お嬢様をこの碌でなしばかりしかいねぇ理事長室に連れてきたわけだが、そのまま仲良くお話するのが目的ってわけじゃねぇんだよなぁ。
まずそのお話をする前にしなきゃならねぇことがあるわけだが。そのためにオレはソファから立ち上がると、爺さんに話しかけながら動き始める。
「爺さん、オレには茶はないんだな」
「君はお茶では無いモノの方がいいでしょう?」
「まぁな、違いねぇ」
分かりきった質問に対し、爺さんはお決まりのように答える。
以心伝心ってのはまさにこういうことを言うんだろうねぇ。理解がいただけて満足だ。
「勝手に拝借させて貰うぜ」
「ええぇ、どうぞ」
爺さんから許可を貰うとオレは早速備え付けの酒棚を物色していく。
「お、アードベッグ・アリゲーターが置いてあるじゃねぇか」
「おやおや、目敏いですね。ついこの間手に入れたんですよ」
「んじゃこいつを貰うぜ。勿論、爺さんも一緒に飲もうか」
「まだ日中なんですけどね。そう誘われては断れませんし、いただきましょうか」
「いいねぇ、そのノリ」
オレはアードベッグを引っ張り出すと、備え付けのグラスを二つ用意して注ぎ、そいつを持ってソファへと戻った。
「レオスさん、それは一体なんですの? 何だか凄くお酒の香りがするのですが?」
お嬢様はオレが持ってきた物を見て少し怪訝そうな顔をし始めた。
流石は優等生、注意する辺りは真面目だねぇ。
会長さんはジト目でオレを睨んできたしなぁ。別に会長は知ってるんだからそんなに咎めなくてもいいのによぉ。
「何もまんま酒だよ。ここに来た時は必ず飲んでる」
それを聞いて顔を真っ赤にして怒り始めるお嬢様。
「レオスさん! 学校でお酒なんて、あまりにも非常識ですわよ! それに身体に悪いのですからお止め下さい!確かにアメリカに帰った時は大目に見ましたけど、ここは日本なのですから!」
「そう堅い事を言わさんな。ここじゃもう普通のことなんだからよ。それとも……お嬢様も少し飲むかい?」
ニヤリと笑ってそう誘うと、お嬢様は怒りつつもどこか気になって仕方ねぇって面になった。
「そ、そんな、お酒なんて未成年が飲んで良い物では……」
「そう言う割にはお嬢様の目はグラスから離れてねぇんだが?」
「っ~~~~~!?」
お嬢様は結構気になるこにとは結構気にする所があるからな。普段飲まねぇであろう酒に興味津々だ。
そのままグラスをお嬢様の前に差し出しながら笑いかけると、お嬢様は逡巡した後に顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに身じろぎしながら小さく返事を返した。
「そ、その………少しだけでしたら……」
「そうこなくちゃなぁ。冒険は大事だぜ」
オレはそう言いながらお嬢様にグラスを渡すと、お嬢様は期待と好奇心を膨らませた表情でグラスを受け取り、そして小猫がミルクを舐めるみてぇに少し下げ、グラスを傾けて口に含んだ。
その途端、
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?!?」
お嬢様は苦悶の表情を浮かべて呻き始めた。
会長はそんなお嬢様を見てかるく顔を押さえてる。この感じからしてあちゃ~って感じにだろうよ。そう思うんだったら止めてやるのが優しさだろうに。
そんなお嬢様を見て笑うと、オレも早速頂くことにしようかねぇ。
お嬢様に渡したグラスをお嬢様から離すと、そのままグイっと煽る。
「く~~~~~~、中々に聞くじゃねぇか。結構イケてるねぇ」
スモーキーな風味と深みのある味が中々に良い。
一人で静かに飲みたくなるような味わいだ。
そんな感慨に耽っているオレにお嬢様は再び怒りで顔を真っ赤に染め上げていた。
「れ、レオスさん~~~~~~! もう、知っていて飲ませましたわね~~~~~!!」
「そう怒るなって、お嬢様。これが大人の味ってもんだよ」
むぅ~っと頬を膨らませて怒るお嬢様に大人としての一歩を進ませてやろうと思ったんだが、どうやらまだ早かったらしい。
そして怒るお嬢様を宥めていると、会長が呆れ返った顔をしつつも人をからかおうって感じの面を仕手来やがった。何考えてるのか丸わかりだぜ、会長さんよぉ。
「随分と仲がいいじゃない。もしかしてオルコットさんって彼の恋人なのかしら?」
「なっ!? こ、恋人だなんて……」
お嬢様は会長にそう言われて顔を真っ赤にしてかなり恥じらい始める。
まったくもって初々しい姿にまぶしさを感じちまうよ。これが若さってやつかねぇ。
会長はお嬢様の反応を見て楽しむと、今度はオレの方にその矛先を向けて来やがった。
「彼女はこんな感じだけど、あなたはどうなわけ。その様子じゃ満更じゃないんでしょ」
ニタニタと笑う会長に対し、オレはニタリと笑みを浮かべて答える。
「どうだ、いいだろ。オレの一番のお気に入りだよ。逆に会長さんはどうなんだよ。見た限り、そんな感じじゃ青春を感じてるような面じゃねぇなぁ」
「なっ!? し、仕方ないじゃない、IS学園は女子しかいないんだし……」
返り討ちに遭った会長は慌てて言い繕う。
お嬢ちゃんが大人をからかおうとするには、まだまだ経験が足りねぇよ。もう何年か経験を積んでから出直してきな。
「会長さんよぉ、人をからかうにはもうちょっと経験を積まねぇとなぁ。まだまだお子様にやられる程甘くはねぇよ」
「っ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
