あ~、もう嫌だ。あんな書類の山を処理するなんざぁ二度とゴメンだ。
あの鬼畜陰険メガネがオレのためにとって置いてくれたサプライズプレゼントにオレはもうげっそりして涙が出てきちまうよ。
しかもあの野郎、お嬢様をダシに使いやがって。おかげでゆっくりと済ませることが出来なかったじゃねぇか。
まぁ、こいつも自業自得だって世間様じゃ言うんだぜ。そいつについてはオレ自身そう思うけどよぉ、周りのモンが脆いのが原因だと思うよ、オレはねぇ。
周りの奴等がB級映画のゾンビみてぇな面で事務仕事してる中、オレもきっと似たような面でやってたに違いねぇ。
だが、そいつももう終わりだ。
あの陰険メガネの言う通りなのは癪だが、お嬢様を待たせるわけにもいかねぇんでなぁ。
オレはそれこそ、ここ最近で一番クソ真面目に書類を片していった。
それで二時間きっかりでタワーを倒壊させたわけだ、ざまぁみろ。
周りのゾンビ共が呻く中、オレは人間に戻って部屋を出た。
それで疲れた身体を引き摺ってクロードの部屋へと向かう。きっとクロードのことだからご自慢の紅茶でもお嬢様に振る舞って楽しくお喋りでもしてんだろ。
この組織一の完璧超人の唯一の悩みって言やぁ、紅茶の味が分かる奴がいねぇことだからなぁ。
オレ等に言わせりゃ、紅茶だろうが水だろうがコーヒーだろうが一緒だよ。あれは飲みモン、酒は日々の疲れを癒す潤滑剤ってな。
さて、お嬢様を迎えにいかねぇとなぁ。
そう思いながらクロードの部屋の前に着いた。
親しい仲にも礼儀ありってな。軽くノックをする。
「はい、どうぞ」
クロードから声がかけられてから扉を開くと、自分のデスクでいつもみてぇにジジ臭く紅茶を啜ってやがった。その姿と来たら、随分と絵になるモンさ。
それにソファじゃあお嬢様が優雅に紅茶をお飲みになっているよ。まさに英国って感じでこいつもまた絵になる光景ってやつだねぇ。
「あ、レオスさん! お疲れ様ですわ」
オレの姿を見て顔を輝かせるお嬢様。
その笑みを向けてもらえるだけで癒されるよ、本当。まさに女神様の微笑みってやつだ。どこぞの陰険メガネの労る気のねぇ笑顔とはえらい違いだ。
「言われた通り、あのタワーを全部片してきたぜ」
「ええ、ご苦労様です。それと何度も言いますが、誰が陰険メガネですか。あまり上司に失礼なことを言わないで下さい」
「け、化け物がよく言うよ」
「貴方も負けず劣らずの化け物なんですから言わないで下さい」
そんな皮肉を言い合った後にお嬢様の向かい側のソファの飛び込むように座り込む。
身体の沈み具合といい、相変わらず上等なモンを使ってるねぇ。オレのクソ安い椅子とはえらい違いだぜ。
そんなことを思ってたら、お嬢様がクロードの方に顔を向けた。
「あ、あの……お疲れのレオスさんに何か飲み物を渡したいのですが……その紅茶を淹れてあげたいのですけど、いいですか?」
お嬢様の気遣いってもんが有り難いねぇ。
だが、このケチな上司様がオレに何か恵んでくれるとは思えねぇなぁ。
「ええ、いいですよ」
「ありがとうございます」
流石は英国紳士、女性にはお優しいらしい。
オレが似たようなことを言えば、きっと上司様は自分で何か買って来なさいとでもいうんだろうよ。
「あ、その代わりに私にも一杯頂けますか」
「はい、是非!」
お嬢様はご自慢の紅茶の腕をい披露出来るってんで張り切っているみてぇだ。
ソファから立ち上がると、クロードに何かしら聞いて紅茶を淹れ始めた。
お嬢様が紅茶を淹れている間、クロードはやけに面白そうな目でオレ見てきた。
「随分と良い娘さんですね。礼節丁寧で綺麗で可愛らしい」
「まぁな」
何せ気に入ってるからねぇ。
オレはああいう真面目な奴が好きなんだよ。
「恋人にしないんですか?」
「そいつはプライベートな質問だ。答える義務はねぇなぁ」
「それは残念です。私としては恋人と一緒に平和な幸せを手に入れて貰いたい所なんですけどね。一応は貴方の保護者ですから」
またその話か。
クロードと一緒に色々やるようになってから、何かにつけてこいつはオレにこの仕事を辞めるよう言ってくる。
曰く、まだ若いんだからこんな因果な仕事をすることはない。普通に幸せになれ、との事。
だが、そいつの話は会った当初から決まってんのさ。
