紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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紅の由来

 

 

 

「———何ですと!?」

 

 

 オルキスタワー三十五階、国際会議場。その中で、驚きを露わに立ち上がるヘンリーの声が響き渡る。彼についてよく知る周囲からは温厚な性格で知られ、見た目からもその優しさが伝わる老人の浮かべる現在の表情は険しい。何とか怒りを堪えているといった様子で、彼は厳しい視線を一人の人物へと向けていた。

 ヘンリーの怒りに触れる原因となったのは、ギリアス=オズボーン帝国宰相の放ったある発言へと起因する。それは、クロスベルの治安維持に対する不安、そしてそれを解決する為の方法として彼が告げた、とある手段だった。

 

 

「今、何と仰ったか! 申し訳ないが今一度、繰り返していただきたい」

 

 

「お望みとあらば何度でも。無能なクロスベル警備隊は即時解体し、クロスベルには他国の治安維持部隊を駐留させる。それが、最も建設的かつ現実的だと申し上げた」

 

 

 発言の確認を受け、改めてオズボーンが放ったクロスベルの治安維持改善策。クロスベルの立場を蔑ろにしたとも取れるその提案には、ヘンリーも険しい表情を崩さず。ディーターは瞳を伏せ、静かに聞き届けるその姿からは心境を察せない。

 他国の戦力によるクロスベルの治安維持。クロスベルの保有する治安維持組織の脆弱性を指摘した事で発展したその提案は、全くの根拠がないという話ではない。より確実な安全性を求めるのであれば、自治州の保有する小規模な戦力よりも、大国の持つ大きな戦力を頼る方が効率的だと考えるのも一理あるだろう。しかし、他国の軍を派遣という事はつまり、クロスベルへの直接の武力介入を意味する。それには当然、国家間の問題が付き纏う事になる。平和的、とは言い難いその提案には、会議に参加しているクローディアもその視線に鋭さを増した。

 

 

「お待ち下さい! 宰相閣下は、不戦条約の条項をお忘れではありませんか……!?」

 

 

「ああ……クロスベル問題に対し、武力による解決を図らないよう努める、ですか。今回の提案は別に侵略を意味しているわけではありません。治安維持組織そのものが、たかだか宗教団体一つ如きで崩壊しかけたというのがそもそもの問題……民間人を危機に陥れるそのような無能な集団は、解体すべきだと言いたいのです」

 

 

「っ!?」

 

 

「実際、クロスベル警備隊の持つ自衛能力など、帝国軍、或いは共和国軍にとっては存在しないに等しい。どれだけ高性能な装甲車を揃えようと、戦車の前では紙切れ同然。そんなものに高額な維持費を費やすぐらいなら、他国の治安維持部隊に安全保障を委ねる……それが、”自治州”如きには一番効率的な在り方でしょう」

 

 

「些か乱暴すぎる意見と思いますが……」

 

 

 クローディアの指摘も躱し、オズボーンは辛辣な意見を理路整然とした考えで語る。レミフェリア公国の代表として参加しているアルバートからは苦言が漏れるが、彼の提案は現状の不安定なクロスベルに対する対策として、現実的なものである事は否定出来ない。それがどれだけ強引な手段であろうとも、否定材料無くして反論の余地は無い。

 ただ、仮にクロスベルの治安維持を他国の軍が担うとして、問題はどの国がクロスベルへ軍隊を派遣するのかという事になる。話の流れから事を察するのは簡単だが、その通りになってしまえばオズボーンの思い通りに事は運ぶ。させるわけにはいかないと、牽制の意味も込めてオリヴァルトが隣にいる彼を横目に腕を組んだ。

 

 

「その他国の治安維持部隊というのは何処を指しているのかな? まさか貴方ともあろう人が、歴史的経緯を推し量らずに”帝国軍”などと言わないだろうね?」

 

 

「ハハ、そうは申しておりません。ですが、過去の事を水に流してでも協力すべきだとは思います……それが、西ゼムリア大陸の平和と発展に繋がるのであれば」

 

 

