紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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序章
始まり


 

 

 

 貿易都市クロスベル。西のエレボニア帝国と東のカルバード共和国に挟まれたクロスベル自治州に位置するこの地で、一際存在感を漂わせる建物があった。オルキスタワーと呼ばれるその建物は、世界初の地上四十階の高層ビルとして周辺諸国を驚かせ、此度開催されている西ゼムリア通商会議の会場でもある。

 そして現在、オルキスタワー三十四階の休憩所に分類される部屋の中では、機関銃のものと思われる銃声が響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

「トワ、下がれ!」

 

 

 年は十六程だろうか。赤髪の少年が腰に携えていた刀を抜き、後方で今尚立ち尽くしたままの栗色の髪をした少女に向かって叫んだ。少年はその少女がソファーの後ろに隠れたことを気配で察知すると、先程から対峙している八体の機械人形に鋭い視線を向ける。

 

 

「自立制御型の機械人形(オートマタ)……帝国解放戦線の仕業か」

 

 

「グラン君っ!」

 

 

「心配しなさんな、会長殿」

 

 

 ソファーの影から悲痛な声を上げるトワに向かって、グランと呼ばれた赤髪の少年は安心させるように落ち着いた声で返す。そしてグランは今も後ろで体を震わせているであろうトワを心配しながら、その元凶である目の前の機械人形に向かって刀を構えると、踏み込みの体勢に入った。

 

 

「うちの会長を怖がらせた罪は重いぞ……『(あか)』のグラン、これより敵勢力の殲滅に入る。弐ノ型──疾風(はやて)!」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 事が起きる数ヵ月前。七耀暦1204年、3月31日。エレボニア帝国帝都近郊都市トリスタ。帝国内でも有名な士官学校があるこの街の駅前で、一人の青年がバッグを片手に立っていた。街中に咲き乱れる花々を見渡しながら、腰に携えている刀を握り締めてその一歩を踏み出す。

 普通ならば武装した人間が街に入れば人々から何かしら警戒されるのだが、周りにいる住民達はその姿を見ても何の警戒も見せず、すれ違う人々は彼に「頑張って」や「おめでとう」といった言葉をかけている。その理由は彼の服装にあり、今彼が着ている赤地の服は、街の奥に位置する士官学校の制服だった。

 トリスタの人々から温かい言葉をもらいながら、彼──グラン=ハルトは先にあるトールズ士官学院へ向けて歩き続ける。街中を進み、長い階段を上がった場所でグランは歩みを止めた。そして彼の目の前には、これから先で様々な経験をすることになる場所、トールズ士官学院の建物が建ち並ぶ。

 

 

「かのドライケルス大帝が設立した学院、か……つうか誰だよそのおっさん」

 

 

 グランは学院を見渡しながらそんなことを呟いているが、学院の教官なんかに聞かれていたら大目玉を食らうであろう大失言である。そしてグランの呟きに答えるように、彼の隣から可愛らしい声が聞こえてきた。

 

 

「もぅ~、駄目だよそんな言い方しちゃあ。とっても偉大な方なんだよ?」

 

 

 いつの間にか彼の横には、栗色の髪をした小動物の様な少女が立っていた。よく見れば少女は緑色の士官学院の制服を着ており、同じ新入生なのだと思ったグランは互いに自己紹介をして、彼女がトワ=ハーシェルという名前の二年生だと知る。グランは失礼な事を言わなくて良かったと安堵し、彼がそんなことを考えていたとは露知らず、トワはにこにこと笑顔を浮かべながら彼の顔をながめていた。暫くの会話をした後、トワはハッと表情を変えるとここに来た目的を伝える。

 

 

「グラン君、大遅刻だよ? 入学式もさっき終わったんだから……」

 

 

「すみません。向かい風が強くて中々進めなかったもんで……」

 

 

「そっか。それなら仕方……無くないよ!」

 

 

 からかわれたことでぷく~っとほほを膨らませるトワに癒されながら、グランは彼女の顔をしばし眺め、ある既視感を覚える。それは、いつの日か彼女と何処かで会った事があるかのような、こんな風に自身へと笑い掛けてくる事が以前にもあったような気がする、というもの。

 

 

「どうしたの?」

 

 

「い、いえ……何でも」

 

 

「そう? ならいいけど」

 

 

 少し困惑気味に返事をするグランの表情に首を傾げながらも、トワが深く追及する事はなかった。そして、彼女はふと用事を思い出したのか、慌てたように表情を変えるとグランの手を引き始める。

 

 

「そうだ! 今からグラン君のクラスの皆で何かやるみたいだから、早くいかないと!」

 

 

「え? ちょっ──」

 

 

 グランはトワに手を引かれながら、学院の奥へと走っていく。訳もわからず困惑の表情を浮かべるグランだったが、トワの後ろ姿を赤い瞳に映しながらふと昔の事を思い出していた。それは、今のように、彼の手を引きながら嬉しそうに笑顔を浮かべていた少女の記憶。

 

 

「(こんな事が昔にもあったな……誰だったか)」

 

 

 結局、グランがその少女の顔を思い出すことは出来ず。そしてこのあと、自分をここに入れた女教官の思惑を知って悩み事がどんどん増えていくことを彼はまだ知らない。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 トワの案内を受けながら学院の中を歩いていたグランは、気がつけば一つの建物の前へと連れてこられていた。それは見るからに何かが出そうだと感じるほど古めかしく、学院の他の建物と比べても明らかに以前から建っていたと思われる校舎。そして何より、彼は先程からこの建物に不思議な力を感じていた。

