金に糸目が付かなきゃ連中の仕事はそりゃもう速いもんだ。
これが白けた金額だったら文句を言いながら値の交渉でもして仕事を遅くするんだが、金が高けりゃちゃんとしっかり仕事をするんだから連中も律儀なもんだよ。
だからデュノアの件の準備を整えるのに一週間と掛からなかった。
作戦決行の日は日曜日に決まり、その日を最後にシャルル・デュノアにはこの世からいなくなってもらう。
だから最後の土曜日にゃぁイチカとの別れを済ませてもらわんといかん。
え、本当だったらドイツの黒ウサギとの諍いがあったりタッグマッチトーナメントがあるんじゃねぇのかって? 残念ながらそんなもんに付き合ってる暇はねぇんだよ。
デュノアのことで頭が一杯になってるイチカはあの子ウサギのことなんてかまけてる余裕はねぇし、デュノアがいなくなるってのにタッグもクソもねぇだろうさ。
あれからイチカの野郎はデュノアにかかりっきりで一緒にいる。それこそ恋人同士ってくらいに常に一緒にいるよ。傍から見たら妙に男同士でくっついてる気持ち悪い事になってるが、そこが女子にはウケがいいんだと。お陰でそこまで目立っちゃいねぇからいいんだが、この後のことを考えると面倒になるからやめて貰いたいんだがねぇ。まぁ『愛し合う二人』の仲を裂くのは無粋ってなぁ。オレはそこまで空気が読めない間抜けじゃないからなぁ。ボーイズラブしてようがオレには関係ないしな。
そしてあっという間に決行日になり、イチカの野郎が出しゃばろうとするのを『お薬』で黙らせてオレはデュノアにこの先の指示を出す。
「別に何かすることがあるわけじゃねぇ。ただお前さんはいつものように外出して、駅前の辺りから少しだけ人通りが少ない所を歩くだけだ。そこから先は向こうからやってくる」
「な、何がやってくるの?」
不安そうにするデュノアにオレはニヤリと笑いながらそいつに答える。
「あぁ、お前さんの所為で会社が潰れたと思い込んでるお間抜けな奴がお前さんを殺しに来るんだよ」
「それって危ないじゃないか! 偽装死のはずだよね? そんな相手じゃどう考えても殺されちゃうんだけど、僕!」
「まぁ大丈夫だろ。何せその間抜けな馬鹿は唆された際にオモチャをプレゼントされたが、当然そんなもんを使ったこともない素人だ。中身を確認するようなこともしてねぇからなぁ」
「だ、大丈夫なの………?」
オレの答えに怯えるデュノア。
ネタばらしをするとリアリティに欠けるから言わなかったが、間抜けが持ってる拳銃の中身は血糊たっぷりのペイント弾だ。傍から見たら普通の弾にしか見えねぇようになってるから知ってる人間じゃねぇと気付けねぇっていう面白いパーティーグッズだよ。撃たれた際の衝撃で気絶させるおまけ付きだから意識をなくした相手から血が出まくってれば死んだように見えるってわけだ。死んだかどうかの確認をすれば当然ばれちまうんだが、相手はあの世界一おっかない女トップクラスのあの人に脅され唆されたんだぜ? 精神が不安定になり過ぎてそれどころじゃねぇだろうさ。そもそもが銃も持ったことがない一般人だ。『ハジメテ』をした時の興奮で確認どころじゃねぇだろうよ。だからデュノアは無事ってわけ。
だからそれを知ってるオレはデュノアを安心させないように笑いかける。
その笑いにデュノアの面は引き攣っていたがね。
さぁ、もう物語も佳境に迫ってきた。
デュノアは指示の通りにIS学園から出てモノレールにのって本土へと行く。
それに内緒で付いて行くのはオレなりの気遣いってやつだ。もしくはこの一件をスムーズに行かせるためのスタッフってところさ。
奴さんは指示の通りレゾナンスから離れた人通りの少ない所を歩いてる。
そんな後姿を尾行してるとオレの携帯が鳴り始めた。
「もしもし」
もう誰なのかは分かってる。勿論『その手』の連中からの連絡だ。
『狂った馬鹿がそろそろお姫様とぶつかる頃合いだ。こちらの準備はOK、すぐにでも行ける』
「OK、こっちも問題ねぇ。スムーズにいけるぜ、何せオレはハリウッドもびっくりの演技派だからなぁ」
『わかったよ、その大根役者ぶりに期待してる』
そして切れる通話にオレはやれやれだと呆れる。
そうまで期待してないんだったら逆に応えたくなっちまうだろ。
そしてこの劇はすぐに最高潮に達する。
それはどこにでもある普通の通り道で起きた。
「はぁ、はぁ、はぁ………」
明らかに頭のネジがぶっ飛んでますって面した白人が血走った目でデュノアの前に立ち塞がった。
その姿に当然デュノアは警戒する。偽装ってことはわかってるがそれでも痛い目に遭うかどうかわからないってことが奴さんをそのように警戒させるんだろうさ。
そこがまた良い味を出してるよ。
そしてデュノアが問いかける。
「あの……何か用ですか?」
役者の台詞に当然悪役はお決まり文句で答えるもんだ。
