二人の飲み比べが同士討ちになったことでこの宴会も終わりを迎え、セシリアと『巨人の大剣』の皆は各自の車に乗って本部へと撤収し始めた。
セシリアの乗る車の運転はカイルがしており、セシリアはレオスと一緒に後部座席に座っている。若干の荒さが目立ちはするが、特に問題無荒野のハイウェイを走行していく。
だが、その荒い運転以上にセシリアの心臓は暴れ回っていた。
(なっ、なっ、ななななななななななな、何ですの、この状況は!?)
顔を真っ赤にしてセシリアは今おかれている自分の状況について考えていた。
何故なら、現在セシリアの膝の上にはレオスの頭が乗っかっているからである。
レオスが酔い倒れた後、車にレオスを乗せてレオスの容態を見ていたセシリアだったのだが、車が走り出すと共にレオスがセシリアの方に倒れ込んできて膝に頭が落ちてきたという状態になった。
初めてする膝枕。それも好意を抱いている異性に偶然とはいえなってしまった膝枕に、セシリアの胸はドキドキと高鳴って仕方ないのであった。
(うわぁ……い、一体どうすれば良いのでしょうか! か、髪が膝に当たってくすぐったいですわ……)
赤面したセシリアはわたわたと慌てる。
起こすべきなのだろうか、それともこのままにしたほうが良いのだろうか?
普通なら起こすのだろうが、看病を考えるならこのままにした方が良い。
何より、こんな風にレオスを接することがなかったセシリアとしてはこれ以上無い機会なので、セシリアはこのままにしておくことにした。
(ま、まさかレオスさんにこうして膝枕を出来る日が来るなんて思いませんでしたわ! 少し前までは何でそんな物があるのか分かりませんでしたが………こ、コレは、その……キますわね………キャー、キャー!)
内心では精神が昂揚してテンションが可笑しくなるセシリア。
怖ず怖ずとレオスの頭に手を伸ばすと、ゆっくりとその頭を撫で始めた。
(初めて男の人の頭を触ってみましたが………思った以上に硬い髪質ですわね。で、でも、コレはコレで触っていて……気持ちいいですわぁ……)
赤面しながら頭を撫で続けるセシリアは、普段は出来ない行動だけによりのめり込んでいく。無言でレオスの頭を撫でては声にならない声を噛み殺す様子は淑女というより年相応の少女にしか見えない。
乙女の暴走まっしぐらに突っ走るセシリアの様子バックミラー越しで見たカイルは、何やら微笑ましい物を見ているかの表情をしていた。
車で揺られること数時間。
やっと本部に戻ってきた大剣一行は各自別れていく。
ある者は車に乗って近くで生活している安ホテルに、またある者はやり残した仕事を熟すためにに自分のデスクへと向かう。
セシリアはというと、カイルに手伝って貰いレオスを運びながらレオスが勝手に住み着いている部屋へと案内されていた。
「ここがレオスの兄貴の部屋です。まぁ、勝手にレオスの兄貴が泊まり込んでる部屋ってだけなんですけどね。元は物資集積用の一室だったそうで」
カイルがそう言いながら部屋のドアを開けると、少しばかり埃臭い匂いがセシリアの鼻をくすぐった。
「ここが……レオスさんの部屋……」
部屋の中を見て、セシリアは何とも言えない声を出した。
部屋自体は何処にでもある普通の部屋で、落ち着いた色合いの室内であった。
それはいい。セシリアが驚いたのは、その部屋の『生活感』の無さである。
部屋にあるのは簡易テーブルと椅子、それと簡易ベットに小型の冷蔵庫のみ。
装飾といった無駄を一切省いたような部屋がセシリアの前には広がっていた。
初めて入る異性の部屋というのは、恋する乙女には特別なもの。だが、その夢を壊すかの如く本当に何もない部屋のため、セシリアの緊張していた精神は少し緩んだ。
少し肩透かしを喰らったような気さえ起きたかもしれない。
それをどう捕らえたのかは分からないが、カイルはレオスをベットで寝かせるとセシリアを見てにたりと笑う。そしてゆっくりと口を開いた。
「ごゆっくり」
そう言って部屋から出て行った。
それがどういう意味なのかが分かり、ボンッと顔を真っ赤にするセシリア。
「いや、別に、そのようなこと……ぁぅぁぅ……」