 協力、と言えば聞こえの良い今回の駐留案。結局のところは武力による介入であり、捉え方によっては軍事侵攻とも取れる采配だ。クロスベルの隣国は帝国と共和国、現実的な話として他国の治安維持部隊を派遣するとなると、この二カ国が候補に挙がる。グランの言っていた通りに会議の場が運んでいる現状には、オリヴァルトやクローディアの表情も渋い。異を唱えても、そこに提案を覆すだけの確かな理由や根拠、代わりとなる代替案が無ければ反論も続かない。クロスベル側からも反撃の無い今、このまま会議が進めばオズボーンの提案は現実的なものとなる。

 しかし、彼の提案には意外な人物からも否定的な意見があった。

 

 

「私も、宰相閣下の意見は少し強引に思えますな」

 

 

 一連の流れを聞いていたロックスミスが、オズボーンの提案に異を唱える。

 

 

「しかし、クロスベル警備隊が軍にもなりきれない中途半端な組織であるというのも分かります……実は先刻、その事で紅の剣聖殿と会話をする機会がありましてな」

 

 

「今回宰相殿の護衛をしていた……私も一度だけ会った事がありますが、あの若さで驚くほどの聡明さでしたな」

 

 

「大公閣下も彼の事をご存知で! いや、この西ゼムリアの各国を担う者であれば知らないはずはありませんか」

 

 

 愚問だったと、ロックスミスはアルバートの発言に対して反応を見せた直後に瞳を伏せる。この場に参席している者なら必ず知っているであろう彼を、今更説明する必要も無いと。それだけ、紅の剣聖という存在の認知度は首脳クラスの間では比較的高い。その地位の人物を主に護衛対象として仕事を行なってきたというのも理由の一つではあるが。

 

 

「私も以前から友好的な関係を築いているのですが、こと安全という面において彼以上の信頼を預けられる人物は、この大陸を探してもそうはいません。そして、その休憩の際に気になった事を一つ彼へ聞いてみたのです……現状における、クロスベルの治安維持問題について」

 

 

 ここで出して来たかと、オリヴァルトとクローディアは横目で視線を通わせる。休憩時間にグランがロックスミスとの対話で尋ねられたというクロスベルに対する自衛能力の有無。オリヴァルト達が聞いた限りでは、現状のクロスベルにおける自衛能力に対して彼の意見は厳しいものだった。宗主国である二カ国によって設けられた様々な制約下で自治を行うクロスベルでは、現状で尽くす事の出来る手段に限りがある。その様な状況下での解決策は、彼も提示出来なかった。

 しかし、ロックスミスが語るグランとの対話内容は、彼らが事前に話を聞いていたものと異なる。

 

 

「結論から言うと……クロスベル警備隊では、いずれまた民間人の安全を脅かす。自衛能力が著しく欠如している以上、周辺国に協力を仰いで治安維持を行うのが現実的だ。というのが紅の剣聖殿から返ってきた答えでした」

 

 

「待って下さい! 私も休憩時間に彼と同様の話題を話す機会がありましたが、そこまで具体的な事は……」

 

 

「王太女殿下もお聞きになられていましたか。このような言い方は失礼ですが……殿下はまだお若く、女性でもある。心優しく可憐な殿下へは、彼も不安を煽らないよう具体的な内容を話す事を憚ったのでしょうな」

 

 

「そ、そんな事は……」

 

 

「大統領。紅の剣聖殿の発言を曲解している、という事はないだろうか。彼が貴方ほどの人物に、政策に対する具体案を提示するとは思えないのだが」

 

 

「皇子殿下、曲解などそのような事は決して。クロスベルの現状を心配する余り、彼も意見せざるを得なかったのでしょう」

 

 

 オリヴァルト達の話す通り、グランは現状に対する現実的な具体案など一言も言っていない。だが、実際に彼と対話を行なったロックスミス本人、或いはグラン本人にしか本当の事は分からない。グランに事の確認が出来ない以上、この場ではロックスミスの話す内容がそのままグランの語った意見という事になる。

 とはいえ、流石にそれらを全て鵜呑みにする程この場に参席している者達は安易に考えない。実際に当人の口から語られなければ、その発言内容が本当に話した内容であるのか信用に値するとは言い難い。非公式であれば尚のこと。しかしそれは、共通の内容を知る第三者がいれば別の話になる。

 

 

