恋する乙女と最凶の大剣   作:nasigorenn

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やっと束さんとの戦いが終わります。


百六十三話 ケリがどのようについてもケチはつけられねぇ

 ガキの癇癪に付き合い、やっとそれも終わると思って気を楽にしながら引き金を引こうとした。

え? 仮にも世界に巨大な影響を与える大天災を躊躇なく殺すのかだって? そりゃぁ殺すだろうよ。こっちはお仕事とは言えガキの癇癪に付き合わされたんだぜ。そのお代に奴さんの命でも差し出してもらわねぇと割には合わねぇだろうさ。嫌いじゃないんだがね、こういうガキってのはさ。何せ活きがいいからなぁ。反省ってもんをまるでしない馬鹿っぷりってのは見てて面白いもんだ。だが、それに付き合わされるのは少し違う。ストーカーに付きまとわれるのと一緒さ。しつこいのは誰だって好きにはなれないだろ。そういうことだよ。

だからオレは目の前で困惑と驚愕と激怒が混じりまくった奴さんを殺す。

世間さまじゃぁやれ世界一の頭脳がなの何だのと言ってくるだろうが、そんなもんはオレ等にゃぁ関係ねぇ。仕事となれば白いお家のお偉いさんだろうが独立国家でふんぞり返ってるお馬鹿だろうが容赦なく気にもせずに殺すさ。それがお仕事だからなぁ。

だから今回も気にせずに、チフユのオトモダチだろうがホウキの姉ちゃんだろうが関係なく殺そうとしたんだがね。

 

引き金をオレは引けなかった。

 

いや、今更気が変わったとか戸惑ったとか、そんな可愛いもんはないよ。

物理的に引けなかったんだ。

何せ…………オレの手にあったオルトロスがものの見事に弾き飛ばされたんだからなぁ。

吹っ飛ばされた銃のせいで痛みを感じつつ、オレは恨みがましそうな眼をそっちに向けることにした。

 

「おいおい、いきなりぶっ放すなんて穏やかじゃねぇなぁ………え、クロード?」

 

視線の先にいる本来この場にいないはずの野郎にそう話しかけると、M92を片手に奴さんはいつも浮かべるような笑みを浮かべてきやがった。

 

「久々に会ったというのにその挨拶はいかがなものかと思いますよ、レオス」

「そう言うがなぁ………いきなりぶっ放されて邪魔されれば誰だってそんな風に不貞腐れるもんだよ」

 

いきなり撃たれりゃぁ誰だってそう思うだろ、普通はさ。

いきなりの上司の登場に不機嫌になりつつあるオレだが、それはそれまで死ぬはずだったタバネも一緒のようだ。不機嫌ってよりもこっちは何が起こったのかわからねぇって感じだが。

 

「んで、何でこんなところに我らが副長様がいらっしゃるのか、平社員のオレとしては是非ともその理由を聞きたいんだが?」

 

皮肉交じりにそう問いかけると、クロードは相変わらずの笑顔で優雅に微笑んできた。

 

「こっちに来る予定があったので少し顔見せに。少し騒ぎがある様子だったので覗かせていただきました」

 

そう答える上司様。オレはその後来るであろう言葉に少し構えちまう。

何せその前にやられたのが手前のオモチャを弾き飛ばし。つまりその件に関してのことはこれから言われるはずだぜ。

ここで言っちまうのは情けねぇ話なんだが、オレとしてはすぐ近くで眼をパチクリとしてる自称天災(笑)なんかより、目の前にいる上司の方がよほどおっかねぇ。何せこのお譲ちゃんが言ってる『化け物』って言葉がもっともふさわしいのがまさにこれなんだからよぉ。オレが化け物? いいや、断言させてもらうね。化け物ってのは、目の前でニコニコ笑いながらM92を向けてるこの野郎の事を言うのさ。

冷や汗が背中を流れてく感触を感じながら待つこの時間ほど心臓に悪いもんはそうはねぇだろうよ。その嫌な空気を感じつつ、クロードの言葉を待つオレに、野郎は少し呆れたような声で言葉を吐いた。

 

「あなたがどのようにしているのか見ていましたが………何ですか、あれは?」

「ぐぅっ………」

 

やはり来たか。ジト目で睨まれて、オレは眼を逸らしちまう。

何で逸らすかだって? 思い当たる節があるからだよ。

 

