のび太のBiohazard[The Nightmare]-Reconstruction- 作:青葉郷慈
Area1[仲間との邂逅]
のび太はすぐにでも休みたい気持ちがあったので、すぐそばに見えている部屋に入ることにした。取り敢えず部屋に入れば休めることができるからだ。のび太の目の前にあるのは保健室だった。――休むにはお誂え向きの部屋なのが不幸中の幸いか。運は悪くても悪運は強いんだろうか?
のび太はそう思いながら保健室の戸を開けようとした。しかし、戸は開かなかった。すると、のび太は保健室の戸の上部に付いているガラスごしに、保健室の中を覗き込んだ。すりガラスの為、のび太には保健室の中の様子は見えないが、誰かがいることだけは確認できた。のび太は一度深呼吸すると、保健室の中の人物に聞こえるような声量で言った。
「僕は人間だ! ここを開けてくれ!」
のび太がそう言うと、数秒経ってから保健室の戸がおもむろに開いた。保健室の戸を開けた人物は、のび太がよく知る人物だった。保健室の戸を開けた人物は剛田武――通称ジャイアンであり、のび太は喜びを隠せなかった。
「ジャイアン! 無事だったんだね」
のび太は思わず笑顔になった。ジャイアンも嬉しそうな表情をしていた。
「やっぱりのび太か! 取り敢えず中に入れよ。ここじゃ危険だからな」
のび太はジャイアンのその言葉に頷き、ジャイアンとともに保健室の中に入った。ジャイアンは戸を閉めると、戸のツマミを下げて、戸の錠を掛けた。のび太は保健室を見回すと、ジャイアンの他に骨川スネ夫や源静香のいつものメンバーがいるのが解り、知らない人物も数人いることが確認できた。
「武君。その子は?」
そう言ったのは、保健室の奥の方にいるのび太の上級生らしき女の子だ。その女の子は黒髪の長髪でありオレンジ色のカチューシャをつけている。ブレザーの下に白ブラウス、蝶結びにした赤色のリボンを襟元に付けており、プリーツスカートを穿いていて、黒のローファーを履いていた。服装だけ見れば、女子中学生のようにも見える。年齢的にも近いので、中学の制服を早めに着てみていると思われる。
「同級生の野比のび太だ。いつもは勉強も運動もだめだけど、いざというときにはなぜか頼りになるから、役に立つと思うぜ」
ジャイアンがのび太をそう紹介すると、のび太は恥ずかしがり、つい謙虚な態度になった。
「そ、そうかな? 頼りにはならないと思うけど……」
するとブレザーを着た女の子はのび太の方を向いて破顔一笑する。
「のび太君が頼りになるかどうかはまだ解りませんけれど、のび太君は武君からは信頼されているんですね。それだけでも大丈夫だと思いますよ」
その女の子がそう言うと、のび太は照れ笑いをした。
「でもこの状況、訳が解らないな。いきなり襲い掛かってきたあの人たちは何なんだよ? ――前に映画で見たゾンビって云うのに似ているけど……でも、いくらなんでもそんな……」
スネ夫はそう言い淀んでいた。すると、ジャイアンは思い出したように話す。
「それなら俺も知っている。死んだはずの人間が人を襲うっていう内容だった気がする。正しい呼び方も解らねえし、これからあの変な奴らをゾンビと呼ぶことにしよう」
ジャイアンがそう話すと、のび太は気になっていることをジャイアンに尋ねた。
「ねぇジャイアン。何人か僕の知らない人たちがいるみたいなんだけど、この人たちは誰なんだ?」
すると、ジャイアンは待っていましたとばかりに答えた。
「俺も詳しくは解らねえが、家にいるときや外にいるときにこの騒ぎに巻き込まれて、命からがらここに逃げ込んだらしい。この人たちの話によると、騒ぎがあってからまだそんなに時間が経ってないらしい」
ジャイアンのその言葉に続けるようにスネ夫が話す。