「私の方でも、大統領閣下と同様の意見を彼の口から聞きましたな」

 

 

「宰相閣下もお聞きになられましたか! いやはや、非公式での話とはいえ、こと安全保障に関わる問題において紅の剣聖殿の意見は無視出来るものではありません。その点については、ディーター市長とヘンリー議長の御二方にもご理解頂きたい」

 

 

 オズボーンがロックスミスの発言を肯定する事で、グランの発言が確かなものである事の証明を行えるわけだ。こういった流れにだけはしたくなかったと、オリヴァルトとクローディアもその顔には陰りが見える。ヘンリーやアルバートの表情も渋く、ディーターは未だ静かに話を聞き届けているが、内心は彼らと同様だろう。安全保障に関わる事項として、この場にいる者達にとってもグランの発言はそれなりの価値があるというのは共通認識なのか、その点について指摘する者はいなかった。ただ、先程クローディアの若さを指摘したロックスミスが、彼女よりも更に年齢が下のグランの意見を持ち出したというのは実に都合のいい話ではあるが。

 そして、話は先の提案へと戻る。

 

 

「そこで、先程宰相閣下がご提案された件についてですが……警備隊の規模を大幅に縮小し、代わりにベルガード門へ帝国軍、タングラム門へ共和国軍をそれぞれ駐留させる……というのはどうですかな? それならば、有事にも即座に駆けつける事が叶いましょう。紅の剣聖殿の意見を参考にした形ですが、これならば彼が危惧しているクロスベルの安全性も保証出来るかと」

 

 

 ロックスミスから提案された、今回の問題提起に対する対策案。帝国と共和国が宗主国を担う中で、帝国側に配慮しつつ、共和国としても一歩踏み入る形となるその内容に、周りの表情は決して思わしくない。何故なら、その提案にはクロスベルに対する配慮というものが一切欠けている。具体的な対策に乗り出したクロスベルの今後を見守っていきたいスタンスのオリヴァルトを含むリベール、レミフェリア側としては、安全保障に関する内容についてもクロスベルに一任したいというのが本音だ。帝国と共和国の圧力が増すその対策案には否定的な見解を示している事が、彼らの表情からも推測出来た。

 しかし、やはりと言うべきか、この人物は対策案に関心を示す。

 

 

「なる程、検討に値するかと。流石は大統領閣下、野党の突き上げを捌きつつ政権運営を担われているだけの事はありますな」

 

 

「いやいや、宰相閣下こそ頑迷な貴族勢力を抑えながら改革をなされている。貴方に比べれば私など」

 

 

「いい加減にしたまえ。この場は二国だけの会談の場では無いぞ」

 

 

 他者の介入する余地すら無い二人のやり取りには、流石のオリヴァルトも苦言を呈す。まるで事前に示し合わせたかの様に帝国と共和国主体で流れる会議の進行具合は、最早突っ込む気力すら周りには無かった。

 

 

「さて、議論は斯様な方向へと流れたわけですが……御二方の意見はどうかな?」

 

 

 口角を吊り上げ、オズボーンはクロスベル代表の二人へとその視線を移す。ヘンリーは提案を突き返すだけの手段を持ち合わせていないのか、反論する事も具体的な代替案を提示する事もなく苦しい表情で唸った。

 しかし、一連の流れを静かに聞き続けていたディーターは違う。彼は不意にその場を立ち上がると、参席する代表達の顔を見渡した。

 

 

「今この場で語られているクロスベルの安全保障の件について、私の方から一つ提案させて頂きたい事があります。それは———」

 

 

 二カ国への反撃として、彼が用意していた策。それを口にしようとした、その矢先。

 

 

「———方々、下がられよ!」

 

 

 会議の見届け役として、ディーター達の後ろに控えていたアリオスが唐突に叫ぶ。彼の声に一同が視線を向けたその時、プロペラが空を切る飛行音を伴ってガラス張りの向こう側には二隻の飛行艇が突如姿を現した。

 現れた二隻の飛行艇は装備された双銃を用い、国際会議場目掛けて突然銃の一斉掃射を行なった。鳴り響く銃器の発射音、一面ガラス張りの壁はけたたましい音を伴って次々と亀裂が発生する。流石は有事に備えた設備か、十数秒の銃乱射に強化ガラスは耐え、場内に弾丸が侵入する事はなかった。参席者全員が対面まで避難し、一同が険しい表情で現れた飛行艇を見据える。

