朝、意識が覚醒して感じたのは痛ぇくらいの日差しだった。
目は閉じてるとはいえ、まぶたを貫通するんじゃねぇかってのが分かるくらい強烈なそれにオレの目は痛みとして認識したらしい。
御蔭で眠気ってモンがまるっきり飛んだよ。
次に感じたのはトンでもねぇ頭痛だ。
いや、寧ろ激痛って言ってもいいもんだった。頭が割れると言うよりも、頭の中開けられた上にそのお脳をコンクリートミキサーで思いっきりかき混ぜられている感じだ。
そのまま行けばお脳100パーセントのシェイクが出来上がりそうな勢いだが、そんなもんが絶対に美味いわけはねぇなぁ。
そんな酷すぎる頭痛と目の痛みでまどろみからおさらばしたオレは目を開ければ、その途端に視界は揺れるは吐き気がこみ上げてくるわ、とんでもなく最悪な気分に晒されたわけさ。
「っ~~~~! 何て最悪な目覚めなんだ、こいつぁ……」
呻きながらも起き上がろうと身体を動かす。
すると懐辺りで何かが動いたのを感じた。
「あ、レオスさん、起きましたの!」
「ん? 何でお嬢様が居るんだ?」
声がして見れば、お嬢様がオレの懐にすっぽりと収まっていた。
顔は真っ赤で瞳は潤み、如何にも男心ってモンをくすぐる面をしていたよ。これで最悪の状態でなければ悪くねぇ気分だったのになぁ。
「何でお嬢様がここにいるんだ? それにここは………オレの部屋か?」
お嬢様が何でいるのはわからねぇが状況を把握するために辺りを見ると、そこはオレが勝手に住み着いてる部屋だってことが分かった。
それで頭の中でスタンピンをかましまくってるプロレスラーを気力で黙らせながら何でここに居るのかを思い出そうとする。
(確かお嬢様の歓迎会で町に繰り出して、それで爺さんの店で派手にやった後は……)
そこから先の記憶が曖昧になってくる。
確かあのオヤジに喧嘩をふっかけられたんでそいつに乗った所までは何とか思い出せる。だけどその後が上手く思い出せねぇ。一体何をしていたんやら………。
思い出そうとしてると、お嬢様が身じろぎし始めた。
「あ、あのレオスさん……そろそろ離してくださいまし……」
「ん、あぁ、すまねぇな」
お嬢様は赤い顔のままオレにそう言ってきた。
それまで抱きついていたことをすっかりと忘れてたオレは取りあえずお嬢様を離すことにする。
それで離れたお嬢様は赤い顔を誤魔化すように咳払いをすると、オレを少し心配そうな目で見てきやがった。
「あの、レオスさん……大丈夫ですの? どこかお加減がよろしくないとかは……」
「ん、調子か……まぁ、最悪な感じだな。頭は痛ぇわ吐き気はするわ、平衡感覚がなくなってるわなぁ。一体何があったんだ?」
「覚えていませんの!? 昨日、レオスさんは団長さんと飲み比べ勝負をして……」
お嬢様の言葉でやっと思い出した。
そうだった。確かにあのクソオヤジと飲み比べでケリを付けようって話になったんだったか。
それで爺さんの特製ウォッカを飲んで……。
オレはその後の記憶が曖昧にしか無い。だからお嬢様に食い付くように聞くことにいた。
「お嬢様、あのクソオヤジとの勝負はどうだったんだ? あのクソは負けたよな。でなけりゃオレはケツの毛すらむしり取られてこうしてここで寝てるわけがねぇんだからなぁ」
オレの反応に少し戸惑ったのか、お嬢様は驚いた顔をしてあわてて答えた。
「そ、その……引き分けですわ。レオスさんと団長さんは同じ杯数で同時に倒れてしまったので」
「ちっ! またかよ。あのクソオヤジ、とっととくたばればいいものをよぉ」
お嬢様には悪いが悪態を付いちまう。
何せ『また』引き分けだってんだから、突きたくもなるさ。
いい加減あのクソの面に敗北って糞を塗りたくってやりたいのによぉ。
そう思ったら更に頭が痛くなってきやがった。
それでやっと思い出した。
あのクソオヤジとたらふくウォッカを飲んでぶっ倒れたんだった。
道理で二日酔いが激しいわけだ。
「レオスさん、大丈夫ですの!? お顔が真っ青ですわよ!」
「ん、あぁ、何でもねぇ二日酔いって奴だ。ここ最近そこまで飲んでこなかったから久々できついねぇ」
心配するお嬢様を安心させるよう笑うわけだが、その面はきっと引きつってるに違いねぇ。
「あぁ、本当に大丈夫ですの! もう少しお休みになられて下さい」