「騒ぎがあってから短時間でこんな事態になったとなると、事態はかなりのスピードで進行したって考えられるはずだよ。あんなゾンビみたいな奴が一人でも歩いてたらそれだけで騒ぎになるしね。それが短時間で町を埋め尽くすほどの数になるんだ。相当のスピードだったはずだよ」
スネ夫が自分の推測を話すが、誰もそれに肯定も否定もしない。のび太は黙っていると空気が悪くなると思い、口を開いた。
「えっと、一応簡単な自己紹介でもしない? 喋れば気分転換にもなるかなーなんて」
のび太がそう言うと、さっきのブレザー姿の女の子は一気に表情を明るくした。
「それはいいですね! それぞれ自己紹介しましょう。私はここの学校の六年の緑川聖奈よ。テニス部の部長をやっていたわ。あと、私がここに来たときはまだ誰もいなかったわ」
緑川聖奈と名乗った少女がそう言うと、他の人も続けて言い出した。
「俺は剛田武。この学校の四年でガキ大将だ。みんな『ジャイアン』って呼んでるからその呼び方で頼むぜ。よろしくな!」
「僕は骨川スネ夫。ジャイアンのクラスメイトです」
「私は源静香。武君とスネ夫君とはクラスメイトです。いきなりこんなことがあってみんな不安だろうけど、一緒に頑張りましょう」
ジャイアンとスネ夫と静香はそう自己紹介をした。そしてのび太も自己紹介をする。
「僕は、野比のび太。射撃の腕だけは自慢だけど、それ以外はてんで駄目だからまあ、あまり期待しないでって言うか……。まあ、とにかくよろしく」
のび太は自信なさ気に恥ずかしながら笑みを零した。その後、長椅子の近くにいる男の子が言い出す。
「僕はこの学校の一年生の山田太郎。みんなみたいに強くないし、頼りないけどよろしくね」
その男の子は前方に鍔がついた赤い帽子をかぶっており、服装はグレーの長袖シャツに黄色よりのオレンジ色の短パンを穿いていた。靴は緑色の運動靴を履いている。太郎と名乗った男の子がそう言い出した後一拍置いて、長椅子に座っているのび太の上級生らしき人が、面倒臭そうにのび太たちの方を向かずに口を開いた。
「俺は五年生の翁蛾健治だ。他に言うようなことはないな」
健治と名乗ったのび太の上級生は金髪に日焼けした肌をしており、白Yシャツに黒のスラックス、茶色のスニーカーを履いている。白Yシャツの下には、黒のアンダーシャツを着ているのがのび太の目からも確認できる。また、実年齢よりも若干年上に見える風貌をしている。そして最後に、ベッド付近にいる五十代くらいの成人男性がゆっくりと話した。
「私は会社員の金田正宗だ。この中では一番の年長だが、私もどういった対処をすればいいかは解らない。――すまないな。」
その人は頭髪が白髪になっており、スーツ姿だった。上着は紺色であり、その下には白Yシャツを着用、ネクタイは赤色。黒のパンツに茶色の革靴を履いていた。全員の自己紹介が終わると、金田正宗と名乗った男性は発語する。
「とりあえずここに篭城しているが、いつまでもここにいるわけにはいかないだろう。ここに来るまでに救助隊を全く見かけなかったところから推測すると、救助がすぐに来るのは期待できそうにない」
すると、のび太も自分の考えを言い表す。
「じゃあ、一体どうすればいいんだろ? 僕たちだけで脱出するにも危険すぎるし」
金田は腕組みをしながら全員に案を提示する。
「とにかく現状の把握と拠点の確保が最優先だな。拠点はここにするとしても、複数あることに越したことはない。それに、通路となる廊下を通れないようじゃ話にならない。廊下の安全確保も重要だ。あと、何日で救助が来るかわからないから食糧の確保も必要だ。まあいずれにしても今すぐ動き始める必要はない。のんびりしている暇はないが、焦る必要はないとは思うな」
