恋する乙女と最凶の大剣   作:nasigorenn

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かなり難産でした。これでよければ良いのですが……。


百四十七話 四神の実力

 レオスに向かってスコールがその凶弾を放つと共に、此方も相対する両者は殺気を滾らせていた。

片方はISを展開した裏切り者、ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイア。展開しているISは専用機『ヘル・ハウンド2.8』と『コールド・ブラッド』。

対して此方は生身の二人。着物を着こなす見目麗しい大和撫子……のような男の娘と、切れ目をしたスーツを着た女性。

その正体は古来から続く京都の守護者、日本の暗部『京都4刃』の当主達である。

その手に持たれているのは一振りの日本刀、そして無手である。

その光景は異常であった。

この世界に於いて、ISは絶対的武力の象徴。コレまでの兵器とは一線を越すこれは、同じISでなければまず対抗出来ないとされている。

そのような超絶の兵器に対し、青龍院 顎と朱雀院 焔の二人は恐怖すらせずに相対する。手に持っている物も刀しか持っていない顎と、何も持たない焔。誰がどう見たってどちらが勝つのかは目に見えている。この先にあるのはただの虐殺だ。

だと言うのに…………彼女達は怯えない。それどころか顎はクスクスと笑ってさえいた。それだけで充分に異常だと理解出来る。

だからこそ、ダリル・ケイシー……いや、この場ではレイン・ミューゼルと言うべきだろう。彼女は得体の知れない恐怖に囚われかけていた。

武装面ではだれがどう見たって此方の有利。だというのに、精神的には寧ろ追い詰められているようだ。まだ何もしていないのに。

 

「あぁ~あ、せっかくレオスさんと一緒にデートしてたのに……貴方達の所為で台無しになっちゃいました。この責任、どうしてくれるんですか?」

 

頬を膨らませながら怒ってますと言った感じに顎は二人に向かって言う。

それは傍から見たら可憐な少女がむくれているようにしか見えない。しかし、その身から発せられるのは、尋常ではない程の殺気。もし何も持たずに相対したら、精神を病られそうな、それ程に濃密な殺気を彼女は噴き出していた。

それに気後れしかけつつも、レインは顎を睨み付ける。

 

「どうもこうもないだろ。寧ろそれはこっちの台詞だよ。せっかくあと少しで織斑 一夏を殺せそうだったのに、あんな風に防ぎやがって。一体どうやって刀一本で狙撃を防げるのやら」

 

軽くからかう様にそう言うが、内心では恐怖していた。

どう考えたって普通無理なのだ。それをやってのける存在を前にして怖がらない方が無理な話だ。

そんな二人に対し、フォルテ・サファイアと朱雀院 焔の二人は物静かだ。切れ目で睨み付ける焔に対し、まるで怯えるかのようにビクビクとするフォルテ。ISを纏っているはずのフォルテの方が怯えるというのは、それはそれで可笑しな話だろう。

だが、現実問題そうなっている。

 

「いくら裏切り者のウチでも、流石に武器も持たない人間相手にISを嗾けるのは気が引けるっす。大人しくしていて貰えないっすか」

 

怯えながらも降伏勧告をするフォルテ。彼女自身、最初から裏切り者と言うわけでは無かったので、一般人に武器を突き付けることに戸惑っているようだ。

そんな彼女に対し、焔は更に視線をきつくして睨み付ける。

 

「顎様にはい、あ~んをして食べさせてあげられるはずだったのを貴様等が………コホンッ、基、京都の街中で暴れようとする貴様等を我等京都四刃が見逃すはずがあるまい。貴様がすべきなのは今すぐ刃を収め此方に投降することだ。でなければ………」

 

そこで焔は言葉を切ると、背中と腰に手を突っ込んで何かを引き抜いた。

それは折りたたまれた『棒』と『奇妙な形をした刃』である。それを焔は引き抜くと、早業であっという間に組み立てる。そして出来上がったのは少し可笑しな『槍』。通常、槍とは穂先と柄の二つで構成され、長い柄の先に穂先が付いている。

しかし、この槍は少し違う。柄は長いのだが、その両端に穂先が付いているのだ。それも十文字槍と呼ばれる十字の形をした穂先が。それは槍と言うには奇妙で、どちらかと言えば『戟』と言うべきなのかも知れない。

それを手にした焔は地面のアスファルトにそれを擦りつけるかのように動かす。

その途端、その穂先が通った後から真っ赤な炎が燃え上がった。

轟々と音を立てて一気に燃え上がる炎。その温度にフォルテはIS越しとは言え冷や汗を掻いた。とても人間が耐えられるような温度ではない。

その炎を前に、焔は殺気の籠もった眼差しでフォルテを見据えた。

 