会長はそう言われ、顔を真っ赤にし始める。
どうやらしてやられたことが恥ずかしかったみてぇだな。これに懲りたらもう少しはお嬢様みてぇに淑女たらんとするこったなぁ。
二人をからかい終えた所で、オレは改めて爺さんの方に顔を向ける。
「さて、レセプションもこれまでにしてっと。そろそろ本題を聞こうか、爺さん。何もみんなでお茶会をするために呼んだ訳じゃねぇだろ」
「私としては、若者の青春姿を見ているのも楽しかったのですが、君の言う通りですね」
爺さんはそう言って軽く咳払いをする。
するとそれまで真っ赤になってたお嬢様と会長が流石に不味いと思ったのか、表情を切り替えた。
その面を見て爺さんは笑みを浮かべると、改めて本題について話し始めた。
「さて、それでは今回君達を呼んだのは、今月に行われる学園祭について話し合うためです」
「学園祭ですの? ですが、それはどういう……」
イマイチ意味が捕らえきれねぇって感じに首を傾げるお嬢様。
確かにお嬢様はオレが連れてきただけだから、これがどういう話し合いかは知らねぇんだよな。
まぁ、その説明は爺さんがしてくれるだろ。
お嬢様の口から漏れた言葉に爺さんは笑いながら答える。
「ん~、そうですね~……。この話し合いというのは、簡単に言えば学園を裏側から守る話し合いと言ったところでしょうか。表では織斑先生や代表候補生の生徒達が頑張ってくれますが、全部には手が回らないので。そのお手伝いをするのがこの集まりですね」
「おいおい、そんな上等なもんじゃねぇだろ。爺さんやチフユ達がミスったり反応が遅いのを力技でどうにかしようってモンばかりじゃねぇか。その度に駆り出されるオレの身になって貰いたいもんだね」
「そう言わないで下さい。これも立派なお仕事なんですから」
爺さんに文句を言いつつ、オレはお嬢様にわかりやすい様に説明してやることにする。
「簡単に言やぁ、この学園のお粗末な防犯の尻ぬぐいをやらされるんだよ。そこの爺さんの命でなぁ。まったくもって最悪だろ」
「そ、そんな事はありませんわ! それで皆が助かるのなら、それに越したことはありませんもの」
心優しいお嬢様は優しく微笑みながらそう答えてきた。
まさに女神のような優しさだ。この慈愛が全部の人間に伝わるんなら戦いなんて起こらなさそうだ。
オレの説明を受けて何となく理解し始めたお嬢様を見て爺さんは話を進めることにする。
「では改めて。学園祭をするにあたって、我が校ではチケット制で外からの来客者を呼ぶようになっています。これ自体にそこまで問題は無いのですが、それ以外にも世界各国の政府の要人や、また企業の人間も多く学園を来訪することになります。それが少々厄介な事になりまして」
変わらねぇ笑みを浮かべる爺さん。
その面から本当に困ってるのか分からなくなりそうだ。この爺さんなら困ってなさそうだがね。
「困ったことと言うのは?」
お嬢様が気になった様子で爺さんに聞き返す。
ノリが良いのは爺さんにとっても嬉しいらしい。笑みが少しばかり深まった。
「えぇ、実は『亡国機業』というテロ組織が潜入してくるという情報が入りました。狙いは多分織斑君でしょう。彼は狙われる理由の宝庫ですから」
まぁ、そんな所だと思ったよ。
この学園に遊びに来る奴の大半はイチカの野郎が狙いだからなぁ。
まったく、本当にアイツはモテモテだねぇ。
それに対し、会長が横から茶々を入れて来た。
「ですが、私の目の前にも同じ『男性操縦者』がいるのですが?」
「彼を狙うことはないでしょう。下手に彼に手を出せば、それこそ組織ごと壊滅されかねませんから。誰だって爆弾に触ろうとする人はいませんよ」
まったくもって失礼だねぇ。
オレはだってそこまで鬼畜じゃねぇよ。まぁ、出した奴は確かにただじゃおかねぇがなぁ。
「そういう訳で、狙われるのは織斑君というわけです。これに対し、学園では警備の強化を検討していますが、それでも突破されるでしょう。そこでこの話し合いが出て来るんですよ」
そう答える爺さんに皆が大体何なのか理解し始める。
突破された後にどうするのかを話し合うってことだな。
この爺さんなら、どうせオレをコキ使って叩きに行けとか言うんだろうけどなぁ。
するとそれを今まで待ってたのか、会長が立ち上がった。
「だ・け・ど、今回あなたの出番は無いわ」
「そいつはどういうことだい、会長」
そう聞き返すと、会長はご自慢の胸を張って自信満々に答えてくれた。
「今回は私が直に動くの。それで織斑君を直に鍛えて彼の防衛能力を上げつつ、わざと亡国機業を泳がせてあぶり出し、そして叩くのよ」
「へぇ~、成る程ね。そういうことか」
会長が何を考えているのかが分かり、ニヤリと笑う。するとお嬢様はイマイチ分かりきらなかったようで、オレにだけ分かるようにちょいちょいとオレを突っついてきた。
「あの、レオスさん? そのテロ組織をあぶり出すのはわかりましたが、何で織斑さんを鍛える必要があるのですの?」
それに対し、オレはお嬢様に笑いかけながらこう答えた。
「会長はこう言ってるんだよ。イチカを餌にしてその間抜けな魚を釣ろうってなぁ。その際にイチカが直ぐにくたばるようじゃ魚は餌を食いちぎってもっていっちまうから、そうされないためにイチカを鍛えるってなぁ」
「まぁ、それで………会長は酷い御人ですわね」
「そう言うなよ。まだ鍛えられるだけイチカの野郎は恵まれてるもんなんだからよ」
そう返しながら、オレとお嬢様は会長の詳しい話を聞くことにした。