のび太は金田の年相応の落ち着いた態度に感心する。
「さすが年配の方は落ち着いてますね」
金田はのび太のその言葉を聴くと、のび太の方を向く。
「まあ、私まで慌てていたら収拾がつかなくなるからな。嫌でも冷静でいるしかない」
金田がそう言うと、ジャイアンが全員に呼び掛ける。
「よし、それじゃあ少し休んだ後に作戦会議といこうぜ」
保健室にいる全員はその場に腰を下ろして休み始める。空気は依然として重いままである。すると、のび太の元に緑川聖奈が近づいてきた。
「あの、のび太君。ちょっといいですか?」
思いがけない事態にのび太は少し困惑しつつも返事をする。
「何ですか? 僕にできることだったらいいですけど」
すると、聖奈はのび太にある提案をする。
「この学校って治療用の薬品になる薬草をプランターに植えて栽培しているみたいなんですが、もし見つけたら私に渡してくれませんか? 薬草の調合はできるので、傷を治す薬品を作れると思います」
のび太は薬草があるということにも驚いたがそれ以上に、年がそれ程離れていない聖奈が薬草に対する知識があることに驚いた。
「え、そうなんですか! すごいですね!」
のび太は聖奈をそう褒めたが、聖奈はそのままの表情でなんでもないかのように話す。
「いえ、大したことじゃないですよ。ちょっと授業で習ったのを少し勉強しただけですから」
のび太は聖奈のその言葉に対して素直に感心すると同時に一つ疑問に思っていることを尋ねる。
「ちなみにどんな名前の薬草なんですか?」
すると聖奈は思い出す素振りをし、のび太の言葉に答えた。
「確か、正式な名前はまだなかったはずです。どこかの企業だか会社だかが発見した新しい薬草だとか。正式名称がないので便宜上、外見の色でグリーンハーブとかレッドハーブという呼び方になっています。この学校で栽培していたのはグリーンハーブとレッドハーブが殆どですね。あと、ブルーハーブも栽培していましたが、数は他の二つに比べて圧倒的に少ないです。他にもその企業が発見した薬草はあったみたいですが、この学校で栽培していたのはその三つですね」
聖奈がそう答えると、のび太は相槌を打つ。
「へえ、この学校で薬草を栽培していたなんて知らなかったよ」
すると聖奈は、のび太に薬草の説明を始める。
「あと、効能に関してですが、グリーンハーブは外傷に効くはずです。教科書には〈自己治癒能力の活性化〉と書いてありました。ただ副作用として疲労しやすくなるみたいです。レッドハーブはそのままでは人体に対しての致命的な毒物ですが、粉末状にした上でグリーンハーブと1:1の割合で調合することで、グリーンハーブの効能の持続化及び副作用減衰が図れます。ブルーハーブは解毒作用があると云われてますが、実際は肝機能の強化です。なので代謝機能の強化でアルコール中毒などの中毒患者の治療、グリコーゲンの貯蔵とグルコースの合成機能の強化で糖尿病の治療、性ホルモンや副腎皮質ホルモンの分泌量を調節することでホルモンバランスを調整し、自律神経失調症や腎臓病などの治療が期待されているみたいです」
聖奈は目を輝かせながらそう説明した。
「親切な説明ありがとう。でも後半のはあきらかに教科書レベルじゃないよね」
のび太がそう指摘すると、聖奈ははっとしたような表情をした。
「そうですね。この薬草に興味を持ったので、私が独自に調べた情報もありますので。偉そうにしているように聞こえたのならすみません」
聖奈は申し訳なさそうに表情を暗くした。
「え、そんなことないよ。詳しい説明ありがとう。それらしい植物見つけたら取っておくよ」
のび太はできるだけ表情を明るくし、笑顔を作った。すると、そのすぐ後、ジャイアンが保健室にいる全員に聞こえる声で呼び掛けた。