「くっくっく、用だって? そんなこと決まってるじゃないか! お前のせいで、お前の正体がばれたせいで! 俺は会社を首にならなければならなかったんだ! お前さえいなければ、だからこそ!」
そして出てきました、奴さんが本物だと思ってるオモチャが。
そいつを抜きデュノアに着き付けて最高に下らない名台詞を吐いた。
「死ねぇぇえええええええええええええええええええええええええええええ!!」
そして発射される弾。
そいつはデュノアの心臓に見事ぶち当たり、真っ赤にそ染め上げると共に衝撃でデュノアを地面に伏せさせた。
当然デュノアは気絶してるわけで、傍から見たら完璧な殺人だ。
その途端に周りはそりゃもう喝采って言っても良いくらいの悲鳴が響き渡る。
逃げる奴、野次馬である奴と様々だ。そして犯人として祭り上げられたアホは自分がしたことに恐怖で震えつつ逃げ出そうとする。
さぁ、ここからが本番だ。
倒れるデュノアにオレは一般人を装い近付く。
「大丈夫ですか! 大丈夫ですか!!」
如何にも心配してますって振りをしてデュノアの撃たれた胸に予め持ってきたタオルを押し付けて止血する。勿論これも演技だ。まさに必死にやってますって面でな。
そしてあたかも呼んでおいたかのように救急車が来てデュノアとオレを回収する。
「ここまでは予定通りだな」
「あぁ、後はこっちでやる。アンタは後始末の方を」
「分かってるって」
救急車に『偽装』した車内でそれ専門の業者と軽い打ち合わせをしながらオレは次に動く。
ここまでくればもうヒロインの出番はねぇ。デュノアが目覚めた頃には日本を出て何処か別の国に飛ばされた後だ。後はデュノアの荷物を『宅配業者』に頼んで新しい奴さんの住処に贈るだけだ。
そして残った仕事は………
少し走った後にオレは車を降りて歩き出す。
歩く先に居るのはデュノアを殺ったと思って今更ビビって震えてる間抜けなピエロさ。
そいつの前まで行き、当然のように立ちふさがる。
急にそうされて戸惑ったピエロにオレはこう言ってやった。
「お役目御苦労さま、見事なまでの三流芝居だったぜ。だからこれが見物料替わりだよ」
そして懐からM92を引き抜き奴さんの頭を撃ち抜いてやった。
奴さんはそれこそ悲鳴のひの字もなく地面に脳漿と血をぶちまける。
それを見てる奴は誰もいない。何せ手前がしたことが怖くて震え上がってる奴だぜ?そんな怯えてる奴が人前に出るわけがねぇのさ。
だからこれで演劇は終わり。
後は死体処理の業者に連絡を入れてオレはIS学園に帰るだけだ。
あの後のことを語るとしようか。
え? ここでその後デュノアがどうなったのかを語るべきなんじゃないのかだって?
そんなことを期待されても困る。何せ最初から言ってるだろ……この物語は決してハッピーエンドじゃねぇって。
だからデュノアに関して言えることなんて何もないよ。強いてあげるんだったらどこぞの国で普通に学校に通いながら青春してるって所かねぇ。
そんな話なんて聞いたところで面白くも何ともない。
それにこれから話すのはそれこそ愉快でも何でもないただの結果報告だよ。
『休日の悪夢! フランス代表候補生が襲撃された!』
『襲撃犯は自責の念に駆られたのか町はずれの廃工場で頭部を撃ち抜き自殺! 代表候補生は病院に運ばれるも死亡!』
そんな見出しが出回ったのはその日の夕刊だった。
そして当然あわただしくなるのがIS学園だ。手前の所で預かってた生徒が殺されたとあっちゃぁ世界の一大事だ。
その責任の追求を受けるIS学園。当然そりゃぁもう慌てまくって大変の一言に尽きる。だが、更にそこに別の真実が明るみに出るわけだ。
『フランス代表候補生、世界で2番目の操縦者だと言われていたが、実は何と女だった!』
『フランス政府はこの事を秘匿していたことが明らかに。世界を騙したフランスに追求の声が!』
IS学園に責任を追及してるフランスも当然これで叩かれるわけだ。
フランスとしては元の元凶であるデュノア社に追求を向けたいわけだが、彼の会社は既におっかない人の所為で潰れちまってる。だからもうどうしようもなく、世界はIS学園とフランス政府をイビるので大忙しだ。
当然の如くIS学園にいる代表候補生に何かしらの命令が下るわけだが、その後は知らんよ。
分かってることは3つ。
一つ、この件に関しチフユが大層お冠で巻き込まれたくない。
二つ、イチカの野郎が喰いついてきたが、これが本当の『助ける』ってことを身に染みて分かっただろ。
3つ、今回の件でオレはかなりデカイ貸しを作っちまったわけで、しばらくはデカイ顔は出来そうにないってこった。
以上、これでこの間抜け共の奇劇は終わりだ。
最初から言っただろ……これが本当の『助ける』ってことだって。
そして助けることが当然の如く、ハッピーエンドに繋がるわけじゃねぇってさ。
だから言えるのさ。オレが関われば当然ハッピーエンドにはならねぇってさ。