二日酔いで最悪な気分のままお嬢様と一緒に会議室に向かって歩いて行く。
道中お嬢様は心配そうな面で俺を見ていたが、流石にここで倒れてたんじゃあサラリーマンは務まらねぇなぁ。
痛む頭に手を当てながら通路を歩いて行く。
「本当に大丈夫ですの、レオスさん! 顔色が真っ青のままですわよ」
「あぁ、なんとかね。これでも会社員ってやつだ、体調が悪かろうと仕事ならいかなきゃならねぇからなぁ。お嬢様の優しさが身に染みるよ」
「そ、そんな………び、病人の心配をするのは当然のことですわ」
お嬢様は顔を赤くして少し悶えているようだが、残念なことにそいつをからかってる余裕はねぇなぁ。
そんな余裕のない姿を見せるわけにはいかねぇと、不敵に笑いながら俺達は会議室へと入っていった。
入った途端に集まる視線。
と言っても、向けられているのはオレじゃなくてお嬢様だけどなぁ。
お嬢様もそいつえお感じてか顔を強ばらせた。誰だってこんなごっつい野郎達に見られりゃあそうなるってもんか。
「来ましたか、レオス」
「おせぇぞ、クソ餓鬼」
クソオヤジこと団長と副団長であるクロードがそんなオレに声をかけてきた。
クロードはいつもとかわらねぇ様子だが、オヤジはげっそりした様子だ。
どう見たって二日酔いってのが丸わかりだが、そいつは人のことも言えねぇのが辛い所だ。だが、あのオヤジを前に弱ってる姿を見せるのはどうにも我慢ならねぇなぁ。
「おいおいオヤジ、随分とげんなりしてるようじゃねぇか。そんなに昨日の酒がきつかったのかぁ? あの程度でこんなにグッロキーってんなら、そろそろ引退するなり酒控えてミルクにするなり考えた方がいいんじゃねぇか」
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇぞ、餓鬼! テメェこそ顔が青いぜぇ。そこのお嬢ちゃんにずっと看病して貰ってたんじゃねのか。あの程度で看病して貰ってたら酒飲みは終わりだぜ!」
お互いに青い顔に睨み合う。
お嬢様はその様子にオロオロし始めたようだが、その空気は手を叩く音でかき消された。
「お二人とも、おふざけはそこまでにして下さい。真面目なお仕事の話をするのですからね」
「「チッ!」」
クロードに言われて仕方なく引き下がる。
確かにこれから仕事の話になるんだから、あのクソオヤジに割く時間なんてもったいねぇよ。
そう思いながら近くのパイプ椅子に座ると、お嬢様もオレの隣にちょこんと座り込んだ。
「あ、あの……着いて来てしまって何ですけど、わたくし、この場にいて良いのでしょうか?」
「別に問題ねぇだろ。あるんだったら入って来た当初にクロードが言ってくるだろうからなぁ。なぁ、クロード」
お嬢様が気まずそうにそう聞いてくるもんだから、オレは笑いながらクロードに声をかける。どうせあの兄貴分のことだ、何か他に理由があるんだろ。
クロードはオレの声を聞いてかわらねぇ笑顔で答えた。
「ええ、勿論問題ないですよ。寧ろ見て貰おうと思っていましたから」
それを聞いてお嬢様は安心すると共に、不思議そうに首を傾げた。
何せ、何で『見て貰おう』としたのかがわからねぇからなぁ。
言いたいことが予想出来る身としては、いやはや、熱心な事だとしか言いようがねぇ。
「せっかくですから我々の仕事の様子を見ていただき、我々がどういった仕事をしているのか理解を深めていただきたいのですよ。傭兵というと常に野蛮だ何だといったイメージが付きまといますからね。そうではないという所を見ていただきたく」
クロードはお嬢様に微笑みかけながらそう言うが、そいつは建前だろうよ。
本音はぜってぇ別だろう。
お嬢様はそう言われて、少し真面目な顔をした後に若干頬を染めながら答えた。
「た、確かに実際に見たほうが分かりますものね(レオスさんのお仕事をしている姿も見てみたいですし)」
まぁ、これも一種の職業体験って奴だろうなぁ。
お嬢様みたいなご身分が高い奴は得てして世間知らずになりやすいから、こういう体験は新鮮で重要だぜぇ。
お嬢様が居るだろうから、いつもより大人しめの話し合いになるだろうよ。
クロードはお嬢様からの了承を受けてお嬢様にはかわらねぇ笑顔を、オレ達にはクソ真面目な顔で仕事について話し始めた。
「まず、今日の今朝から緊急で入った仕事が一件あります。これで皆には今こうして集まって貰いました。それにはまず、この事件について説明する必要がありますね」
クロードがそう言うなり手元の端末を操作すると、巨大なスクリーンに映像が流れ始めた。
『今朝未明、サンフランシスコの大広場にて人質を取ったテロ事件が発生しました。犯人の集団は自らを女性のより地位向上を目指す団体と名乗り、未だに人質を取ったまま立て籠もっています。犯人の声明は『より女性の政治的立場の向上を………』
聞いててそのおかしさに笑いがこみ上げてきちまう。
オレはまだ良い方だ。周りの奴等なんて、笑いが漏れたり、あまりのおかしさに腹を押さえて悶え転がってやがった。
その姿を見てクロードが呆れ返りつつ軽く咳払いをした。
