何とも奇妙な客だと、お燐は思った。
地上の常識は良く知らないので何とも言えないが、先日やってきた客人に比べれば随分と変り種だった。
何しろ、ここがどこかもわかっていない様子だったのだから。
「てっきり何か用があるもんだと思ったんだけど、本当に迷子だとはねぇ」
ここは地底、又は旧地獄と呼ばれる世界だ。
呼んで字の如く地上――幻想郷のことだ、地底も広義では幻想郷の一部だが――の下に存在する世界で、今お燐がいる場所はその中心、「地霊殿」と呼ばれる場所だ。
厳密には旧地獄旧都灼熱地獄跡地霊殿、まぁ良い、そこは重要な点では無い。
何故か逃げ出しそうな雰囲気なので、手を引いたまま館の中を案内する。
主人の部屋は奥まった所にあり、モノトーンの床をコツコツと足音を立てながら歩いていく。
途中、様々な動物達が通路で寝ていたり遊んでいたりして、中にはお燐が連れている人間の少女に興味を示すものもいた。
「ああ、大丈夫だよ。ここの奴らはよーく躾けられてるからね。襲ってきたりなんかしないさ」
「…………」
「うーん」
喋れないのか話せないのか、未だ一言も話してくれない。
見目は非常に麗しく、先日の紅白や黒白と比べても遜色無い死体になってくれそうな少女だった。
死んだら墓を暴きに行こうと密かに誓いつつも、あまり気にせずに地霊殿の中をどんどんと進んでいく。
(それにしても、やっぱり覚えのある匂いだねぇ)
スンスンと鼻を鳴らしながら、そう思う。
それはお燐がこの客人を助けてやろうと思った直接の理由なのだが、実の所あまり確信は無かった。
よって判断に迷い、こうして主人の部屋まで連れて行こうとしているわけである。
匂い、全てはその一言で済む。
お燐は手を引くこの少女から様々な匂いを得たが、その中にあの黒白魔法使いから得た匂いと共通するものがあったのだ。
それはお燐も良く知っている、古びた本の匂いだった。
それも一つ二つでは無い、古い紙と木からなる図書館の匂い。
「あたいはあんまり、お勉強とかは好きじゃないんだけどねぇ」
「……?」
「いやいや、こっちの話だよ」
不快では無い、どこか優しさすら感じる日陰の匂い。
お燐には想像しか出来ないが、おそらく黒白とこの無口な少女にとって共通の知り合いなのだろう。
それがどこのどのような存在なのかまでは、お燐にはわからないことだ。
お燐にとって、優しい日陰と言えば主人の膝の上のことだ。
周囲から嫌われることの多い主人だが、自分を含むペット達には心優しい主人なのだ。
何となく、主人の膝の上に乗りたくなってきてしまった。
そんなことを考えている間に、お燐は目的の部屋の前までやってきた。
「ああ、ついたよ」
「…………」
「大丈夫だって、本当にお優しいお方だからさ!」
反転して駆け出そうとする少女の手を引きつつ、とんとんと主人の書斎の扉を叩いた。
木製の重厚な扉の向こうから返事は無い、が、お燐は気にしなかった。
何故ならこの扉の前に立った時点で、主人には伝わっているはずだからだ。
「さとり様は争い事が嫌いなお方なんだ、とって喰われたりはしないよ。だからほら、さっさと中に入った入った!」
「…………」
「いや、あたいの顔を二回見られても困るんだけど……」
『――――お燐』
びくん、と、尻尾が震えた。
ノックの後に直接の声が返ってくると言うのは、拒否の時だけだ。
まさか拒否か?
そうなると、お燐としてはこの少女を見捨てなければならなくなる可能性も出てくる。
『その人を中へ』
しかし、それは杞憂だったようだ。
扉越しに聞こえてくる主人の声音はいつも通りで、お燐はむしろほっとした。
それでも珍しいことには違いないが、面倒事になりそうには無かったので安心した。
「さぁさぁ、入った入った!」
「……! …………!」
「お姉さんも案外強情な人だねぇ、は・い・り・な、ってば!」
背中を押し、主人の書斎への扉を潜らせる。
その後パタンと扉が閉じて、ようやくお燐はほぅっと息を吐くことができた。
一仕事終えた達成感が、お燐の胸に何とも言えない昂揚した気持ちを感じさせる。
はてさて、あのお客人は入った時と同じ状態で出てこれるのやら。
まぁ、そこまではお燐の感知することでは無いが。
「おり~ん」
「あや?」
その時、聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向けば、そこには友人が頼りない足取りで歩いてくる姿が見えた。
長い黒髪に緑のリボンをつけた、背中に大きな烏の羽根を持つ美女だ。
外見はお燐よりも背が高く、年上のようにも見える。
ただ、眠たげに目を擦っている様子はまるで子供のようだった。
右腕に備えた多角柱の制御棒をごとごとと床に引き摺りながら、ふわぁ、と目尻に涙を浮かべつつ欠伸をしている。
どうやら、かなり眠いらしい。
「ありゃりゃ、どうしたんだい、お空」
「うにゅ、お仕事終わったよ」
「ああ、もうそんな時間かい」
パタパタと親友の傍まで寄って、目を擦る左手を取ってやる。
あまり擦ると目に悪い、今度はお空の手を引いて、お燐は再び歩き始めた。
性分なのか、こうして誰かの世話を見ていることの方が多い。
とは言えお燐も世話好きの性格なので、それを苦に思ったことは無かった。
「それじゃ、ご飯を食べてお風呂に入って歯を磨いたら、もう寝ようか」
「うにゅ、お燐も一緒」
「はいはい」
苦笑して、手を引いて、その頃にはお燐の頭から先の客人のことは吹き飛んでしまっていた。
客人には気の毒だが、妖怪とはそも己の欲望に忠実なのである。
ふんふんと鼻歌など歌い、尻尾を振って、お空と手を繋いで歩く。
お燐にとってそこは、主人の膝の上に勝るとも劣らない場所だったのだから。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
おりんくうって、良いですよね。
いえ特に意味は無いのですが、東方は本当にカップリングに恵まれているジャンルですよね。
それでは、また次回。
では、残り僅かな東方妹シリーズもどうぞ。
魂魄妖夢:表掲載の星熊遊華の吐血シーンを見た時の反応。
星熊勇儀の場合:
・見るからにうろたえてオロオロし始める。
「き、今日は外出はやめた方が良いんじゃないかい?」
水橋パルスィの場合:
・いつものことと呆れ、布団を敷く。
「また今日も良く吐くわね、妬ましいわ」
フランドール・スカーレットの場合:
・一応吸血鬼なので、今さら吐血に驚いたりはしない。
「さくやー、ごめん掃除してくれるー?」
古明地こいしの場合:
・笑い転げる。
「あはははっ、ゆーかってばまた血吐いてるー♪」