紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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誇り高き少女の迷い

 

 

 

「驚きました? 由緒正しき士官学院の生徒が、元猟兵で」

 

 

「うん、ちょっとだけ……」

 

 

 グランの過去は猟兵で、その事実は少なからずトワを驚かせていた。だからといって彼女のグランに対する接し方が変わるわけではない。過去がどうあろうと関係なく、トワの知っているグランという人間は、一緒にいると楽しい少し手のかかる後輩というものだ。トワは苦笑いを浮かべるグランを見詰めながら話す。きっと、グランにはこれから楽しい事が沢山待っていると。

 

 

「グラン君、とても頑張ったんだから。これから先は、きっと楽しい事ばっかりのはずだよ」

 

 

「そうだといいですけど──」

 

 

「絶対そうだよ! なんだったらグラン君が楽しく過ごせるために、私も力になるから!」

 

 

 トワの妙な迫力に気圧されたグランは、反射的に頷いてしまう。それを見て満足そうなトワはにこにこしながら手に持ったお茶を口にして、ハッと思い出す。グランはここに来る前に何をしていたと言っていたか。

 

 

「そうだグラン君、鬼ごっこはどうしたの?」

 

 

「あぁ……オレ的にはこのままトワ会長とダベってる方が楽しいんですけど」

 

 

「ダメだよ。鬼をしてる子はきっと今も探してるんじゃないかな?」

 

 

「はぁ……後で煩く言われるよりは、先に謝っといた方が幾分かマシか」

 

 

 グランはそう呟いた後、とても面倒そうに立ち上がると窓へ近付き、縁に足をかける。その行動を見たトワは何をしてるんだろうと首を傾げるが、彼がこの部屋にどうやって入ってきたのかを思い出して直ぐに声を上げた。

 

 

「あっ! グラン君──」

 

 

「トワ会長。それじゃ、また来ます!」

 

 

 やはり予想通りというか、グランは窓から外へと飛び降りた。トワは急いで窓に駆け寄ると外を眺めるが、既にグランの姿は何処にもない。やられた……と頭を抱えた後、彼女はソファーに戻って残りのお茶を口にする。

 

 

「全く、グラン君ったら。窓は出入口じゃないのに。でも……また来ます、かぁ……えへへ」

 

 

「──トワ、一体どうしたんだい?」

 

 

 トワが独り言を呟きながら笑みを浮かべたちょうどその時。トワと同じ二年生でツナギを着た小太りの青年、ジョルジュ=ノームが生徒会室を訪れた。彼は一人で楽しそうに笑顔を浮かべているトワを見つけるがその理由を知るはずもなく、彼女がジョルジュの存在に気付くまでは終始首を傾げているのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 生徒会室を飛び降りたグランは、ラウラの姿を探すために学院内を歩いていた。本校舎、図書館、グラウンドとラウラを探すも彼女の姿はない。そして最後に、ラウラの所属する水泳部が活動を行っているギムナジウムへとグランは訪れていた。屋内に入ると、貴族クラスの生徒が着用する白い制服を着た金髪の少年とすれ違う。グランは特に気にすることなく奥へ進もうとしたが、どうやら向こう側には用があったらしい。グランの背後でその少年が呼び止める。

 

 

「待て、その制服……お前も新設された《Ⅶ組》とやらの生徒か?」

 

 

「んぁ? そうだが……何か用か?」

 

 

「教官は何かと特別扱いしているらしいが……所詮お前達などただの寄せ集めにすぎない、という事をよく覚えておくんだな」

 

 

 少年の物言いは、グランを、《Ⅶ組》の事を明らかに見下していた。特別扱い、というのはおそらく先月に行われた実習の事を言っているのだろう。グランも彼の言葉に多少カチンときたようだが、貴族は大体このようなものかと割りきって堪える。確かに、貴族の中では《Ⅶ組》のリィンやラウラのように親しみやすい方がどちらかというと珍しい部類に入るだろう。

 

 

「ご忠告どうも。それじゃ、オレ急いでるんで」

 

 

 グランは貴族の少年との会話を終えるとギムナジウム一階の奥へ進み、屋内プールのある場所へと辿り着いた。プールと言えば水泳、水泳部に所属するラウラならこの場所にいるか、もしくは顔を出しているだろうとグランは考えたようだ。プールサイドで休憩している女子部員の元へ、グランが近寄る。

 

 

「すんません、ラウラって名前の人がここに来てませんか?」

 

 

「ラウラですか?」

 

 

「……」

 

 

 赤い髪をした水着姿の女子部員に尋ねたグランだが、その子が聞き返してきてもグランは何故か黙っていた。女子は急に黙りこんだグランを不思議に思って首を傾げている。そのグランは少し間を置いた後、やがて口を開いた。

 

 

「お嬢さん、お名前は?」

 

 

「私ですか? モニカって言います」

 

 

「ありがとうモニカ。その水着姿は良い目の保養になった」

 

 

「……っ!?」

 

 

「いやー、女子の水着姿じっくり見る機会ってあんまなくてな。グラビア誌もあるが、やっぱ本物の方がいいだろ?」

 

 

 何を言うかと思えばいきなりセクハラ発言を連発し出したグラン。モニカは恥ずかしさで顔を赤らめ、グランがその様子を笑顔で見ている中、近くにいた男子部員が二人の姿を見つけて駆け寄ってくる。話を聞くと、どうやらモニカが絡まれているんじゃないかと心配して様子を伺いに来たようだ。グランが自己紹介をして、男子部員とモニカはグランの事を知っていたのか、笑顔でそれぞれグランと握手を交わしている。