「皆がどう思っているのかは分かりますが、もう少しは堪えて下さい。私自身、結構お腹が痛いのですからね」
クロードがそう言う辺り、相当しんどいんだろうよ。
それほどに、このニュースは笑える代物さ。
「あ、あの……レオスさん、何で皆さんはこんなに笑っているのでしょうか? 少し不謹慎に思うのですけど」
お嬢様は俺達の様子を見て少し怒っちまったようだ。
まぁ、お嬢様から見たら人質のことも考えないで笑う集団にしか見えねぇんだろうよ。
いや、お嬢様の反応は間違っちゃいない。ただ……ポイントが違うだけさ。
「いや、すまねぇなぁ、お嬢様。別にそういう意味で笑ってたわけじゃねぇんだよ。ただなぁ……あのニュースに映ってる女共のオツムのイカレ加減があまりにも可笑しかったからみんな笑ってんのさ」
「え? それってどういうことですの?」
まだ気付かねぇようで不思議そうに首を傾げるお嬢様。
オレはそんな可愛らしいお嬢様に軽く説明してやることにした。
「いいかい、お嬢様。ニュースの奴等は自分でお馬鹿な事をしていることに気付いてねぇのさ。いや、気付いた上でやってるってのも線だが、それで今後そいつが通るわけがねぇ。奴等は詰まるところ、各国の重要機関や政府の上層部に女があまりいねぇことが気に喰わねぇのさ。男よりも優れている女が上層部に少ないのは可笑しいってなぁ。そのための手段に人質込みの立て籠もりを取った。それで世論が認めると思うかい?」
「あっ!?」
どうやらお嬢様も気付いたらしい。
そう、このお馬鹿な奴等は矛盾してんのさ、やってることが。
そんな事に巻き込まれた人質連中が可哀想でしかたねぇよ(笑)。
それで笑って俺達にクロードは再び咳払いをして詳しく話し始めた。
「さっきのニュースについて、政府は我々に事態の収拾を依頼しました。それが今回のお仕事です」
それを聞いて、周りの奴等はからかうかのようにクロードに質問をする。
「副長、何でウチなんですか~。普通なら政府が直々に解決するじゃないですか~」
「そうそう。そういう大切な作戦にオレ等が呼ばれる理由なんてねぇと思うけど」
「何か裏があるんじゃないか~」
その質問にクロードは笑みを深めながら答える。
「皆の言うことも最もです。その通り、本来なら政府が対応するべきことで、我々に来るような仕事ではありません。ですが来た。それが意味することは……汚いことをしたくないということですよ」
クロードはそう言うと再び手元の端末を操作する。
そしてスクリーンに映し出されたのは、人質の名前と人数である。
見た限り、100人以上はいるなぁ。それに対し、ニュースで映っている人質は10にも満たない。
つまり残りの人質は別の場所で囚われというわけだ。
「この通り、対象は人質を二分にし片方を晒しものに、もう一方を別の所で監禁しているようです。これでは晒している方が救出出来ても、もう一方が無事ではすみません。逆もまた然りです。よって、両方を救うには政治的に動かせる軍では不可能と判断したようですよ」
それでウチね。
まぁ、政治で救出するのにうだうだしていたらしかたねぇって所か。
その点、ウチなら即座に動けるから事態の収拾は楽だろうよ。最悪失敗してもスケープゴートに使えるだろうしなぁ。
「報酬も良いので、丁度レオスの復帰祝いに引き受けましたが……当然やりますよね、レオス」
「当たり前だろ。仕事しなかったらオレ達なんてただの碌でなしだぜ。人間、労働は尊いもんさ」
「結構です」
クロードは若干嬉しそうにそう笑うと、コレまでで一番碌でもないことを言いやがった。
「では、作戦を皆に伝えます。ダニガンとロッドハルト達は大勢の人質の救出をお願いします。既に何処に隠されているのかは調べましたので、早急にお願いします。人質は誰一人として死なせてはいけませんよ。『それ以外』は容赦する必要はありませんので、徹底的にやっていいです。でも、『お痛』は駄目ですからね。したら私が直々に『処罰』しますのであしからず」
それを聞いてうんうんと頷く皆。
お嬢様は何の事かわからねぇようだからそのままでいいか。
ウチには最強の紳士がいるからそんなことはねぇんだが、傭兵の中にはそのまま相手が女だったりすると『お持ち帰り』したり、その場で『いただいたり』する奴がいたりするからなぁ。
その点で考えれば、今回の相手は幸せ者だねぇ………そのまま殺されるんだから。
「交渉している方には私とレオス、それと団長の3人で向かいます。私はいざと言うときのバックアップ、団長は周りから邪魔が入らないように警戒をお願いします。そしてレオスは………犯人達と交渉役をして下さい。ダニガン達から連絡が来るまで引き延ばすように」
「はぁっ!? 何でオレがそんなことしなきゃなんねぇんだよ! そいつはお前さんの領分だろ」
「あなたもそろそろそう言うことも学ばねばなりませんからね。交渉術も傭兵には必要なことですから」
こうしてオレは面倒臭ぇことに、この仕事でネゴシエイター役をやるこっとになったとさ。
お嬢様が心配してくれたことだけが、唯一の慰めだね。
二日酔いの酷い状態でこうして仕事をすることになっちまったよ。
あぁ、面倒臭ぇ………。