三つ目のお気に入り千越えで嬉しいです。
周りは皆最高潮のテンションを上げ、レオスとアンドルフの二人による酒の飲み比べ対決が行われていた。
飲んでいるのはこの店で作っている自家製のウォッカ。ただ作成しただけにあらず、いかなる手段を用いてかアルコール度数が90パーセントという医薬用消毒エタノールと大差ない常識外れの可笑しな代物。濃縮されたためか、本来透明な液体は白濁に濁っている。
大ジョッキに並々と注がれたそれを二人はまるで水を飲むかのように飲み干し、ほぼ同時にジョッキをテーブルに叩き付けた。
そして次のおかわりが注がれている間に両者とも不敵に笑いながら睨み付ける。
まだ序の口だろ、そう相手を挑発する様に。
飲み比べが始められ、セシリアはどうして良いのか分からずオロオロとしてしまっていた。
これがレオスだけだったら真っ先に怒り酒を取り上げている所なのだが、今はレオスだけで無く周りには自分より一回りも二回りも年上の大人ばかり。
社交界にいるような腹黒い大人ではなく、荒々しくも活気に溢れた大人達と一緒にいるのはセシリアにとって初めての事で、どう対応して良いのか分からなかったのだ。
IS学園の生徒達が盛り上がるのとはまったく違う盛り上がり。それはセシリアにとって初めて見る物だった。
でも不思議と嫌ではない。新鮮な感じがして、セシリアはこの雰囲気が嫌いではなかった。
特に、その中心部にいるレオスの不敵な笑みを見る度に胸が高鳴る。
アルコールの香りで酔ったのか、仄かに頬を染めているセシリアはウォッカを飲み干すレオスの姿が格好良く見えて仕方なかった。
本来なら止めなくてはいけない。だけど、もっと見ていたい。
そんな板挟みの心のままレオスを見つめていると、意識の外から声をかけられた。
「楽しんでいただけてますか?」
「あ、シルファーさん!」
ずっとレオスの方に意識を向けていたので、急に話しかけられたセシリアは少し慌てる。それを知ってか、クロードは微笑ましいようなものを見たかのように笑う。
「クロードで良いですよ。あまりファミリーネームで呼ばれることに慣れていないものですから」
「あ、はいですわ。でしたら、わたくしもセシリアとお呼び下さい」
普段ならそんなことは言わないのだが、香りだけでも酔っているセシリアはクロードの人柄もあってか普通に名前を呼ぶことを許可した。
クロードはそのまま笑うと、セシリアの対面……先程までレオスが座っていた席に座る。
「良ければどうぞ」
「ありがとうございます」
差し出されたオレンジジュースの入ったコップを受け取りセシリアは礼を言う。
その前に飲んでいたコップはもう空になっていたので、そのおかわりは有り難かったのだ。
そのまま差し出されたコップを受け取るも、口は付けない。
相手から許可を得て初めて口を付けるのが礼儀だからである。
クロードはその様子に若干苦笑しつつ許可を出すと、セシリアはやっと口を付けた。
口の中を清涼感のある柑橘系の香りと甘みが突き通る。
その感覚に少しは落ち着きを始めたセシリアは改めてクロードの方を見た。
「いや、こんな騒がしい席ですみません。皆血の気が多い人達ですから」
「いえ、こういう雰囲気は初めてなので楽しいですわ」
「それはよかった」
クロードは安心したかのように笑う。
そのどんな女性も魅了してやまないという微笑みにセシリアは笑顔で返す。
好きな人がいない女性だったら恋に落ちていたかもしれない。そんな魔性の笑みだった。
クロードは笑顔のままセシリアにとある話を聞き始める。
「いえ、レオスのことをどう思っているか聞こうと思いまして」
「ぶっ!? けほ、けほ……」
確信を急に突かれたことで飲んでいたジュースを咽せるセシリア。
まさかこうもストレートに言ってくるとは思わなかったので、身構えていない心にはきつい一撃だった。
「あ、すみません。大丈夫ですか?」
「は、はい……」
咽せるセシリアを気遣うクロードに、セシリアは恥ずかしい所を見られたことで赤面してしまう。
その年相応の反応を慈しむようにクロードはセシリアを見ると、改めて話を始める。
「いえ、レオスが学園でどのように思われているのか知りたくて」
「そ、そうですの……」
確信からぶれた返答に肩透かしを喰らった気分になるセシリア。だが、『千里眼』の異名を持つクロードにセシリアの好意がばれていない訳が無い。それを敢えて別の質問に差し替えたのは、セシリアのことを慮ってのことである。