「この炎でそのオモチャ諸共焼き殺す」

 

まさにそれは百戦錬磨の殺気だった。

それを叩き着けられたフォルテは、恐怖し息を引き付かせながら震える手で武器に手を掛けた。

 

 

 

 そして始まる両者の戦い。

それは戦いというには、あまりにも物静かだった。

片やISと刀を持った人間との戦い、もう片やISと槍を持った戦い。

普通ならどう見たってISが勝つ。それが分からないのは馬鹿だけだろう。

しかし、今回はその馬鹿ですら分かるくらいそれは異常な光景だった。

 

「んふふ~、どうしたんですか? こっちはまだまだ余裕ですよ」

 

にこやかに笑う顎は刀を鞘に収めたまま、まるで散歩に出歩くかのようにレインに向かって歩いて行く。

それに対し、レインは隠しきれない動揺と焦りを出しながら攻撃を繰り出した。

 

「クソッ、何で!? 何で攻撃がッ!」

 

ヘル・ハウンドの両肩に装着されている犬頭が炎を吐き出し、ISですらダメージを負わせる超高温の炎が生身の人間である顎へと襲い掛かる。

本来ならあっという間に消し炭へと変わる攻撃。しかし、それは顎に当たる少し前で一瞬にして掻き切れた。

先程からずっとそうだ。

炎で攻撃しようが、IS用の銃火器で攻撃しようが、その全ては彼の前で全て消える。何かしら特殊な装置を使っている訳ではない。彼女自身、彼が何をしたのかは分かっているのだ。

彼はただ、迫り来る全ての攻撃を斬り伏せただけ。手に持った刀で全て斬っているのだ。それだけでも驚愕だというのに、それ以上に彼女を驚かせているのは刀が一切見えないこと。彼に攻撃が当たる少し前。つまり彼の間合いにそれが入った途端に斬り伏せられるわけだが、その光景を何度見ても刀が見えない。人間では有り得ない超高速での抜刀術により、全ては彼に触れる前に切り裂かれているのだ。

それを何の表情も変えずに行い近づいてくるそれは、確かに人間とは言えない。

レインは何度攻撃してもまったく当たらないことに苛立ちを感じ、仲間であり恋人でもあるフォルテに通信を入れる。

 

「フォルテ、こっちの方には来れないのか! 私とお前の二人ならッ」

『すみません、無理っす! このお姉さん、何なんっすか!? 全部燃やされちゃうっすよ! ってキャァ!』

 

そこまで通信するほどでの距離ではないので離れてはいない。しかし、傍から見ても分かる通り、彼女もまた異常な事態に驚きを隠せなかった。

レインが目を一瞬だけ向けると、そこは灼熱の地獄へと化していた。燃え盛る炎が大地を焦がし、熱された空気が全てを歪める。そんな地獄の中を悠然と佇むのは、その地獄の主である焔だ。

彼女はまるで槍をバトンのように振り回す。その穂先から炎が飛び出し、その炎は着した場所がいかな場所であろうと燃やし始める。この炎獄は彼女の槍によって作られたのだ。

彼女の炎は全てを燃やす。それはISの攻撃も例外でなく、フォルテのIS『コール・ブラッド』の分子活動の鈍化と停止による冷凍もこの超高温の中では意味を成さなくなっている。全て燃やし溶かす。故に氷など一瞬で蒸発し消し飛ぶ。水蒸気爆発でさえ起こらないほどに一瞬で消し飛ぶのだ。そんな灼熱の中を彼女は悠然と佇む。

その服装は焦げ一つ付かず、彼女も汗すら掻かない。

 

「その程度で我等四刃の相手になると思っていたのか? ならばあまりにも愚かしい。その愚かな自分を呪い燃え尽きると良い!」

 

そして焔が槍を突き出すと、そこから炎が放出される。

それを避け損ねたフォルテは足に被弾してしまったが、問題はその程度では済まなかった。

足に当たった炎はまるで足に絡みつくかのように燃え、そして装甲を溶融させながらコール・ブラッドのシールドを削り始めたのだ。

 

「そんな、足が燃えてシールドが!? あ、熱い、熱いっす! 熱が防御しきれていない!」

「フォルテッ!?」

 

恋人が悲痛な声を上げることで驚き焦るレイン。ISの絶対防御を過信しているわけではないが、ただの人間の攻撃でこうもダメージを負わされると思っていなかったのだ。それ故に隙が生じる。

 