「休憩とはいえ、ここにじっとしてるのは時間の無駄だ。何か対処法を議論でもしようぜ!」
すると、金田が一番最初に口を開いた。
「さっきも言ったが、廊下の安全確保と拠点の確保、及び食糧の備蓄が最優先だが、その為には廊下を徘徊してると思われるあのゾンビをなんとかしなければならない。あと、いざというときの為にこの町からの脱出経路を見つけておきたい。万が一ということも有り得るからな」
金田がそう発言すると、ジャイアンが発案する。
「かなり危険だけど、奴らを一体ずつ倒すのはどうだ? ここに来るまでにも数体のゾンビに出会ったがなんとか倒した。一度に大量に襲われないなら倒せない相手じゃない」
長椅子に座っている翁蛾健治も発言し、ジャイアンの意見に同意しつつも反論する。
「気は進まないが俺は賛成だ。他に方法もなさそうだしな。だけど、太郎はまだ六歳だ。一人で向かわせるのは危険じゃないか?」
ジャイアンは健治の反論に回答する。
「ああ、太郎じゃなくても一人じゃ危険だ。俺は二人一組で行動するべきだと思う」
ジャイアンがそう答えると、すぐに太郎は目を爛々と輝かせ、長椅子に座っている健治の元に近寄った。
「それだったら、僕はこのお兄ちゃんと一緒に行く! いいよね?」
太郎はまっすぐ健治の目を見つめながら嬉々としてそう言った。健治も太郎から視線を逸らさなかった。
「子守は自信ないけど、まあいいか。太郎はぐれんなよ」
健治は満更でもない様子だった。そして、金田が何かに気づいたように話した。
「よく考えてみると、この中にいる人数は八人だが、全員が全員保健室を離れるわけにもいくまい。一人くらいは保健室に残っていたほうがいいだろうな」
金田のその言葉に、ジャイアンたちも納得した面持ちをしている。そして、金田は続けて発案する。
「もし問題なかったら、保健室には私が残っていたい。私も君たちにできる限り協力したいと考えての結論だ。私ももう歳だから、奴らとの戦闘で足手まといになる可能性がある。その結果、君たちを危険に晒すかもしれない。それよりはここにいて拠点を維持することに専念したほうがいい。もちろん、何か質問などがあれば、いつでもここに来て質問していい」
金田のその案に対して、全員は特に異論はないようだった。
「ああ、いいぜ。頼んだよ金田さん」
ジャイアンがそう言うと、金田は気になっていることを言い表す。
「しかしそうなると、二人一組で行動することができなくなるな。必ず一人はあぶれてしまう」
しかし、ジャイアンは問題ないように淡々と発案する。
「その点は大丈夫だ。一人一組はのび太に当たってもらうから」
のび太は驚き、すぐさま反論する。
「なんでさ?」
すると、ジャイアンは微笑しながら返答する。
「だってのび太この中で一番強いだろ? 少なくとも拳銃使わせたらこの中で一番だぜ」
ジャイアンがそう発言すると、数人の視線がのび太に一斉に向けられた。のび太はその視線に慌てたが、視線をできるだけ気にしないようにし、ジャイアンの方だけを向いている。のび太は今も納得できないでいるが、唐突に聖奈がのび太に話す。
「大丈夫ですよのび太君。みんな散り散りになるわけではないですし。何かあったらすぐに駆けつけますよ」
聖奈がそう言ったので、のび太は渋々了解した。
それからしばらく話し合い、健治と太郎の組、ジャイアンと静香の組、スネ夫と聖奈の組、それとのび太一人の組の、四つの組を作った。その四つの組で食糧等の物資及び脱出経路の探索とゾンビの制圧を行うことになり、金田が保健室に残ることになった。
「よし、それじゃ俺としずちゃんの組と健治と太郎の組で二階を担当する。他の組で一階を担当してくれ」
ジャイアンがそう言うと、金田がジャイアンに尋ねる。
「そういえば先程、階段の方を覗いた時に防火シャッターが閉じていたが、あれはどうするのかね?」