 神妙な面持ちで校舎を見つめるグランの横で、トワは案内を終えたのか「頑張ってね!」と言って来た道を戻っていく。その言葉に果てしない不安を覚えながら、グランはその校舎の扉を開ける。

 

 

「……」

 

 

 そして中に入り、建物の内部を見渡すとやはり年期を感じる造りで、よく見ると今いるフロアの中央は何やら床が抜けていた。嫌な予感がしたグランはすぐにその場で踵を返して校舎の中から出ようとするが、彼の背後から誰かがその手を掴んでそれを制す。ゆっくりと振り返り、そこにいたのはグランのよく知る女性。赤紫の髪に豊満な胸、そして顔もかなり美人の部類に入るその女性はグランの顔が自分の方に向けられると、大きなため息をつきながら握っていた手を放した。

 

 

「いつまで経っても来ないと思えば……何してたのよ」

 

 

「いやぁ、向かい風が強くて……嘘です。寝坊しました。だからその導力銃を頭から退けてください」

 

 

 額に突きつけられた銃に冷や汗を流しながら、トワと違って可愛さの欠片もないと、口にすれば今すぐトリガーを引かれそうな事をグランは考えていた。そして彼の考えは気づかない内に声に出ており、それを耳にした女性ーーーサラ=バレスタインはブレードを取り出してグランの首へと当てている。さすがにまずいと感じたグランは、謝罪をするとブレードと導力銃が放れたのを確認し、改めて目の前のサラと向き合う。

 

 

「久しぶりね。あんたのことだからバックレるんじゃないかって思ったわ」

 

 

「うわぉ、オレって信用ねぇ……」

 

 

「ふふっ……お帰りなさい」

 

 

 サラに優しく抱擁されたグランは、彼女の行動に少し驚きながらも抵抗することなくその温もりを肌で感じていた。数秒の後にサラがグランを解放すると、頬に赤みを増したグランが照れ臭そうに口を開く。

 

 

「サラさん、これからお願いします」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「おいおい、こりゃまた凄まじい光景だな」

 

 

 あの後グランは何の説明もなしにフロア中央に空いた穴へと放り投げられ、上手く着地したのはいいものの、現在目の前の光景に驚きを隠せないでいた。それは、自分と同じ年齢と思われる黒髪の少年がある少女の下敷きになっていたためだ。それも、その少女の胸部に顔を埋める形で。

 

 

「(金髪美女に胸を押し付けられる……何て羨まけしからん)」

 

 

 グランがその光景に見いっていると、金髪の少女はふと目を覚まし、今自分がおかれている状況に気付いたのか顔を真っ赤に染めながらその場で起き上がった。続いて黒髪の少年も起き上がり、その少女と向かい合うとすまなそうに頭を掻き始める。

 

 

「その、何と言ったらいいか……申し訳ない」

 

 

 少年の謝罪の言葉も虚しく、直後に乾いた音が周囲に響き渡った。少女は不機嫌そうに顔を背けると、少年から少し距離を取って立ち止まる。

 一方で少年は赤くなった左頬を押さえながら、明らかに落ち込んだ表情を見せている。側に駆け寄った紅茶色の髪の少年に励まされながら肩を落とす様子を、グランを含むその他数名の少年少女が見ていると突然全員の懐から呼び出し音が鳴った。音の発信源は、学院の入学が決まったときに送られてきた導力器……戦術オーブメントと呼ばれる小型の機械からだ。一同が不思議に思いながらそれを開くと、皆に聞き覚えのある声が流れた。

 

 

≪これで全員集まったわね≫

 

 

 通信越しに聞こえてくるサラの声に驚く中、続いてサラから様々な説明があった。今回支給されたこの戦術オーブメントが、ラインフォルト社とエプスタイン財団による共同開発によって生まれた新型であるということ。結晶回路〈クオーツ〉と呼ばれる石をセットすることで導力魔法〈アーツ〉が使えること。その他の機能は追々話すということらしく、一先ず部屋の隅にそれぞれ用意されたクオーツを各自セットして欲しいとのことで各々準備を始める。

 グランも同様にオーブメントにクオーツをセットし、他の皆は武器も用意されていたようでそれぞれ手にとって感触を確かめている。そうして準備を終えて皆が再び部屋の中央へ集まると、突如奥にある石の扉が開いた。

 

 

≪その先はダンジョン区画になっていてね。進んでいけば、元の一階へ辿り着けるわ。ちょっとした魔獣なんかも徘徊してるけど……何だったらそこの遅刻した馬鹿にでも押し付けちゃいなさい≫

 

 

「サラさん、少し酷くないですか?」

 

 

≪ふふっ、冗談よ冗談……これより、一年《Ⅶ組》の特別オリエンテーリングを開始する。文句は無事に一階まで辿り着けたら聞いて上げるわ……何だったら、ご褒美にほっぺにチューしてあげてもいいわよ?≫

 

 

 最後の一言は多分男子諸君をやる気にさせるために言ったのだとは思うが、少女達はサラの言動に呆れ、少年達は皆スルーして金髪の少年と緑色の髪をした少年の言い争いへと耳を傾けている。そんな中、グランは一人通信先のサラに向かって励ますように声を掛けていた。

 

 

「サラさん、今晩酒に付き合います」

 

 

≪……うん≫

 

 

 そしてグランから少し離れた場所では、サラと会話を行うグランを驚いた表情で見ている銀髪の少女がいた。

 

 

「……うそ」

 

 


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