恋する乙女と最凶の大剣   作:nasigorenn

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今回はレオスの出番が全くありません。


第五十六話 違い

 月夜が美しい崖の上で、その幻想的な光景にミスマッチな恰好のはずなのに妙に様になっている女性が座っていた。

彼女は頭に着けた人工的なウサミミを動かしつつ、展開したホロウィンドウでデータを見ていた。

その中の映像には、箒の紅椿と一夏の白式雪羅の戦闘も映し出されている。

 

「う~ん……まぁ、最初だから仕方ないかぁ。それに箒ちゃん、とっても頑張ってたしね、今後の成長に期待かな」

 

彼女はそう一人言葉を口にすると振り返り、目の前の暗闇に向かって話しかける。

 

「それにしても、白式には本当に驚かされるよね。まさか生体の再生もやってのけるんだもん。そう思わない……『ちーちゃん』」

「まぁな。何せお前が心血を注いで作った一番最初のコアだからな……『束』」

 

彼女……篠ノ之 束が語りかけた先にいたのは、漆黒のスーツを纏った狼のような雰囲気を感じさせる女性……織斑 千冬が立っていた。

 

「今回の暴走事件、犯人はお前か、束?」

「何の事かな」

 

鋭利な日本刀を彷彿とさせるような気迫を束に向ける千冬だが、束はいつもと変わらない笑顔で動じずに返す。

親友のその反応に溜息を吐きつつ、千冬は話を再開する。

 

「まぁいい。もしもの話をしようか……とある天才が大事な妹を晴れ舞台でデビューさせたいと考える。そこで用意するのが専用機とどこかのISの暴走事件だ。暴走事件に際し、新型の高性能機を作戦に推薦する。妹は華々しく専用機持ちとしてデビューというのが、その天才の筋書きだった」

「それは随分と凄いことを考えるね」

 

千冬の話に束は笑いながら返す。

明らかに白々しい。

だが、それでも取り合わないことを知っている千冬はそのまま話を進めた。

 

「事態はその天才の思惑通り……まぁ、若干のアクシデントはあったが概ね想定内に収まった。周りの奴等に妹とその専用機を存分に見せつけられたのだからな」

 

「そんなことないっ!!!!」

 

千冬の言葉にそれまで笑っていた束が苛立ちを顕わにして反論してきた。

その顔は先程までの余裕に満ちた笑みではなく、忌々しいと感じ歪んでいる。

そして束は胸の内にため込んでいた不満をぶちまけた。

 

「その天才とやらが用意したシナリオには、その妹と妹の想い人の二人で暴走ISをたおしてハッピーエンドだった………はずなのに、最後の辺りで訳わかんない奴にかっさらわれた!! 何なんだよ、アイツっ! あのゴミ虫!!」

 

いきなり豹変した親友に驚くことなく、千冬は内心で笑いながらその『アイツ』について聞く。

 

「何かあったのか? 元から人に興味など持たないお前だが、随分と嫌っているようじゃないか。そこまで『気にしてる』人間も珍しい」

「からかわないでよ、ちーちゃん! それよりアイツのこと、知ってるの!」

「ああ、一応はな。あれでもウチの生徒だからな」

 

束にとって千冬と箒と一夏、それと一応両親以外はどうでも良い存在だ。

故に気にも留めない。だから束はアイツ……レオス・ハーケンについて殆ど知らない。しかし、彼女のシナリオの中にはいらない人間なだから、消そうとしたが失敗した。

知っている事と言えば、自分を地面に縛り付けた人間だということ。それは千冬以外は初めてのことであり、屈辱でしかなかった。

如何にも悔しがっている束に千冬はレオスのことを教えてやることにした

 

「アイツの名はレオス・ハーケン。アメリカから来た………史上最悪の傭兵らしい」

「何それ。そんなクズに私は押さえられたっていうの」

「ほう。真逆お前を押さえるとはな。流石、と言うべきか?」

 

千冬は笑いながら束を見る。

その様子に束はむくれていた。

 