 そんな彼らの視線に気付いたか。事の当事者である男達は場内アナウンスの支配を乗っ取り、スピーカー越しに名乗り始めた。

 

 

———会議に出席されている方々、我々は帝国解放戦線である———

 

 

———同じく、カルバードの古き伝統を守る為に立ち上がった反移民政策派の者だ———

 

 

———この度、我々は互いの憎むべき怨敵を討ち取らんが為、協力する運びとなった……覚悟してもらおう! 鉄血宰相ギリアス=オズボーン!———

 

 

———ロックスミス大統領……共和国の未来の為、貴方にはここで退場して頂く!———

 

 

「ふん、話にならん」

 

 

「愚かな……」

 

 

 テロリスト達に名指しされた二人は彼らの目的を聞き、呆れた様子で瞳を伏せる。自らが命を狙われている割りには、その表情は至って冷静だった。大国を率いる立場に立つ者の豪胆さか、或いはこの様な事態になるのを確信した上で必ず乗り切れるという自信から来る余裕か。どちらにせよ、現状は二人の元へ危険が迫りつつあるというのは変わらない。それは、同席する他の代表達にも言える事ではあるが。

 テロリストの宣告が終わり、飛行艇がタワーの屋上へ向けて飛空を開始する。そんな中、オズボーンの傍に控える帝国政府書記官のレクターは、普段の飄々とした姿とは違い、緊張の面持ちで飛行艇の消えたガラスの向こう側を見詰めていた。

 

 

「しかし、チョイとまずいな……って、肝心な時にウチの護衛がいねぇんだが」

 

 

 周囲を見渡し、クロスベル警察の人間や他国の代表達の護衛が集結する姿を確認しながら。真っ先に自分達の元へ来なければいけないはずのグランの姿が見当たらない事に一人、肩を落とすのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 オルキスタワー地下に位置する広大な駐車場区画。その一画に、人だったモノの肉塊が六つ、血溜まりの中で散乱している。空間を漂う濃厚な鉄の匂い、直視すら躊躇われる惨状が、そこには広がっていた。帝国の未来の為、鉄血宰相を亡き者にすると誓った四つの意志は、無残にもこの場で砕け散る。彼らに加担した猟兵二人もまた同罪とされ、同様に女神の元へと旅立った。

 そんな惨状を生み出した張本人でもある赤い星座の隊員達は、構えていた銃器を下ろしてその場を振り返る。彼らの視線の先では指示を出したであろうシャーリィとシグムントの二人が、作り出した惨状を前に佇んでいた。その表情には笑みすら見え、テロリスト達の抵抗などあってなかったようなものという余裕が窺える。

 

 

「ニーズヘッグの二人は兎も角、他は思ってたよりも退屈だったかな」

 

 

「フ、あの程度の連中に食い下がる気概を求めるのは酷だろう」

 

 

 あろう事か退屈とまで言い放ったシャーリィの発言。シグムントも言葉選びにこそ違いはあるが、彼女と同様の意見であろう事は言うまでもない。猟兵である以上、この様な事が日常茶飯事の彼らにとって、目の前に広がる凄惨な光景は気に留めるほどの事でもなかった。その惨状を自らが作り出した以上当たり前ではあるが。

 一方で、共和国のテロリスト六人を生け捕りという形で拘束したツァオ達は、自分達とは真逆の展開を迎えた帝国のテロリストだったモノへ視線を向けて苦笑気味だ。

 

 

「相変わらず容赦の無い。あなた方を相手にしたテロリスト達が可哀想ですね」

 

 

「皆殺しか……彼らに同情の余地は無いがな」

 

 

 ツァオの隣では、黒装束の男が冷たく言い放つ。確かにテロリストなどという存在に同情の余地は無いが、赤い星座の作り出した光景に動揺の色一つ見せないところを見ると、彼らもまたこの光景を見慣れているという事だろう。存在する経緯は違えど、根本的には同じ様な存在なのかもしれない。