セシリアはクロードの質問にできる限り優しい言葉で返すことにした。
「そうですわね。レオスさんは、その……たぶん一学年では一番強いと思いますわ。だからかは分かりませんが、強すぎてあまり人が寄ってこず……」
「成程、傭兵という看板のせいで周りから恐れられ孤立している、と」
「はうっ!?」
クロードに的確に言われてセシリアは驚いてしまう。
言ってもいないことも合わせて的確に当てられた。それこそ、予言並に。
そのことに恐怖し、クロードに隠し事が出来ないと判断したセシリアは正直に打ち明けることにした。
「そ、その通りですわ。最初に教室に入ってきた時は手錠で拘束されておりましたし、担任の先生から傭兵だということを明かされまして」
「まぁ、危険な人間を入れると言うのだから当然の対処ですね」
「それで皆さん、怖がってしまって。レオスさんに普通に接してくれるのは同じ男性の織斑さんと専用機持ちの人だけですわね」
悲しそうにそう答えるセシリアにクロードは苦笑しつつ答える。
「仕方ありません。私達が就いているのはそういう職業ですから」
その少し悲しい答えを言うクロードにセシリアは申し訳無い気持ちで一杯になる。
それを見抜かれてか、クロードはセシリアに笑いかけた。
「お気になさらず。皆好きでこの仕事に就いているんですから。怖がられているというのは、それだけちゃんと出来ていると言うことですからね。汚い言い方をするなら、兵隊が一般人に舐められたら終わりなのですよ」
「そ、そうですの?」
「ええ、怖いというだけでも重要なんですよ。怖がられないのはもっとまずいので。そうですか、レオスは学園で友人関係を上手く構築できていないですか。まったく、せっかくの同年代の人が集まっているというのに、あの人は……」
少し困った顔をするクロードに、今度はセシリアが質問した。
「あの、レオスさんにお友達はいないのですか?」
「友人ですか? そうですね……」
クロードは少し頭を捻ると、これまた困った笑顔をする。
「答えに困りますね。居ないわけではないのですが、皆物騒な人ばかりですからね。もしくは仕事の関係の方が多いので、友人と言って良いか判断しかねますよ。レオスの周りは皆大人しかいませんでしたから。ここの人達も親しくはありますが、あくまでも『同僚』ですから」
「そ、そうですの。では、同年代友人というのは……」
「居ませんね。だから作って貰いたいと思っていたのですが……まぁ、セシリアさんのような素敵な女性を連れてくるくらいには成長したようですし、まだマシでしょう」
「そ、そんな、素敵だなんて……」
褒められて照れるセシリアをクロードは微笑ましく思う。
この反応が年相応の反応だから。レオスはそんな反応を一切出さないので。
そこで少しからかってみたくなり、セシリアに軽く話を振ってみる。
「出来ればこのまま貴方と楽しい学園生活を送り、こんな業界から足を洗って真っ当に生きて貰いたいのですけどね。貴方のような素敵な女性と結ばれて……ね」
「っ!? そ、そんな……」
クロードの言葉でレオスと教会で結婚式をあげている光景を思い浮かべ、顔を真っ赤にするセシリア。
その様子を微笑ましくクロードは見ていると、セシリアは妄想していた事に恥ずかしくなり小さくなってしまう。
「は、恥ずかしいですわ……」
「別に恥じ入るようなことではないですよ。年頃の女性は得てしてそういうものです。寧ろレオスが枯れているだけですからね。実際、仕事しかしてこなかったのでガールフレンドも居ませんし」
「そ、そうですの! よかったですわ……」
ライバルがいないことに少し安心するセシリア。そのおかげか先程まであった恥ずかしさを忘れることが出来た。
それを見透かされているとは知らずに。
だが、これでセシリアは完璧にクロードへの警戒を解いて話すことにした。
それから学園でのあれこれをセシリアはクロードに話し、クロードはそれを聞いて笑ったり困ったり、レオスの事を辛口で評価したりと様々な反応を示す。
そして片方では接戦した飲み比べが行われている中、もう一方では和やかな会話が行われていた。
そこでセシリアは………レオスの昔話、レオスと初めてクロードが出会った時の話を聞いた。