 

 

「君がグラン君か。優秀な水泳部員候補がいると話に聞いていたが、会えて嬉しいよ」

 

 

「とても運動が得意なんだって聞きました! 私あんまり運動得意じゃないんで、尊敬しちゃいます!」

 

 

「あ、どうも……」

 

 

 二人に詰め寄られたグランは、この場にいないラウラを恨みながら少しずつ後ずさる。実は以前からラウラに水泳部へ入らないかと誘いを受けていたのだが、グランはそれを頑なに拒否していたのだ。理由は勿論、放課後や自由行動日に昼寝ができなくなるというもの。この二人がグランの事を知っているのは、恐らくラウラがグランを水泳部に入れるために話したからだろう。

 

 

「ぜひうちに入ってくれ!」

 

 

「私泳ぐのが苦手なんで、よければ泳ぎ方を教えて下さい!」

 

 

「ど、どうしよっかなー……」

 

 

 二人から目をそらして考える素振りを見せるグランだが、勿論彼に入部する気などない。この状況をどうやって切り抜けようかと考えている。そしてグランが不意に後ろへ視線を向けると、その先には何故かリィンが。グランは閃いた。この状況を切り抜ける方法を。

 

 

「リィンちょっと来てくれ!」

 

 

「グランじゃないか。一体どうしたんだ?」

 

 

「実はこのリィン君、オレもビックリの運動センスなんですよ!」

 

 

 グランが傍に寄ってきたリィンの背中をバシバシと叩き、水泳部の二人の視線がリィンへと移る。そして二人の視線から外れたグランは、このチャンスを逃さなかった。三人が気付いた時にはもう彼の姿はない。

 

 

「やられた! 仕方ない、リィン君」

 

 

「えっと……まさか?」

 

 

「そのまさかです!」

 

 

 リィン=シュバルツァー、本当に気苦労の絶えない男である。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 同じ時刻、グランが探しているラウラの姿は第三学生寮にあった。第三学生寮の三階、角に位置するラウラの部屋。ラウラは自室の中央で目を閉じ、大剣を握り締めて立ち尽くしていた。そして閉じていた目を見開くと、手に持った大剣を目の前の空間に向けて横薙ぎに払う。風圧と共に空気を切る重たい音が部屋中に響いた。しかしラウラの剣にしては普段の鋭さも威力も垣間見えず、本人も今の一閃に納得していないのか、顔をしかめて大剣を鞘に戻すとベッドへ腰を下ろす。

 

 

「……思った以上に、私は動揺しているのだな」

 

 

 俯いたラウラの顔からは、信じていたものが違っていた時のような失望感が感じ取れた。彼女の頭の中では、学生会館の生徒会室で交わされていた会話の内容が幾度も繰り返される。

 

 

──実はオレ、ここに来る以前は猟兵だったんです──

 

 

 グランが猟兵だった。その事実を知ってしまったラウラは衝撃のあまりあの場所にいられず、気が付けば自分の部屋まで戻ってきていた。彼女にとってグランは、同じ剣の道を歩む者同士として切磋琢磨していけると信じていた掛け替えの無い友人の一人。本人はリィンの方が向いていると言って頑なに真剣勝負を拒んでいたが、それでもラウラはグランの太刀筋が好きだった。先月の実習で見せた彼の実力の一端、八葉一刀流を修めた者が総じて呼ばれる『剣聖』の名にも相応しいんじゃないかと思うほどの力。それからグランに対する思いは更に強くなっていた。なのに──

 

 

「そんなグランが何故、猟兵などという仕事を……」

 

 

 そして、その言葉を口にしてラウラは考えに至る。そう、これは彼女がグランに対して一方的に考えていたものに他ならない。信じるも信じないも、ラウラがグランに対して一方的に思いを寄せていただけで、グランにとっては迷惑極まりない。それに、グランは自分では高め合う存在にはなれないと言っていたではないか。その事に気付いたラウラは、自嘲気味に笑みを浮かべた。

 

 

「私は迷惑な女だな。一人で勝手に期待をして、真実を知った途端裏切られた気持ちになっている。今の私を父上が知ったら何と思われるか」

 

 

 そこまで理解して尚、ラウラのグランに対する軽蔑は無くならない。頭が理解しても、心が許さないのだ。猟兵はミラさえ支払えばどんなに汚い仕事にも手を染めるという。ラウラの持つ弱き者を守るという思想とは正反対のそれは、彼女にとって忌むべきもの。勿論猟兵の中にも様々な人間がいるだろう。例を上げるならば、塩の杭事件と呼ばれる出来事で壊滅的被害にあったノーザンブリア自治州。そこを拠点に活動する『北の猟兵』は、苦しむ民のために今も猟兵をしている。もしかしたらグランも、何か理由があって猟兵生活を余儀無くされたのかもしれない。

 

 

「事実と真実は決して同じではない。それが分かっていて尚、軽蔑している私はやはり愚か者なのだろう」

 

 

 やはり、今はグランの過去を受け入れることが出来ない。でもこれから先グランという人間を少しずつ知っていき、彼が自分と正反対の人間ではないと心が認めればもしかしたら……と考えに至ったラウラは立ち上がると、得物をベッドに置いて視線を窓の外へと向ける。

 

 

「グラン。そなたはこんな私でも、今までと同様に接してくれるだろうか──」

 

 

 彼女のその声は、夕闇の広がるトリスタの空へと消えていった。

 

 

 




モニカは結構お気に入りのキャラです。サブキャラの異様な可愛さは、閃の軌跡をプレイして思った事の一つだったり。

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