「痛ててててて! お嬢様、もうちょっと優しくやってくれよ」
「これでも優しくしていますわ! あぁ、こんなに深く切れてしまって」
周りの奴等から盛大にからかわれた後、泣き止んだお嬢様に手当てして貰ってるわけだが、こいつが中々に手厳しいもんさ。
お嬢様はさっきまで泣いてたのが恥ずかしいらしくて、顔を真っ赤にしてプリプリと怒りながらオレにお説教しながら手当て。
あんまり痛ぇって感覚はねぇが、やっぱり消毒液は染みるからなぁ。まぁ、傷口塞ぐのに焼くのに比べりゃマシだがね。アレは下手すりゃ気絶するからよ。
一通り手当てを終えたお嬢様は少し心配そうな顔でオレを見つめてきた。
「もう……いきなり扉を破って来た時は本当に驚いたのですからね」
そいつが心配してるってのが分かるから気恥ずかしいねぇ。それもお嬢様は無自覚なのか顔が近ぇし。美しいお顔が目の前にあるってのは萎縮しちまうよ。
「そいつは悪かったって。仕方ネェだろ、あのクソオヤジが突っかかってくるんだからよぉ」
「そもそも、何でそんなに仲が悪いんですの? それに『オヤジ』って言うことはお父様なのですか?」
お嬢様はそう言うなり顔を真っ赤にして小声でぶつぶつ言い始めた。
挨拶はしっかりしなきゃとかな。
だが、そいつはどうかと思うぜ、本当になぁ。
「おいおい、お嬢様。いくら綺麗で可愛いお嬢様でもそいつは聞き捨てならねぇなぁ」
「き、綺麗で可愛い……はぅ……」
顔を真っ赤にしてやんやんと喜ぶお嬢様。もうちょっと話を聞いて貰いたいんだがねぇ。
「いや、そこじゃねぇだろ」
「はっ!? そうですわ!」
「まったく……まぁ、そういうところも魅力的だがね。あのクソ老害とオレが親子だってのは、バニラアイスにハバネロソースをかけるくらいあり得ねぇ話だ。もし本当にそうだってんなら、オレはあのクソを殺してとっとと自殺してるよ」
いくらお嬢様でも冗談じゃねぇよ。
やめて欲しいねぇ、考えただけでも怖気が立っちまう。
「そ、それは流石に言い過ぎでは…」
「言い過ぎじゃねぇよ。あのクソと似てるなんて言われた日にゃあやけ酒カッ喰らって一日中へこむよ、本当」
「そ、そうですの……。でも、だったら何で『オヤジ』ですの? 親でもないのに」
お嬢様のその問いにオレは呆れ返りながら答える。
そんな疑問を抱いてる奴なんてこの場にゃあ一人もいねぇからなぁ。
「ありゃ愛称って奴だ。ここに来た時からあのクソはずっと周りからオヤジって呼ばれてたからなぁ。寧ろ本名で呼ぶ奴の方がいねぇよ。生憎オレは親愛の情なんてモンは一切ないがね」
「そうですの」
お嬢様は妙に微笑ましい顔でオレを見てきたよ。
その視線は居心地が悪くなって仕方ないねぇ。
さてと。
手当ても終わったし、あのクソオヤジへの挨拶も終わったし、次はどうするかねぇ。
この施設内をお嬢様に案内するのも悪くはねぇなぁ、さっきからあっちこっちに視線がいってるようだしよぉ。
これまでクロードに任せっきりだったし、ここいらでオレが案内するのも良いだろ。
そう思ったんだがねぇ……世の中思った通りにはいかねぇもんだ。
「手当ては終わりましたか、レオス」
つい少し前まであのクソオヤジがぶっ壊した壁を片付けてたクロードが爽やかな笑顔でこっちに来やがった。
「ああ、お嬢様にばっちりしてもらったよ。おかげさまであのクソオヤジにやられたとこは何もねぇくらいに痛くネェよ」
「それは結構です」
クロードはそう答えると、お嬢様の方を向く。
「すみませんでした、お客様にこんなお手をとらせてしまって」
「いいえ、そんなことは。寧ろ、嬉しかったですし……」
お嬢様は緊張してか顔を赤くしつつ笑顔で返す。
美男美女の光景ってのは絵になるねぇ。まぁ、歳があれだがな。
「それでクロード、今度は何だい? 出来ればこの後はお嬢様を案内デートにご招待しようと思ってるんだけどな」
「で、デートですの!? デート……デート! ……うふふふふふ……」
お嬢様ったら顔真っ赤にして大はしゃぎだ。
別にそこまで面白いもんなんてねぇんだけどねぇ。喜んでもらえるのはいいもんだ。
だが、そうはいかねぇらしい。クロードがいつも同じ『目の笑ってねぇ笑顔』でオレを見てきたんだからよぉ。
「それは良いことですが、その前に貴方にはしてもらわなくてはいけないことがありますよ」
その如何にも不味ぃ笑顔でそう言うと、オレとお嬢様を連れてその場から移動。
そして連れてこられた先は事務室だ。
中に入ればそこに広がるのは汚ねぇデスクの数々だ。ある意味、帰ってきた実感ってもんが湧くねぇ。
「こ、ここは……」
