電車に揺られてる中、マヤは相も変わらねぇ様子ではしゃいでるわけだが、オレはオレで一昨日のことを思い出していた。
あの爺さんから話を仕事を受けた後の夜。ウチのお嬢様は夜更かしは美容の大敵ってんでとっとと寝ちまったんだが、オレはそんなことを気にしたことはねぇからな。当然起きてたよ。
それに爺さんが連絡入れたって言ってたからよぉ、どうせ今日の内には会社から連絡が来るって予想はつく。
そんなわけで、予想通り向こうからお呼び出しが掛かってきたわけだ。
オレはノートPCを起ち上げてすぐにテレビ通話を始めた。
『元気でしたか、レオス』
モニターに映るのは、相変わらずハリウッドで俳優顔負けのオレの上司様。『巨人の大剣』の副隊長『クロード・シルファー』だ。
光るメガネが格好いいねぇ、相変わらず。まさに出来る大人ってところかねぇ。
「ああ、こっちは変わりねぇよ、通常運転だ。挨拶ってのは大事だが、今は気にするところはそういうことじゃねぇ。クロード、今回の爺さんの依頼内容は?」
クロードの奴はそれを聞いてクスリと笑いやがった。
まったく、まだ子供扱いが抜けてねぇあたりが癪に障りそうだぜ。
つっても、弟分ってのはそう見られても仕方ねぇってのが性質が悪いからどうしようもねぇんだけどな。
『仕事熱心で結構です。いつもこれぐらい真面目だったら言うこともないのですがね』
「言うなよ。いつも真面目じゃその内疲れちまうよ」
『またそんなことを言って……。まぁ、このことは今は良いでしょう。それでは、お仕事の話です』
そこで一端切ると、クロードは真面目な面になった。
いつ見てもこれを見ると仕事って感じがして気が引き締まるねぇ。
『今回の轡木 十蔵氏の依頼は臨海学校の行事中の防衛です。この臨海学校という行事の本来の目的はISの環境テスト及び、武装のテストがメイン。そのため、旅行先の旅館には海路を通して船で物資やISが運ばれます。現在、世界ではISは最強の兵器と認識されているのですから防備の固いIS学園から離れたとあっては、それを狙う輩は多いです。一応はIS学園側でも防衛措置を執ってはいますが、彼女達は軍人ではありません。実戦を経験しているわけでもなく、対人戦の経験もない。故に当てには出来ないのですよ。だからこそ、あなたに依頼がきたわけです』
「そいつは大体爺さんから聞いたよ。ちなみに言やぁ、今まではそこまで襲撃されたことがねぇが、今回はイチカって極上の餌をぶら下げてるからなぁ。来る確率のほうが圧倒的に多いってことだろ」
『ええ、そうです。更に言えば、あなたがいることも同じくらい大きいですよ。知ってます? ついこの間ロシアン・マフィアのイヴァニコーフの率いる組織があなたにかけた賞金』
「イヴァニコーフ? 確か一年くらい前に奴等の武器密輸ルートを叩き潰したよな。そんときの怨みかよ」
『どちらかと言えばあなた個人への怨みですよ。あの時、あなたが一人で組織の半数を全員殺しましたからね。それでイヴァニコーフはお怒りというわけです』
「ああ、それでか。随分と気の短い野郎だねぇ。それで……いくらだよ」
『ええ……3000000ドルですよ』
「おいおい、随分と甘く見られたもんだな。ざっとその十倍はいってると思ってたぜ」
『そう言わないで下さい。3000000ドルでも充分な大金ですよ、普通は。そんな大金をかけられては、賞金首どもが黙っていませんよ。そこにIS学園の外に出ている情報が加われば、ほぼ100パーセント襲撃されます』
「はぁ……せっかくのバカンスが台無しだねぇ」
予想通りとは言え、やっぱり実際に言われると溜息が出ちまうねぇ。
そんな風に呆れ返ってたら、クロードはオレを見て笑いかける。
『そんなことを言っても、あなたの声が弾んでいることに自分で気付いてますか。どうせ退屈していたのでしょう。せっかく向こうから遊びに来てくれるのですから、思いっきり楽しんできてはいかがですか』
「はぁ……そんなつもりはねぇんだけどなぁ……」
そう答えるが、やっぱり口元がつり上がっちまうあたり、オレは相当な碌でなしだな。
『と言っても、今回の仕事はいつもと勝手が違います。だからと言って、『巨人の大剣』の名を掲げている以上、失敗は許されませんよ。武器弾薬や必要物資は此方からIS学園に頼んで下見の日に旅館に着くようにお願いしておきましたので、その日の内に設置しておいて下さい』
「そいつは大事だ。絶対に疲れるな、こりゃあ」
『そこは頑張れとしか言えません。そのかわり、今回のあなたの給金はかなりのボーナスがつく予定です』
「そいつが唯一の救いだな」
まぁ、これでいつもと同じ給料だったらスト起こしてるところだけどな。
「それで……今回クロードはどう見てるよ」
『そうですね。流石に日中仕掛けてくる程間抜けなのはいないとすれば、夜襲ですね。数は……ざっと三百人ってところじゃないですか。この件にアメリカの特務部隊も仕掛けるという情報もありますし。お互いに見つかりたくないと考えれば、発見者は全員始末すると考えられます。そこでイヴァニコーフにそそのかされた人達が混じれば、乱戦は必死でしょう』
「ま、そうなるよな。ちなみに臭い奴等の情報はあるかい?」