ジャイアンは金田のその言葉に返答する。
「それについては、スネ夫が学校の防災システムにハッキングしている。うまくいけば開けられるはずだ。スネ夫、作業はどんな感じだ?」
スネ夫はパソコンの画面から目を放し、ジャイアンの方を向く。
「そうだね。システムのセキュリティがおざなりだから、解析にはあまり時間は掛からなさそうだよ。機械的な解析で充分だね。解析が終わればシステムに侵入できるはずだよ」
スネ夫はそう言うと、再びパソコンの画面に向き直った。
「そうか、ならそれが終わったら行動開始だな」
すると、太郎がばつが悪そうに小声で話す。
「えっと、僕トイレに行きたいんだけど――」
太郎のその言葉に健治は驚いた。
「おいおい、まさか今までずっと我慢してたのか? 仕方ないな、ついていってやるよ」
健治のその言葉に太郎ははしゃいだ。すると、健治がのび太の方を見て話す。
「そうだ、のび太もついて来てくれ」
今日初めて会った健治に誘われることにのび太は驚いた。
「え、別にいいけど何で僕に?」
のび太がそう尋ねると、健治は少し間を空けた後に呟くように言う。
「いや、何となくさ。とにかく早く行こうぜ」
のび太は健治が自分を誘った理由が解らなくて腑に落ちなかったが、特に異論がなかったので健治と一緒に太郎の付き添いをすることにした。
「健治さん、のび太。廊下には奴ら――ゾンビがいるかもしれないから気をつけろよ」
ジャイアンのその言葉で、のび太はこの保健室のすぐ外にゾンビがいる可能性に気づいた。のび太は慌てて『ベレッタM92FS』を懐から取り出してスライドを少しだけ引き、薬室を確認した。弾薬が薬室に装填されているのを確認すると、次は『マガジンキャッチ』を押して弾倉の残弾数を確認した。少し減っており、十二発装填されていた。のび太は弾倉に弾薬を装填し直して弾倉を装填した。
「よし、大丈夫だな」
のび太がそう呟くと、健治はのび太に尋ねた。
「のび太、予備弾倉はあるのか?」
のび太は健治にそう言われて、予備弾倉が無いことに気づいた。
「いや、無いよ。逃げるのに必死だったから」
のび太がそう答えると、健治は懐から弾倉を二つ取り出した。
「ならこいつを使えよ。逃げる途中で拳銃と一緒に警官からもらったものだ。俺の分はあるから心配するな」
のび太は健治に礼を言って、二つの予備弾倉を受け取った。
「ありがとう。ぜひ使わせてもらうよ。よし、早速行こう」
のび太がそう言うと、健治とのび太は『ベレッタM92FS』を持ち、慎重に保健室の扉を開けた。保健室の周囲にはゾンビがいないことを確認すると、のび太と健治は太郎を呼んだ。そして、のび太は小声で呟く。
「幸い、トイレはすぐそばだな。この分じゃ何事もなく終わりそうだな」
すると、健治が注意する。
「でも、油断するなよ。いつ何が起きるか解らないからな」
のび太が健治のその言葉に頷くと、のび太と健治と太郎はなるべく足音を立てないように慎重に歩いた。のび太は男子トイレの扉を開け、トイレの中を確認した。男子トイレの中にもゾンビはいなかった。
「よし、太郎、僕たちはここにいるから済ませてきてよ」
のび太がそう言うと、健治は反論する。
「いや待て。ここにいるとかなり目立つ。ゾンビの襲撃があったらまずいから、俺たちもトイレの中に入ろう」
健治の意見に一理あると思ったのび太は、健治の意見に賛成した。のび太、健治、太郎の三人はトイレの中に入り、太郎はトイレの個室に入って扉を閉めた。
「小さい方じゃなく、大きい方だったのか、時間掛からなきゃいいけどな」
健治は壁に寄り掛かり、いつの間にか手に持っている『バタフライナイフ』を弄りながらそう呟いた。健治のナイフ捌きは目を
