あぁ~、やっと今回の面倒な騒動の種は摘み終わったわけだ。
え? そんな言い方だとまるでオレが騒動を嫌っているようだって? いつものオレなら寧ろ鉄火場の方が好ましいって言うんじゃねぇかって?
そりゃ確かにいつもならそう言うよ。平和は嫌いじゃねぇが、それでもつまらねぇのはいけねぇからなぁ。
だがなぁ、今回は流石にオフだ。何せ実に鬱陶しい奴等のお膝元なんだぜ。下手に暴れれば途端にオレは刺身か焼き肉か、もしくはミンチかの3種類になりかねねぇ。だからこそ、このイベントでは何もしねぇって決めてたんだよ。
だってのにその鬱陶しい奴等の筆頭二人はあろう事かオレにその責務をボイコットしたのさ。向こうさんの要望とは言え完全にやる気がねぇオレに放り出しやがった。
勿論オレだって嫌だったさ。そのままお嬢様と一緒に京都観光を普通に楽しむのも悪くネェって思ってた。だってのに向こうさんは逃す気が全くないらしく、オレに情熱的に愛を囁くんだ。そんな猛烈なアタックを嚙ます奴相手に逃げられるわけ無く、オレはお断りの返事を返すことになったわけだ。
その結果が右腕のコレ。この程度で済むんだったら御の字だが、それでも一週間は使い物にならねぇとよ。
仕事でこれなら仕方ねぇが、流石にご褒美もなしにコレはついてねぇじゃ済まされそうにねぇってもんだ。
だからなのか、今現在…………
「レオスさん、はい、あーんですわ♡」
「あぁ、ありがとよ、お嬢様」
オレは今回の報酬(ご褒美)を貰ってるわけだ。
あの後、オレはお嬢様と合流して一緒に湯豆腐とやらを食いに店に行くことにした。
勿論お嬢様はオレの右手を見て心配したが、こいつは自業自得ってもんもあるんで気にして貰う程のことでもねぇ。
まぁ、それでも心配そうにするお嬢様にオレは左手で頭をポンポンと軽く撫でてやる。
「それにしてもお嬢様、随分と成長したじゃねぇか」
「え?」
撫でられて顔を真っ赤にしつつも何処か気持ちよさそうにするお嬢様にそう声をかけると、お嬢様は軽く不思議そうに首を傾げた。
そんな微笑ましいお嬢様にオレは笑いかける。
「前ならオレの右手を見て泣いて慌ててそうなもんだったが、今のお嬢様は結構落ち着いてるだろ。精神的に随分と成長したと思ってなぁ。その精神はダイヤモンドが入ってるぜ」
「そ、そうですの? ま、まぁ、レオスさんの事、ちゃんと信じておりましたから。絶対に負けないって」
顔を真っ赤にしつつも上目使いでジッと見つめるお嬢様。そいつは中々にイカしていて、不意に胸がキュンとしちまったよ。
だからもっと頭を撫でてやる。
「レオスさん、そんな撫でないで下さい~~~~……ぁぅぁぅ」
そんな可愛らしいお嬢様と一緒に店に入る。
「あぁ~、レオスさん、待って下さいよ~!」
顎の野郎は放置してだがね。
そして店内で注文をすれば、あっという間に主役の登場だ。
目の前のテーブルには土鍋に入った白いブロックと、それに着けて食べるソースが皿で添えられている。
あぁ、そうそう、イチカと会長はチフユに連行されて行っちまった。理由まではしらねぇが、案外チフユとマヤだけで京都巡りをするのにも飽きたんだろうさ。だから今此処にはいない。居るのはオレとお嬢様と京都のおっかない人間二人だけだ。
さて、料理も来た所で早速喰うかってわけだが、そうは行かないのが世の無情って奴なんだろうさ。
そう、利き腕をおシャカにしたオレは料理が食い辛いんだよ。
箸を掴もうにも左腕じゃ利き腕のようには使えない。そんでもって豆腐はかなり柔らかいらしく、少しでも力の入れ具合を間違えると豆腐が崩れちまう。
そんなわけで悪戦苦闘してるオレを見て、お嬢様は頬を桜色に染めつつオレを見つめながら提案をしてきた。
「レオスさん、その腕だと食べ辛いでしょう。ですから、その……わ、わたくしが食べさせてあげますわ………」
そう言ってお嬢様はオレに豆腐をさしだしてきた。