お嬢様は中の光景を見て顔を引きつらせる。
流石にここまで汚ねぇのは見たことがねぇらしい。
びっしりと並んだデスクに死屍累々な奴等がグールみてぇな面で必死になってノートPCを操作したり書類に何かを書き込んでいた。
クロードはそんな光景に苦笑しつつお嬢様に説明する。
「お見苦しいモノをお見せしてしまってすみません。ここが我等、巨人の大剣の事務室です」
「皆さん、お疲れのご様子ですわ。大丈夫なのでしょうか……」
心優しいお嬢様はこの場でくたばってる奴等にも何とも慈悲深いお言葉をかけてるよ、本当に。感動のあまり涙が出そうになっちまう。
その優しさがそこの陰険メガネに少しでも分けられたらなぁっと思うのはオレだけじゃないはずだ。
「レオス、貴方はもう少し考えを読まれないように訓練しないといけませんね。誰が陰険メガネですか。丸わかりですよ」
目の笑ってねぇ笑顔でオレにそう振るクロード。
おお、怖いねぇ。ある意味じゃあ千冬よりおっかねぇよ。
「そいつはお前さんが特別おかしいだけだろ。普通そこまで読めネェよ。そんなんだから『千里眼』だなんて呼ばれるんだよ」
「表情の筋肉と視線である程度の予想はつきますよ。この程度のことで大げさに言わないで下さい。そんな貴方にはアレを片して貰いますよ」
クロードが指す先にあったのは、一つのデスクだ。
ただ、天井まで着くほどに書類の詰まれたデスクだが。
そりゃあもう、デスクなんてもんじゃねぇ。ありゃあペーパーで出来たタワーだ。
それがぎっちりとデスクの上に詰まれてる。
そいつを見た瞬間、あのクソオヤジにぶん殴られる以上の衝撃が走ったよ。
「おいおい、マジかよ……」
「マジもマジ、大マジというものです」
あまりの衝撃にへたり込みそうになるオレをお嬢様が慌てて話しかけた。
「大丈夫ですか、レオスさん! 一体何が……」
お優しい言葉が心に染みるねぇ。
その心遣いに応えようとしたんだが、オレが答える前にクロードが答えやがった。
「彼等はいつものことですからお気になさらずに。仕事が終わればウチはいつもあんな感じなので。それとあそこの書類が溜まりに溜まって詰まったデスクはレオスの席です」
「あれがレオスさんの席……ですの」
「ええ。レオスが学園に行っている間に溜まった書類……ほぼ報告書と始末書ですね。それが溜まっているんですよ」
まったくもって災難としか言いようがねぇ。
溜まってるとは思ってたが、まさかここまでひでぇとは思わなかったよ。
「何でこんな溜まってるんだよ、クロード。学園でもノートPCで報告書や始末書は片ずけてたはずだけどよぉ」
「それは学園に行ってからの一部のみじゃないですか。それに貴方の処理する書類の量と出る被害の量がだとどちらが上かは分かりますよね」
「ちっ! そうかい、確かにそいつは比べるまでもネェなぁ」
「ええ、そういうことです。今日中に終わらせて下さいね」
まさかの死刑宣告にオレは正気を疑ったよ。
だが、我等が副長の面はマジだった。
そりゃあもうイイ笑顔って奴だ。逆に清々しさを感じるくらいになぁ。
「はぁ……………やるしかねぇんだな」
「ええ、もう」
「出来れば今すぐ燃やしてキャンプファイヤーしたい気分だ」
「それはさぞ爽快でしょうけど、すれば貴方の給料が数ヶ月分トビますよ」
「だろうよ……はぁ」
溜息しかでてこねぇよ、本当。
オレの心を少しでも和らげようとお嬢様が何か言いたそうだった。その気持ちだけでオレは嬉しいよ。
「オルコットさんに案内をしてあげるのでしょう。すぐに終わらせないとそれどころではありませんからね」
「はいはい、わかったよ」
返事を返してオレは手前の席に座る。そして近くの書類を引っこ抜いて目を通す。
何々、去年に中国で暴れた際に少し壊しちまった建物の始末書? それにこいつはイギリスの時計塔の壁面を抉ったあとの修理費の請求を会社が肩代わりした後の始末書か。随分と溜まっちまってるねぇ。
そんな風に落ち込みながら書類に取りかかり哀愁漂うオレを余所に、クロードは爽やかな笑みでお嬢様に話しかける。
「レオスの書類が終わるまで、少し私の事務室でお茶でもしていましょう。彼ならきっと二時間以内に終わらせてくれるはずですからね」
「そ、そうですか……」
そしてお嬢様を連れていくクロード。
やれやれ、どう見積もったって三日徹夜コースの代物を二時間で終わらせろとは、随分とハードル上げてくれるじゃねぇか。
まぁ、お嬢様を待たせるわけにもいかねぇし………。
本気でやるとしますかねぇ。
こうして案内する前に、オレは溜め込んだ宿題と格闘することになったわけだ。