紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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道化師の接触、七柱からの手紙

 

 

 

 その日の夕方、風見亭のテーブル席で料理を囲みながら談笑するリィン達五人の姿があった。サラはどうやらB班の方でトラブルがあった為フォローに回っているようで、既にケルディックにその姿は無い。そして食事をしながら仲良く話している五人の現在の話題は、それぞれが士官学院を志望したその理由について。士官学院に入った以上、何らかの目的や意図があり、そこで目指すものが各々にはあるはずだ。最初にラウラから話を振られたアリサは、少し考えた後に理由を答える。

 

 

「端的に言うと、自立したかったかしら? 実家と上手くいってないってのもあるけど……そういうラウラは?」

 

 

「そうだな……目標とする人物に追いつくため、といったところだ」

 

 

「誰なんだ? やっぱ光の剣匠か?」

 

 

「この場で名前を出すのは控えておく」

 

 

 アリサが実家と上手くいっていないというのは驚きだ。少し勝ち気なところはあるが、西ケルディック街道でのグランとラウラの一件では密かに気遣ったりと優しい一面を持ち、これまでの言動を見ても余り我が儘を言うような性格には思えない。リィンが一人そんな事を考え、光の剣匠というグランの言葉にアリサとエリオットが首を傾げる中、ラウラは言葉を濁すと話を元に戻した。

 

 

「エリオットは何故士官学院を選んだのだ?」

 

 

「うーん、僕って元々音楽系の進路を希望してたんだけど……何だかなし崩し的にね。そう言えばリィンの志望理由は?」

 

 

「俺か? そうだな、敢えて言うとしたら──自分を見つけるため、なのかもしれない」

 

 

 リィンの志望理由に、一同が様々なリアクションを取る。エリオットはかっこいいと褒め、アリサは意外にロマンチスト何だとからかい、ラウラは感嘆の声を漏らす。そしてグランは……一人爆笑していた。

 

 

「くっはははは! わりぃ、思わず笑っちまった」

 

 

「グラン、今のはリィンに失礼だぞ」

 

 

「くくっ、いや悪かったって。リィンも苦労してんだな」

 

 

「はは……ところでグランは何で士官学院を選んだんだ?」

 

 

 自然な流れでグランへと質問が回ってくる。グランの志望理由、これは四人も気になっていた。実力は《Ⅶ組》の中でも頭ひとつ抜け、正直なところ彼の実力なら今すぐ軍に入っても即戦力として活躍できるだろう。そんなグランがどうしてその軍属に進む過程の士官学院へ入学したのか。何か別の意図が、彼の過去に関わる何らかの理由があるのかとリィン達が考える中、グランは特に気にした様子もなく答える。

 

 

「サラさんが勧めてきたってのと、後は知り合いの助言でな」

 

 

「知り合いというと、そなたがあの時言っていた……」

 

 

「それ。何かと理由をつけて手合わせしたがる、困った人だったな」

 

 

 その人物の話をする時のグランの表情はどこか嬉しそうで、彼の様子からは相当の信頼を寄せているのが見てとれる。遠い目をしながら、多分もう会うことはないと話すグランの横で、ラウラはグランがそこまで信頼を寄せる人物がどの様な人なのかが気になっていた。それを察したアリサは聞き倦ねているラウラを見て笑みを浮かべながら、代わりにグランへと問い掛ける。

 

 

「ねぇ、因みにグランの話してるその知り合いはどんな人なのかしら?」

 

 

「どんな人って、そうだな……会うたびに毎回顔に鉄仮面つけて、ゴツい鎧着てたな」

 

 

「どんな人よそれ……他には?」

 

 

「他には……とんでもなく強い、と言うかそもそも強さの次元が違うと言ったところか」

 

 

 結局最後までまともに相手をしてもらえなかった、とグランが呟いた時は流石に四人も驚いた。アリサとエリオットは想像もできない、とグランの話に口を揃えて驚き、リィンとラウラは一度会ってみたいとその人物に対して様々な想像を広げながら、自分達のよく知る人物について話し出す。