ちゃんとソースが掛かっており、箸で上手く掬えているところを見るのはある意味驚きだ。この前までお嬢様は箸を使うのはぎこちなかったハズなんだけどなぁ。
「随分上手くなったじゃねぇか、お嬢様。その箸使い」
「はい、京都に行くと聞いて頑張りましたの♪」
褒められたのが嬉しいらしく、赤い顔を笑顔にするお嬢様。着物を着たイギリスの美少女が純和風の食べ物を美しく箸で掴む姿ってのは、何とも言えない美に見えるねぇ。
その姿に見とれつつ、オレはお嬢様のご厚意に甘えることにした。
そして最初の方に戻るわけさ。
お嬢様は実に恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな顔でオレに豆腐をさしだし、オレはそいつを零れないよう素早く口にする。
そして予想外の攻撃に少し慌てちまったよ。
「コイツは、はふはふ、結構熱いな」
騒ぎ立てるわけでもねぇが、中々にクソ熱い。下手をすりゃ拷問に使えるくらいに便利そうだ。
お嬢様はそんなオレを見て、慌てて謝り始めた。流石に付き合いが長いと虚勢を張ってるのもバレるらしい。
「す、すみません、レオスさん!? 大丈夫ですの!」
「あぁ、何とかなぁ。意外とスリルがあって面白いじゃねぇか」
謝るお嬢様を宥めると、横から顎が笑ってきた。
「セシリアちゃん、湯豆腐は熱いからちゃんと冷まさないと駄目だよ。ふーふーふーふー……はい、これで大丈夫。レオスさん、あ~ん♡」
そのままオレに豆腐を差し出す顎。
ぱっと見は美少女からの御奉仕だが、実際は野郎からのモンなだけに知ってる分だけシュールとしかいいようねぇ。
「野郎からのあ~んは気持ち悪すぎて受けたかねぇ」
「あ、ひっど~い! せっかく冷ましてあげたのに~」
不満を漏らしふくれっ面になる顎。そんな顎を見て焔の姉ちゃんがさっき以上に殺気立った目で睨んで来やがった。
だから世話になった、もといボイコットされて擦り付けられた分を返すことにしようか。
「そこで物欲しそうにしてる姉ちゃんにくれてやれよ。お前さんからのやつなら、それこそその場でイキ狂うくらい歓喜するだろうさ」
顎の野郎はそれを聞いて少し考えると、
「え、焔ちゃんに? う~ん~、レオスさんがイケズなのはいつものことだし、せっかく冷ましたのが冷め切っちゃうのも勿体ないか~。うん、じゃぁ………焔ちゃん、はい、あ~ん♡」
焔の姉ちゃんにさしだした。
それを見た瞬間、焔の姐さんはそれはもう顔を真っ赤にして歓喜に震えてるようだぜ。
「顎様がわ、私にはい、あ~んって、ハートマーク付きで! あぁ、何という幸せ! しかも顎様はふ~ふ~して下さった何て、それだけでもう………やぁん、下着がじゅんってして、下腹部がキュンキュン……」
既に暴走全開だった。こりゃ喰ったらマジで昇天するんじゃねぇかなぁ。
まぁ、変態は無視だ、無視。顎の野郎はそれが分かってるのか分かってねぇのかそのまま笑顔で焔の姐さんに豆腐をさしだしてやがる。このまま食べた後を見るのも一興だが、オレとしては今は疲れた身体を癒したいんでね。
だからオレはお嬢様に笑いかける。
「お嬢様、もう一回くれねぇか」
その言葉にお嬢様は顔を輝かせて力強く頷いた。
「はいですわ!」
そしてさっきと同じように豆腐を掬い、ソースを付けてから息を吹きかける。
「ふー、ふー、ふー、ふー………これで大丈夫ですわ」
冷めたことを確認したら、お嬢様は今度こそオレにとろけそうな笑顔で豆腐をさしだした。
「はい、レオスさん……あーん、ですわ♡」
「あぁ、もらうよ」
そして豆腐を口に入れて良く味わう。
何というか、淡泊ながらに悪くはねぇ味だ。だからオレはお嬢様は感想を返す。
「美味いよ、お嬢様。こいつは結構いけるじゃねぇか」
「はい!」
お嬢様はその返事を聞いて大満足し、更にオレに豆腐をさしだしてきた。
それに舌鼓を打ちつつ、オレは少しだけ気を緩めて店の店主に声をかける。
「おやっさん、熱燗くれ!」
「レオスさん、駄目ですわ!!」
オレがハメを外すのは駄目だとさ。