「遊びがすぎますよ。相手が何を出すかを一々見届けようとするのはあなたの悪い癖です。戦場でなら、まず相手が何かを出すよりも先に先手をもってして無力化する。それこそが理想だと教えたはずですよ」

「分かってるよ、そいつはガキの頃から嫌って程教えられてきたからなぁ」

 

あぁ、始まっちまったよ。この妙に長い説教タイムが。

クロードはまるで出来の悪い生徒を叱るような面でオレに説教を始める。

 

「だから余計に性質が悪いのですよ。あなたはそれを分かった上で楽しもうとするのですから。別にそれが戦場以外なら問題はありません。スポーツならむしろより健全な思考とも言えますから。でも、あなたのそれは健全とはいえません」

 

ごもっとも。

オレのそれはたしかに『健全』とはかけ離れてる。寧ろ悪趣味とさえ言えるかもしれねぇなぁ。

 

「あなたのそれは相手の全力を、一挙手一投足のすべてを叩き伏せる悪趣味なものですからね。頑張っている相手のすべてをことごとく真正面から粉砕する。プライドも何もかもを残さずに。だから余計に遊びが過ぎるのです。そんな悪趣味は人として……」

「これ以上それについては言わないでくれよ。毎回同じ事を同じ時間に流れるラジオみたいに言われるとうんざりして飽きちまう」

「毎回同じように同じ悪癖を曝しているあなたが悪いのですから、そのような顔をされても手加減はしませんよ」

 

オレにとっての死刑宣告を聞いてがっくしとしちまう。

そんなオレを見てウサギさんは何か信じられねぇって面をしていたようだが、からかう余裕はなさそうだ。今は手前のプライドと精神を護るので精一杯だよ。

 

「今回の騒動の大本はそこで倒れている女性でしょうが、あなたはそれでももっと上品に相手をするべきでした。敵とはいえ女性なのですから。それをまるでいじめるかのように罵詈雑言を吐きかけ、涙を流す彼女にあのような仕打ち。とても紳士のすることではありません」

「いや、オレは紳士の前に会社員(傭兵)なんだが、上司様?」

「女性に優しく接するのは職業以前に男として当然のことですよ。そのこともこれまでずっと教えてきましたが、どうやらまだ足りないようですね」

 

まさに天使のような悪魔の笑顔ってやつだ。悪魔というよりも魔王って感じだがね。

おかしいなぁ。さっきまでオレはお仕事で殺し合いをしていたはずなのに、いつの間にお説教タイムになってるんだ?

おかげでもうさっきまでの空気が霧散しちまってやがる。もう真面目には戻れそうにねぇ。

オレにかなりのお説教をしたクロードは、それでも尚オレへの追撃をやめねぇ。さっきまでタバネと遊んでた方が余程気が楽だよ。それぐらいこいつはしんどい。寧ろ突っ込むのなら、お前さんがこっちに来た用事とやらはどうしたんだよと言いたいところだが………。

 

「私の用事は既に終わっていますよ。日本政府との簡単な『お話』でしたからね。予想以上に早く終わったので来てみればこの有様でしたが」

 

言う前に読まれちまった。

そう、この化け物相手に隠し事なんざぁ出来るわけがなかった。

だからこそ、未だに話に着いていけずにいるタバネに言いたいね。これが本当の化け物なんだってなぁ。その点オレは化け物じゃねぇだろ。だってオレはこの鬼畜上司みたいに人間辞めてねぇからなぁ。

 

「怒られている時に人を化け物呼ばわりですか」

 

おっと、読まれちまった。

だから化け物なんだよなぁ、この『千里眼』はさぁ。

そんなお説教がいつまで続くのか分からずに内心でももう勘弁願いたいオレ。

そんなオレを見てるクロードはさらにオレをいじめてくれた。

 

「それにその女性ですが、殺す必要はないですよね」

 

そんなことはないと言いたいところなんだがなぁ。残念ながら奴さんの言う通りだったりするんだよ、これが。

 

「大方あなたが轡木氏から受けた依頼は『学園へ害なす脅威の防衛』、詰まる所は学園防衛と犯人の無力化。ですがそこに『相手の殺害』は命じられていませんよね。状況によってよりけりと言ったところですか」

 

はい、正解だ。確かにその通りだよ。

基本殺すかはオレの匙次第だが、本来で考えれば必要もない殺しをする必要はねぇんだよ。つまりはだ………。

 

「だからこそ、余計に呆れているのですよ、私は。彼女……篠ノ之 束を殺すことにメリットは何もありませんよね」

 