 ツァオ達の声に振り向いた赤い星座は、互いに仕事の最中という事もあり交戦の意思は無かった。ただ、シャーリィは先の戦闘中に一人気になる事があったようで、その視線を黒装束の男へ向ける。

 

 

「ずっと興味があったんだよね……確か(イン)だっけ。さっきから思ってたんだけど、その覆面外したら?」

 

 

 唐突にシャーリィが口にしたそれは、正体を見せろという意味にしか取れない発言。無論その言葉で男が覆面を脱ぐ事は無いが、そもそもシャーリィの言葉はそういった意図では無かった。

 

 

「何か身体の使い方も妙だしさ……普通にしてた方が強いんじゃない?」

 

 

「ほほう……」

 

 

 シャーリィの指摘には、(イン)と呼ばれた男も覆面越しに少し驚いた様子で、その隣に立つツァオもまた、彼女の言葉に興味のある素振りで(イン)へ視線を移す。彼の視線を受けて余計な事を言ってくれたといった様子の(イン)。そしてその感情に気付いたというわけでは無いが、シグムントは自身の娘の発言が不粋だったと詫びを入れた。

 

 

「フフ。親馬鹿と言われるかもしれんが、こいつの見る目は確かでな。気に障ったのなら謝ろう」

 

 

「……別に」

 

 

———こちら屋上、紅の剣聖の姿を確認した。これより交戦する……本隊の健闘を祈る……!———

 

 

 彼らが雑談を交わす中で、突然地下に響いた通信機越しの声。発信源は一同が向けた視線の先、ツァオ達に拘束されている共和国のテロリスト達の懐からだ。屋上へ向かった同胞達の激励には、誰も応えること叶わず。ロープに縛られた身体を捩らせながら、六人は悔しげに悪態をつく。

 虚しく消えさった通信に反応したのは、テロリストの彼らだけでは無かった。(イン)に好奇心の目を向けていたシャーリィもまた、先の通信で何やら思う事があるらしく。

 

 

「うーん、ランディ兄の方は大丈夫かなぁ?」

 

 

「ランドルフ様、ですか?」

 

 

「いや、だってあの腑抜けてたランディ兄だよ? グラン兄は私達以上に敵に容赦無かったからさぁ。結果的には同じでも、こっちはまだ身体が繋がってる分マシだし……というか人間の首ってあんなに綺麗に飛ぶもんなのって感じだよね。あのお兄さん達も引かなきゃいいけど」

 

 

「長期休暇の奴にはいい薬だろう。他の者達には……少々刺激が強いかもしれんがな」

 

 

 ケラケラと笑うシャーリィに、シグムントもその口元をニヤリと曲げる。二人の懸念通り、と言っても心配しているわけでは無いだろうが、その予感は見事に的中することとなる。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

———何故目を離した! クソ、今更何を言っても遅い。お前達はそのまま奴の後を追え!——

 

 

 オルキスタワー内の昇降機にて。飛行艇を用いたテロリストによる襲撃の直後、遊撃隊としてタワー内部を警戒していたロイド達特務支援課は現在、グランが応戦しているであろう屋上へと向かっていた。

 グランの予見通り、彼が屋上へ向かって数分と待たずにテロリストによるオルキスタワー襲撃が行われた。まるで未来予知だとロイド達がその事に驚いたのは勿論だが、それ以上に彼らが驚いたのはオルキスタワー内で起きた異変だ。

 各階に備えられた緊急用の自動シャッターが突如機能し、国際会議場とその下階の警備隊が控えるフロアがそれぞれ孤立してしまった。警備隊の一個中隊はテロリストの迎撃に向かえず、仮にテロリスト達が国際会議場へ辿り着いた場合、対処可能な手数は遊撃士のアリオスにクロスベル警察の一部、各国代表の護衛のみ。とは言っても、先手としてグランが既に屋上へ向かっている為、暫くはそこで膠着状態となる可能性もあるが。

 そして幸運な事に、ロイド達が見回っていた国際会議場の上階フロアは自動シャッターの作動を逃れ、昇降機を使用する事が出来た。ならば向かう場所は一つだと、グランの応援に駆けつけるべく屋上を目指しているというわけだ。