「あぁ~、もう焔ちゃんはやり過ぎなんだから。アレね、特殊な槍の中に秘伝の燃料が仕込まれてるんだ。それを着火してああいうふうに燃え上がるんです。その温度は超高温で、一般人なら直ぐに燃え死んじゃうそうですよ。だけど焔ちゃんは大丈夫、超高温の中でもいられるように一族総出で鍛えられてきたから。それが朱雀院の特性。前に焼けた石を手づかみで掴んでたこともあったんですよ。それなのに火傷一つ無くスベスベの肌で凄いですよね~」

「っ!?」

 

意識を顎から離したのは一瞬のこと。時間にして僅か一秒にも満たない。

だというのに………彼はその僅かな時間で、一瞬にしてレインの目の前にいた。それもキスが出来るくらい近い距離に。レインはそれを見た途端、声にならない叫びを上げかける。心臓がドクンドクンと鳴り響き、自分の目の前に居る『死』を前に恐怖した。

そう思われているのを知ってなのか、顎は微笑む。それは死の微笑だ。

 

「駄目ですよ、殺し合いをしてる時に目を逸らすなんてことをしちゃぁ。それだけで死ぬか生きるかが決まるんですから。その点でもう貴方は終わっています。レオスさんだったら、こんなこと言いませんよ。だってあの人は、そんなに甘くはないですから」

 

そう言われゾクッとしたものが背筋を駆け巡る。

レインは怖気を感じながら急いで顎を引き剥がそうと動こうとした。

しかし、ISは動かない。彼を掴もうと手を伸ばしたが、その先にあるべきものがないのだから。

 

「え………?」

 

それは彼女の口から漏れ出た声。驚きと意外さと、何よりも信じられない現実に直面した間の抜けた声だった。

そして思い出したかのように噴き出す血液。

 

「っ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」

 

襲ってきた激痛に声にならない叫びを上げるレイン。その原因は彼女が顎を払おうとした腕。それは彼女の肩の付け根から先が一切無くなり、そして地面に転がっていた。

その答えは彼が手にしている刀。それはいつの間にか抜かれていた。

 

「本当に焔ちゃんはいいなぁ~、僕もあんな風に特質があればいいのに。残念なことに青龍院にはああいったものはないんですよ。あるのはただ……『早く刀が振れるだけ』」

 

そう答えると共に、レインの目に映っていた刀が消える。

そして再び姿を現すと共に、彼女のIS『ヘル・ハウンド2.8』はバラバラに切り裂かれた。

その事実を崩壊し地面に落下する部品を見ながら悟るレイン。信じられない現実に彼女は言葉を洩らした。

 

「そんな……絶対防御があるはずなのに……」

 

その呟きに対し、顎は可笑しな感じに笑った。

 

「確かにそういうのがあるって聞きましたけど、実際に斬ってみると柔らかいものでしたね。まるでお豆腐みたいに斬りやすかったですよ。あぁ、そうそう……青龍院の特質は『何物をも切り裂く剣技』です。それこそ、物理現象なら何でも斬れますよ」

 

そう語る顎はつまらなさそうだった。

そんな表情を最後にレインの意識は途切れた。

ISが強制的に解除され、操縦者の意識は生命維持の為に途絶えさせたのだ。斬られた腕も取りあえずの止血で止められているようだ。

それを見終えた顎は不満そうにむくれる。

 

「あ~あ、やっぱりレオスさんと一緒に『殺し合った』ほうが楽しかったなぁ。ISって聞いてたよりも柔いんだもの。こんなのが最強だなんて笑っちゃいます。でも、殺さずに捕まえられたし、これでレオスさん、褒めてくれるかな……えへへへ~」

 

そんな乙女な笑顔で嬉しそうに妄想を膨らませる顎。しかし、彼は男だ。

そして彼は仲間である焔に少し大きめに声をかけた。

 

「焔ちゃ~~~~~~ん! そっちは終わったの!!」

 

その声の先には、コール・ブラット『だった』炭化した何かが地面に転がり、焔の腕によって首を絞められた状態で身体を持ち上げられているフォルテの姿があった。意識はないようでぐったりとしているが、その身体は見るも無惨に火傷だらけだ。唯一の救いは深度が深すぎないので病院に行けば何とかなるレベルに押さえられていることだろう。

そしてそれまで相手を殺す灼熱の業火を宿した目をしていた焔は、顎の声を聞き

パァッと顔を輝かせた。

 

「はい、顎様! こちらも終わりました!」

 

そしてまるで軽い何かを持つかのようにフォルテをぶんぶん振り回す焔。その様子を見て取りあえずお邪魔虫二人は片づいたと判断した顎は、レオスに少し大きな声をかけた。

 

「レオスさ~~~~~~~~ん、こっちは終わりました~~~~~~! だからそんな年増なんて早く倒して、一緒に湯豆腐食べに行きましょう!」

 

その声にレオスが頷いたように、顎には見えた。


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