは……大体何でついて来たんだ?」
「ん。グランが何処かに行っちゃうと思ったから」
「あのな……まぁいい。取り敢えず腹減ったし、何処かに良い店は──」
頭を抱えながらフィーの顔を見ていたグランだが、お腹も空いてきた事で先に昼食を済ませようと辺りに店がないか探し始める。フィーも同じく周囲の建物を見渡していたが、そんな時二人の近くで街の人々がざわざわと騒ぎ出す。何事かとグラン、フィーは声のする方へ顔を向け、二人の視線の先には街中にもかかわらず何故か二匹の鼠型魔獣の姿があった。大きさは成人男性の半分ほどもある。そしてその耳には針のようなものが無数に生えており、放っておけば怪我人が出る可能性も含めてグランもフィーもこの状況を見逃すことは出来ない。グランは刀を、フィーは両手に銃剣を構えて素早く魔獣の元へと接近する。
「大した魔獣じゃない。速攻で片付けるぞ」
「
それぞれ魔獣の背後に回り込んで一閃、苦しみ悶えるその姿に更なる追撃をかけた。駆け抜け様に斬撃を浴びせ、二人が立ち止まったその後方で魔獣は消滅。一連の出来事を目撃した街の人々が歓声と拍手を巻き起こす中、グランとフィーは武器を納めるとハイタッチをして笑顔を浮かべた。
「やっぱり目立つか」
「悪い気はしないね……ちょっと恥ずかしいけど」
フィーがにこにことVサインをする中、グランは周りがどんどん騒がしくなっているのに気付いて苦笑いを浮かべながら考え事をしていた。恐らく、魔獣が出現した事はクロスベルの
「遊撃士協会、クロスベル支部に所属する者です」
「申し訳ありませんが、事態を把握するために同行をお願いできますか?」
グランの目に入った人はクロスベル警察の人間ではなく、ここクロスベルで遊撃士をしている二人の女性の姿だった。
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クロスベルの東通りに位置する、
「せっかくの休日って事でクロスベルに観光に来たんすけど、あの場面に出くわしまして」
「お礼を言うわ。お陰で怪我人も出ずに済んだみたいだし……エオリア、程々にしなさい」
女性口調の男、ミシェルはグランに頭を下げた後、呆れた目つきでグランの左に座っている女性へと視線を向ける。エオリアと呼ばれた女性は、グランの横で何故かフィーを膝の上に乗せながらとても嬉しそうに座っていた。グランはアンゼリカがこれを見たらどれだけ羨ましがるだろうと考えながら、鬱陶しそうに眉を潜めるフィーの頬を突ついている。
「グラン助けて」
「良いじゃねえか。エオリアさん、よかったらこいつあげますよ」
「本当!? フィーちゃん、これから宜しくね♪」
笑いながら冗談半分に話すグランの言葉を本気にしたのか、エオリアがフィーにすりすりと頬擦りをしながらその体を抱き締めていた。エオリアと同僚で同じくクロスベル駅前の現場に駆けつけていたリンと言う名前の女性は、ミシェルの隣で二人共に深い溜め息をつき、エオリアの姿に呆れ返っている。このまま彼女の相手をしていれば一向に話が進まないため、二人は一人別世界に旅立っているエオリアを置いてグランに事情を尋ね始めた。
「突然で申し訳無いんだけど──グラン君。君の容姿は私の知る要注意人物によく似ているんだけど合ってるかしら?」
「遊撃士協会に危険視されるような覚えはないんですけど……」
「ミシェルさん、彼も困っています。確かに彼は只者ではない様ですが──いや、待て。赤髪に刀を使う者と言えば……まさかヴェンツェルの言っていた?」
驚きながらグランの顔を見て話すリンの隣。ミシェルは彼女の言葉に頷くとグランへと視線を戻し、平然を装っているグランに笑みを向けた後、その口を開いた。
「アリオスと同じ、八葉一刀流の弐ノ型免許皆伝者。二年前の帝国で起きた『
クロスベルの地に来てすぐ、グランはいきなり窮地に立たされることとなった。
ご覧の通りの急展開です。構成下手で申し訳ない。
トワ会長が『