喧嘩を売られたんだから殺っても良いと思うんだがねぇオレは。

だがこの上司様はそうは思わなかったらしい。

 

「彼女は世界を動かすほどの人物です。依頼で殺すのならやりますが、そうでないのなら出来る限りは殺してはいけませんよ。天才というのは得てして得難いものなのですから。私達と違い、彼女は新しいものを作り出せる。それはとても美しく尊いものです。決して失って良いものではありませんよ」

 

だそうだ。手前達と違って何かを生み出せる人間ってのは素晴らしいんだとさ。

まぁ、分からなくはないんだがね。オレとしては仕事だけで手一杯だからそんなもんを考えてる余裕なぞないよ。

妙におかしな話になってきてるから、要点だけまとめようか。

つまりだ。今回オレが怒られてるのは、仕事の勤務姿勢と考え方、それと不要な殺しをしようとしたって事だよ。天才は尊いから殺すなってのはちょっとした差別じゃねぇかねぇ。まぁ、奴さんなら天才じゃなくても殺すなって言いそうだ。それが仕事じゃねぇんだったら、だがね。逆に仕事だったら天才だろうが絶世の美女だろうが躊躇なくその脳天に弾丸をぶち込みだろうがね。

オレへのお説教を満足いくまでやった上司様は、続いてタバネの元にゆっくりと歩いていく。

その様子にタバネは目が離せなくなっているようだ。

 

「申し訳ありません、私の部下があなたにご迷惑をかけたそうで。ですが許していただきたいのです。それも受けた仕事故に仕方ないことだと」

 

優しくそれでいて包み込むようなイケメンボイスに、女であれば誰もが墜ちる笑顔。その二つを下げてクロードはタバネに語りかけるが、当然奴さんは警戒する。そりゃそうだ、何せ奴さんは『化け物』を眼の敵にしてるんだからよぉ。

それすら分かってるであろうクロードはタバネに手を差し伸べる。

 

「そう怖がらないでください。あなたのような美しい女性に怖がられるのは、男として少し情けなく思うので。確かにあなたは天才でその頭脳は素晴らしい。それ故に世界はそれを認めずに悪意をもって迫害した。しかし、それだけではありません。確かに世界は悪意に満ちていますが、同時に人の善意には無限の可能性があります。だからこそ、もっと前に出てみても良いと、私は思いますよ。ISはあなたの夢、なのでしょう。なら夢に向かって頑張って下さい。きっとその方がより、あなたは輝けるはずですから」

 

出たよ、必殺女殺し。

この歯が浮くような台詞回しのせいでどれだけ被害が出たことか。

中にはテロリストの主犯だった女が素直に投降して刑務所でクロード相手に文通してるくらいだぜ。どれだけそれで女泣かせてきたのやら。

あぁ、ただイチカの野郎と違うのはこの上司は絶対に後ろから刺されそうにねぇってことだ。物理的にも精神的にもなぁ。

 

「世界はあなたを迫害し『天災』と呼んだ。それを認めてしまったから今更『普通』と呼ばれるのが許せない。掌を返されたような気分になったのですね。でも、実際はそんな難しい話ではありませんよ。結局、人間なんて皆普通なんです。努力して経験して、色々と積み合わせながら成長していく。それに向き不向きがあるだけで、その程度で天才だの何だのと決めつける。本人の積んだものを知らないが故に畏れ慄き尊敬と畏敬を込める。あなたが化け物呼ばわりする者達も、初めからそうだったわけではないんです。皆色々と経験して成長して、そして今がある。だから決して………普通なのはいけないことじゃないんです。寧ろ普通だからこそ、もっと頑張れるんですよ。だから………頑張ってみましょう。辛くなったり苦しくなったりした時は、その時は支えてあげますから」

「……………うん」

 

タバネはクロードにそう言われると、ご自慢のオモチャを収納し震える手で野郎の手に手を伸ばした。

その顔は赤くなりつつも潤んだ瞳でクロードを捉えており、ここまで言えばもう分かんだろ。

 

どうやら奴さんは撃墜されたらしい。

 

いやはやまったく……実に締まらない終わり方だったよ。おかげでやる気なんざぁもう何もねぇ。

仕方ねぇ、お嬢様の方にでも行くとしますか。

あぁ、それと………チフユとホウキに祝報でも届けてやろうかねぇ。

そう思いながら電子タバコ片手にオレはアリーナから出て行った。

 


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