恋する乙女と最凶の大剣   作:nasigorenn

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今回レオスは出ません。彼はデスクで書類相手に戦争しているので。


第六十五話 兄貴分

 報告書と始末書の山に追われるレオスと別れたセシリアは、クロードに連れられて通路を歩いて行く。

向かう先はクロードがいつも使っているらしい事務室。

そこへ向かう間、セシリアは不安そうに歩く。

レオスと離れてしまったことで心細くなっているのだ。

流石に見ず知らずの場所に知り合いと離れて一人というのは心細いのであろう。

それを察してか、クロードはセシリアに微笑みかけながら歩いて行く。

そのまま歩いて行き、エレベーターに乗って二階ほど上に昇った後に歩くこと数分。

クロードは一つの部屋の前で足を止めた。何の変哲も無い普通の扉が目の前にある。

クロードはそこでセシリアに振り返り、全ての女性を魅了するとレオスが言っている微笑みをセシリアに向けた。

 

「少し歩かせてしまって申し訳ありません。どうぞ、ここが私の使用している事務室です」

「は、はい………」

 

その微笑みにセシリアは意識しなくても顔が熱くなるのを感じた。

これが絶世の美男の魅力というものだろう。好意を抱いてなくとも赤面してしまうものである。

クロードはそのまま扉を開けて中にセシリアを招く。

招かれて入ったセシリアはある意味で驚いた。

別に変な所があった訳ではない。真逆である。

真っ白い部屋に応接用のソファとテーブルが有り、奥の方にクロードが使っているであろうデスクが置かれている。デスクの上にはノートPCが一台と処理中であろう書類が綺麗に整頓されて置かれていた。

セシリアが驚いた理由は、その綺麗な部屋そのものにあった。

その前に見たレオスのデスクを見れば尚更わかる通り、両者のデスクは同じようなことをしているのにその様相はかなり変わっていたからだ。

そこから分かるのは、如何にクロードがしっかりしているかということ。そして逆にレオスが如何にだらしがないかということ。

そんなことを考えてしまったセシリアにクロードは少し苦笑する。

 

「別にレオスはだらしないわけじゃないですよ」

「っ!? いえ、別にそのような事は思っておりませんわ」

 

考えていたことを言い当てられ驚くセシリア。

別に何か言ったわけではない。だというのに目の前の男が自分の考えていたことを読んだことに恐怖を感じて少し引く。

それは殆ど人外の能力。セシリアは目の前に居る想い人の上司が怖くなってきた。

それすらも読んだのか、クロードは困り顔をした。

 

「怖がらせてしまったようですみません。レオスにも言われて直そうとは思ってるんですが、どうも癖になってしまって。別に何てこと無いことですよ」

「そ、その……何で分かったんですの?」

 

怖いが知りたいとセシリアはクロードに問う。

この目の前の人物がどういう人なのか知れればレオスにもっと近づけると、そう思ったから。

その問いにクロードは更に苦笑し困った様子で答えた。

 

「あはははは、何てこと無い職業病ですよ」

「職業病?」

「ええ。私が狙撃手をやっていることはレオスから聞きませんでしたか?」

「はい、聞いております。『狙撃だけでも超一流なのにその他も全部こなす奴で、まさに天才だ』と仰ってました」

 

セシリアはレオスに聞いたことを少し隠して話す。

流石に本人の前で言って良いことではないので。

だが、それすらもクロードは看破した。

 

「そうですか。『狙撃も出来て他もこなす超一流だけど、性格が最悪で陰険な奴』ですか。後でレオスにはお説教が必要ですね」

「いや、それはっ!?」

 

まさかそんな事までバレるとは思わなかったセシリアは凄く焦る。

そして本当に目の前の人物が人なのか疑い始めた。

それぐらい、レオスが言っていたことを的確に言い当てられたのである。

セシリアの様子を見てクロードはクスりと笑う。その様子は大人の余裕に満ちていた。

 

「別にいいですよ。先程も言いましたが、私は狙撃手です。狙撃手というのは、ただ遠距離の敵を排除するだけではないんですよ」

 

その言葉の意味にセシリアは内心で首を傾げる。

狙撃手が遠距離の敵を攻撃する以外にすることなどあるのだろうか?

その疑問すら読んだのか、クロードは教師の様にセシリアに教える。

 

「本来、狙撃というのは暗殺なんです。相手に気付かれずに対象を殺すということはそういうことですから。そして暗殺をするには情報を手に入れ、攻撃タイミングを考えなくてはならないんです。確実に仕留められる時を狙い定めて。そこで行うことは何だと思いますか?」

「そ、その……分かりません……」

 

答えられないことに恥ずかしさを感じ顔を赤くするセシリア。

その様子を微笑みながらクロードは語る。

 

「こそで重要になるのは『観察』ですよ」

「観察?」

「はい。対象がどんな生活をしているのか、どんな考え方をしているのか、どんな交友関係をもっているのか。極端に言えば行動パターンですね。朝学校に行くために家を決まった時間に出るのを調べるように。そういったことを観察するのです。そして相手が確実に仕留められる行動パターンを予測して、仕掛ける。それが狙撃手にとって一番重要なことなのです」