 ただ、彼らが行動に移す直前にダドリーからの通信で知らされた代表達の無事と、自分達が伝えた内容に対する彼の反応には、ロイド達も首を傾げていた。

 

 

「どうして、ダドリーさんはあんなに焦っていたんだ?」

 

 

「グラン君に任せるのが不安そうな感じだったけど……」

 

 

「あの子の実力は確認してますし……まぁ、確かに一人で複数のテロリストを相手にしているというのは心配ですけど」

 

 

 ロイドの疑問に続く形でエリィとノエルが話す中、昇降機はひたすら屋上へと上っていく。

 宰相と大統領の殺害が目的ならば、テロリスト達の数は複数、それも二、三人のような少数ではないはずだ。多数のテロリスト相手に一人で立ち回る以上、幾らグランの実力を把握していたとしても心配になってしまうのは仕方がないだろう。ただ、それがもしそういった意味での心配事であればの話だが。

 

 

「いや、心配しているのはむしろ———」

 

 

 ロイド達とは別の、恐らくはダドリーと同様の懸念をしているランディの声は、昇降機の到着音によって掻き消される。彼らは扉の開閉と同時に昇降機を飛び出し、屋上へ続く階段のドアノブに手を掛けた。

 ドアの先はタワーの壁に沿う形で階段が昇り、彼らは静かな空気に違和感を覚えながらも階段を駆け上がる。そして屋上に辿り着いた特務支援課は、二隻の飛行艇をその視界に捕捉した。

 

 

「どうやら無事にテロリストを拘束しているみたいだけど」

 

 

 ワジの声の先、片方の飛行艇の傍にはテロリストと思われる二人の男がロープによって拘束されていた。心配は無用だったかと安堵する中、屋上を吹き抜けた一陣の風が一際濃い鉄の匂いを彼らの鼻元へ運び込んだ。

 風が運んだ匂いの元、もう一方の飛行艇の影へ視線を向けたティオは、その光景に唖然とする。

 

 

「ぁ……」

 

 

「ティオ、どうしたんだ———っ!?」

 

 

 ティオの様子に、異変を感じたロイド達が向けた彼女の視線の先。一同はそこで、異様な光景を目に焼き付ける。

 そこには、赤い水溜りの上で無残に転がる四つの顔があった。そう———ただの死体ではなく、胴体の無い頭部のみ(・・・・・)がそこに。

 

 

「ひ、酷い……」

 

 

「そんな、どうして……!」

 

 

 その余りにも悲惨な光景を前に、エリィとノエルは顔を歪め、言葉を失っていた。ロイドはティオの視界を遮る形で前に立ち、ワジは表情こそ静かなものの、その視線は鋭利な刃物の如く鋭い。

 そして、恐らくはこの惨状を生み出した本人……グランが飛行艇の死角からその姿を現す。彼は近くに転がる目を見開いた四つの頭を見下ろした後、表情を変える事なく視線を移し、ロイド達の姿を視界に捉えた。

 

 

「皆さんも来たんですか……此方は問題ありません。予想よりも数は多かったですが———」

 

 

「問題無いわけねぇだろ!」

 

 

 突如、グランの声を遮るように屋上一帯へランディの怒号が広がる。彼はその場を駆け出し、直ぐにグランの元へ接近するとその襟元を掴んで引き寄せた。

 

 

「何でだ……何でこいつらを殺しやがった!?」

 

 

「何で? ランディ兄さんもおかしな事を。貴方なら分かるでしょう。任務の障害となる存在は、例外無く排除する……生け捕りが依頼内容に含まれていれば、話は別ですが」

 

 

「俺が言ってんのはそういう事じゃねぇ! この程度のテロリスト、お前なら殺さずに無力化出来ただろうがっ!?」

 

 

 ランディがグランに怒りを向けている理由は、ただ殺したという点だけに向けられているわけでは無い。

 実力の拮抗した者同士であれば、闘いの結末はどちらかの命の消失をもって迎える事も少なくないだろう。結果が同じでも、過程に違いがあれば彼もここまで怒りを露わにする事は無かった。元はといえば、宰相や大統領の命を狙ったテロリストの自業自得だ。生け捕りが望ましい結果とはいえ、対峙するグランにも命の危険がある以上、命の駆け引きが発生してしまうのは仕方の無いことである。