「ナイフの扱いが巧いですね。僕もあやとりやっていて手先の器用さは少し自信がありますが、ナイフとなると恐怖心が邪魔して速く動かせない気がします」
すると、健治がナイフを弄っている手を止めた。
「こんなの大したことねえよ。のび太もやってみるか?」
しかし、のび太は流石にこれは遠慮した。こんなことで怪我でもしたら元も子もないからだ。
「いや、遠慮します。流石にちょっと怪我したら怖いので」
「そうか、まあ強制はしないさ」
健治はそう言ってナイフ弄りを再開した。健治がナイフ弄りを再開して間もなく、トイレの扉の方で物音がした。健治はすぐさまナイフ弄りを止め、懐からベレッタM92FSを取り出した。
「のび太、構えろ」
健治はそれだけ言うと、扉の方に向かって銃口を向けた。ここのトイレの個室がある空間と扉までの間は、クランク型とL字型を繋げたようなジグザグの通路になっており、個室がある空間からは扉の様子が見えない。のび太にも扉を開ける音が聞こえた為、のび太もベレッタM92FSを構えたが、相手の姿が見えない以上、不安感は高まるばかりであった。
――やがて、通路の先から人影が見えた。
「あー――」
通路の先から現れたのは三体のゾンビだった。のび太はすかさず撃ったが、ゾンビはよろけただけでまだこっちに向かってきていた。
「のび太、頭を狙え! ゾンビは頭が弱点だ!」
のび太は健治の言う通りにゾンビの頭を狙って撃つ。9mmパラベラム弾はゾンビの額の中心に当たり、ゾンビはうめき声を挙げて倒れた。
「やるなのび太」
健治はのび太にそう声を掛けながらもゾンビに向かって発砲した。健治が発砲した弾丸は、一発から二発程外したが、五発程撃つとゾンビは倒れた。すると、予想外の事態が起きた。
「健治兄ちゃん、のび兄ちゃん。一体何の音?」
唐突に太郎が個室の扉を開けた。運悪く、太郎が出てきたすぐそばに残ったゾンビがいた。
「太郎、危ない!」
のび太がそう叫んだが、いきなりの事態にのび太も太郎も動けず、ゾンビは太郎に襲い掛かった。太郎は悲鳴を挙げたが、次の瞬間太郎は個室の方に突き飛ばされた。太郎を突き飛ばしたのは健治だった。右手にはいつの間にかベレッタM92FSではなく、刃を収納したバタフライナイフを持っていた。ゾンビはうなり声を挙げて健治に襲い掛かかる。健治は、刃が収納されたバタフライナイフを持った右手の小指側をゾンビに向け、眼球の辺りを狙って右から左に動かした。動かした瞬間に健治の右手の小指付近から健治の右手の動きと同じ軌跡の一筋の光がのび太の目に見えた。健治が右手を動かした後、『バタフライナイフ』の刃が出ているのが確認できた。同時にゾンビの両目には切り傷ができており、そこから血が出ていた。健治が『バタフライナイフ』の刃を出すのと同時にゾンビの両眼球を切ったのだと推測できる。しかし、ゾンビはうなり声を挙げながら健治の両肘付近を両手で掴んだ。健治は咄嗟に逆手持ちをしている『バタフライナイフ』をゾンビの額に突き立てた。しかし、まだゾンビの勢いは衰えなかった。健治は両肘を掴まれているので、ゾンビに咬まれないように耐えることしかできなかった。健治は呟く。
「ちっ、刀身が足りなくて効かないのかよ。どうすりゃいいんだ……」
のび太は健治を助ける為にベレッタM92FSを構えた。健治を誤射しないように気をつけながら、
「健治さん、今がチャンスだ。ゾンビを振りほどいて!」
のび太がそう叫ぶと、健治はバタフライナイフを放し、ゾンビの右手を払う。しかしまだ、ゾンビは左手で健治の右肘を掴んでいる。健治は自分の右手をゾンビの左肘の外側を経由して左肘の下に移動させ、自由に動かせる自分の左手で、ゾンビの左肘の下に移動させた自分の右手を掴む。そして、自分の左手と右手の力で一気に引っ張る。ゾンビの左手を捻る形で引っ張っているので、健治はゾンビの拘束からうまく抜け出せた。健治は咄嗟に懐からベレッタM92FSを取り出すが、のび太の方が早く発砲した。のび太が二発発砲した内、二発ともゾンビの額に命中してゾンビは倒れる。