『そうですね……先程言ったとおり、アメリカやロシア、中国や韓国と言った大国の特殊部隊、それにごろつきの中でも厄介なのは、ダニエル・フットマンにガルサス兄弟、曹 劉偉率いる私兵集団『鬼子衆』でしょうかね』
そいつを聞いて呆れ返る。
国の特殊部隊はでかい国なら何処でも寄越してきそうなモンだが、何でごろつき連中は碌な奴がいねぇんだ。
ガルサス兄弟って言やぁ、兄弟で殺し屋家業をしてる奴等だ。それだけなら普通なんだが、本業は医者で、こいつ等は殺した相手の臓器を引き抜いて闇市で売りさばいてるってぇろくでなしさ。御蔭でこいつ等にやられた死体は必ずどこかがなくなってやがる。
次に中国マフィア『曹魏』の首領、曹 劉偉率いる私兵集団『鬼子衆』。
三国志から名を取ってるらしいが、そのお偉い物語とは正反対に性質が悪りぃ。連中はマフィアと名乗っちゃいるが、やってることは夜盗と何もかわらねぇ。女を捕まえては自分の所の店に売り飛ばすクソどもさ。寧ろこいつ等なら学園の奴等に手ぇつけかねねぇ。
だが、それでも腑に落ちねぇのが一人いる。
ダニエル・フットマン、こいつだ。こいつの名はこの界隈でも有名だが、それはこいつの異常性が凄まじいからだ。こいつの本職は神父、純粋なキリスト教徒だ。
それにこいつが一番可笑しいのは、殺しの依頼は自分で選び殺すが、報酬は受け取らねぇってことだ。
奴さん曰く、
「私はただ、彼等に主のお導きを伝えたいだけなのです」
だとさ。要は狂信者って奴さ。奴さんの性質はどちらかと言やぁ、十字軍だろうよ。手前達が信じる神様の教えが絶対で、それ以外は人じゃねぇって考えで、宗教を広めようよ頑張ってるんだよ。
何でそんな奴がこんあ所に来るかねぇ。
「なぁ、何でこんな狂神父なんて来てんだよ」
『たぶん三年前にあなたが引導替わりに教本を目の前でケシズミにしたからじゃないですか?』
「はぁ……何であんときのオレはそんなことしたかねぇ。そのままぶっ殺しとけば良かった」
『今更ですよ。以上で注意すべき勢力の話を終えます。せっかくのバカンスを台無しにされたのは可哀想ですけど、その分働いて下さい』
「そうさせてもらうさ」
それで通信を終えようとしたんだが、クロードが何か思い出したみてぇで少し待ったとかけた。
『そうそう。団長からの言伝を思い出しました』
「親父からの言伝? どうせ碌なこと言わねぇだろ」
一応言っておくが、別に父親ってわけじゃねぇ。
『巨人の大剣』の団長ってのは見た目もあってか全員から『親父(おやじ)』って呼ばれてるのさ。もしあんなんが本当に父親だったら、オレは速攻で自殺してるね、絶対。
そんなことを考えていたせいか、クロードがまた笑いやがった。
『別にいつもと変わらない言葉ですよ。えぇ~、と、こほん……『巨人の持ちし大剣を用いて、立ち塞がる全てを破壊せよ! 大剣の存在意義は、振るった先の物を全て壊すことにあるのだから』だそうです』
「なんだ、いつもと一緒じゃねぇか。まぁいいさ。それでこそ、仕事っぽいからな」
そんなやり取りをして通信を終えたってわけだ。
そんなことを思い返す辺り、真面目だよなぁ。
それを思い出しながらまたバーボンを一口呷る。
灼けるような感覚が喉を通る。そいつがいい。
そんな事を思いながら、オレ達は旅館へと向かった。
そして電車で三時間、その後バスで三十分くらい揺られた後に目的地である旅館に着いた。
「どうぞ、お越しいただきましてありがとうございます」
ついて最初に旅館の女将から挨拶されたが、結構な美人ってやつだ。
大人の魅力ってモンが溢れてるねぇ。
「こ、こちらこそありがとうございます! IS学園の山田 真耶ともうひます、当日もよろひくっ……かんじゃいまひた……」
それに比べて我等が副担任様は点でお子様としか言いようがねぇな。
もうちょっと大人としての威厳ってもんを見せて貰いたいもんだ。御蔭で女将に笑われてるよ。
それじゃ次はオレがなのらねぇとなぁ。
オレは女将の前に一歩出ると、笑顔を作る。
「どうもこんにちは。『僕』は轡木 啓介と申します。大学で植物の研究をしているのですが、今は丁度この近辺の植物について調べていた所だったんです。そのことを親戚に話したら、この旅館に仕事でいく先生のエスコートも兼ねて研究してきてはと、誘われたので動向しました」
「あら、そうなんですか。随分としっかりとなさった方なので先生だと思ってしまいました」
てな感じで紹介を終えるが、こいつはカバーだ。
実際に爺さんから話は通してあるだろうし、オレのことも聞かされているだろうさ。
マヤの手前ってこともあって念の為ってところだな。
そんなわけで女将に紹介を終えたら、マヤがジト目で見て来やがった。
「なんですか、山田さん?」
「いえ、いつもと随分違うんで驚いてしまって」
「一応、ここにはちゃんと『研究』としてきましたからね」
その視線から『だったらいつもそんなふうに喋ればいいじゃないですか』ってのが伝わってくるが、そうされたいならもっと威厳ってもんをださねぇとなぁ。出したら考えてやるさ。
「すみません、僕の『研究道具』、届いてますか?」
そんなマヤを放置して女将に聞くと、女将はニッコリと笑って答えた。
「ええ、来ていますよ」
「そうですか、よかったですよ。ないと困りますから」
それを確認した後、オレは膨れるマヤを連れて旅館へと入っていった。
さぁ、ここからがお仕事の前の仕込みだぜ。