お嬢様が本当に心配してくれるようで、その優しさが身に染みるねぇ。
そしてお嬢様は何かを必死で考えた素振りをすると、意を決してオレの方まで近づいてきた。
「い、行きますわ!」
そう言うなり、横になってるオレの頭を持ち上げて自分の膝をオレの後頭部の下に滑り込ませた。
女特有の柔らかい感触が後頭部に当たって気持ち良く感じちまう。
「あ、あの……どうでしょうか、わたくしの膝……」
顔を見ればポストみてぇに真っ赤になってるお嬢様。
そいつは中々に良い感じだ。
「あぁ、最高に気持ち良いよ、お嬢様。でも、随分と派手なことをしたなぁ」
そう言った途端にお嬢様は顔を更に赤く染める。このまま何処まで赤くなるのか試してみてぇ気分になってくるが、そいつをした後はかなり嫌われるだろうさ。生憎そこまでする程オレはSじゃねぇんでなぁ。
「こ、こんな時でないと出来ないですから……それに昨日、レオスさんはもっと派手なことして………」
「何か言ったかい?」
お嬢様がモジモジし始めたんでそう聞くと、お嬢様は赤い顔のままそっぽを向いた。
「な、何でもありませんわ!(もう~、レオスさんは~! 昨日、あれだけわたくしを辱めたというのに~!)」
何かすね始めたお嬢様。
一体オレが何をしたっていうんだろうねぇ。
それにしても、このやり取りはどうもオレっぽくねぇなぁ。
こういう甘酸っぱい感じはイチカの野郎の領分だろうに。
オレの役では絶対にねぇこともあって、何とも言えねぇくらい気恥ずかしい。
するとお嬢様はそんなオレの空気を感じてか、オレの頭を急に撫で始めた。
「お嬢様、一体こいつは何の真似だ?」
お嬢様はオレの問いに対し、少しSっぽい面で答えてくれたよ。
美人がSっぽい面をすると、Mでもねぇのクるもんがあるねぇ。
「普段はこんなこと出来ないですから、今を精一杯楽しもうと思いましたので。こうしてレオスさんには恥ずかしい思いをしてもらおうと思いましたの。うふふふ」
お嬢様はそう言いながらオレの髪を手で梳いていく。
こんな風にされるのは初めてだから何とも言えねぇ気分だ。
「思っていたよりもレオスさんの髪、サラサラしていて柔らかいですわね。触ってて気持ちいいですわ」
「そいつはけったいなことで」
この様子から見て、きっと昨日オレが倒れた後に何かあったんだろうよ。
見た限り、所謂『しちゃった』って感じが見られねぇところからいたしてはいねぇようだが、お嬢様の機嫌を損ねるようなことがあったのは大体分かってくる。
さて、どうしたもんかねぇ。
このままお嬢様の気が済むまでやらせとくのが一番だが、オレが気まずくてしかたねぇ。その上、こんなところを他の奴等にでも見られてみろ。
オレはその瞬間から『女の尻に敷かれてる奴』だとか『青春ラブコメ野郎』だとか言われてからかわれること受け合いだ。
そいつが如何に不味いことなのかってのは、容易に想像が付くだろう。
人間、舐められたらお終いだ。
それで冷や汗を流しつつどうするか悩んでいた所で突然室内に置かれてる内線が鳴り響いた。
「キャっ!? な、何ですの?」
驚くお嬢様を尻目に、オレは手を伸ばして受話器を取り内線に応答する。
「はい、なんだい?」
『昨日はお楽しみでしたね』
連絡先はクロードだった。
どうせ奴さんのことだ。爽やかな笑みを浮かべてるに違いねぇ。
「おいおい、あまりからかわないでくれよ。もしお楽しみだったらもっと喜んで部屋でハイジャンプでもしてるだろうさ。お生憎様、二日酔いで最悪な気分さ」
『自業自得ですよ。勝負は引き分けなので料金は皆から出していただくのであしからず。さて、そんなために連絡を入れた訳ではありません』
当然そうだろうよ。もしそんなお説教とからかうのが目的で連絡を入れてきたってんなら、クロードがあんなクソ真面目になるわけがねぇ。
『連絡事項は一つだけです。急遽仕事が入りましたので、至急会議室に来て下さい』
そう言って内線は切れた。
オレは受話器を放り投げると、お嬢様の膝から頭を上げる。
「あ、あの、レオスさん? 先ほどの電話は……」
「残念だが、どうやら仕事が入ったらしい。どうせお嬢様も連れてこいっていうんだから一緒に行くか。会議室にな」
「は、はいですわ!」
そして少し残念そうなお嬢様を連れてオレは部屋を出た。