「お気遣いは結構だが、そんなモンは今更変わるもんじゃねぇだろ。オレは好きでこの仕事をしてるんだからよ。もしこの仕事を辞めて商社のリーマンにでもなってみろ? 退屈で鬱病になって自殺するぜ、絶対になぁ。だからそいつの答えはNOだよ」
「はぁ、仕方ないですね。私も元々貴方が頷くなんて思っていませんでしたしね」
「だったら聞くんじゃねぇよ」
これでこの話は終わりだ。
毎回耳にタコができる話だから聞いてて気分の良い話じゃねぇ。
クロードは苦笑しつつもオレに話しかける。
「あなたの学園での生活なども色々聞きましたよ」
「へぇ、そいつはまた」
「あまり先生方や生徒を虐めないように。あなたとは違うのですから」
「分かってるよ、それぐらい。ただからかって遊んでるだけだよ」
気まずいねぇ、この話も。
少しでも不味い部分が出ればクロードに何を言われるのか分かったもんじゃねぇからよぉ。前に仕事でアジアに行ったとき、現地のチンピラ達に絡まれたんで全員ちょっと撫でてやったクロードからお説教受けたんだよ。全員全治半年はやり過ぎだとね。
治療費については払っていないけどな。
それを心配してのことなんだろうよ。
「それにしても意外でした」
「何がだい?」
「あなたが女の子に興味を持つことにですよ。こう言ってはなんですが、あなたは娼婦とかが近づいても軽く窘めて断ってきましたからね。女性に興味が無いのかと思いましたよ」
「おいおい、冗談も程々にしてくれよ。もし本当にそうだってんなら、オレは今すぐに自分を三百キロの爆薬と共にミサイルに詰め込んでぶっ放し、盛大な花火を男娼の館で上げたいね」
「それを聞けて安心です。まさか身内にそんな人がいるんだったら、私は今すぐにでも自分の安全のために眉間に穴を開けてあげなくてはなりませんから」
「ああ、まったくだ。オレも同じようにしているところだよ」
まったく、この野郎は人を異常性癖者かと疑って来やがった。冗談じゃないぜ。
「オレだって男だからな。女にだって興味くらい持つさ。それにウチのお嬢様は『イイ女』だからな。是非とも大切にしたいんだよ」
「そうですか。兄貴分として安心しましたよ」
「そう思うんだったらまずは自分で恋人でも作ってから聞いてくれ」
「手痛いですね」
詮索屋は嫌われるぜ、クロード。
まぁ、お嬢様の印象はこの口ぶりだと好印象だったらしい。
そいつは何よりだ。
するとお嬢様が紅茶を入れたカップを2つ持ってきた。
「ど、どうぞ……」
緊張した様子のお嬢様から渡された紅茶の香りを嗅ぐ。
相変わらずの上品な香りだ。
「では、いただきます」
「いただくぜ、お嬢様」
早速一口付けてみると、中々に美味い紅茶みてぇだ。
あまり紅茶の善し悪しなんてわからねぇけど、そんなオレでも分かるくらい美味い。
「これはこれは。随分と紅茶を淹れるのがお上手なのですね」
クロードはお嬢様のお手前とやらに感心しているようだ。
凄いだろ、お嬢様の腕前は。茶だけなら一流だぜ……茶だけならな。
「ありがとうございます」
お嬢様は褒められたんで恥ずかしそうにしていたが、嬉しいらしい。
「お嬢様が淹れた茶は相変わらず美味いねぇ」
「ありがとうございますわ!」
お嬢様は顔を輝かせて喜ぶ。うん、イイ笑顔だねぇ。やっぱりイイ女の笑顔ってのはイイもんだ。
それでお嬢様の紅茶を堪能した後に、クロードにある話を振られた。
「そうそう、この後オルコットさんの案内が終わったらロビーに来て下さい。あなたの帰還祝いとオルコットさんの歓迎会を『ゴールデンドーン』で行いたいと思いますので」
「まぁ、いいんですの!?」
そいつを聞いたお嬢様は顔を赤くして感激しているみてぇだ。
まさか遊びに来たのに歓迎会まで開いてもらえると思わなかったらしい。
別に大層なことじゃねぇよ。ここの奴等はIS学園の奴等と一緒で、酒が飲めればお祭り騒ぎにするような奴等ばかりだからなぁ。
「ああ、分かったよ。んじゃお嬢様とデートし終えたら向かうよ。ちなみに聞くが払いは?」
「オルコットさん以外全員で出し合いです。奢りはしません」
「そうかい」
それだけ聞くとお嬢様の手を取って扉へと向かう。
「そういうわけだ、お嬢様。歓迎会までの間にデートを堪能しようぜ」
「そ、そんな、デートだなんて……」
顔を真っ赤にしてるお嬢様を連れてオレはクロードの事務室を出た。
その間クロードの暖かい眼差しとやらが気まずくてたまらなかったよ。