「この細胞単位でオーバースペックの私に適うのはちーちゃんくらいだと思ってたのに~! すっごくショックだよ~!」

「まぁ、そう言われると私も少しへこむ。これでもそれなりに出来ると自覚していたんだが……アイツには適う気が全くしない」

「ちーちゃんにそこまで言われるなんて、一体どんな奴なのさ」

「どうせ調べてるだろうが、一応教えてやる。奴はアメリカに本部を置くPMC『巨人の大剣』の主要メンバーだ。『巨人の大剣』……世界各国がもっとも恐れている……それこそ束、お前と同じかそれ以上に怖がられている組織だ。依頼をすればどのような戦場にも駆けつけ、壊滅的な状況を一気に覆す。奴等が出た戦場は殆どが更地と化すと言われている。敵はほぼ殺し付くし、兵器は全て壊し尽くす。そんな世界レベルで危険な集団の中心にいる奴だよ」

 

千冬自身、気になって色々な伝手を使って調べたが、これ以上は分からなかった。

特にドイツ軍からは恐れられているということが印象的であったが。

まさか件のレオスがつい数時間前に260人も殺しているとは知るよしもない。

正直、千冬はレオスが怖かった。

一夏と同じ、自分より確実に年下の人間が育つ環境次第でこうも違うものなのかと。

まるで呼吸するように当たり前に銃の引き金を引くレオスが、悪意も殺意も害意もなく平然と人を傷付けられるレオスが千冬には信じられなかった。

その気配を感じた束は千冬を挑発するように話しかける。

 

「ふーん、そんな奴なんだ。でも、どうしてそんな奴にちーちゃんはびびってるのかな?」

「それはお前もだろう。まぁ、予想はつくけどな」

「聞かせてよ」

 

挑発されても掛からずに千冬は束に語る。

自分の予想……自分と束、そしてレオスとの圧倒的な差を。

 

「多分な………『人を殺した』事があるかどうかだろう。私達は過去に罪を犯した。それで死者は0人となっているが、もしかしたらいるのかもしれない。でも、それはあくまでもその被害に遭ってだ。自ら殺しにいった訳ではない。そんな言い訳が通るわけがないことは分かっている。きっと知らないだけで私達の手は紅く汚れているのかもしれない。だが……奴は違う。奴は自ら分かった上で人を殺し続けてきた。それが仕事だと割り切り、禁忌とされている人殺しを躊躇無く。私もお前も身体能力は高いが、人を殺すような事態になったことがない。そんな一触即死のような、濃密な殺気にあてられ続けたことなどなかった。だが、奴はそれが当たり前なんだろう。お前も私も大概だが、きっと奴は住む次元が違うのだろうよ」

 

千冬はその差を口にしながら少し身震いした。

人を殺したことがあるかどうか。その差はまさに、人を隔てる大きな壁だろう。

千冬とて、殺したいと思う程憎いという念を抱いたことくらいはある。人間、誰しも一回は絶対にあるだろう、だが、それだけだ。思いこそすれ、実行に移せる者はそうはいない。その実行に移した者もその大半は人として何かが壊れているに違いない。

レオスが前者なのか後者なのか。きっと後者に違いないと千冬は思う。

一回やれば慣れるなどと……大嘘だ。

何度だろうと、知性がある生物ならば本能レベルで嫌悪する『同族殺し』を行うのに慣れるわけがない。そんなことを言っている奴は精神が異常だということに気が付いていないだけだ。

それを何度も、それこそ数えるのが億劫になるくらい行っているレオスは明らかに千冬達と生きている場所が違う。

それが圧倒的な差。人を殺し続けた修羅と、ただの天才の違い。

人の身で神仏には絶対に適わない。

千冬の妙に落ち着き払った様子に束は妙な説得感を感じつつも、絶対に受け入れられないと反発する。

束にとって大切な者以外はゴミ以下。

そのゴミ以下が自分達より上だと言うのは、我慢ならない。

だから……

 

「だからって私は認めないよ、そんな奴! 私に匹敵するのはちーちゃんだけなんだからね!」

 

そう束は千冬に言い捨てると共に、崖から飛び降りた。

しかし着水した音は聞こえず、束がどこかに消えたことが千冬には分かっていた。

そして少しした後、千冬も旅館に戻っていく。

その胸に教え子への恐怖を抱きながら……。

 

 


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