顔から火が出そうなほど熱いと思いながらセシリアはばたばたとした後、取りあえずレオスの顔を見ることにした。
そこにあるは安らかな寝顔。いつもの皮肉に入り交じった歳不相応な顔ではない年相応な顔があった。
その顔を見て、セシリアの胸がキュンとなる。
その寝顔があまりにもセシリアには可愛らしく見えたから。
「そう言えば………こうしてレオスさんの寝顔を見るのは初めてですわね………」
感慨深くそう洩らすセシリア。
IS学園で今まで一緒の部屋で生活してきたセシリアとレオスだが、セシリアはレオスのこんな無邪気な寝顔を見たことがなかった。
夜はセシリアより起きていて寝ている姿を見たことがなく、朝はすでに起きていることが殆どだ。稀に学校で居眠りをしてはいるが、顔は眠っているというより目を瞑っているだけで、近づこうとした瞬間には目を覚ましているという感じである。
ここまで深い眠りに就いているレオスをセシリアは初めて見たのだ。
誰も居ない部屋で二人っきり。
そしてカイルの言った言葉が更にセシリアにレオスを意識させる。
セシリアはそのままレオスの顔をジッと見つめる。そこにある愛おしい想い人の顔を。
そして出来心か、その唇に視線が行ってしまう。
「いや、それは駄目ですわ! いくら何でも無防備な相手にそんな……で、でも………」
無抵抗な相手にするのは卑怯だと思うも、こんな機会はないのだからしてしまえと二つの思いがぶつかり合い、セシリアはジレンマに悩む。
そしてその二つの争いは、妥協点を見つけたらしく、その答えに従ってセシリアは動き始めた。
「く、唇じゃないんだったら……セーフですわよね」
セシリアはそう言って一人で納得すると、レオスの顔に自分の顔を近づける。
その唇に吸い込まれそうになるのを堪えながら、目指すは額。
恋する乙女にとって唇は特別で、その次は頬か額と決めているのである。
セシリアはドキドキしすぎて心臓が破裂するんじゃないかと思いながらも顔を近づけていく。
見てはいないが、その顔はきっと真っ赤になっていて瞳は潤んでいただろう。
だが、ここでセシリアにとって予想外過ぎることが起きた。
「………う~ん………」
きっと軽い寝返りだったのだろう。
だが、セシリアはその際に動いた手によって身体のバランスを崩されてしまい、レオスに向かって倒れ込んでしまったのだ。
そして………。
セシリアの唇に柔らかい何かが触れた。
見開いた目の先には、ほぼゼロ距離のレオスの顔。その見える位置から自分の唇が何に触れたのかは容易に想像出来た。
何より、独特のアルコールの味を感じた。
(ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?!?)
声に出さないよう必死になりつつ、内心では叫び声を上げてしまうセシリア。
先程まであった懊悩の何のその、セシリアはパニックを引き起こしてしまっていた。
この事態、すでにセシリアにとって収拾のつけられえたものではない。
しかも………。
(わ、わたくしの……ファーストキス………)
セシリアにとって初めての唇へのキスがこんな不意打ちだということへのショックとファーストキスがウオッカ味というショック、同時に意中の相手にキス出来たことへの喜びがごちゃ混ぜになり、何とも言えない気持ちになっていた。
それだけでも大変なのに、事態は更に悪化する。
「…………がぁ……ぐぅ………」
「え? キャア!?」
更にレオスは寝返りを打って巻き込むようにセシリアを抱きしめてしまったのだ。
意中の相手にキスしてしまって、挙げ句はこんな間近で抱きしめられる。それはもう、セシリアの許容量を超えてしまっていた。
何も考えられなくなり、ただ抱きしめられたまま顔を真っ赤にするセシリア。その力は少し強く、胸を押しつけられている恰好になってしまっている。そのため、セシリアは心臓の鼓動が伝わってしまうんじゃないかと心配で仕方なくなった。
そんなことも気にせず、レオスは景気よく寝息を立てながら眠っていた。
この日、セシリアは一睡もすることは出来ず、ただレオスに抱きしめられて赤面し続けているだけだった。