 

 

「グランが言うなら相当の実力者なんだろうな。俺の中ではユン老師ぐらいしか思い付かないが……」

 

 

「うむ、私が知っている中で一番の手練れと言えばやはり父上だな」

 

 

 リィンの話しているユン老師──『剣仙』ユン=カーファイと呼ばれる剣の道では有名な、八葉一刀流の創始者。創始者ということは勿論リィンとグランの師でもある。そしてそのユン=カーファイに劣らず、ラウラの父親も剣の道で有名な『光の剣匠』ヴィクター=S=アルゼイド。名前の通りアルゼイド流の使い手で、これまた帝国最強の剣士と謳われており帝国内でも随一の強さを誇る。グランの説明に皆とんでもない人と繋がりがあるんだとアリサもエリオットも驚くばかりで、その様子にリィンとラウラは苦笑い。そんな中、グランはエリオットの驚いている顔を見てふと思い出した。

 

 

「つうかエリオットの親父も有名じゃないか」

 

 

「む、そうなのかエリオット?」

 

 

「気になるわね」

 

 

「俺も気になるな。グランはエリオットの父さんを知ってるのか?」

 

 

「知ってるもなにも、第四機甲──」

 

 

「わぁー! わぁー!」

 

 

「──んだよエリオット」

 

 

「早く食事を済ませないと、レポートも書かなきゃいけないよ!」

 

 

 必死に話題を変えようとするエリオットを見て、もしかして父親と仲が上手くいってないんだろうかと考えた四人は気を遣い、この話題を終わらした。その後食事も程なくして終え、五人は課題のレポートの作成に取り掛かるために二階へ用意された部屋へと向かう。ラウラはアリサと、グランはリィンとエリオットにレポートの書き方を教わりながら四苦八苦し、終わった頃にはやがて夜を迎える。そして……

 

 

「う~ん……ん? これは──」

 

 

 時刻は零時過ぎ、皆が寝静まる中でふと目が覚めたグランは体を起こし、とある違和感に気付く。ベッドを降りると音をたてないように部屋を出て風見亭を後にし、午前にリィン達と実習で歩いた西ケルディック街道へと向かった。ひんやりと冷たい夜風が頬をなぞる中、グランは街道の途中で立ち止まると星空を見上げながら不意に呟く。

 

 

「──どうしてお前がここにいる、カンパネルラ」

 

 

 その声にクスクスと笑いながら、グランの背後へ何処からともなく現れたのは緑色の髪をした少年。カンパネルラと呼ばれたその少年は貴族のように畏まった礼をした後、グランの横へと並んだ。

 

 

「お久し振り、と言ったところかな?」

 

 

「質問に答えろ。どうして盟主の代行であるお前がここにいるんだ?」

 

 

 親しげに話し掛けるカンパネルラの様子を見るに、この二人はどうやら知り合いのようだ。しかしその声をグランは鋭い目付きで一刀両断。つれないな、とカンパネルラはその声に首を振り、グランの質問に答えた。

 

 

「君と僕の仲じゃないか。勿論君の事が心配で──」

 

 

「ふざけろ。どうせ第二柱のパシリだろうが」

 

 

「あいたたた……なーんて、今回は違うんだよねこれが。『鋼の聖女』から手紙を預かって来たんだけど──どう、気になる?」

 

 

 『鋼の聖女』という単語に眉をびくつかせたグランの目の前で、カンパネルラは右手でつまんだ紙切れをヒラヒラと見せびらかすように棚引かせる。ただじゃ渡せない、と悪戯な笑みを浮かべるカンパネルラの横、グランはまるで何もなかったようにその場を振り返ると、街道の道を引き返し始めた。

 

 

「ちょ、ちょっと冗談だって! これ受け取ってくれないと僕の立場が無いんだからさぁ!」

 

 

「んだったら早く渡せっての」

 

 

