臨海学校から結構経って、もう明日からは夏休みなんだとさ。
いや~、学生ってのは本当に気楽でいいもんだ。聞いたら一ヶ月半近くの長期休暇だっていうんだから驚きだよ。
社会人にぁまずありえねぇよ、そんな休み。
周りの奴等はこれからの夏休みに期待で胸を膨らませているようで、キャイキャイと騒がしくはしゃいでやがる。年相応の反応ってのはこういうもんなのかねぇ。それはイチカの野郎を見ても同じで、妙にそわそわしていたよ。
俺も出来ればこの長い休みって奴でバカンスに行きたいもんだ。
臨海学校じゃあ爺さんがケチった所為で一人寂しくバーベキュー。挙げ句は一人でぶらりとIS学園まで帰ることになったわけだが、周りにゃあ爺さんの『お友達』とやらが張ってるようで寄り道は禁止だった。
せっかく一人になったんだから少しくらい遊んでもバチはあたらねぇのによぉ。
そんなわけで踏んだり蹴ったりなオレは帰って早々爺さんのいる理事長室から高そうな酒をふんだくってきた訳だが、部屋で飲もうとしたらお嬢様に怒られて没収されちまったよ。お嬢様は真面目だねぇ。
そんな残念な目に遭った身とすりゃあ、是非とも心の安寧のために休みたい……んだけどなぁ、そうもいかねぇのが世の中ってもんさ。
「あ、あの、レオスさん! 夏休みはどのようなご予定で?」
周りの奴等が浮ついている中、ウチのお嬢様もかなり楽しみにしているらしい。
隠しきれねぇ満面な笑みってもんを浮かべつつ、オレに夏休みの予定を聞いてきた。
まさに輝く笑顔ってやつで、オレは眩しくてし仕方ねぇ。
「オレの予定? おいおい、あまり聞かないでくれよ」
そのことにちっとばっかし憂鬱になりながらオレは答える。
オレの様子にお嬢様は何か感じ取ったのか、少し心配そうな顔をし始めた。
「あの、レオスさん……何かありましたか?」
「ああ、まぁね。なぁに単純な話さ。社会人には休みがねぇ」
「? それってどういうことですの?」
不思議そうに首を傾げるお嬢様には、是非とも社会人の厳しい現実ってもんを教えてあげるとしますかねぇ。
「ちなみに聞くが、お嬢様はこの後の夏休みのご予定は?」
いきなり予定を聞かれたお嬢様は顔を赤らめつつ話してくれた。
「わ、わたくしの予定ですの! そうですわね、まずはオルコット家に戻って今まで溜め込んでいたお仕事の処理。それと代表候補生としてのお仕事をこなしながらしばらくはイギリスで翼を伸ばそうと思っておりますわ」
何とも優雅なことで。
オレも是非とも、そんな休暇を味わいたいもんだ。
「そいつはいいな。だが、オレはそうもいかねぇのさ。ここに来てから溜まりに溜まってる山積みの書類に休む間もなく入ってる大量の仕事の依頼がオレの帰りを待ってるってわけだ。これでも一応は会社員ってやつなんでな」
「そ、それは……ご愁傷様ですわ」
苦笑いするお嬢様は少しがっかりした様子のようだ。
「せっかくレオスさんとお出かけしたかったのですのに……」
「もうしわけねぇなぁ、お嬢様。せっかくのデートのお誘いを断って」
「い、いえ、そんな!」
顔を真っ赤にして慌てふためくお嬢様ってのは見ていて楽しいもんさ。
そんな風に笑っていたらノコノコとマヤが教室に入ってきた。
「みなさん、静かにして下さ~~~~~い!」
いつも通り間の抜けた声でそう言うが、明日への期待に胸をときめかせる奴等が聞く耳を持つわけがねぇ。当然静まるなんてことはねぇわけだ。
そこで前なら泣きそうな面になっていたマヤだったが、流石に成長したのか困り顔で話を進め始めた。これが成長って奴なんだろうよ。
「はいはい、お静かに。明日が夏休みで楽しみなのは分かりますけど、それでもまだ今日が授業があるんですからね」
その言葉に賛同する生徒も多くいるようだが……少しばかり気に喰わねぇなぁ。
何でだって? そいつはよぉ……マヤっぽくねぇから。
だからちょいとからかってやるとしますか。
そう思い、マヤに向かってにニヤリと笑みを浮かべる。
「そういうマヤはどうなんだい? いくら教師でも少しは休みがもらえるんだろ。だったら楽しみだよなぁ。確か日本にゃぁ祭りだのなんなのと色々あるんだろ。想像して見ろよ。かき氷喰って焼きそばや串焼きを片手に生ビールをきゅっと一杯……」
オレの言葉を聞いたマヤは想像したらしく、生唾を飲み込んで目をとろけさせていたよ。まったくもってわかりやすい奴だ。
まぁ、前回の臨海学校での下見であれほどはしゃいでいた奴だ。
夏休みではしゃがねぇわけがねぇな。
オレは飲まねぇのかだって? おいおい、あんなもんションベンと一緒だろ。
男なら基本はバカルディってな。別にそこまでこだわりはねぇが。
「あぁ、仕事後の一杯とか、最高ですよね~」
「ってことらしい。まだ授業があるってのに副担任様はもう明日からの夏休みに夢中だとさ」
その声と共に皆から笑われるマヤは、ハッと意識を現実に戻しオレにからかわれたことで泣きそうな面になった。
そうそう、それぐらいが丁度良いんだよ、お前さんはな。
すると教壇側の出入り口から何かが飛ぶ風切り音が聞こえてきた。
そいつを聞いたオレは咄嗟に身体を反らすと、それまでオレがいたところを黒い何かが通過していき後ろのロッカーに突き刺さる。
そのことに刺さった音で気付いた皆は顔を真っ青にしていたが。
ここは全員ブルーマンのショーにでも出る気なのかねぇ。
「おいおい、いきなりご挨拶だな、チフユ」
「チッ……貴様が教員をからかうからこうなる」
オレに投げつけられたもんの正体は出席簿。
そしてそんなモン投げつけたのは我等が担任のチフユだ。
チフユはそのまま教壇まで行くと軽くマヤを慰めながら全員を見渡す。
「お前等、先程山田先生が仰った通り、明日から夏休みだからといってハメを外し過ぎるな」
「「「「「はい!」」」」」
チフユの声に綺麗に声を添えろえて返事を返す皆。
流石は担任。格の違いってモンを見せつけてくれるぜ。
そして朝のSHRが始まる。
チフユはまぁ、よくある定番って奴を話すと早々に話を切り上げた。
話が終わったんで教室から移動し始める奴が多い中、オレはどういうわけかチフユに呼び出しを喰らったよ。
別にそこまでやらかした覚えはねぇんだけどな。
それで教壇まで行くと、チフユは面倒臭そう懐からあるもんを取り出した。
「明日から夏休みで、確か貴様はそのままアメリカに行くんだったな。その件について、実は日本政府から命令が来てな。貴様が飛行機に乗るまで監視しろと。それで貴様にはその間、これを着けていて貰う」
チフユがそう言いながらオレに見せたのは、真っ黒な手錠だよ。
そいつを見て呆れ返っちまった。
どうやらまだまだ、オレは差別されているらしい。