 だが、今回は違う。人数の優劣はあれど、その点を考慮した上でグランに分があることをランディは理解している。であれば、当然グラン本人も理解しているはずだ。現に今も、二人のテロリストは生存した状態で拘束されている。仮にも猟兵の中で最強の一角と噂されるグランの実力をもってすれば、無残な死を遂げた四人のテロリストも生存したまま拘束可能だったはずなのだ。

 

 

「確かに、一般的にはその言い分の方が正しい意見でしょう。奪わずに済むなら越した事はない。猟兵から身を引いた今のランディ兄さんなら、その考えに至って当然です。そこを否定するつもりもありません」

 

 

「なら、どうして———」

 

 

 分かっていて何故殺したのかと、ランディが口にしようとした矢先。グランの瞳は一際紅く煌いた。その視線は豪然たる意志の強さを現すかの如く、ランディの瞳を貫く。

 

 

「言ったでしょう、任務の障害は例外無く排除すると。これがオレのやり方であり、猟兵としての流儀です。仮にも猟兵から逃げた貴方がそのやり方に異を唱えるんだ———それなりの覚悟はあるんだろうな?」

 

 

「———っ!?」

 

 

 視線を向けられたランディに留まらず、彼の後方にいる支援課のメンバー全員をも貫きそうな程の錯覚を生むグランの決意に、ランディもその身を竦ませる。

 グランが赤い星座にいた頃、その容赦の無さは有名で、ランディも当然知っていた。しかしある悲劇を境に赤い星座を辞めた彼なら、自分と同じくその道を後悔しているのだと、非道な行いはしないものだと信じていた。大切なものを失う悲しみを知った彼が、誰かの命を奪う事とその命を天秤にかけられない事を知っているはずの彼が、容易く他者の命を刈り取るような事をするはずが無いと。

 しかし、それは間違いだった。失うことの悲しみを、命の重さを知った上で、彼は猟兵としての流儀を全うしている。その覚悟に対抗するだけの決意が、意志が今のランディには無かった。結局は返す言葉無く、その手をグランに振り払われる。

 そんな二人の一部始終と、その背後に広がる惨状を視界に。ティオはある話を思い出し、同時に後悔した。

 

 

「私が、あの噂を皆さんに話していれば……」

 

 

「噂……そう言えば、そんな事を言っていたな」

 

 

「どんな噂だったの?」

 

 

「エプスタイン財団の人間が、製品を輸送中に起きた出来事です。その情報を何処からか入手した賊の一味が、製品の強奪を目的に襲撃を行なって……盗賊は少数だった為、その時護衛をしていたグランハルトさん一人で難なく対処を行い、幸い襲われた彼らにも怪我人はいませんでした」

 

 

 ロイドとエリィに話を振られる形で行われたティオによるグランの噂話。彼が請け負った任務中に遭遇した盗賊の撃退時、当時の現場の様子が噂にてこう語られていた。

 

 

「ですが、事が収まった光景は———襲撃犯の盗賊達全員が、血の海の中で横たわった、無惨なものだったと……結局、首が繋がった者は一人もいなかったとの事です」

 

 

 それはまさに、今彼らの目の前に広がる光景と同じもの。彼に配慮せず、その話を事前に伝えていればとティオは申し訳なさで押し黙る。その話をしていたところで、今回の事を未然に防げたかどうかは疑問だが。

 一方で、ワジはランディの手を振り払って彼の眼前に立ち塞がるグランを視界に、とある事を呟いた。

 

 

「鮮血の如き髪を棚引かせ、その瞳は同色の血を求めているかの如く煌きを放つ。咎人の首を刈るは、常闇に浮かぶ無情の紅い月———漸く思い出したよ、彼が紅の剣聖と呼ばれる由来」

 

 

 今自分達が目にした光景は、まさにその由来通りのものだと。これまで触れ合ってきたグランハルトという少年と、紅の剣聖グランハルトという猟兵の姿を重ねる。その異質さには、ロイド達もただその場に立ち尽くす事しか出来なかった。




???「首ぃおいてけ〜」

六章閑話、グランと保養地ミシュラムへ同行するのは誰?

  • トワ会長
  • ラウラ
  • エマ

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