「健治さん。怪我は無いですか?」
のび太が健治にそう言い掛けると、健治はゾンビの額に刺さっているバタフライナイフを抜きながら言う。
「ああ、おかげ様でな。助かったよ。しっかし驚いたぜ」
健治はすこし笑っている。
「武、いやジャイアンの奴が言ってた通りだったな。『少なくとも拳銃使わせたらこの中で一番だぜ』なんて言い出したときはどんな誇張表現だよとか思ったが、まさか事実だったとはな。まあ、これからも期待してるぜ、現代のガンマンさん。」
健治がちゃかし気味にそう言うと、のび太は一応否定していたが、満更でもない様子だった。
「現代のガンマンは言い過ぎですよ。それより助かりました。太郎が出てきた時に僕は咄嗟に反応できませんでした。健治さんがいなくて僕一人だったら、太郎を死なせてしまったかも知れません」
「まあ、何にせよ誰も怪我しなくてよかったな。さて、じゃあそろそろ戻るか」
健治がそう言うと、太郎とのび太も頷き、三人は保健室に戻った。
保健室に戻ると、のび太はトイレであったことを全員に話した。すると、それを聴いた全員は感心していた。そして、スネ夫が全員に聞こえるほど大きな声で言う。
「よし、学校の防災システムに侵入成功したよ。これで防火シャッターを開けられそうだ」
するとスネ夫は、すぐ何かに気づき、続けて言う。
「ん、待って、どうやら一部プロテクトが強くて開けられないのがある。三階に行くときは北舎中央部からしか行けない。あと、四階は今のところは行けないな」
すると、ジャイアンが自分の考えを言い表す。
「まあ、いきなり四階まで行くこともないだろうし、少しずつ探索と制圧を進めていこう」
全員はジャイアンのその意見に賛成した。そしてジャイアンは全員に呼び掛ける。
「よし、じゃあ早速行動を開始しよう。みんな気をつけろよ」
しかし、聖奈が呼び止めた。
「ちょっと待ってください。何かあったときに互いに連絡が取れないと危険です。私がここに来た時にこの保健室にいくつかの通信機がありました。それを使いましょう」
聖奈はそう言いながら、薬品棚から通信機を取り出す。
「……なぜ薬品棚に通信機があるのかね?」
金田が若干訝しむように聖奈に尋ねる。聖奈はすぐにその言葉に答えた。
「私が来たときは保健医が使うデスクの上にありました。ただ、保管しておくときにデスクの引き出しでは狭かったので、薬品棚に仕舞いました。特に問題はないと思いましたので」
聖奈がそう言うと、金田は納得したようだった。聖奈は全員に通信機を渡した。すべての通信機には周波数が記された紙が貼り付けてあった。
「通信機にそれぞれの通信機の周波数を書いた紙を貼っておきましたので、これで通信ができるはずです。ただ、周波数だけじゃ誰がどの周波数の通信機を持っているか迷ってしまうかもしれません。そこで、それぞれの通信機の紙に書いてある周波数の横に、その周波数の通信機を持っている人の名前を記しておきましょう。こうしておけば、通信を掛けるときに誰がどの周波数だったか迷うことがないはずです」
聖奈はそう説明すると、まずは全員に通信機を渡した。その後全員で、周波数が書かれた通信機の紙に、その周波数の通信機を持っている人の名前を書いた。
「これで準備は整ったな。じゃ、そろそろ行くか」
ジャイアンがそう言うと、ジャイアンと静香、健治と太郎は二階に向かった。そしてのび太とスネ夫と聖奈の三人で、探索と制圧の担当場所について話し合うことにした。