 

そう言われセシリアは正直怖いまでも感心した。

確かに言われている通り、情報は一番大切だから。

 

「少し話を大きくしてしまいましたね。要は貴方の表情、目の動き、口の開き加減などからある程度の思考を予測していたんです。普段からして良いことではないのですが、どうも染みついてしまって。改めて申し訳無いです」

「いえ、そんな! 寧ろありがとうございますわ。とてもためになるお話でした」

 

謝るクロードにセシリアはアワアワと慌てつつもお礼を述べる。

狙撃を戦闘スタイルにしているセシリアにとって、本当に有意義で溜めになる話を聞かせて貰ったとセシリアは思った。

IS学園に、レオスに会う前の自分ならISを用いない訓練など無駄と切って捨てていただろうが、レオスのあの強さを見て、そしてクロードの考えを聞いて改めて思い知らされる。人が如何に凄いのかということを。

まぁ、クロードのその読心術のようなモノが人外じみて日本の妖怪『さとり』並なのは大剣内でも有名な話で、影で人外認定されていることをセシリアは知らないのだが。

 

「長話をしてしまってすみません。どうぞ、おかけになって下さい」

「あ、はい」

 

長話をしてしまったことを謝るとクロードはセシリアにソファを勧める。

その勧めにセシリアは従いソファに腰を下ろす。

沈み込むその感触に、如何にそのソファが高級品なのかが窺えた。セシリアの実家で使っている高級なソファと遜色ない代物だ。

 

「少し待っていて下さい。あ、紅茶とかはお好きですか?」

「は、はい…」

 

爽やかに笑うクロードにそう聞かれ、セシリアは緊張しながら答える。

その様子に苦笑しつつもクロードは部屋の壁に設置されている戸棚から茶葉の缶とティーセットを取り出した。

それをデスクまで持ってくると、備え付けの電気ケトルでお湯を沸かし、紅茶を淹れ始めた。

その姿にセシリアは目を奪われる。

自然体で淹れているのだが、あまりにも様になっていて驚いたのだ。執事服を着せてオルコット家に入れても違和感がないくらいに。

そして待つこと数分。本格的な入れ方をした紅茶がセシリアの前に出された。

 

「どうぞ、粗茶ですが」

「いただきます」

 

濁りのない透き通った琥珀色の紅茶を一口飲むと、セシリアの目が見開かれた。

 

「っ…美味しいですわ!?」

 

その紅茶はセシリアが今まで飲んできた紅茶の中でも一番と言って良いくらい美味かった。英国生まれの彼女がそう思うということは相当のことである。

その反応にニッコリと笑うクロード。

 

「そうですか、良かったです」

「あ、あのっ! この紅茶は」

 

美味し過ぎる紅茶にセシリアは若干興奮気味にクロードに聞く。

それまで怖がっていたとは思えないくらいだ。

 

「インドのテミ茶園の紅茶ですよ」

「まぁ、『シッキム』の! そんな貴重な物をいただいてしまって」

「まぁ、確かに高級ですけど、そんな畏まらずに」

 

興奮気味に驚くセシリアにクロードは苦笑する。

彼がセシリアに出した紅茶はインド北東部の州のシッキムで取れた紅茶だ。テミ茶園はシッキムの州政府が管理すただ一つの茶園で、そこで取れる茶葉は希少で美味と紅茶が好きな人達の憧れとなっている。

そのレアな紅茶をセシリアは飲んだのだ。英国少女にとって、これはある意味一大ハプニングである。

流石にみっともない姿は見せられないと優雅に紅茶を飲むセシリアだが、内心はその美味さにに心を躍らせていた。

それすら見破ったクロードは客人に喜んでもらえたことに安心したようで、少し困った笑いを浮かべながら話し始めた。

 

「紅茶の味が分かる人で嬉しいですよ。ここの皆は紅茶を飲んだりしませんから、私だけなんですよね。だから喜んでいただけてよかったです」

 

その言葉にセシリアは妙に納得してしまった。

確かにここの人達を見れば紅茶を嗜むような人がいるとは思えない。

クロードのその反応が少し面白かったのか、セシリアは笑う。

それで緊張が解れたのを見計らってクロードはセシリアにあることを聞き始めた。

 

「すみません、オルコットさん。レオスが学園でどう生活しているのか、聞かせてもらえませんか」

 

その問いにクロードが如何にレオスのことを気にかけているのかが分かり、セシリアは内心ホッとする。恐ろしいほど思考を読む人だが、それでも弟分を気にかける普通の人だと。

 

「ええ、分かりましたわ」

 

想い人の『家族』であるクロードにセシリアは学園でのレオスの生活について語ることにした。

こうしてセシリアは美味しい紅茶を片手に、レオスの話を楽しげにクロードに話した。

 気が付けば二時間など、あっという間に過ぎ去っていた。


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