 慌て始めるカンパネルラから手紙を受け取ったグランは、溜め息をつきながらその手紙を開く。そして手紙の内容に目を通しながら時折笑みを見せる中、何故かグランの表情が引きつった。その理由は、手紙の後半に書かれていたとある一節。

 

 

──何れ手合わせを願います。その時まで、貴方に足りない物が何か、見つけておきなさい──

 

 

「いやいや有り得ねぇって……何々、せめてこの刀は持っていきなさい? カンパネルラ、何か聞いてるか?」

 

 

「あぁ、これのことだよ。全く、盟主からの授かり物を置いていくなんて──」

 

 

 カンパネルラが手を挙げると、何もない空間から突如鞘に納刀された刀が現れる。それを手に取ったカンパネルラはグランへと手渡し、用を終えたのかグランから少し距離をとった。そして、彼の体を渦巻き状の炎が包み始める。

 

 

「それではごきげんよう。執行者No.ⅩⅥ『紅の剣聖グランハルト』」

 

 

「──もう執行者じゃない。今はトールズ士官学院、一年《Ⅶ組》のグラン=ハルトだ」

 

 

 炎はカンパネルラの体を完全に包み込み、やかて炎が消えると彼の姿はもうそこにはない。一人街道で佇むグランは受け取った刀を鞘から抜き、その刀身を星の光に浴びせていた。怪しく光る刀身を見詰め、グランは一人呟く。

 

 

「妖刀『鬼切』……奴を倒せる力を得るまでは、使わないつもりなんだけどな」

 

 

 刀を鞘に納めたグランは、それを腰に携えて風見亭へと引き返すのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 朝日が窓から差し込み、ベッドで横になるグランの肌を刺激する。眩しさに目を覚ましたグランは大きなあくびをして体を起こすと、部屋の中を見渡した。隣に二つ並んだベッドには既にリィンとエリオットの姿がなく、よく見ればアリサ達が寝ていたベッドとの間に掛けていたカーテンも無くなっている。もしかして自分だけ置いていかれたんじゃないかと焦り、大慌てでベッドから降りると部屋を出て風見亭の一階を見下ろした。するとテーブル席で朝食を取るリィン達四人の姿を見つけ、ホッとしたグランはゆっくりと階段を下りる。そして、食事をしていたリィン達もグランの姿に気付いたようだ。

 

 

「おはよう皆……リィン、お前早起きなんだから起こしてくれよ」

 

 

「おはようグラン。起こそうと思ったんだが、よく眠ってたから何だか忍びなくて」

 

 

「本当によく寝てたよね。もしかしてグラン、一人だけ夜更かしとかしてた?」

 

 

 エリオットの言葉に図星のグランは目をそらし、アリサとラウラからは冷たい視線が向けられる。そのせいかグランの額にはだらだらと冷や汗が流れ始め、その様をエリオットが苦笑いで見ている中、リィンがグランに席へ座るように促して食事を再開した。

 

 

「まあまあ二人とも……それよりグラン。朝起きたときにグランの刀が二本に増えてたんだが、いつ手に入れたんだ?」

 

 

「昨日の夜中に街道で散歩してたら拾ってな。これが使い物にならないのなんのって──」

 

 

「全く、やっぱりグラン夜更かししてたのね」

 

 

「アリサ、気にする部分が他にもあると思うのだが……」

 

 

 そんな感じで五人が談笑していると、急に店の外がざわざわと騒ぎ始めた。そして店の外にいた女性の従業員が風見亭の中に入り、彼女の話では何やら大市の方で揉め事が起きたらしい。食事をしていたリィン達五人は食事の手を止めると、一斉に立ち上がってそれぞれ視線を合わせる。

 

 

「昨日の事もある。一先ず様子を見に行こう」

 

 

 リィンの声に四人が頷く。そして五人は風見亭を出ると、昨日訪れた大市へ向かうのだった。

 

 

 




妖刀鬼切……因みに名付けたのはグランです。これでグランが倒そうとしている人物はほぼネタバレですね。オルキスタワーの一件はどう繋げていこうかな……

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